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INTERVIEW

2023.11.24

大宮芸人が本拠地でアートな風景を体験する。GAG 福井が行く、「さいたま国際芸術祭2023」

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Ryu Maeda
Edit / Eisuke Onda

私たちをとりまく風景を、よく目を凝らして「みる」ことはあるだろうか。

現代アートチームの目[mé]がディレクションする「さいたま国際芸術祭2023」は、われわれの「みる」という行為とは何なのか、あらためて問いかける展示になっている。

今回はメイン会場がある大宮を拠点に活動するお笑い芸人、GAG 福井さんにこの芸術祭を体験してもらいながら、率直な感想を語ってもらうことにした。

アートに関しては初心者だけど、大宮をこよなく愛する福井さんは語ります、「この街で、こんな事が行われているなんて.......」と。

風景を観に訪れたアートスポット

「さいたま国際芸術祭2023」

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Photo:SHIRATORI Kenji

さいたま市を舞台に3年に一度開催される芸術祭。今回訪れたのは、現代アートチーム目[mé]がディレクションする芸術祭メイン会場〈旧市民会館おおみや〉。芸術祭のコンセプトのひとつに「この世界を“みる”こと」がある。会場内にはインスタレーション作品や写真作品などを展示、なかには日によって変化する作品も展開される。その一方でスケーパーと呼ばれる風景を作る人やものが会場内のいたるところに潜む。両者は“あいまいな関係”で配置されており、どこまでをアートとして観るのかを鑑賞者に委ねてくる。

訪れた人

お笑いユニット・GAG 
福井 俊太郎

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2006年結成のお笑いユニットGAGのメンバーでネタ作り担当。大宮を拠点にし、2015年よりさいたま観光大使を務める「大宮セブン」として活動。この街の魅力を自身のYouTube番組『GAG福井の【ひくねとチャンネル】』で発信。

 

ちり紙とちりとりも現代アートなんですか?

「今回の企画、なんで俺が呼ばれたんですか?」と最初は不審がっていた福井さん。しかし、会場3階を訪れてから興味を示しはじめる

ーー普段アートを観に行かれることはありますか?

行かないですね。ただ興味はあって、ちょうどYouTubeチャンネルでアート展に行く企画を考えていたタイミングだったので、縁を感じました。

ーーさきほど会場を一通り鑑賞いただきました。まずは気になった作品から伺いたいです。

最初に観たということもあるんですけど、鏡の作品(谷口真人《私たちは一つの物語しか選べないのか?》)ですね。視界に入ったときから顔っぽいなとは思っていたんですけど、近づいてみて、鏡に映っている表の顔を発見したときにびっくりしました。あ、こういう仕掛けがあるのかと。でも、よくよく考えてみると、鏡を通してしか顔が見えないというのは、自分たち自身も同じなんですよね。

鏡の手前にアクリル板を置いて、そこに少女などのイメージを描く作品を制作するアーティストの谷口真人。描かれた表面を観るとぼやけた人物に見えるが、鏡を通して鑑賞することでイメージはくっきりと映される

何やら作品の下に置かれたちり紙とちりとりに興味を示した。「ここフレームみたいなので仕切られてて、誰もゴミなんて置けるはずないのになんで?」(福井)

ーー美術館などでは作品名や解説が書かれたキャプションが作品の近くに置かれていますが、今回はそういうものが一切なかったですよね。何が作品なのか区別がよくわからない。そういえば、鏡の作品の近くにあったちりとりも気にされていましたよね。

ちり紙がちりとりの上に乗ってる状態で放置されていたんです。最初は、あ、なんかゴミを捨て忘れてるのかなって正直思ってたんですけど、よくよく見ていったら、あ、これも作品なのか?っていう気持ちにもなってきて。何が作品で何がそうでないのかわからない。普段アートを観慣れていないぶん、僕にとってはかなりレベルが高い鑑賞体験だったなと思います。

写真提供:さいたま国際芸術祭2023

ーーただの置き忘れとしてちりとりがあったとしても、そこに作家名や作品名があればそれも現代アートになり得るなんてことも往々にあるので不思議です。

たしかに、あの何の変哲もないちりとりを作品として鑑賞してる人たちがいたら、それも含めての作品というか、“現代アート”ということもあるってことですよね。......すごい。

 

「みる」と「みられる」が溶け合った状態

会場となった旧市民会館おおみやの2階から大ホールを大胆に突っ切りながら、場内のいたるところに設置されている透明なフレーム。この仕掛けが鑑賞者を不思議な体験に誘う

ーーメイン会場の大きな特徴のひとつが、透明板のフレームでした。導線としての役割もありながら、それが作品やホールで開催されていた公演の楽屋や建物の事務室などの現実空間を隔てるフレームのようにも機能していました。作品を観ているとき、「みる側」と「みられる側」の関係性が逆転するのも今回の芸術祭の面白さだったのかなと思います。

大ホールで何かの公演のリハーサルの様子が観られたのもそうですよね。僕はあの舞台に、お笑いのライブで、2度立たせてもらったことがあるんです。

旧市民会館おおみやの大ホール

大ホールのリハーサル風景。演目があるときは演者、観客、さらにそれを観る芸術祭の観客という「みる」「みられる」が複雑な環境に。さらに、フレームの導線は舞台裏まで続き、演者を後ろから観ることもできる。「テリー・ライリー コンサート」準備風景、2023年、さいたま国際芸術祭2023、Photo: 表恒匡

あの舞台に立たれる人の気持ちも味わっているので、鑑賞者にウロウロされていると集中するのは大変だろうなと思って観ていました。でもまあ慣れてらっしゃるのか、一切こちらを振り返ったりとかはされてなかったんで、すごかったですね。

フレームで仕切られた楽屋裏を歩く福井さん

ーー福井さんは普段から「みられる側」の立場なので、余計に視点の変化を感じられたのでは?

職業柄、今までも「みる」「みられる」ということは意識して生活していた方だと思います。ただ、今回の芸術祭の空間にいると、「みる」「みられる」の意識自体が実はそんなに大したことではないんじゃないかなと感じることができました。もうどうでもいいって言ったらあれですけど、意図的に「みる」「みられる」を意識することを求められる空間の中では、むしろその意識すら消失されてしまったというか。その関係性すら溶け合ってしまっているように感じました。

フレームに仕切られた応接室に飾られた白鳥建二さんの写真を眺めたり、椅子でくつろぐ福井さん

芸術祭の運営スタッフのオフィスもフレームで仕切られており、鑑賞する事もできる。「この角の席の人めっちゃ狭いけど大丈夫ですか?」とスタッフをいたわる福井さん

 

芸人だったら緊張感を持たされるはず

スケーパーらしき清掃員を見つける福井さん。スケーパーとは、景⾊をもう⼀度「みる」行為を促す存在で、[mé]が提唱した造語。例えば、白髭を蓄えてベレー帽にパイプをくわえて古いイーゼルを立てて風景画を描いている「絵に描いたような絵描き」や、まるで計算されたかのような「道端で綺麗なグラデーションの順番に並ぶ落ち葉」のように、本当なのか偶然なのか、見分けがつかないような「虚と実の間の光景」をつくり出すものを指す

ーーもうひとつの特徴が、あちこちに多数仕掛けられている「スケーパー」の存在です。さきほどのちりとりもそうだったのかもしれないですし、人為的に用意された人間でさえも、会場だけでなく市内各所に紛れ込んでいます。

常に緊張感を持たされましたね。何か仕掛けられているのではないかと思いながら散策するのは、お化け屋敷に近い感覚なのかもしれません。麻雀で相手にリーチをかけられ、いつ上がられるかもわからないときの緊張感ともいえます。

「あれ、絶対そうでしょう? 赤いコーンに立ち入り禁止って書いてあるし変でしょ(笑)」

ーー芸人さんが番組等で仕掛けられるドッキリもそうですよね。急に日常から異世界に連れて行かれるという意味では。

たしかにその感覚もありますね。急におかしなことが起きると怖くなる。給湯室で、あきらかに怪しい清掃員の方を見たんです。いかにも、絵に描いたような清掃員の格好で休憩されていて。観てしまってよかったのか、最初はびっくりしました。

「このくまちゃんももしかして......」と福井さん。運営スタッフいわく、「私たちも知らないんですけど、このくまちゃん、毎日位置が移動しているんですよ......」

「なんだか会場にあったシミすらもアートにみえてきた」

ーーただの景色の一部が、実は人為的に用意されたものなのかもしれない。パフォーマンスだったのか、そうでないのか。その境界が曖昧な感じの面白さがありましたね。福井さんが壁のシミを観ながらこれもアートなのではないかとおっしゃっていたのがとても印象的でした。

それでいうと、通路の途中に腕時計が2つ置かれていたじゃないですか。僕が気づかずに素通りしていたんですが、みなさんが発見されて。あの瞬間、ちょっと悔しかったんですよね。自分が見つけられなかったことに対して。そのときの敗北感。感情として結構大きく残っています。

「えっ、なんですか? 時計?」

人の手が届かない高さのところに設置された時計。実は我々取材班もロケハンを含めて2回この会場を歩いて気がついた

ーー小ホールの入り口の上にコンバースのオールスターが一足落ちていたりもしましたね。

誰かが近くの公園のブランコから靴飛ばしをしてむちゃくちゃ飛ばしたという可能性もゼロではないですよね。いろいろ想像してしまいます。

 

僕たちがいつもやってるお笑いにちょっと近いな

​​会期中、目[mé]に加えて、近藤良平(彩の国さいたま芸術劇場芸術監督)、田口陽子(東洋大学理工学部建築学科准教授)が芸術祭会場周辺やさいたま市内のいろんなところに多数のスケーパーを仕掛けている。メイン会場の一角に位置するここスケーパー研究所では、田口教授の研究室の主導で、都市・建築論の観点からスケーパーの目撃情報を集めて調査研究している

ーースケーパー研究所も熱心に観られていましたね。

研究所っていうあの空間だけは、僕たちがいつもやってるお笑いにちょっと近いなって思っちゃいました。お笑いの設定としても本当に成立しそうで、コントチックな雰囲気も感じました。ただ、なんかここであまりお笑いっぽく正統派ツッコミをしても浅く見られるなっていう。だから僕みたいな芸人はすごく試されてる場所だと感じるだろうなと思いましたね。ちなみにこれは僕なりのスケーパー研究なのですが、僕がスケーパーだと怪しんだ方は、若干動きが遅いんです。それがスケーパーか否かを見極めるヒントなのではないかと思っています。これは研究所の田口所長に報告したいですね。だから、たとえばさいたま市内のラーメン屋で湯切りがあきらかに遅くて麺に水分が残っているようなものを提供されたら、それはスケーパーの仕業かもしれないです。

ーーほかに気になったものはありますか?

コーヒーの炭酸飲料(L PACK.《定吉と金兵衛》)ですかね。

地下フロアで展開されるL PACK.のインスタレーション。3種類以上のフレーバーのコーヒーがランダムで出てくる自販機へ

コーヒーを飲んでみると.......

自分の意見を言うっていうのが、怖くなるコーヒーなんですよね。自分の強さというか、いつも自信を持って発言しているかどうかがあのコーヒーを飲んだ時にわかるというか。 僕はちょっとこれがめちゃくちゃ美味しいですとも、もうめちゃくちゃ美味しくないですとも言えない人生を送ってきたなっていう風に思いました。

飲み終わった空き缶はゴミ箱に投げることも可能。その近くに投げ方の指南をする映像作品も

シンカーの持ち方で投げてみる福井さん

惜しくも外れた

 

やさしい大宮の素晴らしい芸術祭でした

最後に今村源《うらにムカウ》を鑑賞する福井さん

ーーアートとお笑いで似ていると感じた部分はありますか?

なにより作家さんの「これを観てもらいたい」「これを表現したい」という思いですかね。芸人も自分のこういう笑いを届けたいという思いがある。表現の意欲がまずあるんですよね。

ーー日常のおかしみを発見するという意味では、今回の芸術祭は福井さんがお笑いのネタづくりをする際の視点と共通する部分もあったのではないですか?

日常的なあるあるを見つけて、面白みを見出すという意味では共通するかもしれません。ただ、「僕はこう思う」というのを押し付けがましく言うのが僕のスタイルなんですよ。ここが面白がるポイントなので、これをわかってください、ここで笑ってくださいという作り。でも今日観させてもらって思ったのは、作品自体から何かを押し付けられる感覚はなかったんですよね。勝手に決めても良い自由さを感じました。むしろ見つけられなくてもいい、みたいな。

川島拓人、オルヤ・オレイニ、マーク・ペクメジアン、小学生フォトグラファーによる「ポートレイト・プロジェクト」。写真が毎日入れ替わりで展示される

ーー今回、まわったメイン会場は大宮にあります。そもそも福井さんにとって、普段の大宮の風景はどのように映っていますか?

よしもとの劇場があり、もう9年ほど週2ぐらいのペースで舞台に立っています。大宮の人って売れてない芸人に対してもすごく優しく受け入れてくれるんですよ。だから人間同士で付き合ってくれる人々がいる街、というイメージがあります。あと、背伸びしていない感じ。無理に都会ぶっている感じもないですし。

ーー今回「さいたま国際芸術祭2023」をまわってみて、大宮の印象は変わりましたか?

なにより大宮という街でこんな芸術祭をやっている、それができているということがすごいと思いました。メイン会場となってる「旧市民会館おおみや」はすでに閉館してしまった施設ですけど、そういう場所を借りて実施できていることも、それに賛同した方々も、サポートしている人々も、すごく魅力的ですよね。これに関わっているすべての人達が素晴らしいなと思っちゃいました。

──今日はありがとうございました。芸術祭の会期中は、さいたま市内にスケーパーが潜んでいるみたいなので、帰り道もお気をつけ下さい。

帰り道まで油断できませんよね。この後も大宮ラクーンよしもと劇場で寄席があるので、動きが遅い人を見かけたら注意しておきます。

Information

「さいたま国際芸術祭2023」

会期:2023年(令和5年)10月7日(土)〜12月10日(日)[65日間]
メイン会場: 旧市民会館おおみや
その他会場: RaiBoC Hall(市民会館おおみや)、氷川の杜ひろば(大宮図書館)、大宮盆栽美術館、漫画会館、岩槻人形博物館、鉄道博物館、埼玉県立近代美術館、うらわ美術館、さいたま市文化センター、その他市内各所

詳細は公式HPにて

DOORS

福井 俊太郎(GAG)

芸人

1980年生まれ、兵庫県高砂市出身。お笑いトリオGAGのメンバーで、ネタ作りを担当。また大宮ラクーンよしもと劇場を拠点に活動するユニット「大宮セブン」としても活動。自身が制作するYouTube番組『GAG福井の【ひくねとチャンネル】』では、時折、大宮のグルメ、古着の情報や街の魅力をお届けしている。

volume 07

交差する風景

わたしたちは、今どんな風景を見ているでしょうか?
部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。
風景、とひとことでと言っても
わたしたちが見ている風景は、一人ひとり異なります。
そしてその風景には、自然と都市、アナログとデジタル、
過去と未来、現実と虚構……などの
一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在しています。

この特集では、さまざまな人たちの視点を借りて、
わたしたちが見ている「風景」には
どんな多様さが含まれているのかを紐解いていきます。

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