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2024.06.19
これが黒川紀章のメタボリズム。埼玉で見る中銀カプセルタワービル / 連載「街中アート探訪記」Vol.30
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回はシリーズ初の建築として「中銀カプセルタワービル住宅カプセル」を取り上げる。もう解体されてしまった中銀カプセルタワービルのモデルルームが別の場所で展示された後、埼玉県立近代美術館が所在する北浦和公園に移設されてパブリックアートとなっている。黒川紀章らが提唱した建築運動メタボリズムとはなんだったのか。
かつての都心のセカンドハウスが公園に
大北:公園に家がある。
塚田:家がありますね。
大北:中銀。ちゅうぎん? なかぎん?
塚田:「なかぎん」ですね。中央区銀座にあったから中銀なんですよ。
中銀カプセルタワービル住宅カプセル 黒川紀章 1972(移設は2012) @北浦和公園
大北:家がここにあるの面白いですね。
塚田:移されてきたものですからね。ここにあるのは中銀カプセルタワービルの玄関にショールーム的に置かれていたものなんです。2011年に森美術館で展覧会が行われて、その後こちらに移されました。
大北:じゃあ最初から見せるための部屋ではあったんですね。これだけのスペースに住んでたんですかね。かなりコンパクト。
塚田:都心のセカンドハウスという構想だったようです。
大北:セカンドハウス前提なんだ。
塚田:だからこそ、中央区銀座っていう東京のど真ん中に作られたわけです。
大北:下水とか水道とか管を通したりしてるんですよね。
塚田:そうそう。下水や水道のライフラインは中央部に配管が入った2つの塔としてあって、それぞれの周囲に140個のカプセルを配置してたんですって。
黒川紀章らが万博で描いた未来から50年
塚田:この連載もついに建築家の作品も取り上げることになりましたね。
大北:それも黒川紀章。とはいえ名前は知ってるけど作風とかは知らないんですよ。
塚田:メディア型の建築家と言われていて、著作も多いしテレビにも出演してます。晩年は都知事選にも出てましたね。
大北:あ~、そっかそっか、あれが黒川紀章か。
塚田:そう。戦後の日本のメディアの中で、一般の人たちに向かって建築家として振る舞い続けた人なんでよ。
大北:たしかに。岡本太郎が芸術家像を作る一方、黒川紀章は建築家像か~。
塚田:建築を実際に作り、と同時にそれについて語るというその両方をやってた人なんです。
大北:人前で喋ってるといいことあったんですかね?
塚田:実物を作るためにメディアや文章で「自分はこういうコンセプトで建築を作りたいんだ」とアピールしたんです。黒川にとって自身の発言と建築は連続しているもので、両者はいわば車の両輪でした。このカプセル住宅もそうで、万博で試しに作られたものが元となって、それを見た依頼者からお願いされたという経緯があります。
大北:万博なんだ、だから近未来的な感じなんですね。
大北:かっこいい部屋ですね。みんなが話題にしてたものなあ。
塚田:みんなが話題にしてた理由がわかってきましたか。
大北:レトロフューチャー的だよなと思ってたんですよね。そういうものがあるよなーって。
塚田:でも本当に1970年に始まった当時の未来像なんで。今見るとレトロフューチャーですが。
大北:狙ったものではなくもう本当にレトロフューチャーでしかない。50年以上前の未来なんですね。
塚田:このカプセル住宅に住んでいた人たちの本が出てまして、それを見るとアレンジが人それぞれにあるんですよ。中にあるものを動かしたり絨毯を敷いたり、住んでる人もいれば事務所として使ってる人もいて個性が豊かなんです。
大北:住むには大変という話を聞きましたね。
塚田:年月が経つにつれ老朽化とか冷暖房が効きにくいという問題が表面化してきたそうです。
世界に誇る日本のメタボリズムとは?
塚田:元々、メタボリズムという建築運動があって。
大北:前に出てきましたよね。粟津潔の『天女』の回だ。
塚田:おお!正解です! この連載も長く続けてるのでテストみたいな感じになってきましたね(笑)。「粟津潔はグラフィックデザイナーでありながら建築運動に関わったりしていた」という話の中でメタボリズムが出てきましたね。メタボリズムというのは国際的にも知られてる運動なんですよ。
大北:へえ、日本発なのにすごい。
塚田:それを分かりやすく象徴してる建物が中銀カプセルタワービルなんです。
大北:これが! そう考えるとコンパクトなサイズにまとまってますね。
塚田:歴史的に価値があるものなので、移設され知ってもらえるきっかけがずっとあるのはいいことですね。
塚田:そもそも建築って、僕たちにとっては衣食住の住を担う必要不可欠なものじゃないですか。
大北:そうですね。美術よりももうちょっと直接的な大事さがある。
塚田:生活をどうデザインするかが建築の社会的な使命なわけですが、その問題について1950~60年代の高度成長期に考えられたのがメタボリズムなんです。
大北:建築の考え自体そもそもそんなに知らないですね…。
塚田:戦前から続く建築の流れで簡単に解説しますと、戦時中は国家の在り方を建築によってどう示すかということをすごく考えてたわけですよね。
大北:はい。国威発揚的なことかな。
塚田:建築によって「私たちはこういう国ですよ」という国家像を示せるわけです。そういったことを建築家は考え続けていたのに戦争が終わった。「じゃあ我々はどういったものを立ち上げればいいのか」となったときに黒川紀章や粟津潔ら建築家、デザイナー、評論家…という多彩な顔ぶれのメンバーで考えたコンセプトがメタボリズムというものなんです。
大北:メタボって言うからには「痩せる」とか「削ぎ落とす」系のことなんですか?
塚田:確かにメタボって言っちゃうと肥満のイメージが先にきちゃうんですけど、元々メタボリックって「代謝」って意味なので。新陳代謝の代謝ですね。
大北:なるほど。何かを取り入れて生成してみたいな生物的なイメージですかね。
塚田:建築や都市計画も、生命が成長、変化を繰り返すように造形モデルを展開すべきだというものなんです。
イメージしにくいメタボリズムはまさにこれ
大北:形で成長を表すんですか?
塚田:うーんと、芸術のコンセプトの解説ってモダニズムとか印象派とか、短い文章でも単純化しているとはいえある程度まとめられるものですが、個人的にメタボリズムって簡単にまとめると逆にわかりづらいなと昔から感じてたんですよ。でもこのカプセルタワービルを例にすると、メタボリズムをわかりやすく説明することができると思います。
大北:おお! これぞメタボリズム的なものなんですか。
塚田:そうです! もちろんバリエーションも存在するんんですが、これぞメタボリズムっていう感じです。
大北:おおー、それぞれユニットとして独立してるところとか?
塚田:そうそう。そういったことが重要なんです。ユニットとして独立してると何ができるかっていうと、取り替えることができますよね。で取り替えるってことは、つまりあれですよね、新陳代謝です。まさしく。
大北:早口になってきた。いいですね。細胞が死んで次のをまた作るんだ。
塚田:そういうことなんです。つまり都市とか建築のスケールで新陳代謝を考えるってどういうことなのって話なんですけれども。黒川自身が言うには、人間ってライフステージによって住む家が変わっていくじゃないですか。例えば家族がいて、子供ができたらそれにふさわしい家に住む。でも子供は成長すると実家を出ていく。すると今まであった子供部屋は空室になるわけですよね。
大北:おおー、そこで新陳代謝が。
塚田:家が固定的だと空室に新陳代謝が起こらない。空間が使われず、死んでしまうんですけれども、これがカプセル住宅だと子供は成長したらカプセルごと引っ越せばいいし、両親は新しいカプセルを置くことで新陳代謝して、子供がいない新しい形の家にすることができる。ユニットごとに分割できるとそれを永遠に繰り返すことができるんです。というのがメタボリズムなんです。
大北:はあ~、なるほど。生命とか細胞が生まれ変わるように、だ。
塚田:人生のステージが変わっていって…という流れを建築的なスケールで考えると、こういうふうにユニットごとに考えてみるといいんじゃないかというのが黒川が示したコンセプトなんです。
大北:すごい。まさにこれだ。
塚田:メタボリズムはこれ、みたいな感じ。
黒川の思想がここから広がっていく
塚田:ここにある部屋は無味乾燥というか、シンプルで研ぎ澄まされてるような空間に見えるかもしれないんですけど。黒川紀章自身が実際の言葉で言ってるのは「壺中之天」っていう東洋的な考え方なんです。壺の中だけど空みたいな広々とした空間が広がっているっていう意味なんですけど、イマジナリーな空間概念ですよね。茶室とか、東洋的な考えです。だからここに住んでた人たちがいろんな使い方をしたっていうのは、黒川自身も望んでたことじゃないのかな。
大北:なるほど。各々の宇宙を広げてくれてけっこうですと。
塚田:そしてカプセルホテルはこれがなければなかったかもしれない。
大北:カプセルホテルもメタボリズムといえばメタ…いやどうなんだ??
塚田:取り替えることができるよっていうのがメタボリズムの一番大事なところなんですけれども、もう一つの考えとして、カプセルタワービルは都心のビジネスマンのセカンドハウスとしても構想されたことを最初にお話ししましたよね。
都市もまたメタボリズムである
大北:言ってましたね。高度経済成長期には別荘ブームとかあったそうですしね。
塚田:人は成長してどんどん老いていくけれども、都市って、瞬間、瞬間でもめちゃめちゃ新陳代謝が起こってるじゃないですか。人が移動しものが移動し…っていう風な動きが電車とかいろんなインフラを通じて起こってますよね。
大北:そうですね、都市自体がメタボリズムだ。
塚田:都市っていう情報や物がぐるぐる入れ替わる中にもう一つの家があれば、効率的に色々仕事もできるじゃないですか。
大北:都市が新陳代謝してるのにうまく付き合うための家か、なるほど。
塚田:カプセルホテルはビジネスマンのためのものという部分に特化した、単に人が入って寝るだけのカプセルですよね。実は最初に作られたカプセルホテルは1979年に大阪(※)にできてるんですが、それは黒川紀章が手がけたものなんです。
大北:なんと! そっちもやってるんだ!
塚田:で、そこから全国に広がっていったそうです。
大北:黒川紀章はカプセルホテルの父であり母!
塚田:「住む」っていうことの新しいコンセプトを黒川は提示したんです。
※「カプセル・イン大阪」は世界初のカプセルホテル施設として、1979年にニュージャパン梅田店で誕生した
一度も交換されなかったカプセル
大北:今の都市の在り方のある種の側面がここにあるんだ。それは置くべきですね、公園に。重要な遺産ですよね。
塚田:おっしゃる通りです。カプセルタワービルはもう解体されてしまったんですけれど、移設のクラウドファンディングとかもあり、その中には泊まれるような形で移設されてたりとか。いろんな形で活用が進んでいます。
大北:カプセルだから移設ができていいですね。
塚田:でも実はこのカプセルタワービルって、実際にカプセルの交換が行われたことは一度もなかったんですって。
大北:なんと!
塚田:当初は25年ごとに入れ替える予定だったんですけど、結局老朽化して建物自体解体されてしまうことになったんです。でも一個ずつだと受け入れ先があるので、メタボリズムってコンセプトは生き続けている。
大北:こうやって違う場所に一個だけポツンと置くことによって、また新しい場所でメタボリズムが後世に受け継がれていく! なるほどなあ!
塚田:メタボリズムがようやく始まったみたいな。ものは変わってないけど、見る人は新陳代謝されていってるので。
大北:黒川が意図したものかはわからないけど、解体後もメタボリズムなんですね。
塚田:そういった解釈も面白いと思います。
黒川紀章の建築とともに見られる
大北:ここにあるのは埼玉県立近代美術館と関係あるんですかね。
塚田:そうです。この埼玉県立近代美術館の設計も黒川紀章なんです。
大北:国立新美術館の玉山拓郎さんの回でも黒川紀章でしたね。
塚田:ですね。この表面の波打つ形が国立新美術館と似てます。
大北:確かに曲面がありましたよね。
塚田:元々黒川の言うメタボリズムは有機的な形というのを取り入れたりしてたんで。そういったところが埼玉近美の建物のあり方にも出てるんだなと。有機的な形と幾何形態の組み合わせとか、タイルの細かさとか。ちょっと平行感覚が揺らぐ感じがしますね。
大北:本当だ。枠とタイルの曲面で面白い感じになりますね。
塚田:ここに来たら黒川紀章でお腹いっぱいになれます。
黒川の考えが形を成し、今ここに残る
塚田:中銀カプセルタワーに人が集まってますね、声をかけてみましょうか。
大北:皆さん、これ見に来られたんですか? なるほど、建築関係の皆さんで。建築界隈ではやっぱり有名なんですか? あ、そうですか。ありがとうございました。
大北:メタボリズムの建築として有名だから見に来たと。やっぱり有名なんだ。
大北:カプセルホテルもこれも、そういうので暮らしちゃえばいいじゃん、と賛同した人もたくさんいたんでしょうね。
塚田:家の在り方って僕たちが思ってるよりもすごく自由ですもんね。例えばキャンピングカーで生活してる人だっているわけじゃないですか。そういった新しい提案は建築家がやるべき仕事ですけど、高度経済成長や戦後という時代において黒川が真剣に考えて生まれたのがこういった形の建築だったんです。
でもメディアにおいていわゆる文化人枠になってしまった黒川は経済界とか行政とか各方面と関わらなきゃいけなくなり、相対的に建築業界との関わりが薄くなってしまって、純粋な建築家としての評価が遅れたんですよね。
塚田:実際、同世代の磯崎新は建築学会の作品賞を60年代に受賞してるのに対し、黒川は90年になるまでその賞を受けることはできなかった。建築界のノーベル賞と言われてるプリツカー賞だって受賞はしてない。そういった意味で評価として遅れてた部分もあるんです。それでもメタボリズムというコンセプトを明快に体現した作品を残したのはやっぱり黒川紀章です。このカプセルタワーもいろんな形で活用が進み、評価も更新されていく可能性があります。
大北:なるほど。メタボリズムはサステナビリティが叫ばれてる今も広範囲に適用できそうですよね。いや、でもカプセルの入れ替えは実際には成し得なかったのか…。
塚田:でも建築って、設計図とか模型とかはあるけど、実際に作られなかったものもすごくたくさんあるんです。アンビルド建築なんて言われてますけど。奇しくもこの埼玉県立近代美術館でアンビルド建築の展覧会をやってましたが、展示のテーマになっちゃうくらいたくさんある。そう考えると、中銀カプセルタワーは実際に建ったので、まずは良かったねと。
大北:建てられなかった建築か。建つだけでもう偉業なんですね。
美術評論の塚田(左)とコントの舞台を作る大北(右)
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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