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2024.05.17
北浦和公園にある大きく精巧なサックスをどう鑑賞すればいいのか? / 連載「街中アート探訪記」Vol.29
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回はパブリックアートが多く置かれた埼玉の北浦和公園内にある彫刻家・西野康造(こうぞう)作品である。街の抽象彫刻がわかりにくいと声を上げたことに端を発する本シリーズだが、むしろ具象の彫刻の鑑賞の方が難しいのではないか。大きなサックスを見て私達はどう考えればいいのか。改めて考えてみたい。
前回はあの有名な新宿のLOVEがついに登場!
大北:北浦和公園には埼玉県立近代美術館があって、アート作品がたくさん置かれてるんですね。
塚田:大北さん埼玉近美は来たことありますか?
大北:ないです。遠そうだから敬遠してましたが、駅から近いしアクセスは悪くないですね。
塚田:王道ばかりでなく、そうきたか!という企画もありおすすめの美術館です。
大北:そうなんですか? 今椅子の展示やってますよね? なんで椅子? と思ってましたが(この後行って感銘を受けました)。
『風の中で』 西野康造 @北浦和公園 1988/2003-04
北浦和公園のシンボル的作品
大北:遠くからでもわかりましたよ。噴水の中にでっかいサックスがあって。
塚田:西野康造の作品集で西野さんとこの埼玉近美の館長・建畠晢さんが対談してたんですが……。
大北:その名前は建畠覚造さん(与野駅前のモニュメント)以来ですね。
塚田:実はその息子さんにあたります。
大北:わー、三代続く芸術一家だ(覚造さんの父・大夢も彫刻家)。
塚田:アンケートをとると、この作品が埼玉近美の一番人気になるんですって。シンボル的に愛されてる作品なんです。
大北:印象に残りますよね。
大北:プレートが。神戸の彫刻展で受賞をしてこちらに来たんだ。あまり見たことない年代の表記が。
塚田:いたずらにあって引き倒されたから再制作の年が記されていますね。美術館のホームページによると、より強い素材であるチタン合金で新たに作られたみたいです。
大北: 作り直されたパターンは初めてですね。さわれる位置にないのに引き倒されるんですね。
塚田:相当意思が強いか、酔っぱらってたのか。どちらにせよ残念なことです。
大北:公園は思ったよりワイルドな場所なんですねえ。
重そうなものばかりが彫刻なのか
塚田:西野さんの特徴として重力に対するアプローチが面白いなっていうのはありますよね。
大北:重力? それは意識してなかった。
塚田:重さをあんまり感じないじゃないですか。
大北:確かに、スカスカだし。
塚田:彫刻ってやっぱり重たそうなものを扱うので。公園にある他の作品を見ると重たそうですよね。
大北:彫刻とは重たそうなもの。言われてみれば(笑)。
塚田:実際、連載でも重たそうなものをたくさん取り上げてきましたけれども、こういう軽やかなものも彫刻の中にはあるんです。
大北:なるほどなあ、軽そうな彫刻。
塚田:重力を感じさせない作家としてはカルダーなどがいますね。こういう作品見たことないですか?
大北:あ、ベビーベッドの上にあるモビールみたいですね。
塚田:確かにそうですね。
大北:私たちは幼少期に重力を感じさせない彫刻に身近に触れ合ってたんですねー。
塚田:西野さんの作品に戻りますが、軽そうだけども大きさはあるので、存在感がちゃんとありますね。
大北:確かに。しかし軽そうだからこそ……いたずらのターゲットになったんですよね。
塚田:なめられがちなのかな……。なめちゃいけないんですけども。
大北:西野さんの彫刻における重力への提起が、なぜか北浦和の酔っ払いの心に火をつけてしまったんだ……。悲しい。
北浦和の子どもたちに愛される
塚田:人が集まってきてますね。そろそろ音楽噴水が始まります。2時間おきに音楽に合わせて噴水が上がるみたいです。
大北:へえ、そういう催しが。噴水と作品は別もの?
塚田:もともと噴水はあって、一応別々のものってことですよね。始まりました。なるほど、水と音楽のショーだ。
大北:そう考えると噴水もパブリックアートの一つなのかもしれないですね。古代からあるそうだし。
塚田:水を使ったもの、というところを突き詰めたのが霧の彫刻の中谷芙二子さんですよね。水を噴射してます。
大北:行きましたね。噴水の系譜でもあるか。
塚田:いいですね。みんな見てますね。曲も変わって、けっこう長く続くんですね。
大北:こうした自動演奏のショーでもちゃんと人気があるんですね。
塚田:また音が変わりましたね。うん、踊りたくなってくる。
大北:それは正しい鑑賞法ですよ。近くのスーパーのからくり人形時計でおばあちゃんが踊り出して驚きましたから。
塚田:終わった終わった(拍手)。
大北:おっ、噴水に拍手すると明治時代の人みたいになりますね。
塚田:人気の理由がわかりました。子供は美術館でたくさん作品を観るでしょうけど、多分これが一番印象に残るんでしょうね。
大北:最も盛り上がってた時は30人ぐらいのお子様たちがいましたね。噴水も大きいし10歳ぐらいまでなら火をつけられますよね。
塚田:たんに音楽が流れて噴水が上がるよりかは、あそこにサックスがあるだけで説得力が全然ちがいますね。
大北:そうですよね、舞台美術でも予算のないときはとにかく一つ大きな物体作りましょうって言われます。
大北:作者の西野さんはどういう方なんでしょうか。
塚田:抽象的な作品が多いです。この作品はコンペで受賞をして、西野さんのキャリアを展開させることになったきっかけの一つです。
大北:抽象彫刻の作家が具象で賞をとったんだ。
塚田:前後関係は調べきれなかったのですが、この後は抽象的な仕事の方が多くなってくるかっこうです。パブリックアートを世界各国で手掛けていて、9.11の後に再開発されたグラウンド・ゼロ付近のビルのエントランスにもパブリックアートを手掛けてるんですよ。
大北:えーっ、パブリックアートで世界をまたにかける人もいるんだ。
塚田:そういう方は案外多いかもしれませんね。中谷芙二子さんも世界的にやってますし。
建築との親和性がある構造的作品
塚田:作家によると、西野さんの作品が好きな人は建築系の人が多いんですって。割と納得だなと思って。構造が露出してるじゃないですか。
大北:構造そのものですよね。ワイヤーだし。
塚田:骨組みだけの状態。建築の模型も骨組みだけで作る人もいますし、あるいは東京タワーとかの鉄塔も骨組みだけによる美しさですよね。
大北:そっか、骨組みだけの芸術作品ってそんな多くはないですよね。
塚田:そうですよね。構造物として作品を提示する西野は近代建築の美学の一つでもある「構造の美しさ」と共鳴するところがあるように思います。
工芸的な側面からも鑑賞する
塚田:作り方としては最初に型を作って、その周りにワイヤーをくくりつけて溶接して、最後に型を取り出すようですね。
大北:型を取り出すって?
塚田:型を割るというか分割できるようにして、枠の隙間から取り出すんでしょうね。
大北:なるほど。サックス型の石膏作ってワイヤー巻いて最後に割るみたいなことなんだ。
塚田:手作業で作られてるので、職人技と言いましょうか、これだけのワイヤーを溶接するとなると気が遠くなりそうです。
大北:賞に出すということは最初は個人制作ですよね。自分でお金集めて職人に頼んだんですかね。
塚田:西野さんは1人で作ってることがけっこうあるみたいですよ。自分自身でかなりの作業やられてると作品集に書いてあったんで。
大北:えーっ、それはすごい。そうするとこの作品にも「すごいなあ」という目が加わってきました。しかもでかいし。
塚田:『風の中で』っていうタイトルですけど周りの空間との関わり合いっていうのは、作家のテーマで。他の作品だと風や空気で揺れる状態で置いてあるものもあるので。きっと重力を含め、周りの環境とどういう風な関わりを持つかというのがテーマとして一貫してありそうです。
大北:そうするとこの噴水に置かれて一体化してショーになってるのは西野先生、本望だったんじゃないですか。
塚田:この作品は昔からあったわけですが、どうなんでしょうね。マッチするような形かもしれないですね。噴水や音楽と取り合わせてみる。
大北:なるほどなあ。向こう側が透けるから存在感がそこまでないですね。
塚田:環境に溶け込んでますよね。
技術を鑑賞してもいいのか?
大北:「西野さんこれをよく一人で作ったな、すごいな」と思ったときに自分の中で感動のようなプラスの感情が湧き上がるんですけど。それって芸術なんですかね……。ぼく今変なこと聞いてます?
塚田:なるほど。そこはあれですよね、「超絶技巧は芸術か?」みたいな話ですよね。
大北:そうです。あと「汗」という尺度も近い。爪楊枝で作った姫路城とかを前にして悩んじゃう。こういう楽しみ方していいのかな?って。
塚田:総合的に評価するのであれば技術的な面はある程度相対化して評価するべきでしょうけど。鑑賞する際はどこをピックアップするかはある程度委ねられてるので。ただ技術にフォーカスすると工芸と芸術の境界みたいな話になってきますよね。
大北:そうですね「工芸的要素がある」と言えばいいか。細かいところすごい、みたいな。
塚田:実際西野康造は、自分はそういう技術者的な側面とか、理系的な側面があると思ってるということを言ってるんですよ。建築が好きな人が惹かれる部分ってそういうところだと思いますし。
なぜこんなにサックスなのか
大北:この公園の作品群を見るにあたって、これを選んだ理由なんですけど、なんか笑っちゃうんです。遠くから「でっかいサックスあるな」って思うし、それ自体がおかしく感じる。具体的すぎるんでしょうかね。
塚田:サックスが忠実に再現されてるところがおかしみとかになるんですね。
大北:はい、「なんでサックス?」と唐突さに笑っちゃってるのかなあ。
塚田:作者は物がどうこうというより、細いステンレスや金属を組み合わせる技法にこだわりがあるんだと思います。 それをよりわかりやすく示すために、この後は抽象的な方向に行ったんだと思うんですね。
大北:「サックスって面白い形してるな、いっちょおれの得意な構造見せるやつ、やるか」って思ったんすかね。西野さんは。
塚田:サックスでなくても楽器の形ってでも面白いですよね。ユーフォニアムとか蝶の口みたいなよくわからない形してますよね。
大北:ぐーっと巻いてるやつ。具象って「あれ面白い形してんな」ってものをモチーフにするんですかね。
塚田:西野さんの場合は自分の技法でやってみると面白くなるんじゃないかという視点もあるでしょう。サックス以外にもこの楽器シリーズでいくつか作ってます。竪琴のハープとか。
具象と意味と存在感
大北:でもサックスがサックスすぎることに笑っちゃう自分もいるんです。でっけえサックスあるわゲラゲラゲラ~みたいな。
塚田:いたずらした人もそれぐらいの気持ちになっちゃったんですかね。悲しいです。
大北:一緒にしないでください! 昨日、人類学の方によるお茶をすることに関するトークの記事を読んでて、抹茶ラテスムージーを飲むにしても私達は抹茶ラテスムージーの意味を食べてるんだと。
塚田:なるほど、文化人類学的ですね。
大北:サックスが世の中に置かれてる立ち位置とか意味がぼくは気になってたのではと思うんです。みんなご満悦に吹くじゃないですか。
塚田:花形ですからね、サックスは。
大北:そうなんですよ! だからサックスがここにでっかくドンとあるっていうことが、なんかこう、面白く感じてしまう。具象って意味を背負ってしまいますよね。危険ですよ。
塚田:それこそこの作品が受賞した公募展って”もの派”系の作家が70年代とかに活躍してた神戸の展覧会だったんですよね。
でもそういうものが受賞してた中で、80年代に入ってこういった作品が受賞したのは時代の変化、新しさもあったんじゃないかなと想像します。
大北:”もの派”は連載ではまだ出てきてないですよね。
塚田:いつか出てくるでしょうね。
大北:埼玉近美の作品のなかで人気っていうのは確かに存在感。やっぱみんなサックスっていう具体的なものに惹かれてるんじゃないですかね。
コントの舞台を作る大北(左)と美術評論の塚田(右)
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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