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2024.01.12

さいたま新都心の巨大トカゲに、環境問題へのアプローチを見る / 連載「街中アート探訪記」Vol.26

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回はさいたま国際芸術祭2023が開催されるなどアート気運の高いさいたま市からさいたま新都心駅近くにある田辺光彰の作品を見に行く。パブリックアートをめぐる連載初の動物彫刻から何が見えるのか。

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前回はさいたま市与野駅前を探訪しています!

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  • #大北栄人・塚田優 #連載

さいたま新都心にいるステンレスの巨大トカゲ

大北:埼玉のパブリックアートを見ようということでさいたま新都心駅にある田辺光さんの『爬虫類』という作品ですが、あれですね。
塚田:けっこう尻尾が長い。

『爬虫類』田辺光彰 2000年

大北:いろんな角度から見れますね。事前に写真で見たときは1mぐらいの作品なのかなと思ってました。
塚田:動物だとそんなでかくはないだろうみたいな想像が働いたんですね。
大北:もう、さわれるというか座っていいくらいの作品なんですかね。子供が乗ってもいいぐらいの。
塚田:そうですね。

塚田:よく見てみるとこの口元とか繊細に作ってますね。雑にやった感じは全然しない。そして結構可愛いですね。
大北:ステンレスだとパーツごとに作って、これがここに繋がるからとか職人さんとやるんですよね。
塚田:そうですね。繋いだ跡っぽいのが見えます。鋳造で作られていて型に流し込んで作ったようです。

 

子供に人気のある親しみやすさ

大北:なんか刻印されてますね。生物多様性ってことですか。
塚田:そうです。その理由については後ほどお話しますね。
大北:「WILD」という文字も他にありましたけど、そう書いちゃったらワイルドだろ?って主張になってしまわないのかな。
塚田:遊具っぽい感じもありますね。この人は公園の彫刻とかも作ってるんで、親しみやすさというかそういうのはこの作家の特徴としてあるのかもしれませんね。2000年1月20日と書いてあります。前回と同じ2000年の作品ですね。
大北:やはりここ埼玉が色々盛り上がったのが2000年なんだ。都市が盛り上がるとパブリックアートができますね。(さいたま新都心の街開きが2000年5月。さいたま市の合併が2001年)

 

人類は動物を彫刻にしてきた歴史がある

塚田:これまでの連載で動物彫刻を取り上げてこなかったですね。
大北:動物彫刻というものがあるんですね。
塚田:エジプト文明の頃は猫の姿をした神様の像があったり、自然への畏怖を動物を通して表現してたんですね。
大北:たしかに原始宗教では動物が神様になりがちですよね。
塚田:でもだんだん人間中心主義的な考えが浸透して、人体が彫刻の主要なテーマになりました。
大北:そうか、彫刻ってむしろ動物の方がメインだった可能性もあるのか。おもしろいな。
塚田:20世紀の彫刻は素材も形式も多様化してくる。それを踏まえてもう一回動物彫刻、という気運は生まれてきてますね。日本だと三沢厚彦だとか。

大北:この田辺さんは動物彫刻の人なんですかね?
塚田:いやそれが調べたらすごい作家に当たっちゃったなって思ったんですけど、実は動物彫刻の人ではないんですがキャリアが良いんですよ。味わい深いです。田辺さん、まずキャリアの初期10年くらいは抽象彫刻だったんです。イサム・ノグチに強い影響を受けていて、実際交流もあったようです。
大北:(笑)イサム・ノグチからでかいトカゲに。不思議な経歴ですね。

大北:抽象彫刻っぽさありますか?
塚田:肘とか足ですよね。L字になってる。
大北:たしかに東京国立近代美術館にあるイサム・ノグチ『門』はこういうL字の形でしたよ。ここはもう曲線じゃなく直線でいいんだっていう判断もやっぱり抽象彫刻を経てるから?
塚田:だからこそできることでしょうね。
大北:写真で見た時にはトカゲにしては変な形だなと思ったんですよ。でもこうやって10mに届きそうな大きさで見ると、視界に収まる量が全然違って、こういうのもありなんだなと。
塚田:実際に目の前にすると存在感がありますね。

 

根源を求めてたどり着いたのは稲!?

塚田:田辺さんは元々抽象彫刻を作ってましたが、抽象彫刻ってアプローチはいくつかあって、その中の一つとして「根源的な形を求める」という考えもあるわけですよ。
大北:抽象ってこと自体、そもそも特徴を抽出するような意味だからそうなりそう。結局みんな丸だ、とか。
塚田:田辺さんの場合は、モチーフとして根源的なものを表現したいなと考えていたころに関心を持ったのが野生の稲の籾(もみ)だったんです。精米する前の、長く伸びた芒(のぎ)がついた状態のやつですね。
大北:え、稲? 唐突ですね。日本人のルーツとか、そういう意味ですか?
塚田:食べ物って文化そのもののルーツじゃないですか。英語で農業のことをアグリカルチャーって言いますし。そうして田辺さんは、稲の形の彫刻を作り始めるんです。
大北:なんでまたそんな狭いところを!?
塚田:野生の稲って水田で人間が栽培して作っていた稲よりも形がシャープでかっこいいんですよね。そういったのも多分影響はしてると思うんですけども、野生の稲に魅せられてしまった。
大北:形としての稲!?考えたこともないな。

塚田:ざっくりした話ですが、アジアの場合は稲を栽培することで人間は農耕民族となって、定住し始めたわけですよね。言ってみれば野生の稲は、人類の文化の起源のひとつなんです。
大北:今やってる彫刻も文化だし、文化のご先祖として稲の栽培があったと。
でも野生の稲って今でもあるんですか?
塚田:それが人間の開発の影響で、少なくなってきてるんですよ。だから田辺さんは、80年代後半ぐらいから野生の稲の自生地を巡るフィールドワークをし始めるんです。
大北:うわー、めちゃめちゃ我が道だ。すごい問題意識ですね。野生の稲か。
塚田:そう、だから環境問題に結びつくわけですよね。
大北:ああー! だからか!
塚田:そうなんです。だから生物多様性なんですよ。それ以外にもさっきワイルドとクライシスってありましたよね。
大北:ワイルドだろ?ってことじゃなかったんだ。

 

抽象を経て環境問題の提起へ

塚田:そこでなんでトカゲかっていうと、稲の自生するところで田辺さんがトカゲを見つけて、その豊かな生態系の象徴として制作するようになったんです。だからこのトカゲは作者が野生の稲の自生地を巡るフィールドワークの中で見たトカゲなんです。
大北:うわー、そうか。すごいな、調べたら見えてくるものありますね(笑)
塚田:野生の稲の生えているところはいろんな生物がいるから、その象徴としてトカゲっていう。トカゲは恐竜が生きていたような太古の昔からほとんど姿を変えることなく生き延びている。そうした生命力の強さの表現でもあります。
大北:なるほど、生態系の象徴としてのトカゲチョイス。
塚田:でも一方で温暖化が進むと絶滅する可能性があるともいわれており、この作品に刻まれているように危機的な状態にもあるわけですよね。こうしたメッセージを、錆にも強いステンレスで表現することで半永久的に発信し続けているのです。素材もテーマと合致してるんですよね。
大北:恒久的にあるっていうのは確かに保全とかそういったメッセージに近いですね。
塚田:トカゲであることは資料を読むと書いてあるんで確かなんですけど、タイトルは『爬虫類』。具体的なものじゃなく種として捉えると生態系を連想させやすいですよね。

 

稲界の大家になった田辺さん

大北:なるほどなあ、アーティストが環境問題を扱うときの背景をちゃんと見た気がしました。そんな田辺さんだからこそさいたま新都心ができると聞いて自然のこと忘れんなよと釘をさしたんでしょうね。
塚田:でも80年代からそういうことをやってるのって結構早いと思いませんか?
大北:エコロジーブームってありましたよね。
塚田:日本だと環境に対する関心って、公害問題が話題になった70年代に比べると、80年代は低いんです。90年代から地球温暖化だとかで再び盛り上がることになるんですが、田辺さんの試みはその点では先見の明があったんじゃないかなと。

大北:田辺さんは稲の研究以降、どうなっていったんですか?
塚田:日本と中国の野生の稲の共同研究の橋渡しをしたり、フィリピンにある国際稲研究所のために作品を作ったり、稲関係御用達の作家になっていきます。
大北:一回稲を経由してから美術に帰ってきた!
塚田:それぐらい世界中回って、危機に瀕する野生の稲を見た上でその重要性を作品として発信していきたいっていうことなんで、これは筋の通ったトカゲなんです。
大北:あー、田辺さんの世界の自然を見た結果がここにあるんだ。

 

パブリックアートは作品だけではなく場所も重要

塚田:でも実際子供の遊具にもなってていいですね。
大北:さいたま新都心はファミリー層に人気だそうで。子供が多い町なんですね。公園の作品を手掛けてるけど遊具を手掛けてる作家というわけではないんですよね。
塚田:これの場合は結果的に遊具になっちゃったっていう感じでしょうね。
大北:それでも、いかにもこの背中に乗っていいんだっていう感じの高さと平たさですよ。
塚田:パブリックアートってやっぱりおもしろいですね。連載も丸2年ぐらい続けてますが、乗ろうと思えば乗れるし触ろうと思えば触れるけど、作品によってはそういう雰囲気を寄せ付けないものってあるじゃないですか。
大北:子供がいたの六本木の蜘蛛のママンくらいかな。
塚田:でもべたべたと触られてたわけじゃないですよね。やっぱり作品の醸し出す雰囲気って、特に美術のことを知らなくても伝わってるんでしょうね。

若手美術評論家の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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