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2023.01.20

【前編】『M-1』直後にアーティストが語る“外しのお笑い”とその魅力 / 連載「作家のB面」Vol.10 光岡幸一

Text / Daisuke Watanuki
Photo / Shion Sawada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第10回目に登場するのは写真やドローイング作品などをつくる光岡幸一さん。話のテーマはコロナ禍以降にハマった「お笑い」。芸人のラジオを愛聴し、劇場にも足を運ばせるようになったのだとか。そんな光岡さんにお笑いの魅力を聞く前に、まずは昨年末に開催された『M-1グランプリ2022』の感想戦から取材はスタート。

10人目の作家
光岡幸一

リサーチに基づいたプロジェクトベースの作品を、インスタレーションやパフォーマンス、写真、ドローイングといった手法を駆使して制作するアーティスト。空間や場所、都市の歴史を活かし、制作中に出会った人やものとも関わりながら作品を仕上げていく。個展や公開打ち合わせ企画など行うほか、写真新世紀2021年度での優秀賞受賞や『PROJECT ATAMI』などの芸術祭、グループ展示に参加。ますます注目を集めている。

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街を原稿用紙に見立てて、風景写真に詩をかかげるシリーズ《poetry taping》

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隅田川、隅田川公園で開催されたアートイベント『Agoraphobia』で発表した《通達》(2021、東京 隅田公園)。 撮影 / 阪中隆文

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渋谷の地下にあるギャラリーの床下に涌き続ける水を汲み上げ、室内を通過させた。《もしもといつも》(2021、原宿 block house / 企画 吉田山)。撮影 / naoki takehisa

 

ウエストランドの見えない技術

今回の取材は光岡さんのご自宅で2022年の年の瀬に行われた。部屋の中には光岡さんの黄色い文字のドローイングや友人の作家aokidさんの作品などが並ぶ

ーーまずは話の入り口に、昨年末の『M-1グランプリ2022』の感想から伺いたいです。

率直な感想で言うと、もうめっちゃ面白かったです。毎年そうなんですけど、素直に「うわー面白かった!」と思って番組が終わってくれるのでいいですね、M-1は。毎年大好きで、昨年は放送当日に展示とワークショップの関係で宇都宮にいたんですけど、展示の撤収が17時ぐらいに終わり、そのまま東京に戻るとリアタイ視聴には間に合わないので、わざわざもう1泊してホテルで視聴していました。M-1自体は毎年、夏の予選からチェックしています。

ーー『M-1グランプリ2022』の準決勝は会場でご覧になってたんですよね?

はい、昨年はラッキーなことに準決勝会場のチケットが当たって観に行けたんです。その場でグランプリ出場のメンバーが決まるので、会場の緊張感はすごかったです。芸人さんたち自身もそうですが、応援するファンたちの熱意が伝染してくるんです。準決勝は28組が出場していて、それこそ全員ウケていたのですが、「ウエストランド」はネタをやったときにパーンと破裂したかのように会場が沸いていて、特に印象に残りました。

ーー「ウエストランド」は昨年優勝しましたね。そのあと、審査員のコメントなどから「人を傷つける笑い」の時代に戻るのではないかという論争もぼっ発(*1)しました。

*1……「ウエストランド」が披露した漫才では、あるなしクイズをしながらM-1という大会自体や芸能界、都会と田舎などに対する毒をネタにした。

ただ悪口を言うだけだったら絶対あんなに笑いは起きないし、会場を巻き込むことはできないと思います。そこには喋り方や声のトーンやワード選びなど、きっと見えない技術がいっぱい盛り込まれていて、だからこそお笑いとして成立していたと思います。松本人志さんが言っていた「キャラクターとテクニックさえあれば、こんな毒舌漫才もまだまだ受け入れられる」は腑に落ちたコメントでした。準決勝で観たときに僕も現場で大いに笑いましたから。どう思われましたか?

ーーたしかに面白かったです。ただ、あれが面白かったのはまだそこまで売れていない部類に入る芸人である「ウエストランド」がひがみや妬みを込めてつっこんだからこそ笑えた、という構造もあったと思っています。今後M-1王者として「ウエストランド」が力を持ったときに、権威ある側から格下の誰かに牙を向くことが笑いになるか、少し難しい問題でもあると思いました。

それはあるかもしれないですね。僕はずっと「ウエストランド」のラジオを聴いているのですが、あの感じでいつも愚痴を言っているんですよね。もちろんそれは面白くて、今回のネタもウケていて、みんなどこかでああいう愚痴っぽい感情を持っているからこそ、それは求めているのかなと思っていたのですが、これからどうなるか楽しみですね。

 

お笑いの原体験は『あらびき団』

コレクションするお笑い番組のDVDを手にとり語る光岡さん

ーーお笑いにハマったのはいつからなのでしょうか。

実はもともとというよりは、コロナ禍で急激にハマってしまったんです。

ーーなぜコロナ禍でお笑いにハマったのでしょうか。

展示も仕事も全部なくなって、とりあえずやることがなかったんですよね。その頃から芸人さんがネタ動画をYouTubeでどんどんアップするようになってきて、その流れで観るようになりました。あとはラジオにハマったのも大きかったですね。芸人さんのラジオが面白くてよく聴いています。

ーー先が見えない暗いタイミングでもあった当時のマインドに、お笑いがマッチしたということもありますか?

あの時期は、アイドルにハマる人とか、何かに熱中することに目覚めた人がけっこう多かったと思うんですよ。そのためのコンテンツ供給もありましたし。僕はぼーっとしている時間にずっとお笑い芸人のラジオを聴いていました。それがすーっと体に入ってきて、いつのまにか好きになっていました。

最初の緊急事態宣言のときってずっと天気がよかったんですよね。ぼーっとしていると、脱力できるんですよ。すると風が気持ちいいなとか、太陽があっちから昇ってあっちに沈むんだとか、鳥が飛んでいるとか、普段の生活では気づかなかったものが、どんどん見えてきたんです。肩の力を抜いてるときしか気づけないものがあるんだなと思いました。そんな風に自分に余白ができていたからこそ、いろんなものが入りやすくなっていたんでしょうね。お笑いもそのうちのひとつだと思います。

ーーそれより前はどんなお笑い番組を観ていましたか?

一体いつぐらいからお笑いを好きになり始めたんだろうと掘り下げていくと、高校生の時に観ていた『あらびき団』でしょうか。とても好きでした。というのも、実は僕の好きな芸人さんの傾向って、 単純な上手い下手というより「よくわからないもの」を表現している人たちなんです。『あらびき団』は本当にそういう人たちの集まりなんですよね。何を言ってるかわからなかったり、なんでそんなことやったんだろうと思ったり。でもそれにすごく惹きつけられるんです。

東野幸治と藤井隆が司会となり、芸人たちの “あらびき”なネタで人気を博した番組『あらびき団』。誇張したモノマネが人気の「ハリウッドザコシショウ」などをお茶の間に輩出。TBS系列で2007年10月10日から2011年9月27日まで放送。現在は特番として年末などに復活することも

ーー今でいうと『千鳥のクセがスゴいネタGP』(以下『クセスゴ』)が同じ系統のつくりかもしれませんね。『クセスゴ』は名前の知れた芸人たちの普段とは違う“クセがスゴい”ネタですが、『あらびき団』は地下芸人も多い。

漫才やコントなど、わかりやすいお笑いの形ではないですよね。どちらかというとシュールなもの。賞レースで評価されるテクニック的な面白さではなく、衝動でぶつかってくるところに謎の魅力があります。それこそ審査員として評価できないような、言葉にできない魅力みたいものがいっぱい詰まっているんですよね。「ハリウッドザコシショウ」はもちろんのこと、ピンクの衣装を着てひたすらダジャレを繰り出す「メグちゃん」、ジャイアントパンダの着ぐるみを着てただゴロゴロしてる「パンダーズ」(ガッポリ建設)などが大好きでした。わけがわからないのですが、腹を抱えて笑ってしまいます。

ーーそれでいうと、昨年のM-1ファイナリストの「ヨネダ2000」のことも好きそうですね。いわゆる「ボケ・ツッコミ」型の漫才ではないために、審査員には評価されづらい結果となり残念でしたが、大きな話題となりました。

とても面白かったです。一昨年も準決勝の会場でネタを観ていて、昨年も準決勝の際に生で観られましたが最高でした。昨年の『女芸人No.1決定戦 THE W』にもファイナリストに選出されるなどすでに活躍しているので、M-1での結果も僕はそこまで悲観はしていないです。まだ何回も出場できるので、そのうち優勝してくれるのではないかと思っています。それでもっと先の未来に、「ヨネダ2000」の誠さんがM-1の審査員をしたら面白そうですよね。それが楽しみですね。

お笑いが好きになってから劇場に足を運ぶことも。「小さい箱の劇場ですが『中野シアターかざあな』や『西新宿ナルゲキ』などはよく行きます。500円くらいで観られる劇場はけっこうあるんですよ。まだ全然有名ではない人たちも多いのですが、生でお笑いを観るよさがありますね」と光岡さん

 

ランジャタイの「外し」のお笑い

光岡さんが通販で購入した「ランジャタイ」のTシャツ

ーー光岡さんの好きなお笑いに共通点を見出すとしたらなんですか?

「外し」でしょうか。既存の漫才やコントなどがある上で、それを無視するような人たち。コロナ禍で一番ハマった芸人さんは「ランジャタイ」ですし(笑)。わかんなさの塊じゃないですか。ネットラジオもずっと聴いていたのですが、一昨年のM-1ファイナリストが決まったときにボケの国崎が「 絶対最下位になってやる!」ってずっと言っていたんですよ。もちろんボケだとは思いますが、芸人が人生をかけて挑んでいるM-1という舞台で最下位を目指すと言えるのはすごいですよね。要は別に1位にならなくても、別の戦い方というか、面白がり方があるということを教えてもらった気がしました。賞レースですら、優勝を目指すことから「外し」てくるのはすごいですよね。実際に結果が最下位だったのが余計に笑えました。「ヨネダ2000」もそうですし、ただ本人たちが気負わずに楽しく遊んでいる感じがいいですね。そういう人たちがたくさんテレビに出始めてくれたのは嬉しいです。

ーーたしかに、ただ楽しいと思ったり、面白がれるのがお笑いの本質かもしれないですね。賞レースとなると人生がかかっているという緊張感があり、視聴者も含めて一種の怖さを感じます。

賞レースのおかげで、確実にお笑い自体が盛り上がっているとは思います。ただ僕個人としては賞レースのファイナリストはみんな優勝できる力は当然あって、あとは本当に当日の出順だなと思っています。

ーー昨年のM-1では新たな審査員として山田邦子さんが起用されて話題となっていましたが、お笑いを審査するということについてはどうお考えですか?

審査員についても、テクニックを評価軸にするのはもちろん大事ですが、笑える / 笑えないは個人の価値観でもあるので、主観での判断もあっていいと思っています。昨年のM-1は山田邦子さんが次にどんな点数を出すんだろうとワクワクしながら観ていました。審査のコメントも「面白かったです」「好きです」「 応援してます」とシンプルで、それも僕はすごくいいなぁと思いました。本来それぐらいで観るべきだよと言ってくれてるような感じがして。もちろん博多大吉さんが専門的なコメントをするのもわかりやすくてとてもいいのですが。あとは全然お笑いとは関係ない、20代の審査員とかが1人入るとまた面白さは増すのかもなとは思います。ただ、なにより“国民審査員”の目が厳しいので、審査する方々は本当に大変ですよね……。

ーーたしかに1人違う視点の人がいると、もっと面白い結果になりそうですね。

後編では「ランジャタイ」のお笑いとアートの共通点などを語ります

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【後編】ランジャタイを知って、ますますアートが面白くなった / 連載「作家のB面」Vol.10 光岡幸一

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infomation
光岡幸一展『ぶっちぎりのゼッテー120%』

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展示タイトル「ぶっちぎりのゼッテー120%」は、光岡さんがアルバイトの倉庫整理中に見つけたメモ帳に書かれていた一節から取られたもの。本展覧会ではガーディアン・ガーデンの場所をキーワードに新作インスタレーションを展示。開館から22年の時間、銀座の地下にあるということを踏まえ、光岡が2023年8月に閉館するガーディアン・ガーデンの空間から立ち上げるものは何か。

会場:ガーディアン・ガーデン
会期:2023.2.7 火 - 3.18 土
時間:11:00a.m.-7:00p.m.
日曜・祝日休館 入場無料
詳細は公式HPより

ARTIST

光岡幸一

アーティスト

愛知県生まれ。名前は、字が全て左右対称になるようにと祖父がつけてくれて、読みは母が考えてくれた(ゆきかずになる可能性もあった)。宇多田ヒカルのPVを作りたいという、ただその一心で美大を目指し、唯一受かった建築科に入学し、いろいろあって今は美術家を名乗っている。矢野顕子が歌うみたいに、ランジャタイが漫才をするみたいに、自分も何かを作っていきたい。一番最初に縄文土器をつくった人はどんな人だったんだろうか?  最近注目している芸人は「ゴスケ」と「ママタルト」「ハイツ友の会」。主な個展に2019年「あっちとこっち」(外苑前FL田SH/企画 FL田SH)、2021年「もしもといつも」(原宿 block house /企画 吉田山)。 2021年写真新世紀優秀賞(横田大輔 選)、広島市現代美術館企画「どこ×デザ」蔵屋美香賞受賞。

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