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- 【前編】考え続けることでしか「わかる」は持続しない。知識ゼロからのリサーチ&読書術 / 連載「作家のB面」 Vol.47 迎英里子
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2026.10.21
【前編】考え続けることでしか「わかる」は持続しない。知識ゼロからのリサーチ&読書術 / 連載「作家のB面」 Vol.47 迎英里子
Photo / Kaho Okazaki
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
世の中にある不可視の仕組みを装置へと変換し、それをパフォーマンスやインスタレーション作品として作動させることで表現を追求する迎さん。屠畜、原子核分裂、婚姻制度、女性の月経などのモチーフを扱い、メカニズムを抽象化する上では、毎回、相当なリサーチが必要になりそうだ。2026年度のLadder Projectの支援を受け、Art Collaboration Kyotoで発表する新作を目下制作中の迎さんに、そうした制作の下地となるリサーチと読書について聞いた。
四十七人目の作家
迎英里子

社会や自然に存在している現象のメカニズムを元にしたパフォーマンス作品を制作。現象からメカニズムのみを取り出し、そのメカニズムを人の動きと装置によって成り立つシステムとして再構成している。


《approach 3.1》(2025) Photo:松見拓也

《approach 4.2》(2024) Photo:松見拓也
まずは本を購入し、情報をマッピングしていく


迎さんが講師を務める愛知県立芸術大学にて待ち合わせ
——毎回、作品のモチーフが新鮮で、独自の着眼点を感じます。リサーチ以前の問題として、こうしたモチーフはどうやって決めているんでしょうか?
例えば豊田市美術館での展示(2025年に開催した開館30周年記念コレクション展「VISION 星と星図 | 星図Ⅱ:独りと、集団と」)のように場所性を重視するものならそこを出発点にしますが、特に制約がなければシンプルに、今自分は何が気になるか? を考えることから始めます。ただその際、以前取り組んだものとは違うものにしたい、という思いは強いですね。単純に飽き性だからかもしれませんが……自然科学的なものか社会制度的なものかというモチーフ自体の性質も、モチーフに対する自分の立ち位置やアプローチの仕方も、過去作品とは違うものにしたいと考えています。

豊田市美術館で展示した《approach 14.0》(2025) のパフォーマンスの様子。「豊田市に関わりのあるものをというリクエストから、産業都市としての豊田の在り方をモチーフに。木綿というテーマも候補に上がったが、前作の月経の仕組みをテーマにした作品(京セラ美術館での展示)と重複したためやめました」と迎さん。 Photo:松見拓也
——それで毎回ジャンルレスなモチーフ設定になっているんですね。例えば、今年のLadder Projectの支援を受けて、Art Collaboration Kyotoで発表する作品のリサーチはどのように進めていったのでしょうか?
石油をテーマにした作品を作っています。もともとは中東の戦争やホルムズ海峡閉鎖の話について、あれは一体何なのだろう? という疑問から始まったので、まずは国際情勢に関する初学者向けの本から読み始めて。そこから原油の精製やホロコーストなどのキーワードを拾い、今度はそれらに特化した本に飛ぶ、という作業を繰り返していきました。毎回そうなんですが、こんなふうに石油一つとってもどこまでも話を広げられるなかで、じゃあどこまで自分は知っておくべきなんだろう、というのを見極めるために、まずその本を買う、というのが自分にとってすごく意味があるんですよね。情報のマッピングのために。だから拾い読みして置いておく本もたくさんある。そんなふうに広げつつも、最終的には私が形にしたいメカニズムへと徐々にフォーカスを狭めていく感じです。


迎さん愛用のノートとリサーチで読んでいる途中の本
——本を介して、全体を俯瞰するのとフォーカスを絞るのを同時に行なっているんですね。ただ、どの本も難しそうで……。毎回の作品でそのモチーフについてゼロから調べるのも大変そうです。
そうなんです。読むだけでは頭に入らないので、ノートにまとめて。完全に勉強みたいなことをしています。例えば今取り組んでいる作品のテーマは石油ですが、その何に焦点を当てるかが決まるまでが、いつも本当に長くて。本をたくさん買って読む、をずっとやっていますね。でも多く読むにつれて、そのテーマがどんな人相をしているかが見えてくる気がします。今取り組んでいる石油のことだと、大抵エコロジーやSDGsの話から始まっていて、ずっと説教されているような気分になって疲れちゃうこともありますけど、見えてきたそういう状況に対して、自分の距離感やフォーカスが定まってきたりします。
——知識ゼロ地点からモチーフを概観できるようになるまでどのくらいかかるものですか?
作品にもよりますが、3ヶ月くらいはほぼそこに時間を費やしていますね。でも作品の肝は、本来はそこではなくて、調べたものをどう変換するか、というところにもっと早く持ってくるべきなんですけど……。でも、自分はどの領域においても素人ですし、作品で扱う以上事実を誤認してはいけないので、やはりある程度の知識はもっておかなきゃと思います。さらには、調べていくとその時点で明らかになっていない物事もたくさんあって、そのなかでなぜかその仕組みが動いている、ということも多い。だからやはり時間はかかります。
お気に入りのリサーチスポット

——リサーチで活用しているお気に入りの本屋さんや施設はありますか?
愛知だと、栄の〈丸善〉(丸善名古屋本店)や〈ジュンク堂〉(ジュンク堂書店名古屋栄店)によく行きます。大型書店なのでジャンルごとに専門書が充実していて、見つけやすい。ただ、そればかりだと出合える本が自分の興味のうちにとどまってしまうので、〈ON READING〉のようなセレクト系の書店にもよく行きますね。
施設については、京都に住んでいた学生時代には〈京都大学総合博物館〉によく行っていました。基本的な機械メカニズムを学ぶための教育模型が並んでいるコーナーが好きで。最近では、〈名古屋市科学館〉(FUJIなごや科学館)に行きました。石油の分子構造モデルの展示がわかりやすくて、ちょうど今の作品のリサーチにもなりました。〈東京農工大学科学博物館〉も、養蚕や紡績の展示をしていて面白かったです。やっぱり、仕組みを見せてくれる展示が好きなんだと思います。

迎さんが東京農工大学科学博物館で購入したというDVD。紡績織機の手順や手法が収録されている
——本棚にはいろんなジャンルの本が並んでいますが、リサーチとして読む本と普段読む本は別のものですか?
別というよりも、グラデーションだと思います。推理小説やエッセイや漫画も好きで読みますが、それらから作品のインスピレーションが得られることは多いです。こういう語り口好きだな、こういう表現の仕方やってみたいな、というふうに、対象の見せ方だったり作者のスタンスだったりが結構参考になったりします。

わからないままの状態に耐える


——こうしてお聞きしていると、本当に多読ですよね。美術史や美学といった、美術についての本も読まれるんでしょうか?
そういう本はなかなか読めていないので、読まなきゃと思っています。こんな話をして良いのかわからないんですが、リサーチを経て作品のアウトプットを考えている時に、これって一体何なんだろう、自分は何をしているんだろう、とドツボにハマって考える時間が毎回訪れて。そうした時間が過ぎ去った後に作品ができる、という流れが決まってあるんですよね。そういう時に、美術書を手に取ってみては、“うーんそう…かなぁ!?” みたいな感じで受け取って、また制作に戻っていったりしています。
そもそも自分は、美術が何かわからないけど作っている、みたいなところがあって。作品、美術、芸術っていうものが、私にとっては必要で価値あるものだと思っているが、でもそれって一体何なんだろうなっていうのを、ずっとふわふわ考え続けていますね。

——制作中に出てきた根源的な問いに対して、正解を見つけて乗り越えるわけではなく、問いを携えたままいつの間にか制作を進められる状態になっている、というのが迎さんの強さのように思います。
大学の頃、指導してもらっていた中原浩大さんや金氏徹平さんなどから「それは何なの?」「どうしてそれなの?」「なぜ作っているの?」と常に問われていました。そうしたことを考えるのが制作のスタート地点にあって、きっと今もそのスタンスのまま。わからないけど何でなのかな、と思いながら作っている感じですね。ずっと苦しいまま(苦笑)。リサーチに関しても、結局わからないから調べ続ける、みたいなところが根底にあるので、そこでも同じことをやっているんだと思います。
——あれほどリサーチしても、わかる状態にはならない、ということですね。
そうですね。物事の研究結果や認識は日々変わっていきますし、本でもネットの情報でも、そこには著者や専門家の意図や編集が入っているはずです。となると、それらが揺るがない事実だなどとは決して言えないですよね。だから、その“わからない”というふわふわした状態に耐える必要があると思いますね。同様に、私の作品を見てくれる人にもそこに耐えてほしいと思っています。正解を知り納得することで安心したいと思うんですけども。
なぜかというと、わかるとか理解するということが、そのことを考え続ける時間のなかでしか持続しないと思っているんです。知識や情報は自分のなかに蓄積するようなものではなく、むしろ最初に触れた時が最も新鮮で、そこからどんどん腐っていく。なので、調べたり、考えたり、問い続けたり。状況を動かし続けるやり方を自分はとっているんじゃないかと思いますね。

Art Collaboration Kyoto(ACK) Special Program
「迎 英里子 : supported by Daimaru Matsuzakaya Ladder Project」
新作《approach 2.1》を発表します。
私たちの社会や暮らしを駆動させる
ガソリン、軽油、灯油などの燃料は
すべて原油を蒸留することで作られます。
沸点の違いによって異なるものを取り出すというその手法は
技術革新が進む現代において
意外なほどに単純かつ大胆なものでもあります。
本展では、こうした原油の蒸留段階で起きる分子の動きと
それが実際に行われる蒸留塔のプレート構造の作用
といった2つの仕組みを抽象化した装置からなる
インスタレーションとパフォーマンス作品を展示します。
対極的なスケールの2つの動きが
一つの作品のなかで同時に進行する様は
微細な風向きの変化によって
全く異なる結果を容易に生み得るという
原油をめぐる物事の不確実性を表出させるだけでなく
こうした複雑さに向き合うための
これからの人文科学的な知のありかたを
観る者の内へと投げかけます。
ARTIST

迎英里子
アーティスト
1990年生まれ。2015年京都市立芸術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。2024年より愛知県立芸術大学美術学部彫刻専攻講師。屠畜や石油の採掘、国債の仕組みなど、世の中に存在する不可視の現象=システムをモチーフとし、そのメカニズムを等身大の装置へ変換し、動作させることでシステムを実際に作動させるパフォーマンス作品を制作している。主な展覧会に2025年開館30周年記念コレクション展「VISION 星と星図 | 星図Ⅱ:独りと、集団と」(豊田市美術館/愛知)、個展「approach 3.1」(京都市京セラ美術館ザ・トライアングル/京都)、2022年国際芸術祭「あいち2022」( 墨会館・小信中島公民館 /愛知)、2020年「ARTS & ROUTES -あわいをたどる旅-」(秋田県立近代美術館/秋田)。
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