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2023.01.13

六本木ヒルズのストリートファニチャーからアートとデザインの違いを考える / 連載「街中アート探訪記」Vol.14

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
六本木ヒルズ一帯には13人のアーティストが手掛けたストリートファニチャーを路上に設置する"ストリートスケープ"計画というものがあるらしい。ストリートファニチャーとは街灯やベンチなど街の備品の総称であるが、アーティストが手掛けるとパブリックアートとどう違うのだろうか?

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前回は六本木の美術館にあるパブリックアートを見に行ってきました!

前回は六本木の美術館にあるパブリックアートを見に行ってきました!

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「これだけ??」と思う美術の見方が分かりました / 連載「街中アート探訪記」Vol.13

限りなく普通であるベンチ

大北:塚田さんからストリートファニチャ-を見ましょうと提案がありやって来ました。ストリートファニチャーってくくりは割とよくあるものなんですか?
塚田:そもそもなんですが、ストリートファニチャーってアートの言葉じゃないんですよ、公園の何の変哲もないベンチもストリートファニチャーです。だから数としてはパブリックアートよりあるんじゃないでしょうか。
大北:そういうことか。というのも我々は今、アーティストが手掛けたという六本木ヒルズのストリートファニチャーの中でもひときわ何の変哲もなさそうなジャスパー・モリソン『パークベンチ』の前に来てます。

ジャスパー・モリスン《パーク・ベンチ “Park Bench”》森ビル株式会社

大北:いや~、ベンチですね。
塚田:まずこれはもう座ってみるしかないと思うんですよ。
大北:うん……。座ったところで、やっぱりベンチですねえ。

大北(写真左)と塚田(右)でお送りします

大北:なんだろうなあ……長いなあ。
塚田:残念なお知らせがあるんですけど、僕が資料を当たった限り、長いことに対する明確な理由はありませんでした。作者は割り当てられたスペースがこれぐらいだったからというニュアンスのことを言ってます。
大北:つらい。長いことに飛びついちゃダメなんですね。とするともう取っかかりがなくなってこれは普通のベンチ……?

向こう側に見えるピンクのイスの六本木ヒルズのストリートファニチャー

 

普通を目指したジャスパー・モリスン

塚田:まあでも向こう側のピンクの作品を見ればわかるように、みんな奇抜なことをやるわけですよね。そんななかで作者は「少しばかりの普通さを目指した」そうです。
大北:おお、これは目指された普通さであるんだ。
塚田:でもこのためにあえて普通に作ってるわけじゃなくて、作者のジャスパー・モリソンはいつも「普通」な作品を作ってるんですよ。

大北:ジャスパー・モリソンさんはアートの人ですか? 家具の人ですか?
塚田:プロダクトデザイナーとして例えば電車のデザインをやったりもしてますし、人々が生活で触れるもの全てをデザインする人ですね。世界的に評価を得ている方でもあります。
大北:確かにこのでっかいねじを選んでくるのはプロダクトデザインの人っぽい。隠さずにむしろ見せるみたいなやり方が。

塚田:ジャスパー・モリソンはこの普通さをめちゃめちゃ追求してる人なんですね。
大北:そう言われてみればこの場所にめちゃめちゃ馴染んでますね、隣の円柱とも高さが揃っていて違和感がないし。

塚田:そうですね、やっぱり材質が木なのは自然に映りますよね。こういう風に周りの景観と調和するっていうことも重要なテーマとして意識したそうです。いままで連載で紹介してきたものと今回の場合が違うのは、座れるということです。彫刻は鑑賞するものですけれども、このベンチでは本を読んでもいいし、 コーヒーを飲んでもいいし、こうやって喋っててもいいわけです。
大北:彫刻は鑑賞するものだけどストリートファニチャーは使用するものであると。そうするとアーティストはどういう姿勢で取り組むのだろう?

 

普通のものを超えるスーパーノーマルとは

大北:これそもそもどういうプロジェクトなんですかね。
塚田:六本木ヒルズも含めた再開発プロジェクトの一環なんです。向こうの側のピンクの作品もそうなんですが、あれに座ると目立つじゃないですか?
大北:確かに「おっ、あいつ変なイスに座ってるな」って感じになりそうですね。そもそも「座っていいのかな?」と心配にもなるか。
塚田:作者はそういうものではなくて、街と調和するようなものを目指したかったようです。そしてそれは、ジャスパー・モリソン自身が普段から追求している「スーパーノーマル」という考え方にのっとったものでもあるんです。
大北:ただの普通じゃなくてスーパーノーマルだったんだ。どうスーパーなんですか?
塚田:ひと言で言ってしまえば「普通のものこそすごいんだ」って考え方です。物のデザインって基本的な形態がずっと変わらないものがあるじゃないですか。
大北:はい。フォークはあの形、とかね。

塚田:おそらくあれって人間の手や口の大きさがあってあのサイズ感になってるんですよ。その証拠に子供用のフォークは枝の長さが短かったりしますよね。そんな風に長い時間をかけて形って定まっていくものなんですね。人間が使うという制約下においてそれこそが最も機能的でもあり、造形的にも洗練されているんだという考え方なんです。
ジャスパー・モリソンいわく、「普通」とはこの長い時間の中で洗練されてきたものであるから、そこを出発点にしようと。その普通さを汲み取ってより良いデザインを作ることがスーパーノーマルなんですよ。
大北:よくある形を出発点にするんだ。なるほど。でもそれって普通のイスメーカーがやってそうなことでもありそうだし、スーパーノーマルには特別ななにかがあるのかな…。

 

私達の暮らしに近いスーパーノーマル

塚田:なんとなくこのことを伝えるとニュアンスとして伝わるのかもしれませんが、ジャスパー・モリソンは無印良品のデザインとかもやってるんですよね。
大北:なるほど。一発で伝わりました。
塚田:同じく無印のデザインをしている深澤直人さんとも交流があります。
大北:じゃあこれはアートの人に六本木の街に置く座れるイスの作品を頼んだのではなく、言ってみればイス屋さんに頼んだというのに近いんですかね。
塚田:純粋なイス屋さんでもないんですけどね。ここが金属製になってるのも、耐久性があるから金属製にしたらしいです。かっこいいからとかじゃないんですよ。

塚田:金属の土台さえしっかりしてれば座面の木材がへたっても交換できるからっていうことらしいです。そういうサステナビリティを意識してる部分はデザイナー的であると言えそうです。
大北:なるほど。これはずっと雨ざらしだしへたりますよね。
塚田:でも肘掛けの角度が奥に向かってちょっとしずんでいくようになっていて、腰かけた時リラックスしますよね。モリソンは自分が気になったものをスライドにして見せるみたいな講義をするらしいんですが、そのスライドは椅子とか掃除機の画像を集めてるんじゃなくて、単純に日常の中で気になったありとあらゆる「形」を集めてるんです。形に対する関心がすごく強い。
大北:形マニアだ。そう言われてみるとこの鉄部分の形、世の中にあんまりこういう形ないですよね。やっぱりかっこいい。

塚田:裏から見ても綺麗ですね。背もたれの部分のステンレスの微妙な反り具合も造形性を感じます。

大北:ほんとだ。背もたれの支柱はまっすぐでなく、ほんのちょっと角度がついてるんですね。
塚田:ねじ穴がないタイプのもので留められていてスタイリッシュな印象があります。
大北:シンプルだからこそあらゆるところにめっちゃこだわってる。

 

美的にすぐれていることと機能面は両立しない

大北:この肘掛け、ジャスパー・モリソンもホームレス寝ないようにしてくれって注文されてつけたんですかね。
塚田:寝ないようにするんだったら、もっとたくさんつけるんじゃないですか。排除アートという言葉もありますけど、置かれることで行動を制限するタイプのベンチってありますよね。
何度も例にあげて申し訳ないですけど、向こう側のピンクの作品で寝るのはやっぱり目立っちゃうじゃないですか。パブリックアートも含めてですけども町のイメージアップに繋がる一方で、綺麗になりすぎちゃうとくつろいだ行動ができなくなってしまう。特にその問題が顕在化しやすいのがベンチなんです。今これだけ長いベンチって珍しくないですか? 普通は真ん中にもう一本肘掛けがあって寝そべられないようになってますよね。
大北:たしかに。一方、この長さは我々はそんな排除アートなんてやらないんだという港区の気概も感じますね。この裏にあるリンコスって高級スーパーは名前を変えたマルエツですから。やっぱり港区ってなんか違うんだなとこのベンチ見て思いました。
六本木ヒルズのストリートファニチャーの全体のラインナップとしてはこんな普通なのはなかったですよね。
塚田:やろうと思えばデザインっていくらでも奇抜になっちゃうじゃないですか。80年代ぐらいは奇抜なポストモダンデザインというのが流行っていました。でも、その頃からモリソンはこういうシンプルなことをやってたんですよ。だから普通は普通なんですけど、これは筋金入りの普通さなんです。

塚田:奇抜なデザインってもちろん魅力的なものもあるんですけれど、それだとデザインとアートの境界線がなくなってしまうわけですよね。作者の作家性になっちゃう。デザイナーはそんなジレンマをかかえながら、どういうところで押しとどまるかみんなそれぞれすごく考えています。その意味で言えば、モリソンはデザインをすることに対してすごく向き合っている。
大北:あー、なるほど。でもそれがまたモリソンさんの作家性になるだろうしやっぱりちょっと違う世界なんだなー。

見る角度がちがうと支柱(手すり)の形も変わって見える

 

普通を突き詰めた先にあるもの

大北:今アーティストのストリートファニチャーを見に来て、奇抜なアーティストが「今回はあえてノーマルで」作った作品だとするとモヤりますが、筋金入りの信念を持ってやってるって言われると、ああ、この普通さはモリソンさんのあれだなと。我々もニコニコできると。
塚田:モリソンの仕事をいくつか見てる中ですごい面白いなと思ったのがあって、 「グローボール」という照明なんですが、照明って球体だったりすると、底の方がちょっと暗くなったり天井にくっついてる部分に影ができたりして光が均一にならないですよね。モリソンはそれを嫌って均一なガラスを職人さんに作ってもらい、本当に純粋な光みたいな照明を作っています。照明の「照らす」という機能性を突き詰めると、すごく純粋なものになっていくんです。ああ、これがスーパーノーマルか、と納得します。
大北:なるほど、スーパーノーマルやプロダクトデザインの考え方は機能面をめっちゃめちゃに大事にするっていうことでもあるんですね。そういえば、アートって機能ないですよね。
塚田:もちろんアートにも様々な実践があるので、全てに当てはまるわけではないのですが、そういうふうに対比的に考えると、確かにアートに機能はないです。
大北:一方、ストリートファニチャーは機能があるんですよね。
塚田:そうですね、アートとデザインの分かりやすい分け方として機能性の有無に着目するのはアリだと思います。
大北:その中でも機能をめっちゃ突き詰めた人を今見せてもらってるということでもあるんですね。
塚田:ですね。
大北:ぼくは今きりたんぽを思い出してますよ。秋田の名物きりたんぽ鍋は「私達の街の比内鶏うまいな、これでダシとるか」ってことで鶏ガラスープなんです。なので郷土料理なのにラーメンみたいにうまい。今、ここでアートとデザインが並べられてるのは、ラーメンときりたんぽが並べられてるけど出自が全然違うみたいな……すいません、この例え「相撲とプロレスの異種格闘技戦ですね」でよかったです。
塚田:この六本木にはモリソンみたいなデザイナーの仕事もあれば、アーティストの作品もある。確かに六本木では、街の中で異種格闘技戦が繰り広げられていると言えそうです。

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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