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2023.03.17

でかいからといって圧倒されるだけではもったいない / 連載「街中アート探訪記」Vol.16

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
2022年の年末に、愛媛県にある道後温泉をアート作品で盛り上げる催し、道後オンセナートを見に行った。今回はその道後温泉の中心に位置し、先日回顧展が行われて話題になった大竹伸朗作品を見る。

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前回も道後オンセナートを探訪しています!

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日本最古の温泉にお出迎えするメディアアート / 連載「街中アート探訪記」Vol.15

  • #大北栄人・塚田優 #連載

アートで盛り上がる日本最古の温泉地

 

道後温泉別館 飛鳥乃湯泉中庭インスタレーション by 蜷川実花

大北:道後オンセナートに来ています。写真家・映画監督の蜷川実花さんの作品が道後温泉別館 飛鳥乃湯泉の中庭に一面に。
塚田:これまで見た中では一番人を集めてますね。
大北:みんな「すごっ!」って言ってる。 
塚田:温泉から出てきてこれだったら天国にいるような気分になるでしょうね。
大北:ああ~、それは楽しいだろうな。
塚田:こういう伝統ある温泉が現代アートを受け入れてくれることはいいですよね、保守的になりがちじゃないですか。
大北:景観が崩れるというクレームが来そうなものですよね。よく受け入れられたなあ。

大北:大竹伸朗作品の前に昼ごはんを挟みたいんですが、松山は鍋焼きうどんも有名だそうです。四国はうどんがあちこちで名物なんですね。
塚田:ここ昼はうどん出して夜はストリップ劇場なんですね。
大北:うどんが浸透していたとしてもそんなことあるんですかね!?

アートの連載に必要ないですが、珍しい場所でうどんを食べました

大北:さあ大竹伸朗が。メインとなる商店街を抜けると見えてきますね。

 

《熱景/NETSU-KEI》by 大竹伸朗

 

日本で最も古い温泉がまるごとアートに

大北:この壁は印刷っぽいですね。
塚田:紙のコラージュを25倍に拡大したそうです。
大北:へー、じゃあ元は1mとか2mの作品なんですかね?中に温泉があって工事用の覆いをしてあるのかな。
塚田:そうですね。用途や機能としてはその覆いの装飾になります。
大北:でかいからこういう衝立にも圧倒されますね。

大北:うわー、すごく古い建物ですね。
塚田:道後温泉は日本最古の温泉と言われていて、日本書紀にも登場したり、聖徳太子も来たと言われているそうです。

塚田:あれは石鎚山って言って、西日本最高峰の山を表しています。
大北:表してますね、ちゃんと。

大北:サギですかね?
塚田:そう、白サギですね。白サギは道後温泉の象徴です。
大北:象徴か~。ちゃんとそういうものを描いてますね。

大北:この作品もここで作ってるのかな。
塚田:大竹さんは宇和島に住んでらっしゃるのでそこで作られたんじゃないでしょうか。
大北:同じ愛媛なんですね。じゃあもう道後温泉アートやるなら大竹さん呼ぶっきゃねえと。
塚田:ネットで大竹さんのインタビュー読んだら、担当の人はすごく熱意があったとありました。
大北:地元のスターだ。
塚田:生まれ育ちは東京なんですけれども、1988年からアトリエをこっちに構えています。都内よりは大きなスペースが取れるでしょうから、大竹さんみたいに大作を作られる作家さんにとってはそういうスペースを確保することが重要だったんだと思います。

 

大竹伸朗の作品量のすごさ

塚田:大竹伸朗という名前は知ってましたか? 彼はデザインとか広告方面で注目を集めてきた人でもあるんです。スタジオ200という西武がやっていたミニシアターの走りみたいな場所が70年代後半くらいにあったんですけど、それのポスターに起用されたことでも注目を集めました。
そういったジャンルにとらわれない活躍をしてきた方でもあるんですが、2006年の東京都現代美術館の展示でものすごい展覧会をやったことによって、世界中から注目されるようなアーティストになっていくわけですよね。

大北:大竹伸朗展に行かないとなと思いつつ(※取材時は会期中)まだ…。
塚田:僕もまだ行けてないですけど、その名を世界に轟かせた2006年の回顧展「全景 1955-2006」は印象に残っています。めちゃめちゃ伝説的な展覧会で、当時僕は高校生だったのですが、友人たちと「すごかった、すごかった」と話題にしていたことは覚えています。
大北:当時、新社会人で『花束みたいな恋をした』の菅田くんみたいに文化から離れた状態でして……。
塚田:(笑)。とにかく圧倒される作品量で、吹き抜け部分もダイナミックに使っていました。
大北:作品量が。物理の世界では一定数の量を超えると質的な変化があるそうですね。量が質を変えたのかなあ。
塚田:カタログが1000ページぐらいあったんですよ。
大北:1000ページ!?
塚田:もう鈍器みたいな感じの厚さで、それが世界中のキュレーターの目に触れることによって国際的なアーティストになったんです。
大北:1000ページあるカタログ渡されたら「やべえ奴来たな」って思いますよね。
大北:世界的に評価が高まったのはその大きな展覧会で?
塚田:2010年代になってから世界的な国際展にも呼ばれるようになっていきます。
大北:日本人のアーティストとして世界で有名な人ってそんなにいないわけですよね。村上隆とか?
塚田:そうですね。あとは例えば、六本木で個展をやっていた赤い糸を張り巡らせる塩田千春さんとか。

大北:ふーむ、めちゃくちゃな量を作る作家ってことなんですか。
塚田:そうです大竹伸朗、めちゃくちゃな量を作るんですよ。
塚田:キャリアの最初期に、彼の制作をドライブさせたのがマッチのラベルでした。留学先のイギリスでマッチのラベルを大量に買ってノートに貼り付けることで、制作が波に乗っていったそうです。
だから真っ白な紙から何かを生み出すというよりかは、身の周りにあるものを使って作品にすることを得意としてる。これもそうですよね。紙を使って、それをちぎって張ってっていう風なことをやっている。
大北:あ、これ普通の紙なんですかね。なんか色紙みたいな。
塚田:これは大竹伸朗自作の色紙で、外国の紙も使われてるそうです。

 

別の次元に移しかえるコラージュ

大北:コラージュって雑誌の切り抜きをやたら貼り付けるイメージがありますけど、これもコラージュなんですね。
塚田:コラージュって元々「貼り付ける」っていう意味なので、美術の世界ではその広い意味のほうで使われていますね。

塚田:コラージュが面白いなって思うのは、絵の具と違って作者がどういう風なことをやったのかがわかりやすくなってるのが面白いんです。絵の具ってどの部分を先に描いたとか、どの色を重ねたとかってぱっと見にはわからないじゃないですか。
大北:たしかに。わかんないですよねえ、
塚田:でもコラージュって隣の紙よりも上に紙を貼ったんだなとか、作ってる人の手の動きがすごく想像しやすい。そういうディティールを見てても面白い。
大北:こんなでっかいもののディティールを見るってなんか変ですよね。ディティール自体がでかい。

塚田:紙の繊維のほつれとか、どういうスピードで紙をちぎってたのかなとかも連想できる。
大北:大竹伸朗のサイズ感で言うと、我々は25分の1になった状態ってことですよね。ちょっとした虫っぽくなった状態。
塚田:そうです。だからこそ目の前に立ったときにスケールを感じるんでしょうね。また、コラージュって貼り付けられるわけだから、全然違うところから紙はやってきてるわけです。 だから次元を移し替えるような作業でもあるんですよ。作者の手で別の場所から持ってこられる。それで結果的に道後温泉の白サギが描かれて…というふうにいわば「異世界転生」をしてるんです。
大北:この場合は外国の紙がコラージュとして作品に活用されて、最後は日本最古の温泉地の目玉になっている。

 

とにかく圧倒される大竹作品

大北:一つ一つ大きい上に、一周が長い。今まで見た中で1番でかいっすね。
塚田:確かに、街中アート探訪記で見た中では最大でしょうね。
大北:これ以上は今後もないでしょうね。
塚田:東大寺とか行くしかないですね。
大北:でかいの来たなっていう感じはおもしろいですね。

大北:大竹伸朗の展覧会行ったらやっぱめちゃくちゃな量を見るんですよね。そうすると一つ一つが良い/良くないっていう感じではない?
塚田:一枚一枚の質云々よりも量を見ることによってだんだんハイになってくるというか、そっちのほうから受けたインスピレーションをもとに思考を巡らせてみたくなってくる。そういうところが大竹伸朗作品にはありますね。この作品に関しては色彩もすごく賑やかですし。
大北:すごく機能してますよね。明るい色でみんな吸い寄せられていってる。

大北:さっき見た温泉の入り口が蜷川実花作品になってるのもそうですけど、ここはもう道後温泉の目玉というかそのものじゃないですか。それが大竹伸朗になってるのはすごいですね。
塚田:たまたま僕が3年前に来た時は、浮世絵風の絵でしたね。工事はやらなければいけないことだけれども、無機質な覆いでは観光客の足も遠のいてしまうだろうと考えて飾ろうっていう意識があったんだと思います。この大竹さんとのコラボレーションでは完全にタッグを組んで、道後の象徴的なモチーフを描いています。
大北:あっちの赤いのはなんなんですかね。
塚田:なんなんでしょうかね。でも大竹伸朗は「なんなんでしょうかね」のままでも作品そのものの力で迫ってくるものがあるんで。
大北:じゃあこの大竹伸朗は「でっけえなあ」でいいんですね。あー、ぼくは多分「お前はあれに気づかなかったのか」となるのが怖いんですよ。芸術貧乏性。 
塚田:今はネットで写真が見れることもありますし、とりあえず受け取れる分だけ受け取っておけばいいと思います。文脈を気にしすぎずに見られるのも大竹作品の魅力です。
大北:となるとやはり大竹伸朗は一般の人にも人気なんですかね。
塚田:どちらかというと、ですがそういうタイプの作家だと思います。
大北:そういえば街で見かける「ニューシャネル」って字のTシャツとかトートバッグ、あれ大竹伸朗なんですよね。
塚田:あの独特な字体とともにポップアイコン化してる部分はありますよね。
大北:djホンダのキャップだ。2000年前後くらいに誰もdjホンダのDJを聴いたことないけどキャップを被っていたという時期があったんですけど、
塚田:さきほど広告に使われたということも紹介しましたが、おそらく自分の作品のアウトプットが「こうじゃなきゃいけない」というこだわりはそんなにないタイプなんじゃないですかね。

 

建築的芸術の系譜上にもある作品

塚田:クリストって知ってます?
大北:巨大建築を包むアーティストだ。
塚田:そう、あのクリストの目的って包むことによってそこにあった建物を全く違うものに変えてしまうところに意味があるんですけど、でも大竹さんの場合は完全に包まれてるわけじゃないし、より装飾的なんですけれどもちゃんと道後にゆかりのあるモチーフを使って、建築物と共生するようなアプローチになっていますね。
大北:なるほどなー、こうした覆いはクリストみたいでありつつ、違いもあると。

塚田:大竹伸朗はこういう建築的なスケールが似合いますね。
大北:なるほどー、でけえーっていう?
塚田:建築に介入していくというか、コラージュの欲望がもう3次元に広がっちゃって、どこにでも貼りたくる、貼り付けまくるみたいな。
大北:あー、なるほど。私たちは大竹伸朗の量に惹かれてるというのはおもしろいなあ。そんな人っていないですよね。
塚田:ドイツにクルト・シュヴィッタースっていう作家がいて、家の中を全部自分の作風で埋め尽くしたものをメルツ建築(メルツバウ)と名付け展開してたダダイスムの作家がいるんですけれども、大竹さんはそうした系譜に連なるんですよね。四国ではここの他にも直島に直島銭湯というのがあって、大竹伸朗が内装外観含めて全部デザインしています。
大北:デザイナーでもあるんですか?
塚田:大竹伸朗はずっとアーティストとしてやってるんですけれども、ジャンルの枠にとらわれてなくて、とにかくクリエイティビティがこんこんと、それこそ温泉のように湧き出てる人なんです。銭湯もそうだし、あと自分の小屋を作って作品にしちゃうとか。
大北:小屋!
塚田:3次元的に展開してプレゼンテーションするのが得意な作家なんですよ。だからこういう仕事も、作家の資質にとても合ってる。
大北:なるほど。大竹伸朗=圧倒される、だからこのでかさ最高、と思ってましたけど、今回はそもそも建築っていうのが合ってるんですね。白サギ入れたり近くの山を入れたり、著名アーティストだけどここですべき役割を果たしてるのもすごい。
塚田:そうですね。スケールを感じるのもいいですが、アートと建築の関わりについて考えるほうが味わえる作品だといえるでしょう。多くの人が訪れる観光地なんで、現地ならではのモチーフを描くことで取っかかりを作って、いろんな人がわかるようにしてくれてはいるんですが、そういったことより普遍的な問題があることにも気づいてほしいと思います。

塚田(左)と大北(右)でお送りしました

大北:おしゃれな壁の前で撮ると全て音楽雑誌みたいな感じになりますね。
塚田:翼の絵の前で撮るインスタ映えみたいな。
大北:この壁の前でも、そういったものからは逃れられない。
塚田:良くも悪くも、アートの現代的な宿命です。

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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