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SERIES
2023.04.07
岡本太郎 / 「現代アートきほんのき」Vol.2
Illust / Shigeo Okada
Edit / Mami Hidaka
世界で高騰が続き、億単位で取引されることもある現代アート。驚きの数字に興味を惹かれながらも、ときには「なぜ億もの高値がつくのか?」「作品の魅力がわからない・・・」と首を傾げてしまうこともあるのではないでしょうか。
連載「現代アートきほんのき」は、現代アートの代名詞的存在にもなっているアーティストや作品について、今一度評価の背景を繙いていくシリーズ。現代アートの巨匠とも呼ばれるアーティストを各回一人ずつフィーチャーし、なぜその作品が高く評価されているのか、美術史的観点と人々の心を惹きつける同時代性の観点の2軸からわかりやすくご説明します。
第2回は、《太陽の塔》や《明日の神話》をはじめ、奇抜な配色・形の絵画やオブジェを多く残した、日本を代表するビッグ・アーティスト、岡本太郎について。文化研究者の山本浩貴さんと共にお届けします。
街中アートでも、岡本太郎作品を鑑賞しました!
「芸術は爆発だ! 」大阪万博のシンボル、
《太陽の塔》を手がけたアーティスト
1970年。戦後25年を経て日本がアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となったこの年、奇しくもそのことを象徴する出来事がありました。「人類の進歩と調和」というスローガンを掲げ、77ヶ国の参加のもと大阪で華々しく開催された日本万国博覧会です。
そのシンボルとして現在も語り継がれているのが、岡本太郎による《太陽の塔》(1970)です。
万博当時は会場メインゲートに正対して屹立していたこの作品は、高さ70メートル、基底部の直径20メートル、横に広がる腕のような部分の長さ25メートルという巨大彫刻です。
頂部には「黄金の顔」、腹部には「太陽の顔」、背部には「黒い太陽」という異なる3つの「顔」を持ち、それぞれが順に未来・現在・過去を表していると言われています。来場者に強烈なインパクトを残した本作は、1975年、万博終了後も永久保存されることが決定しました。
この《太陽の塔》をはじめ、奇抜な配色・形の絵画やオブジェを多く残し、また「芸術は爆発だ! 」といった名言や個性的なキャラクターでも愛され続ける人物、岡本太郎。第2回は、そんな岡本太郎の人物像と作品の価値について、美術史と時代性の観点から繙いていきます。
原爆が炸裂する瞬間を描いた
岡本太郎渾身の超大作
岡本太郎
1911年神奈川県生まれ。父は漫画家の岡本一平、母は歌人で小説家の岡本かの子であり、芸術家の北大路魯山人とも家族ぐるみで交流があるなど、文化人と身近に接する環境のなかで育った。10代後半に父の仕事の関係でパリに行き、その後は10年間をこの地で過ごした。上述したフランス人芸術家や知識人との交わりも、この時期に重ねられたものである。1940年にドイツのパリ侵攻をきっかけに日本に帰国し、その後は日本を拠点にして1996年の死の直前まで旺盛な制作活動に没頭した。
そして《明日の神話》(1969)は、《太陽の塔》とほぼ同時期に構想された作品です。メキシコで開催されるオリンピックに合わせて、実業家から中南米に建設予定のホテルの外壁を飾る壁画を依頼された岡本は、万博準備のための多忙なスケジュールの合間を縫って足繁くメキシコに通い、この作品を完成させました。
しかし資金難のためホテルは完成せず、同作品も壁から取り外されて長らく行方不明になっていたというから驚きです。2003年、岡本太郎のパートナーであった岡本敏子がメキシコ郊外の資材置き場に放置されていたのを確認し、大規模な修復プロジェクトを経て、2005年に日本に移送されました。
この壁画の背景の一部をなすのは、1954年に発生した第五福竜丸乗組員の被曝事件です。無辜の日本人が冷戦を背景に実施された水爆実験の被害を受けたこの出来事をモチーフの一部に据えることで、核兵器の恐ろしさを訴える作品です。
現在、同作品は渋谷駅通路の壁面に設置されており、その圧倒的な存在感から、皆さんも一度は作品について調べたり、写真を撮ったり、あるいは待ち合わせ場所に設定したこともあるのではないでしょうか。
アンディ・ウォーホル / 「現代アートきほんのき」Vol.1 はこちら!
死後四半世紀を経ても人気は衰えず。
なぜ私たちは岡本太郎に魅了されるのか?
岡本の作品が多くの人々を魅了する一因として、そのエネルギー溢れる造形の強度を挙げることができるでしょう。岡本は縄文時代に作られた土器や土偶の異質な形態に大きな魅力を感じ、1952年には雑誌『みずゑ』に「四次元との対話 縄文土器論」と題されたエッセイを寄稿しています。
言葉にしえない不可思議な形態の縄文土器から多くのインスピレーションを得て制作された岡本の作品もまた、曰く言い難い力強さを湛えており、それがたくさんの人々を惹きつけてきました。2022年末に東京都美術館で開催された没後最大規模の回顧展「岡本太郎」展にも、数多くの来場者が彼の作品を鑑賞に訪れ、その死後四半世紀を経てもなお、衰えない人気を誇っていることがわかります。
「展覧会 岡本太郎」愛知展は3月14日(火)で閉幕しました。
— 展覧会 岡本太郎【公式】 (@okamototaro2022) March 14, 2023
2022年7月23日 大阪中之島美術館からスタートした本展は全ての日程が終了となります。
多くの皆さまにご来場いただき、誠にありがとうございました😊
ttps://taro2022.jp#展覧会岡本太郎#岡本太郎展#大阪中之島美術館#愛知県美術館 pic.twitter.com/pCtQpBPK3d
岡本は、堅苦しい、エリート主義的な芸術の概念を嫌い、自由な想像力に彩られた、生活と一体化した芸術の姿を理想としていました。《太陽の塔》の目玉部分が男性に占拠されたとき(通称「アイジャック事件」)、彼はその様子を楽しそうに眺めていたといいます。
また、岡本は誰もが自身の芸術を見ることができるように、個人に売るための作品よりも公共の場に設置されるパブリックアートの作品を数多く手がけました。この一貫した姿勢もまた、大衆から岡本が好まれる理由の一端をなしているでしょう。
「untitled」
税込:4,840,000円
作品詳細はこちら
西洋・東洋美術史どちらの
文脈においても評価されるワケ
とはいえ、岡本は哲学や美術に関して該博な知識を有していました。戦前にはパリに遊学し、アンドレ・ブルトンやマックス・エルンスト、マン・レイといったダダやシュルレアリスムなど戦前の西洋美術を代表する芸術運動の中心人物らとも深く交流しました。
また芸術家のみならず、マルセル・モースやジョルジュ・バタイユ、ロジェ・カイヨワなどの当時のフランスの思想・学術を代表する錚々たる知識人たちとも相互に交流があったと言われています。
世界をリードしていたパリの芸術・学術を全身で学び、それを自身のバックグラウンドである日本の縄文文化などと接続した人物は他に類例がありません。こうした事実が、岡本が西洋と東洋のいずれの美術史においても高く評価されている要因となっています。
また、《明日の神話》の背後に第五福竜丸事件が存在しているように、岡本の作品には同時代の社会や文明に対する鋭い批評的眼差しが含まれているものも多いです。こうした社会・政治的側面も、研究者や知識人を魅了する要素です。
岡本太郎が評価されたワケ ー3つのポイントー
- 縄文土器や土偶から得たインスピレーションを、パリの芸術・学術と融合させた唯一無二の表現
- エリート主義的な芸術のあり方を嫌い、誰もが自身の芸術を見ることができるように、公共の場に展示するパブリックアートの作品を数多く手がけた
- 核の問題をはじめ、時代の社会や文明に対する鋭い批評的眼差しが含まれている
岡本太郎のDNAを受け継ぐ
気鋭のアーティストたち
そんな岡本に影響を受けたアーティストは多いです。2011年に東日本大震災が起こり、それに伴う原発事故で改めて核の恐怖が呼び起こされた時期、アーティスト・コレクティブのChim↑Pom(2022年にChim↑Pom from Smappa!Groupに改名)は、原子力をめぐる犠牲の歴史を更新するように、ゲリラ的に《明日の神話》の右下の空いている箇所に塩化ビニール板の小片を設置しました。
そこには、福島第一原発を想起させるような黒煙の立ち昇る崩壊した建物がアクリル絵具で描かれていました。こうして突如都心に出現したChim↑Pomのパブリック・アート作品《LEVEL 7 feat. 明日の神話》(2011)は、岡本の作品が持つ現代的アクチュアリティの存在をよく示しています。この作品をきっかけに、2013年には岡本太郎記念館とChim↑Pomの合同展が実現しました。
また岡本が40年以上にわたって住み続けた南青山にあるアトリエ兼住居は、現在岡本太郎記念館として一般公開されています。同館が主催する岡本太郎現代芸術賞は、1997年から毎年継続され、岡本のDNAを受け継ぐような自由な発想と想像力に溢れ、芸術における既存の常識をひっくり返すような作品を制作するアーティストの発掘に尽力しています。
審査基準は厳しく、大賞は該当者なしのケースも多いほど。過去の大賞受賞者には、若木くるみやオル太、キュンチョメなど、現在もユニークな活動を展開している作家や作家集団が選出されています。
GUEST
山本浩貴
文化研究者、アーティスト
1986年千葉県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて修士号・博士号取得。2013~18年、ロンドン芸術大学トランスナショナル・アート研究センター博士研究員。韓国のアジア・カルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラル・フェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、21年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻・講師。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。
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