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2023.01.20

【後編】ランジャタイを知って、ますますアートが面白くなった / 連載「作家のB面」Vol.10 光岡幸一

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Shion Sawada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第10回目に登場するのは写真やドローイング作品などをつくる光岡幸一さん。前編では『M-1グランプリ2022』の感想戦から、お笑いにハマった『あらびき団』について、それから大好きな芸人「ランジャタイ」や「ヨネダ2000」について語ってくれた。そして後編ではさらに、笑いにおける“分からなさ”の魅力をアートに紐付けながら教えてくれた。

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【前編】『M-1』直後にアーティストが語る“外しのお笑い”とその魅力 / 連載「作家のB面」Vol.10 光岡幸一

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ランジャタイと磯崎新

テレビ番組『あらびき団』や光岡さんが大好きな芸人「ランジャタイ」のDVDなどが並ぶ横で異彩を放つ建築家・磯崎新の著書『建築のパフォーマンス―〈つくばセンタービル〉論争』 (パルコ・ピクチャーバックス刊)。いったい......

ーー前編では『あらびき団』の笑いや、「ランジャタイ」「ヨネダ2000」などの「わからない笑い」の魅力をお話されていましが、得体の知れない、わからないお笑いに出会ったときに光岡さんはどんな感情になりますか?

だいたいの場合、得体の知れないものに出会ったときの人の反応って快か不快というシンプルなものなんですよね。たとえば「ランジャタイ」のネタって、好きな人の理由も、嫌いな人の理由も、どっちも「わけがわからないから」なんですよ。アンチもファンもどっちもそうなんです。僕にとってはものすごく快で。最初に観た漫才は、カラスが3方向から飛んできて、それを丸めてサッカーボールをつくってサッカーをするというネタでした(『カラス3匹に襲われたらどうする』)。「うわ、変なの!」と思いながらわくわくしました。それから好きになり、最近は僕の作家のプロフィールにも「ランジャタイが漫才をするみたいに、自分も何かをつくっていきたい」という言葉を付け加えています。

ーーそれ、かっこいいですね!

「ランジャタイ」から作品の着想を得たこともあります。僕はコロナ禍以降、町にテープを使って文字を書くシリーズを精力的に制作しています。普段はつぶやきみたいなことを書いているのですが、地方での制作の際には、その土地にまつわる言葉を引用して、その町で書き写すということをやっています。

隅田川、隅田川公園で開催されたアートイベント『Agoraphobia』で発表した《通達》(2021、東京 隅田公園) 撮影 / 阪中隆文

2021年の12月には、『平砂アートムーヴメント』というパフォーマンスイベントに参加しました。場所は筑波だったのですが、筑波駅は戦後の都市開発が急激に進んだ場所で、駅前に世界的建築家の磯崎新さんが建築された〈つくばセンタービル〉がそびえ立っているんですよ。そこがパフォーマンスイベントの会場になっていたので、磯崎さんの言葉から引用してなんか書き写そうと思い、文献を読みました。『建築のパフォーマンス―〈つくばセンタービル〉論争』 (パルコ・ピクチャーバックス刊)という本があり、そこにはまさに〈つくばセンタービル〉を建てるにあたっての論争が議事録のようにまとめられていました。ポストモダン建築の流れなどもそこには書かれているのですが、これが建築の話であるはずなのにまるで詩のような難解さなんです。昔の僕なら投げ出してしまうような内容でした。でも、「ランジャタイ」に見慣れていたおかげで、僕はわからないものの楽しみ方がわかってしまったんです。

ーーここで「ランジャタイ」が!

何を言ってるかわかんないけど、面白い……と感じられるようになってきたんです。わからなさの奥に、その人のユーモアが見えるとでもいうのでしょうか。わからなさの楽しみ方がすっかり僕の中に取り込まれていった。それを経て〈つくばセンタービル〉の外壁に「仏が沼にはまったよ」と書きました。実はこれ、「ランジャタイ」のネタのワードなんですよ。たぶん磯崎新さん、「ランジャタイ」のこと好きだぞと思って。

つくばセンタービルで制作したテープ文字(2021年、平砂アートムーヴメント)。撮影 / 増田甚八

ーー『M-1グランプリ2020』の敗者復活戦で披露したネタ『欽ちゃんの仮装大賞』で出てきたワードですね。

「仏が沼にはまったよ」という演目を仮装大賞でやる(その間、相方はひたすら焼き鳥を焼いてる)というネタなんですけど、そのワードを僕はテープで書き写しました。しかも制作日は「ランジャタイ」が初めてファイナリストになった『M-1グランプリ2021』決勝の日。 応援の意味も勝手に加えました(笑)。

ーードラマチックな展開に!

「ランジャタイ」のおかげで、わからないと思って切り捨てていたようなものがどんどん面白くなってきた。これは僕にとってはとても実りのある出来事でした。思い返せば、僕は美術家として活動しているものの、全然美術のことには詳しくないんですよね。小難しいことはわからなくて、まったく興味が沸かなかった。でも、「ランジャタイ」がきっかけで、 めっちゃめちゃ美術史って面白いじゃん!という思考に変わりました。素直に面白がって掘り下げることができるようになってきたんです。美術の世界にはこんなに面白い人がいるんだ!という発見も多かったです。解釈次第では地下芸人のような変な人がいっぱいいるんですよ。美術史は変なやつが変なことを考えてた歴史の積み重ねだったんです。僕は美術大学に7年も通ったのに全然美術にハマれていなかったのに、「ランジャタイ」のおかげで美術の持つわからなさが理解できて、どんどん面白がれるようになってきた。きっと磯崎新さんみたいな人がM-1の審査員をしたら「ランジャタイ」は高得点を取れたかもしれないですね。いつかお会いできたら、「ランジャタイ」のネタを見てくださいと言いたかったです(※取材当日12月30日に磯崎新さん死去の報道が入った)。

ーーまさか「ランジャタイ」がきっかけで美術史に再び出会い直すとは。

セザンヌってこういう絵を描いた人なんだとか、最近やっと知りました。セザンヌって変な人だったんですね(笑)。

ーー2021年のM-1ファイナリストになってから、「ランジャタイ」の知名度は上がりました。露出が増えたことで好きな人も増えたとしたら、もっと世の中が面白くなりそうですね。

そうなんですね、わからなさを転がして、面白がるみたいなことができる人はとても貴重だと思います。実際に「ランジャタイ」が今こうして売れてきているじゃないですか、わからないものをそのまま楽しみたい人が増えれば、それは希望のような気がします。だとしたら、僕みたいに全く違う入り口から美術にたどり着くという人がほかにもいるかもしれないですよね。僕にとってそれはすごくいい体験でしたから。今まではわかんないものに対してはシャットアウトするしかなかったんです。もちろん面白がる感覚はこれまでもありましたが、それはきっと狭い範囲でのことだったのかもしれない。

 

わからないけど、なんかある

カメラなどの機材の中に溶け込む光岡さんのドローイング

ーー「ランジャタイが漫才をするみたいに、自分も何かをつくっていきたい」という話がありましたが、影響を受けてから自分の作品に変化はありますか?

具体的にどの作品がどう影響を受けたかというのは全然僕にはわからないです。ただこれまでは自分が面白いと思っているものを、面白いからみんなに見せようという感覚で作品をつくっていたと思います。それが今は、自分の中でこう言葉にできない、わからない面白さを深く掘っているように思います。それはお笑いのおかげかもしれないですね。

ーーわからない面白さを掘り下げた作品を、鑑賞者にどう受け取って欲しいですか?

こう感じてほしいという思いはなく、どちらかというとのんびりと、力を抜いて見てくれたらいいなと思っています。話は少しずれるのですが、この家は冬の夕方10分間だけキッチンの窓から綺麗に西日が入ってきて、床に三角形の日の光が現れるんですよ。これがなんかすごくいいんですけど、なんて言えばいいのか、うまい言葉は見つからないんですよ。そういう、なんかわからないけど、なんかあるなここに、みたいな感覚。それを僕はやっていきたいと思っているんです。

光岡さんが撮影した自宅の様子。キッチンからは温かい西日が差し込む

ーー自分の作品で、お笑いのわからなさに通ずるなと思うようなものはありますか。

現状まだなくて、多分これからそういうのが出てくるといいなと思っています。あ、ただ、風で転がるレシートにアテレコしている映像作品《ゆくすえ》が近いかもしれないですね(笑)。レシートの動きに合わせてしゃべっているものです。

映像作品《ゆくすえ》

ーー(映像をみさせてもらい)ギャラリーでこの作品を観たら、たしかに笑ってしまうかもしれないです(笑)。

個人的にはあまり分けたりしていないんですが、美術とお笑いの距離って思っていたより近いのかもしれないですね。

 

ザコシのネタもアートかもしれない

笑いの話をはじめたら止まらない光岡さん。気がつけばインタビューは2時間を超えた

ーー時にお笑いは時代の空気をかなり反映するものだと感じます。昨今のお笑いから感じる今の日本の空気はどういうものだと思いますか?

難しいですね。ここ数年でコンプライアンスがかなりしっかりしてきてて、それによってつまんなくなったねという人たちもいますね。「これは漫才なのか論争」や「傷つけるお笑い論争」が起きるほど、みんな真剣に見てるんだなあと実感します。

ーーマイノリティを“笑いもの”にする、強者のつくる笑いというのはあきらかに笑えなくなってきました。

だからこそ、「ランジャタイ」や「ヨネダ2000」の様な新しいお笑いがさらに台頭すればお笑いの幅はもっと広がっていくなと思うし、それによってまた新しい議論が起こったりするんでしょうね。そうやってずっとお笑いが盛り上がっていってほしいです。

ーー女性芸人さんの待遇も最近はよくなりましたが、かつては女vs女の構図に利用されたり、ブスいじりをされたりとひどいものでした。もちろん芸人さんはプロなので、その世界で戦うことが本人の救済になったり、その仕事に誇りを持っている方もいるとは思うのですが。

だからより一層、芸人さんのプロのテクニックみたいなのがしっかり評価されるべきなんでしょうね。「ウエストランド」の毒舌や「爆笑問題」の歯に衣着せぬ発言などもそうですね、テクニックで笑わせている、素人には真似ができないものであるということがしっかり共有されるべきだと思います。つまりこれは受け手側のリテラシーの問題でもある。

ーーお笑いとアートにどんな共通点を感じますか?

今の僕は美術をやっているというより、なにか楽しいことをしているという意識なんですよね。それはもしかしたらお笑いをやっている人も同じなのではないかと思っています。『アメリカン・ユートピア』というミュージカルの映画(*1)のワンシーンの中に、デヴィッド・バーンが、クルト・シュヴィッタースの「Ursonata」(サウンドアートの先駆けと言える音響詩)を誦じる場面が出てくるんです。

*1……ミュージシャンのデヴィッド・バーンの同名アルバムから着想を得たブロードウェイミュージカルの映画化。2021年に監督をスパイク・リーが務め公開。主演はデヴィッド・バーンで、バンドメンバーやダンサーが登場。

それがとてもすばらしかった。ブブ、ププ、テーなどと意味のない音だけで歌ったり、巻き舌でルールー言ったり。音が主体の詩なので、言葉を解体していって出来上がった表現なのですが、そのシーンを見た時、「これ殆どハリウッドザコシショウの誇張しすぎたモノマネシリーズじゃん!」と思いました。クルト・シュヴィッターズは、既成の秩序や常識、芸術をどんどん破壊していく事を試みたダダイズムの作家なので、ある意味地下芸人のザコシに通ずるものがあったのかもしれません。だから、僕はこの作品を初めて観た時に「ハリウッドザコシショウ」が、「誇張しすぎたクルト・シュヴィッタース」をやったらとても面白そうだなと思って笑ってしまいました。まさにアートとお笑いの共通点、というと乱暴ですが、両者をつなぐ可能性を感じました。このように、突き抜けた追求をした先に、面白い作品が生まれる。そう思ったとき、「ハリウッドザコシショウ」のネタも映像作品として美術館やギャラリーに展示されたらアートになるのでは、と感じました。誰かが言語化して意味づけして、うまくキュレーションすれば、芸術的に評価できるものになると思います。

光岡さんのお笑いTシャツコレクションの一部から、通販で購入した「ハリウッドザコシショウ」のTシャツ

ーーその発想は面白いですね。

美術館で爆笑する体験ってあまりないじゃないですか。アート領域拡張の可能性はまだ残されているのかもしれないですね。

ーーたしかにアートはさまざまな感情を揺さぶるものですが、その感情のなかに笑いの要素はまだ少ない印象があります。

笑うというとこまでいかなくても、自分はどちらかというと、楽しんでもらえたり面白がってもらえる表現したいなという気持ちはあります。「なんなんだ、ちょっとわからないぞ」と思いながらも、スルメのように長く味わえるような。いい違和感を与えられる作品をこれからもつくりたいと思っています。

ーー最後に、今後の作品制作や展示について教えてください。

1月21日から29日まで原宿のギャラリー「YOD」でグループ展『ことばのマチエール』があるのと、2月7日から3月18日まで、銀座のギャラリー「ガーディアン・ガーデン」で個展『ぶっちぎりのゼッテー120%』があります。グループ展はテープ文字のシリーズで言葉を扱った展示を、個展は映像を使ったインスタレーションを予定しています。そちらは自分の中のわからなさと向き合った作品になっているので、じっくり鑑賞していただけら嬉しいです。

bmen

 

ARTIST

光岡幸一

アーティスト

愛知県生まれ。名前は、字が全て左右対称になるようにと祖父がつけてくれて、読みは母が考えてくれた(ゆきかずになる可能性もあった)。宇多田ヒカルのPVを作りたいという、ただその一心で美大を目指し、唯一受かった建築科に入学し、いろいろあって今は美術家を名乗っている。矢野顕子が歌うみたいに、ランジャタイが漫才をするみたいに、自分も何かを作っていきたい。一番最初に縄文土器をつくった人はどんな人だったんだろうか?  最近注目している芸人は「ゴスケ」と「ママタルト」「ハイツ友の会」。主な個展に2019年「あっちとこっち」(外苑前FL田SH/企画 FL田SH)、2021年「もしもといつも」(原宿 block house /企画 吉田山)。 2021年写真新世紀優秀賞(横田大輔 選)、広島市現代美術館企画「どこ×デザ」蔵屋美香賞受賞。

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