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2024.08.07
金沢21世紀美術館のパブリックアートに見える設計者SANAAの思想 / 連載「街中アート探訪記」Vol.31
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は6月下旬に営業を再開させた金沢21世紀美術館にあり、同館の設計者でもあるSANAAの作品である。美術館の周囲に置かれたパブリックアートの一つが、美術館と入れ子構造となり、モダニズム建築の一端が分かる。
なぜ彫刻作品がパビリオンであるのか
球体のパビリオン『まる』SANAA 2016年@金沢21世紀美術館
大北:「球体のパビリオン『まる』」。なんでしょうか。
塚田:なんでパビリオンなのか、不思議じゃないですか?
大北:そうなんです、ピンと来てませんでした。パビリオンって万博でしか聞いたことないな。
塚田:そうです、意味としては展示会や博覧会などの仮設の建築物ですね。
大北:建物なんだ。この『まる』を作られたのはここ金沢21世紀美術館の設計者の方なんですよね。
塚田:ええ、設計したのはSANAA、妹島和世さん西沢立衛さんという2人組で90年代半ばからこの名義で活動している世界的な建築家ユニットです。
大北:(検索して)おっ、建築界のノーベル賞的なプリツカー賞も受賞してるんですね。
塚田:彫刻とかオブジェでなく「パビリオン」としているのは、これもまた一つの建築であるという意図が込められているように思えて興味深いです。
そのものを小さくして隣に置く
大北:と言われてもまだピンと来てないのは…これは建築っぽくないですよね?
塚田:この作品は開館10周年を記念して作られたものでして……。
大北:後からできたんだ。
塚田:この美術館の性格をそのまま形象化したような作品として捉えられるなって思うんです。
大北:性格?
塚田:『まる』っていうのは美術館が丸い形なんですね。
大北:ほんとだ、上から見たら丸いんですね。
塚田:そう、丸なんですよ。そしてこの21美の面白いところって正面入口がないんですよね。
大北:あ、言われてみればそうかも。塀とかもないし。
塚田:どこからでも入れるのは、そもそもこの金沢21世紀美術館を市民に開かれた美術館にしたいというコンセプトからなんです。しかもガラス張りで、外からも見える。
大北:ええ、たくさん人が入ってるな~ってわかりますね。
塚田:市民ギャラリーもあるしアートライブラリーやカフェ、無料で利用できるスペースもある。 美術館の中では常にいろんな活動が行われているわけですよね。そこから連想すると、こんな風に丸(=館内の活動)がたくさんあるようなイメージに繋がってくるんじゃないでしょうか。
大北:あー、なるほど、金沢21世紀美術館とはこんな感じですよねと。意味ある系の作品だ。しかも表したいものの隣にそれがあるっていうのは初めてですね。「これはこう」という意味では案内版に近いというか…。
塚田:そうですね。あと表面の鏡面仕上げによって美術館で過ごしてる人たちが作品に映りこんでるじゃないですか。
大北:言われてみれば。子どもたちが群がっているし。
塚田:日々変わる美術館の活動してる様子を作品の表面に映して取り込んでいる。まるで美術館というものをマケット(雛形)化しているようです。
大北:鏡面に映る自分の顔見て楽しんでる子どもたち、それも込みでこういう美術館ですよって感じですね。でも作者の想定外の楽しみ方なんじゃないかというほど中で盛り上がってますね。
塚田:中に行くと楽しいんですかね。
大北:めちゃくちゃ楽しいのかもしれない。行きましょう!
大北:……面白いけど、これは凹面鏡のおもしろさですね。ぼくが小学生だったらよかったんですが。
塚田:映り込みって面白いですね。みんな楽しんでます。
建築は内と外を生んでしまうもの
大北:ここの建物自体遠くから見てもきれいでスッキリしてて気持ちがいいですね。
塚田:SANAA建築って透明性の操作にその特徴があるんです。
大北:透明性? ガラスですかね。
塚田:全面ガラス張りにしてるのはすごくユニークですよね。建築家だったら表面は自分の思い通りにしてかっこよくしたいっていう考えもあると思うんですよ。でもガラスにして、透明にして。
大北:ガラス張りになってると人がぴょこぴょこ動くのが見えて、建築家の思い通り感は減りますよね。
塚田:中で何が起こってるのか外からわかるし、内側からも外側が見えますよね。ガラス張りにすることで内側と外側の境界が曖昧になっています。
大北:ガラス張りだと人はついつい建物の中を見てしまいますね。
塚田:建築としても面白いですよね。建物は建ってるけれど、それによって空間は分割されずに、内側と外側の干渉を生んでいます。
大北:あー、なるほど。建物を建てるのは中に人を呼び込むことでもあるし。それで外との新たなコミュニケーションが生まれますね。おーっと、おもしろいなあ~。
塚田:建築ってやっぱり内側を区切るものだから。内側を区切るためには外側のことも考えなきゃいけない。人が集う場所だから、どういった出会いや、物語が生まれるのかっていうことを可視化するための透明なガラスであったり、鏡面であったりっていうのがSANAAの処理なわけです。
大北:ただ境界をなくせばいいってわけじゃないんだ。境界は絶対に生まれるんだから、せめてできることは内と外の視線の運動に意識的になることというのは他にも当てはまることだなあ。
塚田:建築家というのは、とことんこの内側と外側について考えなきゃなはない職業ですね。
大北:内と外か。いや、反省します。節分の豆まきの時くらいしか考えてなかったです。
モダニズム建築における素材
塚田:それとせっかくなので、建築史の話もしましょう。工業的な素材をどう使うかが課題であると言ってもいいモダニズム建築において、ガラスは重要な素材だったりもするんです。
大北:みんな素材を気にしてるんですね。ガラスは人気の素材なんですか?
塚田:ガラスはミース・ファン・デル・ローエなど多くの先人が取り組んできたことなのでSANAAが透明性にこだわるのも彼女たちがそういう系譜にあることの表明でもあるでしょう。そうしたモダニズム的主題をより社会的なものに拡張して、開かれた美術館の形を提案しているのがこの建築のおもしろさなんです。
大北:ほ~、だとしたら先人の考えをより先に進めたのがこの美術館なんですね。
塚田:鏡面仕上げもガラス張りと同じで内側と外側について意識させます。
大北:ガラス張りは透明だけど、こっちは100%反射する。正反対だけど、どっちも見る人の視線が普段通りじゃなくておもしろいですね。
正面がない彫刻、正面がある絵画
大北:それにしてもどんどん人が来てる。ガラス張りが機能してますね。夏休みの水族館くらい人が来てますよ。
塚田:被災から再開して初めての連休だそうで、職員の方も来館者の数に驚いてましたね。北陸の人たちにとって美術館が大切なものなんだなと思うと同時に、改めて震災のことを思うと胸が詰まります。
大北:意図されてるかどうかわからないですが、『まる』の中にもみんな入っていってますね。声を反響させておもしろがってる。
塚田:柱も細くて、空中に浮いてるというイメージも、この美術館の軽やかなイメージとすごく共通してますよね。重々しくないじゃないですか、金沢21世紀美術館って。
大北:大御所の作品がドーンという感じでない。金沢のプール(の作品)見てきた」と周囲でもよく聞きます。
塚田:この美術館みたいにどこからでも中に入れるのも一緒ですね。
大北:正面がない。この作品もどこから撮るのが正解なのかわからないですね。
塚田:彫刻って正面があるタイプのものもありますけど、ないタイプのものは360度どこからでも見られることを意識してるんで。そこは絵画とは全然違いますよね。絵画はどこから見るかがある程度決まってるんで。
大北:彫刻と絵画の違いはそういうところもありますね。正面がある彫刻っていうのは人物とか?
塚田:比較的あてはまりますが、人物もあらゆる角度から見られることを想定されてるものも多いです。『まる』に話を戻しますが、これはもう徹底して正面性がないですね。この正面性のなさも21美の建築自体と共通しています。21美はそれぞれの部屋が有機的に配置された平面構成が特徴で、展示室の順路も固定的ではないんですよ。
大北:美術館も正面がないんですね。やっぱりどこまでも雛形的なものなんだ。
塚田:21美のエッセンスを抽出して、もうパビリオン、別棟みたいにしてる。すごく面白いですね。
大北:意味が明確にある作品は陳腐にならないのかなと心配がありましたが、たしかにそのものが小さくして隣にあって、実際にこの美術館が鏡面に映り込んで小さな像になっている……入れ子構造になってて、よく考えられていますね。
美術評論の塚田(左)とコントの舞台を作る大北(右)
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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