- ARTICLES
- 【後編】2つのマイノリティの視点で社会に問う / 連載「作家のB面」Vol.4 山本れいら
SERIES
2022.09.30
【後編】2つのマイノリティの視点で社会に問う / 連載「作家のB面」Vol.4 山本れいら
Photo / Sakie Miura
Edit / Eisuke Onda
Illustration/ sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
第四回目に登場するのは山本れいらさん。約6万冊の少女漫画を所蔵する「少女まんが館」で行われたインタビュー。前編ではアーティストとしてのルーツである少女漫画との出会いを語りました。
後編では渡米した時に感じた「わかり合えなさ」から自身のルーツとして辿り着いた少女漫画の表象を用いた表現について。幼少期にエンパワーされた少女漫画でごく自然に描かれていたのは、あたりまえの存在として描かれていたマイノリティの存在だったという。「傷つけるのではなく、より新しい視点を求めて」社会に問いかける。
あたりまえのように描かれていたマイノリティの存在
――数多ある少女漫画の中でも山本さんの作品を読み解く上でも核となる『美少女戦士セーラームーン』や『カードキャプターさくら』について。どのような点に惹かれ、どのように捉えているのか教えてください。
『美少女戦士セーラームーン』は王道なラブロマンスではなく、仲間との連帯、団結、成長が描かれています。少女たちは待っているのではなく、自ら人を救いにいく。『カードキャプターさくら』も同じく、カードを集めることで能力を集めていき、自ら戦うというストーリーに強く惹かれたのだと思います。
もう一つ、二作に共通している点として、マイノリティの描写が秀逸なんですよね。『カードキャプターさくら』に関していえば、同性愛の描写もさらっと描かれていて、変に特別視することもなくあたりまえのこととして尊重している。ヒロインの友達として登場する「李小狼(シャオラン)」というキャラクターも香港から来たという設定。ステレオタイプの「中国人」というような描写ではなく転校生の男の子で実家は香港にある。でも無理矢理日本人の型に合わせられているかというと、そうでもない。『美少女戦士セーラームーン』もアニメではトランスジェンダー的な描写(*1)があり、「アマゾントリオ」など「ヴィラン(悪役)」にも性別に縛られないキャラクターが登場するのですが、敵も完全な敵として描かれない。悪役側の悩みも、たとえ自分と同じ性でなくても鑑賞者が共感できるように描いてある。子供の時にそういったコンテンツに触れられて本当によかったと思います。
*1……最初は敵対して現れるセーラーウラヌスが主人公うさぎになげかける「男とか女とか/そんなに大切なコト?」など。
――たしかに、今でこそマイノリティについて一般的に語られるようになってきましたけれど、90年代や00年代、まだジェンダーという言葉すら一般的に知られていない状況の中でも、あたりまえに少女漫画では多様なセクシャリティが描かれている、ということに意味があるというか。
そうですね。私の場合アメリカの美大で同じように中国からの留学生の子たちと一緒に勉強したり、ルームメイトもアジア系の子たちだったりしたのですが、こうした作品に触れてきていたからファーストインプレッションでも偏見なく彼ら/彼女たちと向き合うことができたのではないかなと思っていて。これらのコンテンツはアジア圏にも輸出されているので、子供の頃に見た『カードキャプターさくら』に登場する「知世ちゃん」に憧れてファッションを学びに来たという中華系の子もいました。その子は「漫画のこのシーンに出てくるこの服装はこの時代のこの国の服に影響されているんだよ」という話をしてくれたのですが、他にも多くの友達と様々な視点で作品を読み解いていっていたので話が尽きることはありませんでした。
――時代と共に価値観はもちろん、社会的に物語で描かれるヒーロー/ヒロイン像も変化しているように思います。今後どのような像が求められると思いますか。
敵を倒していくだけではなく、自分とは異なる他者も救うにはどうしたら良いのか。そうした少女漫画で描かれているような強さはさらに求められるようになってきているのではないかなと感じています。『ベルサイユのばら』や『美少女戦士セーラームーン』然り、少女漫画はジェンダーについて取り組んでいるものが多いのですが、そういった挑戦が増えていくのではないかなと。ジェンダー規範によって声を上げられずに苦しんでいる人たちはおそらくたくさんいる。その人たちの声は抑圧されて見えなくなっていると思うので、そういう人たちに向けた作品は今後ももっと必要になってくると思います。今まで自分が性役割の中で無理なく生きてこれたと思っている人たちも、もしかしたら実は自分にそう言い聞かせていただけなのかもしれない。そんなことに気づかせてくれる作品はより多くの人の心に勇気を与えてくれるのではないかなと。
ファインアートの世界に少女漫画の表象を持ち込む理由
――先ほどのマイノリティについてのお話がありましたが、ファインアートの世界でのジェンダーバランスの格差などはまだ大きいように思います。一人のアーティストとしてどのように考えられますか?
特に日本の少女漫画やアニメコンテンツ制作者には女性が多いですが、歴史化されてきている人たちは男性が多数。対して、ファインアートの世界では白人男性が中心の世界。私はそうしたヒエラルキーでいえば有色人種の女性、マイノリティ性が交絡する立場にあります。そうした中で白人男性を中心に紡がれてきたファインアートの歴史的な文脈に介入できるのかを考ると相当難しいと感じていて。自分が慣れ親しんだ表象で表現しながら切り込んでいくためにはどうしたら良いだろうと。結局この狭いファインアートの世界の間口をこじ開けていくということを最終的な目標として見据えています。アートワールドが抱える人種やジェンダーの大きなハードルを越えるためにはどうすれば良いのか。そんな中でどう少女漫画の表象を表現に取り入れていくのかを常に考えていますね。
山本れいらの《Who said_it was simple》。ピンクや赤で描いた少女アニメのキャラクターらしきモチーフとその後ろで重なる女性。さらにフェミニストの詩人オードリー・ロードの詩の一説が添えられる
山本れいらの《Flawless》。バーバラ・クルーガーのような構図に、少女アニメらしきモチーフと美容広告から着想を得た絵が配置にされるシリーズだ
――さまざまな社会課題をテーマに作品を発表されていますが、例えば「フェミニズム」という言葉一つとっても、アメリカと日本とでは認識の違いも大きいと思います。文化間のギャップもある中で、少女漫画を起点にしながらより多くの人に届けるにはどうしたら良いと思いますか。
今、大きく三つのことに取り組みたいと考えています。一つ目は作品を見にきてくれるお客さんたちに対して、もともとアニメ漫画コンテンツが好きな人たちにこの少女漫画やアニメで描かれている表象がフェミニズムというテーマに繋がっていることを知ってもらいたい。作品を導入として社会課題にも関心を広げて、次の新しい社会についても考えてもらえたらいいなと。
二つ目はアートについてあまり知らないけれど社会問題に興味関心のある人たちに、より専門的な視点からアートを捉えてもらいたい。フェミニズムを主題としたアート作品が未だにマイナーな日本で、フェミニズムアートをより広げていくためにはどうすればいいのか、一緒に考えていきたいなと思っています。
そして最後にもう一つ、今ファインアートの業界にいる人に向けて少女漫画や少女アニメが少女にとってどれだけ大事なものなのか、ファインアートの分野に持ち込むことがなぜ今の時代に必要なのかを説得したい。そうしなければ少女漫画の表象はファインアートにならないし、ファインアートとしてのポジションを作れないなと。
傷つけるためではなく、より新しい視点を求めて批評し合う
――ある意味、少女漫画に対してはオタクカルチャー然り、すでにさまざまな捉え方、関わり方、楽しみ方があると思います。同じくファインアートにおいても、向き合う姿勢や関わり方、捉え方も、より多様になったら良いかもしれませんね。
それこそ肯定するだけではなく、少女漫画もファインアートも、もっと批判的な目線が向けられて然るべきだと思っています。どんなコンテンツでも批判的に捉えながら、次のコンテンツをつくるためにはどうしたら良いのかアイデアを出し合う。傷つけるためではなくて、より新しいものをつくるという目標のために、クリティカルなことを言い合う場が増えたらいいなと思いますね。
アメリカの大学の授業の中でお互いの作品を批評し合う「crit(クリット)」という授業があるのですが、批評は相手を傷つけるためにあるのではなく、たとえ厳しいコメントでも、相手の作品をよくするために指摘するということを絶対に忘れないでと教えられました。人格攻撃をするのではなく、ただダメだねというのでもなく、これはこうした方がより良くなるのではないかという解決方法や提案をセットで提示する。そういった相手の作品をよくするために自分だったらこうするというような相手のためにする批評が増えたらいいなと思います。もちろん、私も自分のコンセプトがそのまま伝わればいいと思いながら構想を練ってはいるのですが、鑑賞者にはいろいろな方がいますし、つくった作品への解釈も開かれています。ただその中で私の作品をよりよくするため、前進するために改善するにはどうすれば良いのか。それをもっと多くの人と話せたらいいですね。
――最後に、これから先、山本さんが取り組みたいと考えられていることがあれば教えてください。
戦後の日本では、憲法上で男女平等が定められ、女性の表現者が表に出てきやすくなったと思います。そういった大きな社会変化と共に、日本の実社会における少女アニメ、少女漫画の表象はどのような変化を経てきたのかをより大きく捉えていきたいですね。そして少女漫画、アニメの表象を用いた表現だけではなく、今取り組んでいるさまざまなテーマを最終的にはひとつに集約していきたいと考えています。ある時代をピンポイントに表現するのではなく、もっと大きな視点で自分が影響を受けてきた日本の文化・社会を表現できたら良いですね。......そのためにも、このあともう少しだけ少女まんが館に残ってもいいですか?
『週刊少女フレンド』(1970年12号 / 講談社)
1995年に発売された『なかよし1月号』(講談社)
──もちろんです(笑)。
先ほど、CLAMPの作品『魔法騎士レイアース』と武内直子の『美少女戦士セーラームーン』が誌面上で同居していた、『なかよし』(講談社)の伝説的な1990年代から00年代の号を見つけてしまって。あらためて、この時代に生まれたかったなぁと思います。この当時はまだ5歳くらいだったので、大抵の作品はアニメから入るか、連載が終わった後に友人からお薦めされて後追いして読んでいて、オンタイムでは追えていなかったので。
──最近はどんな少女漫画を読んでいますか?
ここ最近、漫画アプリで韓国発の「転生もの」の漫画を読んでいます。私がよく目にする韓国の漫画作品は多くの場合、原作と作画が別で時々絵を描いている人が変わったりするんです。作者が長く休載することもあったり(笑)。ただ、面白いのが、ゼロ年代の日本の少女漫画が捨てた古典的な西洋の世界が舞台となる作品が多い点。主人公はそうした世界の中でお姫様と敵対する悪役側に転生します。当時の少女漫画を読んでいた世代は世界中にいるので、もしかしたら、ゼロ年代よりも前の漫画からの影響からかもしれません。時代も国境も超えて、文化が異なる形で引き継がれているのって本当に面白い。こうした作品が日本でアニメ化してくれたらいいなと思います。
information
少女まんが館
東京都あきる野市にある少女まんが専門の私設図書館。1997年3月、少女まんが世界の永久保存を目指し、パソコン通信仲間たちと一緒に立ち上げ、その後、中野純+大井夏代の夫婦ふたりによる共同運営に。蔵書は全国の少女まんがファンなどからの寄贈で約6万冊強(2022年4月現在、主に2000年までの作品群)。
4~10月の毎週土曜日、午後以降に限り13時から18時まで、一般公開をしています。
詳細は公式HPにて
information
山本れいら
来年(2023年)の年始と夏頃にRitsuki Fujisaki Galleryで山本れいらも参加するグループ展と個展を予定。
最新情報は山本れいらのHP、Twitter、Instagram、もしくはRitsuki Fujisaki GalleryのHP、Twitter、Instagramでチェック。
ARTIST
山本れいら
1995年・東京都生まれの現代アーティスト。十代で渡米し、シカゴ美術館附属美術大学に進学。在米中に体感した日米の文化間のギャップを重要なテーマのひとつとして、原子力を巡る日米の政治的関係やフェミニズムなどの社会課題を問いかける作品を制作。現在は日本を拠点に活動中。
新着記事 New articles
-
INTERVIEW
2024.11.20
日常にアートを届けるために、CADANが考えていること / 山本裕子(ANOMALY)×大柄聡子(Satoko Oe Contemporary)×山本豊津(東京画廊+BTAP)
-
SERIES
2024.11.20
東京都庁にある関根伸夫のパブリックアートで「もの派」の見方を学べる / 連載「街中アート探訪記」Vol.34
-
SERIES
2024.11.13
北欧、暮らしの道具店・佐藤友子の、アートを通じて「自分の暮らしを編集」する楽しさ / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.29
-
NEWS
2024.11.07
アートと音楽で名古屋・栄を彩る週末 / 公園とまちの新しい可能性を発明するイベント「PARK?」が開催
-
INTERVIEW
2024.11.06
若手アーティストのための場所をつくりたい━━学生スタートアップ「artkake」の挑戦
-
SERIES
2024.11.06
毛利悠子の大規模展覧会から、アートブックの祭典まで / 編集部が今月、これに行きたい アート備忘録 2024年11月編