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INTERVIEW

2024.01.26

前田エマの“目の前の風景”を変えた絵本とアートブック / 好きな風景の話。#2

Text / Shiho Nakamura
Interview&Edit / Eisuke Onda
Photo / Kaoru Mochida
Hair Make / Karen Suzuki

わたしたちが見ている「風景」にはどんな多様さが含まれているのか──インタビュー企画「好きな風景の話」では、さまざまな人に風景にまつわる話をうかがう。

今回登場するのは連載「前田エマの“アンニョン”韓国アート」でもおなじみのモデルの前田エマさん。

昨年末に韓国留学から帰国したエマさんに好きな風景の話を聞いてみると、幼い頃に読んだ絵本や、学生時代に読んだアートブックをあげてくれた。

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連載「前田エマの“アンニョン”韓国アート」はこちら!

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「なぜいま、韓国のアートなのか?」 / 前田エマの“アンニョン”韓国アート Vol.1

  • #前田エマ #連載

韓国で出会った“視野”

――ARToVILLAでは、2023年に韓国へ留学中だった前田エマさんに全6回のエッセイを連載していただきました。コロナ禍に韓国ドラマやK-POPにはまったことがきっかけで韓国の歴史や文化に興味を持ち、実際に現地で学ぼうと決めた前田さんですが、日本に帰国したいま改めて韓国で出会ったさまざまな「風景」についてお聞きしたいと思います。

留学自体は昨年の夏までだったのですが、その後も数カ月滞在して、いろんなクリエイターの方にお会いしたり、行けていなかった場所を訪れたり、習い事に通ったり、朗読会をしたり、語学スクールでも勉強したりして、昨年末に帰国したところです。2024年は気持ちを新たに日本での活動を再開しますが、これからの活動の中では、韓国で感じたことが大きな糧になっていくのではないかなと思っています。

――出会ったクリエイターとは、どんな方々ですか?

アーティストや作家の方などともたくさん交流しましたが、印象に残っているのは家業を継ぐ人々との出会いです。実家がお店を営んでいたり、両親がギャラリーを経営したりしていて、私と同世代である子どもたちが家の仕事を継いでいました。

一般的に日本で店を継ぐというと、伝統を大事に受け継いでいくイメージが大きいと思うのですが、韓国の若者たちは、一度外国で学んだり、少し違う分野を勉強した後に家を継いでいる人が多くて。そのためか、新しいことにどんどん挑んでいくんですね。プラスすることや、魅せ方をガラッと変えていくことに対して、日本よりもフレキシブルというか、そのスピード感もとても新鮮に映りました。

――特に近年、韓国のカルチャーは世界的にも躍進しています。韓国の若い世代の意識も大きく変化しているのですね。

私個人の印象ではありますけど、日本のクリエイター、そして学校教育は自分の専門性を高めることに尽力しますよね。例えば絵画をやる人は油画科出身だったり、デザインを勉強したい人はグラフィックデザイン学科専攻だったり…。一方で、韓国では総合大学の中に美術科が設置されていることが多いので、美術だけではなく、さまざまな学問、それこそマーケティングや言語なども学び、他の専攻の学生と交流する経験を経たクリエイターがたくさんいました。自分の専門分野の外から自分たちの専門を見る視野を持っているんですよね。そのことがすごく刺激的でした。

連載第3回目「5・18、光州ビエンナーレへ」で紹介した国立民主墓地

――連載では、民主化運動の犠牲者たちが眠る国立民主墓地や展覧会など、韓国で実際に出会ったさまざまな風景を写真とともに届けていただきました。実際に現地を訪れて自身の目で見る大切さについてお聞きしたいです。

連載とは関係ないのですが、戦争で亡くなった人たちのお墓に、戦没者を追悼する日に行きました。私は日本人なので、その場に居ることが、韓国の人たちに何か迷惑になったら嫌だったし、あまり良い気がしない方もいらっしゃると思ったので、一人で静かに向かいました。とても重たい空気が流れているのだろうと思っていたのですが、ご先祖のお墓の前にレジャーシートを敷いて、みんなでお酒を飲んだり、食べたり、おしゃべりしたり歌ったりしていて、自分が想像していた厳粛な雰囲気とはだいぶ違ったんですよね。それは、実際に現地へ行かなければわからなかったことでした。

韓国には戦争博物館、移民史博物館、植民地博物館など、歴史を伝える施設が多くあります。そこでは、自国の歴史だけでなく、世界で起きた似たような歴史や、今現在起こっていることも、展示していました。そして加害された歴史だけでなく、自国の反省を含めて展示していて、現在、そして未来へと繋げていく姿勢に驚きました。

日本ではもう戦争は終わっていて、どこかでもうすでに過去のことだという意識があるのでしょう。自分たちは平和な国にいるという感覚が、少なからずあると思います。でも、今の世界を見ると、そんなことは少しも思えませんよね。でも、やっぱりどこかで「どこか別の世界のことだ」という意識がある。それは幸せなことかもしれませんが、同時に怖いなとも感じます。そういった意味では韓国は今も休戦中にすぎないし、兵役もあります。ベトナム戦争に派兵された過去もあります。誤解を恐れずに言えば、戦争に対する意識、国というものへの感覚が日本とは違います。

博物館には、韓国の若者やヨーロッパやアメリカからの観光客がたくさん訪れていましたが、日本人は少ない印象でした。訪韓する外国人は日本人が一番多いくらいなのに、こういう場所に訪れる人は限られているのかなと。日本人こそ、行くべきなのではと私は強く思いました。

 

影響を受けたものたちから見る風景

持ってきた風景にまつわる本を広げるエマさん

――今日は、前田さんの「風景」にまつわるものを色々と持ってきてもらいました。

まずは、一番好きな絵本を。大竹伸朗さんの『ジャリおじさん』です。初めて手にしたのは保育園の頃ですね。大竹さんが、有名な現代アーティストだと知ったのは、高校生になってからです。「えっ、立派な人だったんだ!?」って、びっくりしました。でも、私にとって大竹さんはずっと“ジャリおじさん”なんですよね。

1冊目は現代アーティスト・大竹伸朗が手掛けた絵本『ジャリおじさん』(福音館書店)。コラージュやドローイングなど様々な手法が使われたり、前のページにでてきた登場人物の見た目が突然変化していたり、その構成は自由である

絵本を開くと、原画となる絵の上に、また別の絵が描かれた紙を貼っている箇所があります。普通だったら、間違えたのかな?と思うじゃないですか。けれどこの絵本を見ていると、物事には失敗なんてないし、やり直したり追加したり、途中だったりしてもいいじゃない、楽しければ全てよし! みたいなことを子どもの時に感じました。他の絵本とは違う、不思議でたまらない本でした。

――見開きいっぱいを埋め尽くすように、ドローイングが爆発しているページもありますね。

そうなんです。小さい時から何百回とこの絵本を読んでいるはずなのに、毎回新しいものを見ている感覚になるんです。前のページに出てきていたはずの動物が他のページには描かれていなかったり、ジャリおじさんの顔がページ毎になんだか別人のようにも見えたり。大人になるといろんなことが制限されていくものですが、この絵本はそうではない世界を最初に教えてくれた私にとって大事な「風景」ですね。

2冊目はさまざまな有名ペインターの師でもある櫃田伸也の作品集『通り過ぎた風景』(東京藝術大学出版会)

――次は画家・櫃田伸也さんの作品集『通り過ぎた風景』について教えてください。

櫃田伸也さんを知ったのは高校生の頃。予備校の先生が「前田さんが好きそう」と言って教えてくれました。すぐに惹き込まれて、展覧会にも行きましたし、櫃田さんの作品に感動して、その興奮から徹夜で絵を描いたこともあります。この作品集は、絵画作品だけでなく、櫃田さんのメモや、新聞の切り抜きやチラシ、制作の参考にする写真とかスケッチ的なものもたくさん載っています。思考の流れが想像できるのが面白いです。

櫃田伸也の作品が使われた『通り過ぎた風景』の書影

普通は、絵って完成して発表したら、それで終了。作品として残り続けますよね。でも櫃田さんは途中で描き足したり増幅させたりするんです。その自由さ……! 人は生きている間に考え方や価値観がどんどん変わっていく生き物です。絵画に対してもそれは同じことなのではないでしょうか? 変化し続けることを受け入れる姿が、すごく魅力的だと感じます。それと、櫃田さんは大学の先生として、奈良美智さんや杉戸洋さんなど今のアートシーンを担う多くのペインターに教えてきた人です。そんなことを想像しながら、この画集をめくるのも楽しいです。

 

真似することから始める勇気

――そして、前田さんのおすすめの本『まねぶ美術史』ですね。

私は高校生の時に学校に行けなくなった時期がありました。そんな時に、スナップ写真を撮り始め、それがきっかけで外に出ていけるようになりました。写真を撮ることが、自分が「今を生きている」ということを肯定してくれるような、救われたような気持ちにさせてくれたんです。そこから、雑誌や映画、アートに今まで以上に関心を持つようになり、美大に行きたいと思うようになり、美大予備校に通い始めたのです。でも、絵がうまいわけでもなければ、とりわけ表現したいことがあるというわけでもなく、コンプレックスも大きくて。何がしたいのか、作家として何ができるのか、それ以前に、私のような人間が美大に行って大丈夫なのかと不安でした。

3冊目は名画の中の人物に自分がなりきって写真やムービーで自身を撮るという作品を制作し続けるアーティストの森村泰昌の『まねぶ美術史』(赤々舍)

そんな時に足を運んだのが、アーティスト・森村泰昌さんの『まねぶ美術史』という展覧会です。高校三年生のころ、香川県で開かれていたのを偶然観ました。「真似して学んでいく」というテーマの展覧会で、今日持ってきたのはその図録です。真似をすることで、いろんな絵画の歴史や技術、考え方を学んでいく。真似することが悪いことではなくて、そこから創作が生まれる可能性があるんだということを教えてくれました。真似することさえも作品になっていくんだ、と。

表現したいものがなかった当時の私にとっては本当にありがたい展示でした。とにかく真似して学んでいけば、もしかしたら私も何かが見つかるかもしれない、と勇気をもらったんです。

4冊目はホンマタカシが現代までの写真史を自身でもその名作を真似ながら紹介した本『たのしい写真-よい子のための写真教室』(平凡社)。書籍に関連したワークショップも行い、その写真も掲載している。まずは撮ってみる、という実践を伝えた1冊

――もう一冊は写真に関する本ですね。

大学に入ってから読んだ、写真家・ホンマタカシさんの『たのしい写真』です。現代までの写真の歴史をわかりやすく解説しつつ、真似して自分でも撮っていくことでそれを体験していき、現代の写真を知っていくという過程を記しています。

また、自分で撮るだけが“写真表現”“写真でのアート”ではないということも書いてあって。今はネットで検索すればたくさん画像が出てきますし、不特定多数の人がスマホで簡単に撮った写真を見ることができます。自分で撮った写真ではないものに、手を加えたり新たな意味を与えることを「ファウンド・フォト」と呼ぶんですけど、そういう“自分が撮る”だけの時代が過ぎ去った現代のことが述べられていて、創作には様々な方法があるのだと知りました。

自分が作品を作ることに対してコンプレックスがあった私は、この本を読んで、机の上だけで学べるアートや写真もあるけれど、やっぱり1回真似してやってみなければ見えない世界があるんだなと思えるようになりました。

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  • #Q-TA #特集

 

韓国のカルチャーを自分なりの方法で伝えていく

――最後に、前田さんの今後について教えてください。アートの活動にも力を入れていく予定ですか?

2023年9月には大分県別府市で開かれたアートフェア「Art Fair Beppu」に参加したのですが、韓国の伝統的な「韓紙」に、「スッカラ」や韓国の白磁をモチーフにした絵を炭で描いた作品を出展しました。

前田エマ《スッカラ》

というのも、韓国で生活する中で朝鮮の伝統的なものや文化が、私の目にはとても新鮮に映ったんです。今日持ってきたこの「スッカラ」は韓国のスプーンなんですが、どの家庭にも必ずあるごくありふれたもの。一つひとつ形が違って“物”としても面白くて、スッカラがあるだけで食卓が美しいものに見えたんです。見た目よりも便利で使い勝手もいいんです。

エマさんが韓国で購入したスッカラ

他にも、「ポジャギ」という伝統的な手工芸品として知られる風呂敷のような布に惹かれました。昔は布が高価だったからハギレを集めてパッチワークのように一つに縫い合わせていたのですが、今じゃそのつぎはぎしたデザインが大人気です。私も韓国で教室に通って習ったのですが、本当に大変で、30cm四方のものを作るのに丸1か月かかったんですよ。

それと、私は韓国で「書芸(ソエ)」という、日本でいう書道にあたるものを数ヶ月習いました。日本でも書道をやっているのですが、ルールがまったく違うことに驚きました。日本では同じ部分を2回書いたらダメだし、強弱を巧くつけるのがいいとされています。でも韓国では、いかに均等に線を引くかというイメージに近くて、重ね書きもOKでした。ハングルって、カクカクしているというか、ちょっとデザインっぽくも見えるんです。

そういう面白さを、作品にしてみたいと思って描いたものをアートフェアに出展しました。

――韓国で経験したことが、自身の創作にも繋がっているのですね。

大学時代は絵と写真を学びましたが、今は文章を書くことが仕事の軸になっています。しかし、絵も写真も一度やってみたからこそ、今の自分が見ることができている風景があるはずだと思うんです。先ほど紹介した本たちは、まずは真似してみようだとか、歴史を学んでみようだとか、表現するものがなくても大丈夫だよと、そんな風景を私に見せてくれた。だから、何が起きるかはわからないけど、まずは実際に韓国に行ってみようという行動力に繋がったんだと思います。

これからも自分なりの方法で、韓国のカルチャーのこともそうですが、書いたり描いたり話したり、形にとらわれず表現していけたらと思います。

DOORS

前田エマ

アーティスト/モデル/文筆家

モデル。1992年神奈川県生まれ。東京造形大学を卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーの留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティなど幅広く活動。アート、映画、本にまつわるエッセイを雑誌やWEBで寄稿している。2022年、初の小説集『動物になる日』(ミシマ社)を上梓。

volume 07

交差する風景

わたしたちは、今どんな風景を見ているでしょうか?
部屋のなか、近所の道、インターネット、映画やゲーム、旅先の風景……。
風景、とひとことでと言っても
わたしたちが見ている風景は、一人ひとり異なります。
そしてその風景には、自然と都市、アナログとデジタル、
過去と未来、現実と虚構……などの
一見異なる概念が混ざり、重なり合って存在しています。

この特集では、さまざまな人たちの視点を借りて、
わたしたちが見ている「風景」には
どんな多様さが含まれているのかを紐解いていきます。

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