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2023.11.17
【後編】茅ヶ崎のクラフトビールを飲みながら、資本主義の話をしよう / 連載「作家のB面」Vol.17 やんツー
Photo / Shin Hamada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
今回は美術家のやんツーさんの地元・茅ヶ崎を巡りながらルーツを紐解く。街歩きにも疲れてきた後編では、行きつけのビアバー〈ホップマン〉で腰を据えて制作の話に。夜も更けていき、いい状態になってきたやんツーさん。作品のテーマになる資本主義や脱成長、テクノロジーの話など深い話も打ち明けてくれた。
地元の「ビアカフェ ホップマン」にて
前編に引き続きビアバー〈ホップマン〉で取材。通常時30種類を超えるクラフトビールを常時完備しており、さまざまな味と香りを楽しめる
――やんツーさん、最近はクラフトビールにはまっているそうですが、何かきっかけがあったのでしょうか。
そうなんです。それも、どハマりしているところで(笑)。もともと、2009年に大学院を卒業した後、ウェブメディアの制作会社でコーディングのバイトをしていたのですが、デザイナーやペインター、写真家などから成るHATOS(ハトス)というクリエイティブチームがバー〈HATOS BAR〉を立ち上げるというのでウェブサイトのコーディングを手伝うことに。そこでクラフトビールを初めて飲んで、すごく好きだったものの、当時はお金がないから頻繁にはバーに行けなかったんですよね。このお店〈ホップマン〉もちょうどその頃にオープンしているので何度か来たことはあったのですが、特にコロナが明けてからは頻繁に通ってます。
――茅ヶ崎にゆかりのあるビールなんかもありますか?
30代前半の2人が立ち上げた茅ヶ崎のブルワリー「パシフィック ブリューイング」のビールがおすすめです。ちなみに、先ほど立ち寄った茅ヶ崎市美術館の展覧会での関連企画として、少し前にそのブルワリーでトークイベントを開いたんですよ。ビールのラベルのアートワークをやらせてもらったりもしていて、ビールの仕込みも体験させてもらいました。地元ならではのコラボレーションができて嬉しいですね。
――特にお気に入りのビールがあれば教えてください。
最近は特に、酸味が特徴のサワーエールが好き。今は季節限定のハラペーニョときゅうりを使ったビールがあるので、ぜひ試してみてください。
パシフィック ブリューイングの「ラガー」、「パーミット」、ハラペーニョときゅうりを使ったサワーエールの「キュリオス」
パシフィック ブリューイングで行われた茅ヶ崎美術館主催のトークイベント『アート×ビール 見る楽しみ、飲む楽しみ』の様子。ビールを作る大庭陸さん、山本俊之さんとやんツーさんが登壇
やんツーさんがホップマンとコラボレーションしたクラフトビール
――ビールをいただきながら、やんツーさんの制作活動についてお聞きしていきたいと思います。機械学習システムを用いたマシンがグラフィティを描いたり、やんツーさんの作品の中にはよく機械が使われていますが、いつ頃から制作に取り入れ始めたんですか?
僕は、コンピュータに詳しかったわけでは全然ないんですよ。大学に入って初めてパソコンに触ったと言えるほどで。情報系の学科に入ったのも、第一志望のグラフィックデザイン学科に落ちて滑り止めで受けていたところで受かってなりゆきで。さらに、本格的にコードを書くようになったのは大学院に入ってからですね。
インスタレーション「鑑賞から逃れる」(2019)では展示された絵画、立体、映像がそれぞれ鑑賞しようとすると逃げていく / Photo: Shinya Kigure
インスタレーション「現代の鑑賞者」(2018)では会場内に設置された自動で動くセグウェイが鑑賞者のような振る舞いをする / Photo: Rakutaro Ogiwara
インスタレーション「永続的な一過性」は作品が展示されて、搬出される一連の流れを無人搬送車が再現する / Photo: Naoki Takehisa
――近年は、鑑賞者が絵画や映像作品に近づくと逃げていく内容のインスタレーションや、セグウェイが作品鑑賞をしたり、展示室内で無人の搬送車が設置から撤去までを行うインスタレーションなども発表していますね。
作品を作る主体が機械で、観る主体も人間ではなく、人間が介在しない芸術の円環を人間が外から眺めるという、脱人間主義をテーマにした制作は2017年頃からやり始めていました。でも、特にコロナ以前までは、“美術のための美術”という感じで、美術の中で美術を考えているというか、美術を規定するものとは何かということを模索していたと思う。それが、この数年で思考がかなり変化してきたんですよね。テクノロジーを資本主義をドライブさせるための方法として捉えるようになり、芸術を社会とテクノロジーとの関係性で考えるようになって、哲学もよく参照するようになりました。
人間の価値と成長をやめること
クラフトビールを飲みながら資本主義について語りだしたやんツーさん。おつまみにはパクチーきくらげ
――コロナが一つの分岐点になっているということでしょうか。
そのとおりです。そして、マルクス主義研究者・斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』という本が2020年に出ましたよね。それまでは僕自身「成長」し続けて生きてきたわけですが、あの本を読んで「脱成長」という思想に衝撃を受けました。だって、「成長するな」なんて、これまで言われたことがなかったから。速いほうがかっこよくて偉くて、合理的な方がいい、という考え方が子どもの頃から刷り込まれていたわけで。でも、ちょっと待てよ、と。その資本主義由来の価値基準ってそもそもどうなんだろうと、そんなことを改めて考えるきっかけになりました。
マルクス研究者の斎藤幸平の著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)
美術のために美術を考えるということが難しくなってきていて、前衛という姿勢も有効ではなくなってきたような今の時代にいると、嫌でも行き詰まるもの。僕自身も、新しいものばかりを追求することや、美術たらしめるものは何であるかを断定したり規定したりすることにそれほど面白みを感じなくなってきたんですよね。むしろ、テクノロジーというものの裏に隠されているものに目が向くようになって、そこには権威や暴力がある。そう、テクノロジーは暴力的だと気づいたんです。市場の価値があるところでは、人間性が失われていく、と。そうなると現状のように、それぞれの正義を大義名分に戦争も起きる。大きな国は戦争で金儲けできる。でも普通にそんな世界、嫌ですよね。それなのに人類はそこへ向かっているベクトルがあって、コロナが収束して再び加速主義のほうに流れていってるように感じます。
キャンバス上に設置されたコース上を超低速に改造したミニ四駆が右往左往を繰り返す作品《脱成長のためのイメージ》(2021) / Photo:Shinya Kigure
――2021年から発表している超低速のミニ四駆を使った作品は、脱成長という言葉を象徴するようです。
『ダッシュ!四駆郎』世代の兄貴がいるんですけど、弟の僕は触らせてもらえなくて、その反発もあってか、実は僕自身はミニ四駆を通ってきませんでした。それが2021年に、36歳にして初めてミニ四駆を触ることに。というのも、最近、ちょっと事情があって月イチで息子に会いに行っているのですが、そこの最寄りの駅前にあるヨドバシカメラの玩具コーナーにミニ四駆のコースが設置されていて、当時3歳だった息子がそれを見た途端やりたい!と言うもんだからその場で買って一緒に組み立てて走らせてみたんです。それが、めちゃくちゃ楽しくて。0.01秒でも速くするために様々に工夫を施して、速い人が勝つという世界線。動物的に知覚が反応しているというか、アドレナリンが出る感じでした。
――最初は、実際にレースで走らせていたんですね。
そうなんです。でもその一方で、レースを眺めていたら、すぐにミニ四駆のサーキットが資本主義社会の縮図みたいに見えてハッとしました。ちょっと怖さを覚えるぐらい。「速さ」という単一のイデオロギーに向かって工作をするという営みは、この社会そのものだなと。資本主義の世界では速くて合理的な人のほうが、のし上がることができますよね。そうやって競争相手を淘汰していくことが、今なお良しとされているわけで。サーキットの周りには、自作の改造ミニ四駆を傍らに頭を抱えているおじさんの姿もあったりして。
12年前の震災から今思うこと
少し顔を赤らめるやんツーさん
――ミニ四駆の作品は玩具売り場での体験から生まれていたんですね。でも、そのように世相を反映してすぐに作品に取り入れなければならない現代美術のスピード性についてはどう考えていますか?
東日本大震災のことをよく思い出すんです。あの時の自分は、社会で起きていることから切り離されているような感じがして、芸術、ましてやメディアアートなんて別の場所にある社会とは関係ないものではないかと思っていました。震災後すぐに反応してアクションを起こしたアーティストもいましたが、当時の僕は、芸術という名のもとの搾取ではないかな、と見てしまっていた。全てのクリエイターや芸術家は無力感に苛まれていたとは思う。僕もその一人でしたが、一方で、震災によって世の中の仕事がしばらくストップしたこともあって、その間集中して制作した作品が評価されたこともありました。でも、後悔が残り続けています。瓦礫撤去だっていい、できることはたくさんあったはずなのに、目と耳を塞いだんだと思う。
そうやって後悔したことが、今回のコロナ禍ではある程度反応できたことにつながっているのかもしれません。ネットで無料で公開されているマスクの立体データを3Dプリンタで出力して、それを身近な人に2枚ずつ無料で送るということをしてたのですが、何か行動に移さないと、と強く思ったことが動機となっています。世の中に大変なことが起きた時に何ができるかと言ったら、やはり、取りも直さず制作するしかないと今も思っています。
――ここまでお話を伺ってきて、少し飛躍するとは思いますが、やんツーさんがクラフトビールにハマっているのは、もしかしたら、「味覚」という生身の自分の身体で感じる感覚を確かめるような行為でもあるためなのかな、と感じました。
確かにそうかもしれません。茅ヶ崎に引っ越す前までは三軒茶屋に住んでいて、なんだか時間に追われるように生活も制作もしていたような気がします。そのせいか、それまで「趣味」という概念が自分の中にあんまりなかったんですよね。好きなものは全部制作に取り込まれていくので、線引きができないということもあるのですが、やっぱり趣味がないのって貧しいよな……と思っていた。趣味になったはずのビールも、ラベルのアートワークを手がけたこともあって、少し仕事の要素が入りつつあるのですが(笑)。そういえば、今年に入って料理を始めたんですよ。見事にハマって、家でよくパスタを作っています。
ーー生まれ育った茅ヶ崎で、他にも何か新たな趣味が見つかりそうですね。
これからも料理は意識的に制作とは切り離して楽しみたいと思っています。こんなふうに感じるようになったのは、茅ヶ崎に戻ってきてゆっくりと時間の流れを感じることができるようになったからなのかもしれませんね。
「さっき茅ヶ崎市立美術館で観た小津安二郎の展示にもあった言葉なんですけど、『茅ヶ崎は帰る場所』なのかもしれません」
HOPMAN / 一房一献
2階は地元のクラフトビールも楽しめるビアバーHOPMAN。
1階は居酒屋一房一献、月に数回たこ焼きイベントなども開催。
住所:神奈川県茅ヶ崎市十間坂1-1-23 サンライヅ湘南 1階、2階
営業時間:
HOPMAN 15:00〜24:00(不定休)
一房一献 18:00〜25:10(不定休)
詳細はInstagramより
Information
MOTアニュアル
2023シナジー、創造と生成のあいだ
会期:2023年12月2日(土)~2024年3月3日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 3F ほか
住所:東京都江東区三好4丁目1−1
詳細は公式HPにて
TERRADA ART AWARD 2023 ファイナリスト展
会期:2024年1月10日(水)~1月28日(日)
会場:寺田倉庫 G3-6F
住所:東京都品川区東品川2-6-10 寺田倉庫G号
詳細は公式HPにて
ARTIST
やんツー
アーティスト
1984年、神奈川県生まれ。セグウェイが作品鑑賞する空間や、機械学習システムを用いたドローイングマシンなど、今日的なテクノロジーを導入した既成の動的製品、あるいは既存の情報システムに介入し、転用/誤用する形で組み合わせ構築したインスタレーション作品を制作する。先端テクノロジーが持ちうる公共性を考察し、それらがどのような政治性を持ち、社会にどう作用するのか、又は人間そのものとどのような関係にあるか、作品をもって批評する。菅野創との共同作品が文化庁メディア芸術祭アート部門にて第15回で新人賞(2012)、同じく第21回で優秀賞(2018)を受賞。2013年、新進芸術家海外研修制度でバルセロナとベルリンに滞在。近年の主な展覧会に、「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、東京、2022)、「遠い誰か、ことのありか」(SCARTS、札幌、2021)、「DOMANI・明日展」(国立新美術館、東京、2018)、「Vanishing Mesh」(山口情報芸術センター[YCAM]、2017)、あいちトリエンナーレ2016(愛知県美術館)などがある。また、contact Gonzoとのパフォーマンス作品や、和田ながら演出による演劇作品「擬娩」での舞台美術など、異分野とのコラボレーションも多数。
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