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2023.03.24

【後編】嗅覚アーティスト・MAKI UEDAに聞く、「匂い」と「アート」の関係性って? / 連載「作家のB面」Vol.11 山内祥太

Text / Yutaka Tsukada
Photo / Kenji Chiga
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第11回目に登場するのはアーティストの山内祥太さん。前編と同じく嗅覚アーティストのMAKI UEDAさんを招いて「匂い」にまつわる不思議を語り合います。後編ではMAKIさんが嗅覚アートを制作するきっかけや、山内さんのこれからの「匂い」にまつわる制作についての話題が展開されました。

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【前編】アーティストと考える「匂い」の不思議 / 連載「作家のB面」Vol.11 山内祥太

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「匂い」はメディアである

前編同様、取材は石垣島に住む嗅覚アーティストのMAKI UEDAさんとZOOMで行われた

山内:MAKIさんはいつごろから匂いに興味を持たれて、それを使った作品を制作するようになったのですか?

MAKI:実ははっきりとあるわけではないんですけれど、心当たりはいくつかあります。実家が北海道の北見なんですが、そこにハッカの蒸留所があるんですね。かつて国産のハッカ油が流行った時代があったそうなんですが、私の祖母の家はその利益で建てられたらしく、ハッカ御殿と呼ばれていたようです。そういうこともあり、祖母のところに遊びに行くとフルーツポンチに必ずミントの葉がのっていたり、食べられるハーブのサラダが出てきたり、かなりハイカラな人だったんです。家族親戚もそういう人たちだったので私はこれらを当たり前のこととして受け入れていて、小学生のころからポプリ(*1)を作ることを趣味にしてました。今から考えると相当ませてますよね。

*1……花、葉、木の実などをオイルや香料を混ぜあわせて、容器に入れて作る室内香の一種。

だから嗅覚について特段意識はせず慶應義塾大学に進学し、大学では五感やインターフェイスへの関心から、藤幡正樹先生(*2)のもとでメディアアートを学びました。当時は地球環境の問題をメディアアートで表現する研究をやっていました。

*2……80年代初頭からコンピュータ・グラフィックスとアニメーションの制作をしたアーティスト。その後コンピュータを使った彫刻の制作を経て,90年代からはインタラクティヴな作品を次々に発表。

山内:そうなんですね。藤幡先生は僕も通っていた東京藝術大学大学院でも教えられていました。直接の指導教官ではないのですが、研究室にしばしばお邪魔して、たくさんインスピレーションをもらいました。

MAKI:それは私も同様です。私の在籍していた慶應の環境情報学部は、マーシャル・マクルーハン(*3)のメディア論に影響を受けていたこともあり、どんなモノでもメディアになり得るという考え方でした。貨幣も、その辺にあるコップも全部メディア。それで大学院修了後に藤幡先生のコネクションがあったオランダに渡り、そこで結婚、出産を経験するんですが、子育てをする過程で、「匂い」が重要なコミュニケーションであることに気づいたんですね。それで言葉では説明できない嗅覚を芸術のメディウムとして取り上げて制作を行うことにしました。外国にいた時でしたし、オランダ語も上手に喋れなかったので、言葉なしで表現ができるテーマを探してたんです。 だから匂いがピッタリはまったんでしょうね。触覚にフォーカスした作品なども試してはいたのですが、結果的には匂いだけが続いています。

*3……カナダ出身のメディア理論家。「メディアはメッセージである」「人間の拡張としてのメディア」といった主張を展開した。

山内:素朴な疑問なんですけれども、MAKIさんは自分の匂いとかってわかりますか?

MAKI:やっぱり敏感にしてるので多少はわかります。ただ洗濯物とかについたものを再確認しているぐらいの感じですね。

山内:例えば出張とかで1週間ぐらい家を開けて、それで家に帰ってくると、僕はなんかもうその前の最寄りの駅に着いたぐらいの段階から包まれるような感覚になるんです。そんな感覚なので家に入ると、自分の匂いに包まれる感じになって、それがすごく好きなんです。MAKIさんが以前東京のFabCafe MTRLでやられていた嗅覚デザインラボの記事を拝見したのですが、参加者がそれぞれ自分の好きな匂いを家から抽出したりしていていいなと思いました。

 

「人間の匂い」をつくるには?

「匂い」について考えながら山内さんが描いたスケッチ。感覚的なイメージもあれば、具体的なアイディアもある

ーー山内さんは嗅覚に訴えるような作品を現在構想しているそうですが、どのようなプランを練っているのでしょうか?

山内:はい。現在構想中なのですが、匂いを作品化するには、1つジレンマがある気がしていて、まずはそのことについてお話させてください。 匂いはその人の嗅覚が敏感だったり、弱かったりに応じて、感じ方にバラつきが生まれてしまう。MAKIさんはそうした匂いの特性を、どのように踏まえ作品を作っているのでしょうか。

MAKI:嗅覚は本当に主感的な感覚なので、そこを楽しむしかない気もしているんですが、私がよくやる手法としては、鑑賞者がどんな受け取り方をしてもいいような作品を作っています。例えば迷路を作って、同じ匂いだけを辿って外に出るみたいなインスタレーションを作ったり。最初は簡単そうに思うんですけど、けっこう外に出るのは難しい。嗅覚疲労っていう現象があるので、同じ匂いはずっと嗅ぎ続けることができないんです。匂いって最初だけ感知できて、数秒後には分からなくなったりするじゃないですか。

MAKI UEDA《嗅覚のための迷路 VER.2》(2015)

山内:僕が匂いを使った作品として考えているのは、フィクションの形式をとりたいと思っていて、「人間の匂い」を作る話にしたいんです。ただひとくちにそう言っても、『香水 ある人殺しの物語』(パトリック・ジュースキント著)の主人公が作るように大衆の匂いではなくて、ある特定の一人の匂いみたいなものに興味があるんです。人間の臭いを蒸留するような装置を2つ置いて、そこから立つ香り同士が絡み合うみたいなものをイメージしています。たぶん、演劇作品になると思うのですが。

山内さんが構想中の演劇作品のスケッチ。人が入れる胎児のような装置が2つあり、管からは人の匂いが抽出される。管の行き着く先で、人の匂いが混じり合う

「匂い」ははかなくて、目に見えないものですが、そういう姿がないものに囚われた人たちが求めていくというか、執拗にこだわる部分を表現したいと思っています。ちょっと猟奇的だけれども、そんな人間の欲深さによってアートにおける美しさに触れるというか。そういったポテンシャルを引き出せるプロジェクトを目指しています。

MAKI:過去に私も人間の体臭をテーマにした作品を作ったことがあります。それはオランダのダンスカンパニーのアーカイブというか、パブリシティのために依頼を受けたものでした。タイトルは《7 SMELLS》(2008年)で、題名通り7つの匂いなんですが、このカンパニーのメンバー7人がパフォーマンス時に着ていたテキスタイルから匂いを抽出しています。

MAKI UEDA《7 SMELLS》(2008年)

面白かったのは、一人一人匂いが違ってて、乳製品っぽい感じの匂いがするからこの人はベジタリアンだなとか、大体わかっちゃうことでした。また、匂いが濃い人と薄い人がいたり違いがありました。

山内:具体的にはどういう作り方をされたのですか。アルコール漬けとかで、分離や蒸留をさせる感じでしょうか?

MAKI:そうですね。基本的にはアルコール漬けです。いわゆるチンキ法(*4)を応用していて、ただそれだけだとちょっと匂いが薄いので、濃縮させるプロセスも入っています。なので、すごく強い香りではなくて、嗅ぐ分にも問題はありません。面白かったのはカンパニーのリーダーの匂いも抽出したときに、 事務所で働く方々にその匂いを嗅がせたら「大好き」と言っていたことです。だからみんな働いているのかなぁと思いました(笑)。

*4…….アルコールで香りを抽出する方法。身近な例は、果実を焼酎に漬ける「果実酒」。

山内:抽出されたものは実際いい匂いなんでしょうか?

MAKI:どうでしょう。ダンサーたちがダンスしているときの汗ですので。いわゆる「体臭」とも違うかもしれません。

山内:じゃあニュアンスとしては分泌物といったほうが正しそうですね。

MAKI:でもやっぱり、運動してる時の汗の匂いはいい匂いみたいな話がありますよね。実際、ジムに行ってかく汗ってそんな臭くないので。私自身は体臭に焦点を当てた作品を自分では作らないと思うので、この仕事での体験はとても面白かったです。

以前、藤幡先生が私の作品を見に来てくれて、「どうでしたか」と聞いたら「なんだか僕わからなくなっちゃって」と言われました。それはなぜかというと、いつもと違う知覚構造のなかに置かれたので、言葉が出てこなくなったとのことでした。インスタレーションで体験を作り込むのは資金も必要ですし難しいんですが、私の作品は、そうした経験を通じ鑑賞者自身の嗅覚を再発見してもらうことを目標にしています。

人間は毎秒呼吸をして、こんなに嗅覚を使っているのに、それに対し鈍感になっている。そうした意味では「匂い」って全然知られていない感覚なんだなと思います。でも私はこれに取り組んで、かれこれ20年ぐらいになっちゃいました。

山内:そういう鈍さが嗅覚の面白いところですよね。僕は最近になって「匂い」に注目し始めたので、それについての具体的な実践を聞けてとても勉強になりました。また、これまで自分で蓄積してきた匂いに関するうんちくも話せて、それを紐解いてもらえた気もします。本日はどうもありがとうございました。

bmen

 

ARTIST

山内祥太

アーティスト

1992年岐阜県生まれ、神奈川県在住。2014年金沢美術工芸大学彫刻科卒業、2016年東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修了。主な展覧会歴に「第二のテクスチュア(感触)」GalleryTOH(東京、2021年)、「鈴木大拙展 Life=Zen=Art」ワタリウム美術館(東京、2022年)「愛とユーモア」EUKARYOTE(東京、2022年)「アルスエレクトロニカ・フェスティバル2022」(オーストリア、リンツ、2022年)「MAM プロジェクト030×MAMデジタル:カオの惑星」森美術館(東京、2022年)。主な受賞歴に「TERRADA ART AWARD 2021」金島隆弘賞・オーディエンス賞、「第25回文化庁メディア芸術祭」アート部門優秀賞など。photo by Koichi Takemura

ARTIST

MAKI UEDA

嗅覚アーティスト

慶應義塾大学環境情報学部(学部1997卒&修士1999卒)にて、藤幡正樹氏に師事し、メディア・アートを学ぶ。2000年文化庁派遣若手芸術家として、2007年ポーラ財団派遣若手芸術家として、オランダ&ベルギーに滞在。2009年ワールド・テクノロジー・アワード(アート・カテゴリー)、2016年・2018年・2019年・2020年2018年アート・アンド・オルファクション・アワード・ファイナリスト & 2022年受賞。オランダ王立美術学校&音楽院の学部間学科Art Science非常勤講師。現在は沖縄石垣島在住。

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