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INTERVIEW

2025.12.17

注目の若手作家3名による展覧会が大丸東京店で開催 / 出展作家インタビュー菊池玲生・樋口絢女・松岡勇樹

Text & Edit / Tamaki Sugihara

大丸東京店10階のART GALLERY1にて、12月24日(水)から菊池玲生、樋口絢女、松岡勇樹という注目の若手作家3名による展示「SHIFT」が開催される。

「SHIFT」という言葉には、「変化する」「片方から片方へ動かす」といった意味がある。新しい何かに向かって移りゆく時代や、個々の作家が見つめる「変化」を象徴するようなタイトルだ。

3名はどのような制作を行なってきたのか。展示に向けて、お話を伺った。

絵画の制度と「見ること」の構造を問う

菊池玲生は、絵画における「みる-みられる」関係などの古典的な問いや、絵画をめぐる制度への視点を、現代的な作品のなかで掘り下げる制作を行なってきた。「現代において絵画をつくること、絵を見ることとは何か? それを考えながら制作をしています」。

菊池玲生(きくちれお)

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東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程を修了(2023)し、博士号を取得。現在、同大学教育研究助手を務める。
菊池は、歴史的な絵画イメージを再構成しながら、私たちが「見る」という行為そのものを問い直す作品を制作している。彼の関心は、絵画の技法や素材の探求にとどまらず、鑑賞者がどのようにイメージを認識し、関係づけるのかという認識論的な側面にある。
現代においてAIが画像を生成し、視覚的メディアが無限に生産される状況の中で、彼の作品は「見る」ことの意味を再考させる。絵画を単なる視覚的対象としてではなく、環境や鑑賞者との関係の中で有機的に成立するものとして捉え、その可能性を探求している。
主な個展に「What’s Spotlight?」(Art ID、東京、2024)、「これは『』ではない」(銀座 蔦屋書店、東京、2024)。グループ展として「Meta Perspective」(四季彩舎、東京、2025)、「Distance」(Gallery MU、東京、2024)、「他人の風景 Vol.2」(alpha contemporary、東京、2024)など。アートフェアでは2024年に中国・厦門のART AMOYへ、2025年にはART FAIR ASIA FUKUOKAに出展。11月にはVietnam International Art Fairに参加。

その出発点は、学部から博士課程までの9年間学んだ日本画にある。今日、語られる場面が限られる日本画というジャンルについて考えるなかで、「日本画」と「それ以外」というカテゴライズや、絵画の流通の仕組みに関して関心を寄せるようになったという。

こうした興味から、初期には画中画や中国の重屏図のように、複数の画面を入れ子状に組み合わせる構成を試みた。フレーム・イン・フレームのように、画面をいくつも重ねる絵を制作するなかで、「絵画の没入性から少しずつ離れていきました」。博士課程では作家活動を本格的に意識し始めるとともに、絵画をよりメタに見る方向性に進み、そのなかで「『人が絵を見る』というプロセス自体に関心を持つようになった」と話す。

代表的なシリーズである「Copy and paste」では、北斎などの既存の図像をPhotoshop上でコラージュし、その出力を手で転写する。「構図やレイアウトはパソコン上で決め、出力したものを手描きで写し取る」というように、デジタルと手の痕跡が交差する構造を通して、絵画の存在条件を問うようなプロセスだ。

また、近年の「Seen being seen」シリーズでは、青く感光させた人型の図像や、鏡、額縁の枠を描き入れ、「絵を見るとき、同時にこちらも見られている」という視線の往復を主題化している。「朝鮮の民画や逆パースの絵からも着想を得ていて、絵がこちらを見ているという視覚の構造を比喩ではなく実際の造形として描き出すことに興味があります」 

制作におけるこだわりを尋ねると「完成度やそれに伴う視覚的な美」との返答が。「職人的な気質だと思う」との言葉の通り、見る人を意識した作品づくりを大切にしている。

「10年後も作家として続けていられるように、日々の制作を丁寧にやる」。今回の「SHIFT」展では、「Copy and paste」シリーズの新作として金を用いた作品を出品する予定だ。

菊池玲生「copy and paste 2520」 S40(H100×W100cm)acrylic on canvas 2025年

ノイズとモザイクがひらく現代の日本画

樋口絢女は、古典的な絵画技法にデジタルの感覚を組み合わせながら、日本画の新たな表現を模索している。動植物を平面に描く日本の伝統絵画を踏まえつつ、そこにノイズやモザイクといった要素を加えることで、現代的な感覚を与える作品を制作してききた。

樋口絢女(ひぐちあやめ)

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岐阜県出身。2025年愛知県立芸術大学美術学部日本画専攻卒業。同大学院美術研究科日本画領域在学中。日本の古典的絵画表現とデジタル的視覚表現の融合をテーマに制作。古典絵画に見られる植物画や動物画の構図や技法をもとに、 モザイクやノイズといったデジタル要素を取り入れることで、新たな日本の絵画表現の可能性を探る。最近ではART365(松坂屋・名古屋/2025)に出展、他にも多数の百貨店などでグループ展の経験を積む。愛知県立大学賞、愛知県立大学学長賞受賞。2024年、2025年連続でART FAIR ASIA FUKUOKAに出展 。

絵を描き始めたのは小学校の頃。お絵描き教室に通いながら、アニメや漫画に夢中になったという。とりわけ『デスノート』『バクマン。』の小畑健や、『SLAM DUNK』『ONE PIECE』などの作品に見られる「線の美しさ」に惹かれ、自身でも線にこだわりながらイラストを描いていた。中学3年のとき、そんな姿を見た絵の先生に、「日本画が向いているのでは」と勧められたことをきっかけに、いまの世界に進むことを意識した。

しかし、大学に入るための予備校時代は「形を取ること」が大きな壁になったという。「自分の描く形はいつもどこか歪んでしまう。客観的に見ることができず、人からは変な形だねと言われることが多かった」。ただ、その線の癖に悩みながらも、それを自分の個性として受け入れ、作品のなかに取り込もうと考えるようになった。「苦手意識をネガティブに捉えるのではなく、作品に面白く加えられないかと思った」と振り返る。

やがて、ノイズやモザイクを導入することで、絵の中に意図的な歪みや曖昧さを生み出す試みが始まった。画面のなかに違和感をつくり出し、見る人が「これは何だろう」と立ち止まるような画面をつくる。絵の前で長い時間を過ごしてもらったり、そこから生まれる鑑賞者との対話も大切にしている。「どうしてこうなっているのかと聞かれたとき、言葉でやりとりすることも含めて作品だと思っている」と語る。

モチーフを決める際には、実際に動植物などを取材する。生きているものの形や立体感を観察し、それをどう自分の絵に落とし込むかを模索。「絵を描くうえで、そうした取材のプロセスはとても大事だと思っています」。その観察のまなざしは、山種美術館に収蔵されている田能村直入《百花》など、古典作品との出会いから影響を受けたものでもある。「長い絵巻に数多くの季節の花々が描かれていて、初めて見たときに強い印象を受けました」。観察と描写への眼差しは、自身の制作にも受け継がれている。

絵に遊び心を持ち込むことも大切にしている。「日本画は伝統的で閉鎖的な印象を持たれがちだけど、もっと自由でポップな表現があってもいいと思う」と語る樋口。琳派や狩野派のような古典に学びながらも、ピクセルアートのような軽やかさを取り入れ、それを今の時代に馴染ませる姿勢には、現代における日本画のあり方を探る姿勢がうかがえる。今回の「SHIFT」展には、100号の大作《神の領域》を出品する予定だ。

樋口絢女「神の領域」 F100 (W162.0 ×H130.3cm) 麻紙、岩絵具、水干絵具、顔彩 2025年

変化と循環を見つめるまなざし

松岡勇樹もまた、日本の風土に根ざした絵画の可能性を、現代に引き寄せながら見つめ直している。とりわけ近年は、「はじまりもおわりもない」と題し、生成と消滅を繰り返す自然現象などに着想を得た、墨による点描のシリーズを手がけている。

松岡勇樹(まつおかゆうき)

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1994年⽣まれ。三菱商事アート・ゲート・プログラム2018年度奨学⾦制度奨学⽣。2020年 京都市⽴芸術⼤学 ⼤学院美術研究科修⼠課程 絵画専攻⽇本画 修了。描くことは、⾃⼰が世界を獲得する⾏為とし、⽇本絵画の再考・創作を志向している。近年、コロナ禍に交通事故と病気で利き腕の⼿術、祖⺟の死を経験。⼊院中に⾒た雲の⽣成と消滅、医療に消費される豚を⾃覚したことで、豚⽣⾰や楮紙に墨で点描した《はじまりもおわりもない》《ひとつのはじまりから》と題した絵画を制作。主な展覧会に、第8回郷さくら美術館 桜花賞展('20/収蔵)、京都⽇本画新展2023(奨励賞・京都市⻑賞)、ARTISTS' FAIR KYOTO 2024(推薦:やなぎみわ)、第9回トリエンナーレ豊橋星野眞吾賞展−明⽇の⽇本画を求めて−('24/⼊選 審査員推奨:野地耕⼀郎)。京都市京セラ美術館ラーニング・プログラムへの協⼒・共同企画など。

学生時代から一貫して日本絵画を学び、「古い技法を学びつつ、いまの時代にどうつなげるか」を問いながら制作を続けてきた。初期には障壁画などの構造を参照しつつ、日本人と自然の関係や、風景を愛でる感覚、そこにある時間感覚や美意識を探っていたという。

そのなかで「自然そのものの時間を表すものは何か」という問いに出会った松岡は、「大地の中の『内臓』のように見える鍾乳洞」に着目。その岩の形が脊髄や滝のように見えたことから、「水や時間、重力がつくる自然の造形には類似性がある」と感じ、和漢の要素を融合した狩野派も参照しつつ、それを、異なる素材を画面に共存させながら表現した。

その後の転機となったのは、大学院修了の時期と重なったコロナ禍と、交通事故で右肩の組織を断裂したことによる手術と入院だった。作家としてこれからの時期に訪れた困難な状況のなかで、松岡は窓から見える雲の変化に「はじまりとおわり」という言葉を意識し始める。その後、恩師の助言もあり、利き手ではない左手で、手元にあったメモ帳とマジックを使い、窓外を見ながら制作を再開。2度目の手術や、身近な人の死など、非常に目まぐるしい変化のなかで、変化そのものを主題に据える現在の制作へとつながった。

近作の《ひとつのはじまりからNo.1》(2025)のような作品では、太陽や月の周りを雲が動く像、超新星爆発の生成と崩壊、植物や水のパターンなど複数のイメージが起点になり、スケッチを重ねて蓄積された形が響き合う。「単体のモチーフを決めてなぞるのではなく、下書きなしで、描きながら生まれる像を受け取る」のがシリーズの特徴だという。

制作を貫くのは、「生きることとつくることの一致」という考えだ。伝統を学ぶことは大切だが、それをなぞるだけでは意味がない。「なぜ花や雲を描くのか。その理由が自分の生き方と結びついていなければならない」と松岡は言う。描くことは、自身の内面と外の世界が交わる場所であり、「描くことは世界を獲得していく行為」であると語る。

今回の「SHIFT」展には、「ひとつのはじまりから」の新作を出品。同シリーズでは、これまでのモノクローム中心だった画面に、太陽を覆う雲のプリズムのような光から着想を得て、金や色彩が加わった。その作品世界は、いまもなお変化を続けている。

松岡勇樹《ひとつのはじまりから No.10》 S40号 麻紙・墨・金泥・鉛筆・色鉛筆 2025

3者3様のあり方で、日本画を出発点とし、現代的な制作を模索する今回 の出品者たち。その表現の現在地を、展示会場でぜひ目撃してほしい。

Information

「SHIFT」


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アーティスト|菊池玲生・樋口絢女・松岡勇樹

会期|2025年12月24日(水)→2026年1月13日(火)

営業時間10:00-20:00 ※最終日16時閉場
※12月31日は18時に全館閉店いたします。
また元日と1月2日を除き休まず営業いたします。

会場|大丸東京店10階 ART GALLERY1

住所|〒100-6701 東京都千代田区丸の内1丁目9−1

電話番号|050-1782-9393(直通)

※出展作品は一部会期前に売約済みになる場合がございます。

展覧会の詳細はこちら

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