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INTERVIEW

2023.12.01

MISATO ANDO(元BiSHリンリン)の人生を変えたキース・ヘリングとの出会い / 好きな風景の話。#1

Interview&Text / Shiho Nakamura
Edit / Eisuke Onda
Photo / Kaoru Mochida

わたしたちが見ている「風景」にはどんな多様さが含まれているのか──インタビュー企画「好きな風景の話」では、さまざまな人に風景にまつわる話をうかがう。

今回登場するのはBiSHのリンリン改めMISATO ANDOさん。グループの解散後はアーティストとして活動している彼女。

アート制作のルーツを紐解くと、幼い頃の原風景、人生を変えた現代アーティストとの出会いと、その日に見上げた空、そしてステージから観た光景へ。さまざまな話に展開していった。

子供の頃の記憶を描いた「自画像」

――6月のBiSHの解散後、名前を「MISATO ANDO」に改め、アーティスト活動をスタートされました。どんなきっかけがあったのでしょうか?

実は、解散前は音楽を作ってやっていこうと思っていたんです。でも、あるアーティストにすごい衝撃を受けて、そこからは制作に没頭することに……。ただ、もともと絵を描くのは好きで、BiSHの活動をしていた時もたまにインスタに載せたりはしていました。

MISATO ANDOさん作《自画像第1号》は自分を被写体にすることで、誰も傷つけず色々な表現を試せると思い、幼少期によく遊んでいた着せ替え人形から着想を得て、すっぴんの木版画を制作。版画作品の上からペインティングを施し、着せ替え人形のようにメイク、衣装を変えた第一枚目の作品

――10月に開かれた「Meet Your Art Festival 2023」で展示されていた、人の顔と手をモチーフにした大規模な作品はすごくインパクトがありました。

初めての展示だったので、自分のことをちゃんと伝えられる作品にしたいなと思っていました。幸いにも大きな作品を制作する機会をいただいたので、幅5メートルの展示スペースを目一杯使おう、と。木材などで骨組みを作ったのですが、ノコギリや使ったことのないインパクトなどの工具は、DIYに詳しい方にアドバイスをもらいながら組み立てていきました。

「MEET YOUR ART FESTIVAL 2023」で展示した《自画像〜珍竹林からこんにちは〜》

――ANDOさんが今後こういうことをやっていきたい、という決意表明のような作品にも見えました。

そうですね。どんなことを表したいのかを伝えたい気持ちは大きかったです。私は小さい頃から外で遊ぶことが好きで、外に出ると好奇心を掻き立てるものがうわっと広がっている、ジャングルのようなイメージがあって。そういった子どもの頃の記憶や経験から、アートの世界に出てきた私の自画像として提示したんです。私が子どもの頃に図工で作ったものとか、着ていた服やおもちゃを母が取っておいてくれていたので、それを貼り合わせてコラージュ作品として制作しました。

――子どもの頃の記憶として、どんな「風景」が思い浮かびますか?

空き地……静岡の田舎で育ったのですが、よく空き地で遊んでたんですよ。背の高いススキが群れていて、小学生だった私と同じぐらいの身長で。そういう光景とか、虫がすごく好きなので空き地で虫を探している景色が、心の中にある最初の「風景」ですね。学校では自分から友達を誘うことができないタイプだったのですが、近所にいた子はみんな自分より年下の子たちだったので、自分がリーダーになれて(笑)。探検隊長みたいな気分でみんなを引き連れて遊んでいましたね。

――他にも好きだったことや、印象に残っていることはありますか?

絵もよく描いていたのですが、手を動かして何かを作ることが好きでした。昔からお母さんがなんでも手作りしてくれたので、その影響もあって私も作ることが好きだったのかなと思います。家族はみんな美術が好きな環境で、ひいおじいちゃんが友禅の職人さんだったので昔から着物に触れる機会は多かったですね。呉服屋のお手伝いのおばちゃんと一緒に、着物のハギレを使ってぬいぐるみを作ったりした思い出もあって。

 

キース・ヘリングとの衝撃的な出会い

MISATO ANDOさんが制作をする上で影響を受けているアイテムたち

――今日はANDOさんが影響を受けた「風景」にまつわるアートやグッズ、本などを持ってきていただいたのですが.......、それにしてもすごい量ですね。

風景と関係あるかは分かりませんが、いろいろと持ってきちゃいました。

――ありがとうございます。冒頭で、衝撃を受けたアーティストがいるとおっしゃっていましたが、そのアーティストというのは……。

これを見たら一目瞭然ですよね(笑)。キース・ヘリングです! 2年前の秋に、山梨県にある「中村キース・へリング美術館」に行く機会があって、もう、初めの部屋に入った瞬間から作品に心を奪われてしまいました。それまでヘリングの絵といえば、アパレルブランドとコラボしているなとか、その程度だったのですが。美術館を訪れたことで、へリングがアクリル絵の具をよく使っていたと知って、私もすぐに絵の具を買って描き始めたんです。

中村キース・ヘリング美術館 希望の展示室 All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection

――アート活動をしようと気持ちが決まったのは、ヘリングの影響が大きいのですね。美術館で心を奪われたというのは、どんな作品だったんでしょうか。

HIVに感染していたヘリングがもう余命が長くないとわかってから制作を始めた作品です。実際の作品は大きくて迫力があるのですが、今日は大判の布にその作品がプリントされたグッズを持ってきました。

普段、MISATO ANDOさんのご自宅で飾っているというキース・ヘリング《無題》(1988)がプリントされた大きな布

《無題》 1988年、中村キース・ヘリング美術館蔵 All Keith Haring Artwork ©Keith Haring Foundation Courtesy of Nakamura Keith Haring Collection.

(布を見ながら)この部分は人と人が支え合っているように見えますよね。この模様の部分は笑っているけど、こっちは涙のようにも見えたり。人生の喜怒哀楽や、人と人のつながりとか大事なこととか、いろいろなものが詰まっているんだと感じて。私が勝手に解釈しただけですが、これを彼が自身の死が近いことを知りながら描いたんだと思うと、心にじーんと響くものがあって……。

――そのようにアート作品に感動した体験はこれまでにもありましたか?

いえ、初めてのことでした。この絵を家に飾りたいな、なんだか綺麗だなと、そういう視点で眺めることが多かったですね。作った人の気持ちや作品に込められた意味を自然と読み取ろうとしたのは、キース・ヘリングが初めてで。その感覚を知れたことは、すごく嬉しいです。美術館に、“彼が生命を別の物(作品)に落とし込んでアートという生命となって生き続けている”という趣旨の言葉があったのですが、いま彼は亡くなっているけれど、まさに私がこうやって「出会った」ことを実感して、涙が出そうになりました。

私物のキース・ヘリング作品集『Keith Haring』やジョン・グルーエン著『キース・へリング』などが並ぶ

――キース・ヘリングの本も持ってきていただきましたが、付箋の数がすごいですね!?

ヘリングに出会って、いてもたってもいられなくなって、後日、この本を買いました。生まれた時から亡くなるまでのヘリングの生涯を、ヘリングの周りの人や本人が語っている日記のような内容なのですが、どんどん彼のことを知って、もう変態みたいに追いかけています(笑)。こんなふうに付箋を貼って本を読んだのも初めてのことです。

――どんなところに付箋を?

こう、心に残った言葉があるところに。ヘリングの象徴的なモチーフに犬がありますよね。というのも、彼のお父さんは漫画家で、幼少期のヘリングは父親が描くワンちゃんの絵にインスピレーションを受けて自身も幼少期からずっと犬を描き続けたそうです。ヘリングは絵の中で、犬を悪魔や権力の濫用など様々な象徴として見立てているのですが、この本にはその理由が書いてあるのでそういうページとか、創作にまつわる動機や、展覧会のタイトルとか、彼が読んでいた本とかにも付箋をして。

取材時に身につけていた時計もSwatchのキース・ヘリングコラボ

1988年に青山にオープンしたキース・ヘリングのショップ「ポップショップ・トーキョー」は1年程度で閉店。当時のアイテムは稀少で、探し回ってANDOさんがようやく入手したというパーカー

――本の数々に、腕時計や、パーカー……たくさん集めているんですね。衝撃的な出会いだったことが、ひしひしと伝わってきます。

実は、美術館に行った日は、なんだか落ち込んでいたんですよね。自分の正解ばかりを意識してしまって何をするにも自信がなくなっちゃうような時期で。そんななかでヘリングの作品に出会えて、心がすっと救われた感じがしたんです。ヘリングが子どもの頃に描いていたモチーフを大人になってから描いていることも知って、私も小さい時に外で触れたことや、虫を眺めていた感覚を大事にしたいと改めて思いました。そうすると、優しい気持ちにもなれる気がして。大人になると、周りの人の目があることがわかって、社会を知って、こういう発言はしちゃいけないとか、人としてやっていいこと悪いことが見えてくるものですが、でも、そういうことばかりに左右されずに、自分の好きなものだけに真っ直ぐにいた頃の感覚は忘れてはいけないなって。そういえば、美術館からの帰り道、空がすごく素敵だったんですよ。太陽と、女の子の髪が三つ編みになっているような雲。この写真をずっと待ち受けにしています。あの日に出会った風景として、大切に。

スマホの待ち受けにしているという、中村キース・ヘリング美術館を出たときに見た空

 

自分の内側から出てくる、大切なこと

続いて持ってきてくれた『とんでも春画 妖怪・幽霊・けものたち』(新潮社)を開く

――他にも今日は、本やグッズをたくさん持ってきていただいています。

外で遊ぶのも好きでしたが、昔からエッチなものも好きなんです。幼稚園の頃から興味があって(笑)。お母さんが、ドラマとかで少し大人のシーンが出てくると恥ずかしがって隠す人だったので、余計に興味を持ったのかなと思うのですが。それで、小学生の時に歴史の資料集に春画が出てきてたのですが、すごく驚きました。カラーで大人の裸を見たことがなかったんですね。そこからどんな春画があるのかを探すようになって、「妖怪春画」というジャンルがあることを知りました。下品というよりも、すごく馬鹿げていて面白いんです。なんでもやっていいんだ!という自由さもあるな、と。あの、性行為って現実世界ではなんだかタブーとされてるじゃないですか。でも、みんな興味はあるし、行為自体はしているということに面白さを感じているのかもしれません。

教育本を数多く手掛ける出版社から発行された写真集『交尾』(子どもの未来社)もおすすめの一作なのだとか

――これは動物の交尾を集めた写真集……?

子ども向けの教育本ではあるのですが、人間もどの動物も、行為中って無心な顔をしてるな、同じだなと思って(笑)。真剣な表情が面白いですよね。

――そして、これはキーホルダーですか? ポップで可愛いですね。

今、ストリップ劇場に行くのにはまっていて、小倉劇場や道後温泉など全国を巡っているんですが、劇場ではストラップが売っているところがあるので御朱印代わりに集めています。はじめは興味本位で足を運んだのですが、ドアを開けた瞬間に、建物とかもそっくり昭和のまま残っている空間にタイムスリップしたような感覚になって。ストリップは、昭和のピーク時は国内におよそ300軒もあったのに、現在は十数軒しかないんですよ。今の法律だと新しく建てることも修復作業もできなくて、失われていく運命にある文化。それならば今いっぱい通って写真も撮ろうと思って、劇場に行くとチェキ会(撮影の時間)みたいなのがあるので、踊り子さんにポーズをしてもらって撮り溜めています。

――お話を伺って、子どもの頃から好きだったことが大人になった現在にまでつながっているんだなと想像しました。いろいろな経験をしたからこそ改めて大切にしたいと考えていることが、これからの制作にも活かされそうですね。

BiSHとして一番初めに書いた歌詞のことを時々思い出すんです。当時はルールも知らずに書いたので、「殺す」とか「死ぬ」といった言葉を使っていたんですよね。正直にその時の思いを書いたその歌詞は、なんだか想像以上に多くの人に広まることになったのですが、時間が経っていろんなしがらみが生まれて、私もいろんなことに気を遣ったり頭が堅くなってしまったんだと思う。自分の内から出る言葉が書けなくなった時期がありました。何も知らないからこそ、自分の内側から出てくる大事な何かがあるものですよね。

2016年発表の「beautifulさ」ではじめて作詞に挑戦した

――最後に、これまで制作した思い入れのある作品や、これから挑戦してみたいことをお聞きしたいです。

BiSHの解散ライブの時に、ステージから見る景色はもう2度とないだろうなと思ったので、舞台から指で覗き穴を作って、そこからファンの人たちを見ている景色を、木版画にしたんです。BiSHのスタイルというのはステージも曲の雰囲気もすごく幅広くていろんな顔があったので、さまざまな感情を表すために、刷るたびに色も変えることができる木版画で。繰り返し刷るという行為は、記憶を思い起こす作業に似ているとも思っていて。これは何度でも思い返したい「風景」です。

8年間活動したBiSHのリンリンとしての記憶を永遠に残したいと考え、ステージ上から見える景色を何回でも刷れる木版画にしました。背景の色を変えることで曲やその時の心情を思い出せる作品(公式HPより)

今後は色々な表現にチャレンジしていきたいですが、今は制作の知識がない分、なんでもその時の思いつきや直感を大事にして楽しみたいなと思っています。

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Information
〈中村キース・ヘリング美術館〉

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2007年4月、アーティストのキース・ヘリングを紹介する世界で唯一の美術館として、八ヶ岳の麓に位置する小淵沢に開館。コレクターであり館長を務める中村和男によって蒐集されたおよそ300 点の作品のほか、記録写真や映像、生前に制作されたグッズなど500 点以上の資料を収蔵。建築設計は国際的建築家である北川原温、建築は傾斜した地形に沿って「闇から希望へ」というテーマのもとにキース・ヘリング作品を体感できる場となっている。毎年異なるテーマによるコレクション展や現代を代表するアーティストを迎えての企画展などを開催している。

2023年6月3日-2024年5月19日(日)は「キース・ヘリング:NYダウンタウン・ルネサンス」と「ハウス・オブ・フィールド展」が開催されている。

住所:山梨県北杜市小淵沢町10249-7
開館時間:9:00〜17:00(最終入館16:30)
展示会会期中は無休
詳細は公式HPより

「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」

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Photo by ©Makoto Murata
Keith Haring Artwork @Keith Haring Foundation

明るく、ポップなイメージで世界中から愛されているキース・ヘリング。ヘリングは「アートはみんなのために」という信念のもと、1980年代のニューヨークで地下鉄駅構内やストリート、つまり日常にアートを拡散させることで、混沌とする社会への強いメッセージを発信し、人類の未来と希望を子どもたちに託しました。ヘリングが駆け抜けた31年間の生涯のうち創作活動期間は10年程ですが、残された作品に込められたメッセージはいまなお響き続けています。本展は6メートルに及ぶ大型作品を含む約150点の作品を通してヘリングのアートを体感いただく貴重な機会です。社会に潜む暴力や不平等、HIV・エイズに対する偏見と支援不足に対して最後までアートで闘い続けたヘリングのアートは、時空を超えて現代社会に生きる人々の心を揺さぶることでしょう。

会期: 2023年12月9日(土)~2024年2月25日(日)
会期中無休
開館時間:10:00~19:00
金曜日・土曜日は20:00まで
年末年始(12月31日~1月3日)は11:00~18:00 
※入場は閉館の30分前まで
会場: 森アーツセンターギャラリー [六本木ヒルズ森タワー52階]
住所:東京都港区六本木6丁目10−1 六本木ヒルズ森タワー
詳細は公式HPにて

また、公式サイトではANDOさんが展覧会に寄せたメッセージを公開しています。
本展は東京開催後、2025年にかけて神戸、福岡、名古屋、静岡、水戸へ巡回予定。

DOORS

MISATO ANDO

美術家

東京を拠点に活動する美術家。「楽器を持たないパンクバンド」BiSHの活動を2023年に終え、同年、美術家としての活動をスタート。自信の「妄想力」を武器に、独自の発想と色使いで独創的な世界観をドローイング、インスタレーション、版画、立体など様々な手法を用いて表現する。 また、コラムニスト、ラジオパーソナリティなど、美術家の枠に囚われず活動の幅を広げている。

volume 07

交差する風景

わたしたちは、今どんな風景を見ているでしょうか?
部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。
風景、とひとことでと言っても
わたしたちが見ている風景は、一人ひとり異なります。
そしてその風景には、自然と都市、アナログとデジタル、
過去と未来、現実と虚構……などの
一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在しています。

この特集では、さまざまな人たちの視点を借りて、
わたしたちが見ている「風景」には
どんな多様さが含まれているのかを紐解いていきます。

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