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2022.12.02

「これだけ??」と思う美術の見方が分かりました / 連載「街中アート探訪記」Vol.13

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。

今回は国立新美術館が館内のパブリックスペースで展示をする企画展NACT Viewというシリーズの第一回玉山拓郎作品を見に行った。

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美術館にあるパブリックアートを見る

ナンセンスコントの舞台を作る大北(左)と美術評論家の塚田(右)でお送りします

大北:さあ六本木にある国立新美術館にやってきました。
塚田:駅構内の作品を取り上げたことはありましたが、建物の中に来たのは初めてですね。
大北:公共空間に物を置くのもパブリックアートってことですかね?
塚田:僕はここを通り抜けたりしますよ。カフェやショップがあったり。いろんな人が来れるという意味ではパブリックな空間であることは確かです。
大北:乃木坂駅側から入りましたが入口近くにありますね。

玉山拓郎《Museum Static Lights:The National Art Center, Tokyo》2022年 国立新美術館

大北:1つ1つは何ですかね?
塚田:これはガラス製の蛍光灯にフィルムを巻き付けているそうです。
大北:ふつうの蛍光灯ではない?
塚田:いや、そこまで特別な素材ではないのですが、玉山さんによるとガラスがいいんだと。求めている感覚に合うそうです。フィルムを巻き付けてこういう色にしている。YouTubeのインタビュー動画で言っていました。

細かく作り込まれた光の束

大北:白いキャップがあったりなかったりしてますね。
塚田:そうですね。その理由も作家に聞くと答えがありそうですね。玉山さんは細かく作り込む作品を作っていますから。僕は前夜に来たんですが、そのときは骨組自体に目がいかなかったんです。でも昼間に来るとディティールが見える。サビがあったりとニュアンスに富んでますね。
大北:本当だ。このサビわざわざつけたのかな? そんなことあるかな?

大北:玉山拓郎さんはどういう作家なんですか。
塚田:近年活発に作品を発表されてる作家さんで、インスタレーションっていって空間全体を一つの作品として発表するスタイルで知られています。
大北:こっちは空間全体というよりかは、「単体」って感じの作品ですよね。
塚田:この作品は、普段制作している作家のイメージとはまた違ったタイプのものですね。

静的な光と動的な状況

大北:そもそも綺麗ですよね。蛍光というか、それ自体が光ってるし。
塚田:玉山さんは元々こういう光る作品を作っていて。ダン・フレイヴィン(*1)というアーティストがいるんですけど、直接的にはそういったものに影響を受けていると思います。
大北:今日は外が明るいですけど、公式パンフレットの作品写真では夜ですね。
塚田:夜はガラスにも作品が映り込んで面白いですね。
大北:僕も最近、夜にこの外を通ったんですけど、この作品で新美術館が赤く光ってました。
塚田:でも単純に外が暗くなったからより明るく見えたってだけで、この光自体は変わってないわけです。タイトルはスタティックライツですもん。
大北:あ、静的な光。ダイナミックとは逆の。
塚田:ライトはスタティックなんだけれども、周りの状況が変わることによって、作品の見え方が変わってくる。

*1….ミニマリズムの作家、蛍光灯を使った作品が多い

塚田:正面入口側にある、もう一つのを見に行きましょうか。
大北:これもう一つあるんですね。
塚田:もう一つを見ないとこの作品の本当の意味はわからないはずです。
大北:本当の意味??

通り抜ける体験で作品が完成する

大北:作品の形って何だったんですかね。
塚田:これはあれですよ。あそこにあるコーンの一部分を切り取ったものなんです。
大北:あ、作品の形とコーンというのか柱の壁面の形が同じなんですね。
塚田:大きさは横幅2ブロック分だそうです。
大北:あの一枚の倍の大きさってことかな。

塚田:向こうにあるもう一つの作品もそう。こっちから来ても、あっちから来ても 「あれ? この形なんだろう?」となって途中でこれを見て「ああコーンのこれか!」と。それを知った上でもうひとつを見る。
大北:「これコーンの形だな」って分かるかな? そうならなくても無意識に調和を感じたりするんでしょうかね。
塚田:たまたま空いてるスペースが向こうとここだったってこともあるんでしょうけれど、結果的にそういう鑑賞体験になってるところが面白い。それぞれ近いところにあるコーンの大きさに基づいて作られているので、正面入口側の方が大きいです。

東側の入り口にあるもう一つの作品へ

美術はその場所の痕跡を問題としがち

塚田:ファーレ立川で見た駐車場に入る道の作品あったじゃないですか。
大北:ありましたね、作品を設置する道の形をそのまま彫刻にした白川昌生の作品。(※『パブリックアートはその街に痕跡を残す』)
塚田:玉山さんの作品もあれと同じようなアプローチになってます。
大北:空間にすでにある形を作品にする。
塚田:空間にあるものの一部を抽出して作品にする。アーティストがしばしば採用するアプローチの1つです。
大北:ファーレ立川で最初に白川さんの作品を見た時は「なんでそんなことするんだ」って笑ってたんですよね。でもその後話を聞いたらそういうことが大切なんだなとわかってきました。作品の置かれる場所が主題となりがち。
塚田:芸術は痕跡をどう表現するかが大切なんだってことをそのときも強調しました。それぐらい普遍的なアプローチなんです。

建物と作品を脱構築する

塚田:さっきはディティールについて言及しましたが、改めて作品のテーマにもなっているコーンとの関わりの中で考えてみましょう。美術館は大きな建築空間なわけじゃないですか。そんな建築空間を脱構築して見せているわけですよね。
大北:脱構築は「枠組み自体を問い直す」くらいの意味ですかね。
塚田:作品をこの美術館の中の一部という捉え方をすると、彫刻と建築の間にあるようなオブジェとして考えられます。そうなってくると単純にポンと置かれた彫刻とはまた違った捉え方ができると思うんですよね。そうなると空間全体の認識の仕方が変わってくる。「作品もこの建物の一部なのか…?」みたいに意識が拡張される。
大北:なるほど。展示室に飾ってある絵もアートだし、黒川紀章が作った国立新美術館の建物自体も1つの作品ではある。そうするとこの作品はちょうどその中間にありますね。
塚田:そうですね。
大北:この玉山作品が間にあることで、建物と展示の絵画作品がつながる。そうすると外の手すりとかも作品なのかな? と急に地続きになる感じはしますね。備品と作品との違いはなに? みたいなことを考え始めました。

大北:この建物って外から見てもかっこいいけど、中もかっこいいんですね。
塚田:そうですね、コーンの上にある照明とかも面白いです。
大北:このコーンの形を表してることに気づく自信がないと言いましたけど、今「建物かっこいいなあ」となってるのでこれは気付くかもしれないなあ。
塚田:そうですね、何も言われなくても気づく可能性は全然あると思います。
大北:最初に作品を見て「なんだろう?」があるけどその後「この建物かっこいいな」が挟まれてまた作品の見方が更新される。なるほどなあ。黒川紀章作品で人はまず驚くだろう、ということが見込まれてるのかなあ。

鑑賞者の変化が問題となるミニマルアート

塚田:さっき時間によって見え方が変わるって話をしたじゃないですか。ちょっと美術史に寄り道をしますが、ミニマルアートという動向が1960年代ぐらいにアメリカを中心にあったんです。それは表面的な見え方としてはすごく単純な形をいくつか置いて、それだけでもう作品終わりです、みたいな傾向だったんですが、それは作品ではなく、僕たち(鑑賞者)の見ている側のことを問題にしている部分があるんですよね。例えば同じ形の箱を3個とか4個とか空間に配置する。ギャラリーの中を歩きながらそういったものを見ていくと、位置関係が変わったり自分が動いたことが分かるじゃないですか。「なんだ、それだけかよ」って思われるかもしれないですけれど。
大北:今まで何度もそういうことを思ってきました。
塚田:だけどもその作品を通じて、鑑賞者の知覚や捉え方がどう変わったかってことを問題にしたのがミニマルアートなんです。
大北:……じゃあ、この作品はまさにその文脈だ。
塚田:そうなんです。そういう過去の実践の延長線上にあるわけなんです。
大北:あ~、そうか、タイトルもそうだ。
塚田:ですね、スタティックライト。この物自体は変わらないけれどもこうやって、美術館のロビーを通り過ぎることによって、間にあるコーンの存在に気付き、それを通じてもうひとつを見るとまた違った見方ができる。
大北:うわ~、なるほど、道理が通った!
塚田:さらに夜になると、同じ状態でここにずっとあったものが、外からも見えるぐらい周囲に影響を与える作品に変貌するのです。

大北:僕も夜に外から見て、なんか光ってるなと思って近くに見に行ったんですよね。外を歩いている人にも影響を及ぼしてみんな見に行ってる。
塚田:そういう単純なことなんですけど、自分の考えが変わった瞬間を分かりやすく提示してくれるんです。
大北:そうか、自分の考えが変わる体験ができるのも美術の楽しみの一つ。それに対して我々みたいな野暮が「なんだこれだけかよ」とか言ってたんだ(笑)。 うわ~! これだけかよ系作品の謎がとけた~!

そのまま問題を提示する美術のやり方

塚田:鑑賞するってなんなんだろうという問いかけを、特に現代の美術は重要なテーマとして追求してきました。例えば「現象学的な知覚の変容」っていう言葉を聞いたことありませんか?
大北:その文字が並んでそうなイメージはありますけど、深い意味までは考えたことはないですね。
塚田:哲学とか美術の界隈でしばしば使われる言葉なんですけど、美術の文脈で使われる場合は、今まで話してきたような鑑賞者の体験の変化を表しているんです。
大北:なるほど、これがまさに。いや、感心するのは、美術のみなさんはそういうことをすごく上品にやられてるんだなと。
塚田:上品というか、還元された状態で提示するっていうことに意識が向いてるんだと思います。
大北:還元された? ああ、元の状態、そのままのということですかね。
塚田:さっきミニマルアートの鑑賞体験で起こる知覚の変容について僕は「それだけかよ」とぶっきらぼうな表現をしてしまいましたが、当たり前のことをどうやって当たり前のままで提示できるかっていうことは現代美術の課題のひとつなんです。
大北:当たり前のままで提示する。
塚田:結果的に無駄なものがそぎ落とされて品がよく見えるけれども、もともとの出発点は上品なものを作りたいっていうことじゃなくて、鑑賞者にどうしたらこの当たり前のことを伝えることができるだろうかという考え方があるんです。

大北:僕が親しんでる演劇の文脈では口で説明しちゃうのは良くないよねというルールがあって、そこを美術はすごく上手にやりますね。いや、蒙が啓かれます、ほんと。
塚田:蒙が(笑)。よかった、
大北:連載の終了が近づいてきましたね。そうか、こういうことだったのか、と見方がだんだんわかってきて私の蒙が啓き切ると終わりますから。
塚田:このタイプの作品は2回目ですもんね。でもまだ紹介できていない分野もありますし、今日みたいに美術館の新たな取り組みを紹介するのも良いと思うので、そう考えるとネタはたくさんあります。
大北:読んでる皆さんもだんだんわかってきてるんでしょうね。
塚田:基礎的なところをかみくだいて話しているので、美術に親しむためのいいゲートウェイになるといいなと思って毎回やってます。

温かいのかなと手をかざす鑑賞者が後を絶たない

大北:いけない! あのお母さん、電気ストーブみたいに手を当てて……現象学的な知覚が変容されている!
塚田:(笑) 温かみが惹起されてるのか…!
大北:ブルーだったら手を当てないですもんね。先回りして「これは静的なライトですよ」ってタイトルでも言っているのに…。

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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