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2022.09.23
「NFT」の長所と短所って?メタバースと相性がいい? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.8
Edit / Moe Ishizawa
Photo / Yuri Inoue
Illust / Wasabi Hinata
19世紀の画家、エドゥアール・マネの絵画に魅せられたことをきっかけに、現在までに2冊の美術関連書を上梓するほどアートを愛する和田彩花さん。現在は大好きなフランスに留学中で、古典絵画から歴史的建築、現代アートまで、日常的にさまざまなカルチャーに触れているようです。
Vol.7から3回にわたって和田さんとお話しするテーマは、昨今話題の「NFT」。いくらでも複製できてしまう画像や音楽、映像などのデジタルデータに唯一性を保証する画期的な技術です。2021年は「NFT元年」「NFTバブル」とも言われるほどインターネットを革新し、経済を動かし、アートシーンを大きく盛り上げたNFTですが、一般的にはまだそれほど浸透しておらず、いまだに「NFTって何?」と首を傾げる人も多いのではないでしょうか。
実は和田さんもその一人。アイドルや美術のお仕事の場で「NFT」というキーワードが挙がるようですが、どういった可能性を秘めた技術なのかをなかなか想像できなかったようです。
「和田彩花のHow to become the DOORS」は、今更聞けないアートにまつわる疑問やハウツーを、専門家の方をお呼びして和田彩花さんとともに紐解いていく連載シリーズ。NFTアートはどこで楽しめるのか? NFTアートのコレクターはどういった部分に価値を見出しているのか? 第7回に引き続き、今回もNFTに関するさまざまな疑問を紐解くべく、2021年に日本初のNFTアートのオークションのキュレーターを務めた文化研究者・山本浩貴さんとの対談の様子をお届けします。
前回はNFTアートとはなんなのか、その特徴や可能性について教えていただきました。
「NFTバブル」を超えて、どのように学べばいい?
和田:前回はNFTアートとはなんなのか、その特徴や可能性について教えていただきました。では、それを踏まえてもっとNFTを学びたいという人は、何をとっかかりにしていけばいいでしょうか?
例えば、美術館に行けば古今東西の様々な作品に簡単に出会うことができますし、そこから理解できることもあると思います。
山本:難しい質問ですね……。というのも、実は僕自身もNFTアートを学ぼうと思ったときに困ってしまったんです。入門書を読もうと思っても、日本国内ではまだアートではなくビジネスモデルに紐づけて論じられているものが多いですし、新しい技術なので専門家によって意見や見方が違います。そんな中でいち早くアート専門誌の『美術手帖』がNFTの特集(2021年12月号、特集「NFTアートってなんなんだ?!」)を組み、デジタルアーティストだけでなく、法律の専門家や研究者へのインタビューを一冊にまとめたのはいい試みだったと思います。
和田彩花さん、山本浩貴さん
和田:インターネットでNFTについて調べると、NFTアートが何十億で落札されたというようなニュースが多く出てきます。そういった投機的な情報やイメージに引っ張られてしまったからか、専門家の見解を取り入れて、NFTがどんな可能性を秘めた技術なのかを理解するまで、かなり時間がかかってしまいました。
山本:そうしたニュースからは「NFTバブル」を感じますよね。2021年以降、NFTアートのマーケットプレイスは国内外で急増していますが、キュレーションを軸にしたものは多いとは言えないんです。NFTアートのオークションも僕がキュレーションした初回以降、2回目の開催についてはまだ耳にしていません。
オークションの回数を重ねることでNFTアートを様々な視座から多角的に眺めることが可能になりますし、それによって多くの人がNFTアートについて考える「とっかかり」も増えてくるはずです。日本においてNFTとアートについての議論を深めるためにも、ぜひ2回、3回と続けていってほしいと思います。
NFTをきっかけに、所有の概念が変わってくる?
和田:NFTはどういう方が購入されるのでしょうか?
山本:新しい「所有」の感覚を持っている人ですね。古き良きコレクターは物を所有することへのこだわりが強く、中には美術館にコレクションを寄贈したり、コレクション展を開いたりする人もいますが、NFTアートの場合はPCなどのデバイスを通じて見るデジタルコンテンツなので、また異なる所有欲にアプローチしている気がします。
和田:なるほど。NFTは、人間の「所有」の概念を変えていく技術とも捉えられますね。
山本:やはり取り戻すことのできない貴重な瞬間や、職人の技術など、物としては保存できないはずのものが欲しい人は多いようです。アートではなくスポーツ界の話題ではありますが、NBAのプレイのハイライトをNFT化してコレクションするゲーム「NBA Top Shot」において、スーパープレイは「モーメント」と呼ばれて盛んに売買されています。バスケットボールのレブロン・ジェームズ選手が、NBAのレジェンドと呼ばれた故コービー・ブライアント選手に捧げた「追悼ダンク」のNFTが、38万7000ドル(約4000万円)という高値で売れたことは象徴的でした。このモーメントを求めて、40万人ものファンが同時にアクセスしていたことからも注目度の高さが伺えます。
和田:なるほど! まさに言葉の通り、モーメントが欲しいわけですね。とても面白いですが、一歩間違えると大変な方向にも進んでしまいそうな欲望なので、きちんと冷静に追っていきたいところです。
山本:和田さんのおっしゃる通りです。僕は、人間の所有の概念の変化に伴って、新しい簒奪(さんだつ)の問題も当然出てくると思っています。例えば、イギリスは大英帝国時代に世界のあらゆる地域を占領し、たくさんの文化財を奪ってきたので、いまだに毎年「あのときに奪ったものを返せ」と文化財の返還要求が届くようです。前回話したヴァルター・ベンヤミン(ドイツの思想家)も「文化は簒奪の歴史だ」と論じていますが、僕は今後イギリスへの返還要求の中に、物だけでなく、誰かが奪われてきた大切な時間も入ってくると思うんです。
和田:「時間を所有したい」という感覚をきっかけに、これまでとこれからの歴史にも変化が起こるかもしれないんですね……!
山本:NFTは可能性を秘めているぶん、当然さまざまな問題やリスクも孕んでいる。その二つは表裏一体の関係性であると理解した上で、いかにポジティブに生かしていけるかが求められています。
アートの反骨精神を内包したNFTへの期待
山本:和田さんは、NFTの長所と短所は何だと思いますか?
和田:まず、美術館やギャラリーに出かけなくても、世界中どこにいても、インターネット上でアートに出会える手軽さがいいですよね。NFTを出発点に誰もが現代アートの世界に参加しやすくなり、どんどん創造が民主化されていく未来に希望が持てました。一方で、やはりNFTアートのどこに価値を見出し、美術史に位置付けていくかは難しい課題だと感じます。
山本:その両面性は、すごく重要な指摘ですね。そもそも、比較的誰でもいつでもどこでもアクセスできるNFTに対して、近代・現代美術は、有用性や便利さから逆方向を向いて進歩してきたものだと言えます。
パフォーマンスアートを代表する一人にクリス・バーデンという人がいますが、彼は至近距離からアシスタントに自分の腕を撃たせるという過激な作品で一躍有名になりました。彼の作品は極端な例ですが、「なぜそんなことをするのか」「いったいなんの役に立つのか」といったあらゆる意味を前提としない反骨精神が、アートの良さでもあると思うんです。
和田:NFTアートだからといって必ずしも革新的なものを作れるわけではなく、従来の芸術と同様、コンセプトや反骨精神が重要なことには変わりないのかもしれません。
山本:おっしゃる通りですね。NFTとアートが融合するときに、作品のコンセプトよりも技術の便利さが目立ってしまうと、アートに内包された反骨精神は削がれていくような気がします。コンセプトへの妥協がなく、技術とコンセプトがある種の緊張関係を持つようなNFTアートをもっと見てみたいですね。
メタバースと好相性。でもなんでもできるわけじゃない?
和田:技術とコンセプトの緊張関係……! 面白そうなので考えてみたいです。NFTアートだからこそできる鑑賞体験はあるのでしょうか?
山本:NFTとメタバースの相性はいいと思います。メタバースなどのデジタル空間はあらゆる制約が外れるので、現実では実現不可能とされてきたアイデアを叶えるプラットフォームとして無限の可能性を持っています。例えば、予算や規模、安全性、キャリアなどの問題で現実には建てることができない建築なども、デジタル空間では実現可能なんです。
和田:まだキャリアが短かったり、予算が下りなかったりする若手の建築家も、デジタル空間でならアイデアを形にできるということですね。これまであらゆる事情で実現されてこなかった作品を全部集めて展覧会にするのも面白そうです!
山本:でも、デジタル空間も、人間がつくってる以上どうしても現実と紐づいているということを実感する瞬間があります。例えば、アーティストのスプツニ子!さんの代表作の一つ《生理マシーン、タカシの場合。》(2017年)は、男性が生理を体験できる器具ですが、「血液はダメ」などのいろいろな理由をつけられてメタバースへの導入ができずにいます。彼女は、僕もコ・キュレーターとして関わった『新しいエコロジーとアート』展で、その交渉の過程を作品の一部として提示しました。
残念ながらスプツニ子!さんにダメだと言っている人のほとんどが中年の男性で、メタバースも現状は男性主導の世界であることに気付かされます。無限の可能性を秘めたプラットフォームであるにもかかわらず、現実世界の制約や課題が反映されてしまっている部分も少なくないのです。
和田:悔しい! そういったジレンマの中であらゆる制約を打破して、可能性をひらいていってほしいです。NFTの長所・短所が見えて、楽しみ方や付き合い方もわかってきたところで、次回は山本さんと一緒に「これからNFTはどうなっていくのか」を考えてみたいです。
連載『和田彩花のHow to become the DOORS』
アートにまつわる素朴な疑問、今更聞けないことやハウツーを、アイドル・和田彩花さんが第一線で活躍する専門家に突撃。「DOORS=アート伝道師」への第一歩を踏み出すための連載企画です。月1回更新予定。
DOORS
和田彩花
アイドル
アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。 「LOLOET」HPはこちらTwitterはこちらInstagramはこちら YouTubeはこちら 「SOEAR」YouTubeはこちら
GUEST
山本浩貴
文化研究者、アーティスト
1986年千葉県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて修士号・博士号取得。2013~18年、ロンドン芸術大学トランスナショナル・アート研究センター博士研究員。韓国のアジア・カルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラル・フェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、21年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻・講師。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。
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