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2024.04.19
新宿のLOVEから考える芸術のストレートさ / 連載「街中アート探訪記」Vol.28
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は新宿にあるロバート・インディアナ作品『LOVE』である。ただ実直に愛を意味する文字を形どった作品からポップアートを、ひいては芸術の在り方そのものを学ぶ。
『LOVE』ロバート・インディアナ @新宿アイランドタワー
あまりにも有名になりすぎた『LOVE』
塚田:写真を撮ってる人がたくさんいる!すごく人気がありますね。
大北:絶え間なく写真撮っていってますね。休日だからなのかもしれないですけどすごい。
塚田:ここをくぐると恋が実るという言い伝えがあるとか。
大北:検索したら「VとEの間を体を触れずに通ると恋愛成就」とありますね。電流イライラ棒だ。
塚田:この連載もやっと『LOVE』にたどり着きましたね。
大北:ラスボスみたいなことなんですか?
塚田:パブリックアートの連載と聞いたときにぼんやり『LOVE』とかやるのかなって思ってたんですけどようやく取り上げることになったので。
大北:パブリックアートとしてイメージするもの。政治家なら田中角栄、プロレスラーなら猪木みたいなこれぞって作者なんですか?
塚田:でもないんですよね。ロバート・インディアナって人なんですけど、1928年生れのアメリカ人で、ポップアート第一世代の作家です。色々作品あるんですが、一発屋に近い感じはちょっとあるかもしれない…。
大北:え、『LOVE』の一発屋…!?
塚田:この『LOVE』があまりにも有名になりすぎちゃったというのはあるかもしれないですね。
神の愛から始まった『LOVE』
大北:相田みつを的な感じですか?
塚田:相田みつを的な感じってなんですか?
大北:「人間だもの」って言われたら「そうだね」としか言えないじゃないですか。「愛はいいよね」と言われたら「はい」としか言えない。批判しようがないレベルのとこまで視点を大きくしたものというか…。
塚田:確かにその説明だと『LOVE』も相田みつを的なものになっちゃいますね。
大北:なっちゃった(笑)。
塚田:でもこの作品は宗教的な側面もあるので、そこは見逃せませんよね。そのきっかけは、教会に「GOD IS LOVE」という聖句が書かれていたのをロバート・インディアナが見たことでした。「神は愛」みたいなことですよね。そして後に教会を改修したギャラリーにインディアナが作品を作ることになった時、「GOD IS LOVE」を「LOVE IS GOD」と入れ替えたんです。すると宗教にとらわれない、普遍的なメッセージになりますよね。
大北:「愛こそが神様みたいなものだ」みたいに聞こえますね。
塚田:その作品から『LOVE』シリーズが始まるわけです。
大北:『LOVE』にまつわる作品がまだまだあるんだ。
塚田:最初は「LOVE IS GOD」だったんですけど「LOVE」だけにして1965年にMoMAのクリスマスカードになり73年にはアメリカの8セント切手になったりもしました。その後、立体作品もあちこちで作るようになったという経緯ですね。
大北:じゃあ平面に『LOVE』って書いたものがあったのがそもそもなんだ。この正面から見た形ですか?
塚田:そうです、この「O」を傾ける図案ですね。
大北:フォントもオリジナルなのかな。
塚田:既製っぽい感じはしますけど、「E」をよく見ると調整されてることが分かります。
大北:立体にしたのも新宿が1個目じゃないんですよね。
塚田:いくつかあります。ニューヨークにもあるし。この人はロバート・インディアナって言うんですけどインディアナ州出身だからインディアナって名乗ってるんですよ。
大北:えーっ! じゃあ区役所の記入例みたいな名前なんですね「杉並太郎・花子」みたいな。
塚田:そう。だからインディアナにもありますし、世界中にあります。日本にも僕が知ってる限り2つあって、ここともう1個は千葉にあるんですよ。アートコレクターで有名な前澤友作さんが持ってるやつ。
大北:故郷に錦飾るのは現代だと故郷に錦ではなくて『LOVE』なんだ、すごい。
1960年代の反戦のムーブメントから
塚田:『LOVE』シリーズができたのは1960年代中盤、立体化されたのは68年なのでいわゆるラブジェネレーション、性革命、性の解放みたいなことが起こっていた時代なんですよ。
大北:ヒッピームーブメントだ。
塚田:ベトナムの反戦運動だとか、そういったカウンターカルチャーにも通じ合ってるところもある。インディアナには平和の「平」をあしらった感じの作品もあったりと。
大北:あ、ラブ&ピースのピース側もやってるんですね。
塚田:インディアナは70年代ぐらいから都会ではなく島に住んで、人々の喧騒から距離を置く生活をずっとしていて5、6年前に亡くなりました。
大北:なるほど。じゃあほんとにヒッピーの世代っぽい生き方なんだ。
塚田:移住の理由はさまざまあるかもしれませんが、そう解釈することも出来るかもしれませんね。28年生まれなので。
大北:改めて見ても「なんも言えねえ…」って感じありますよ。「愛は神だ」って言われたら。
塚田:だからこそいろんなところに広まっていったんでしょうね。パロディとかも含め。
大北:Tシャツとかありそうですね。
塚田:パロディの例ではレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの『レゲネイズ』というアルバムのジャケットとか。LOVEがRAGEになっていて。レイジも反戦がテーマだったりするので。
大北:あーそっか、その当時の『LOVE』っていうのは戦争の裏返しでの『LOVE』か。なるほどな~! ますますなんも言えねえってなりますね(笑)。
塚田:普遍的なメッセージですからね。むしろ、そういうことを発することが作家のテーマでもある。
大北:普遍性かあ。文字をそのまま形にするようなストレートな表現は「戦争/愛」くらい普遍的なメッセージだったら成立しますね。
文字も作品になるポップアート
塚田:ロバート・インディアナは文字だけで作品に成立させる作家としての走りなんです。
大北:文字だけ系の作品があるんですね。
塚田:ポップアートの絡みで整理すると、例えばリキテンスタインがマンガのコマを拡大したように、日常の記号的なものをあえて作品として再提示したのがポップアートですよ、みたいな話をしましたよね(大阪心斎橋リキテンスタインの回 )。
大北:平気で忘れてるのでおさらいさせてください。
塚田:ポップアートは印刷物や映像メディア、工業製品といった『「同じもの」が機械的に生まれる状況に対する応答を試みた』ムーブメントだったんです。私たちが経験している日常がいかに工業的なものなのか、消費主義的なものなのかということをメッセージとして作品化したんです。
大北:マンガとか広告とか。日常の記号を。
塚田:「記号」でも作品として成立するのであれば、絵画的なイメージでなくても大丈夫ですよね。となると、文字もまさしく記号じゃないですか。
大北:記号中の記号ですね。
塚田:だからこそ、イメージよりもさらに記号的な表現である文字を作品にそのまま使うポップアーティストが出てきたんですね。その中でもロバート・インディアナは先駆者的な人なんです。
初期の作品では交通標識や会社のロゴなんかの日常的なイメージを、即物的に切り出すような作品を制作してました。アメリカ社会の実像を描くことが自らの使命であると感じており、出身州であるインディアナを自らの性として名乗っていました。
大北:あ~、ふざけて杉並太郎名乗ってたわけじゃなく、「杉並太郎におれはなる!」という強い意志で。
大北:文字を題材にしたアート自体はポップアート以降なんですか。
塚田:直接的にもう文字だけでっていう風なところになるとポップアートのロバート・インディアナとか、 あるいはジャスパー・ジョーンズとかが重要になってきますかね。
大北:日本だと書道?
塚田:そうですね、例えば現代だと山本尚志さんっていう書道家がいるんですけど、その方はある種のピクトグラムっぽいイメージを書道として書くっていう風なことやってますね。
芸術とはシニカルなものであるべきか?
大北:文字系のアーティストも「既に『LOVE』があるんだからこっちは言うことねえな」ってなりそうですけどね。
塚田:この作品のパロディは現代美術においても試みられていますよ。インディアナはストレートに『LOVE』と表現してるけども、それほど単純なもんじゃねえだろみたいな感じで、韓国のアーティストであるギムホンソックはこの『LOVE』がくしゃくしゃな形でギリギリ立ってるみたいな作品を作っています。
大北:確かにどう変化させても成立しそうですね。それぐらい幹が太いというか。
塚田:幹の太さは重要かもしれないですね。
大北:パロディどんとこいだ。
塚田:そうですね。どんとこい。
大北:人類の歴史を振り返る映像を作ろうってなったら、これ出てきそうですよ。
塚田:出てきそうですね。
大北:冷戦とか経て現代を表す映像としてありそう。それぐらい強い。
塚田:リキテンスタインとかウォーホルとかがそうですがポップアートの人って、結構斜に構えた提示の仕方がする人が多いんですよね。
大北:皮肉的なね。そんなイメージがあります。
塚田:そういう中にあってすごいストレートなポップアーティストって逆にポップアートの異端かもしれない。
大北:芸術とはシニカルなものだと考えてましたが、この真正面の作品に対して人々がどんどん吸い寄せられている。もしかしたら芸術は全部ストレートでよかったのかも…。海きれい、とか。
塚田:西洋美術に限りますけど、あからさまにテーマにひねりが加えられてきたのって19世紀とかからなんで。それまではキリスト教の物語を伝えたり、王様の権力を視覚化するものだったんですね。天国みたいな理想の世界を視覚的に表現するストレートなものだったり。
大北:うわ、そうか~!
塚田:映像で人類の歴史をまとめるならこれが出てくるだろうと思わせるのは、結局ストレートな芸術の方が人類史的な観点から見ると多いからなんです。
大北:うわ~、そうなんだ! 改めて聞くとびっくりしました(笑)。
新宿に30年『LOVE』がある
塚田:ここにプレートあります。1993年に設置されたんですね。
大北:みなとみらいに続きやはり30年選手だ。日本金持ち時代。
大北:ここに置くと30年間の落書きとの戦いの跡も見えますね。
塚田:でもほんと写真も撮られてるし、まだまだリスペクトされてますよね。
塚田:しかし愛されてますね。30分ぐらい居ますけど10組中5組以上は記念写真撮ってる。みんなポーズがそれぞれ違って面白いですね。身体を預けてみたり。
大北:有名なものに触れている感じありますよね。 『LOVE』を見ると新宿に来たなあという感じもあって。30年経つと馴染みますね。
塚田:愛されてますね。
大北:愛されてます。
塚田:存在自体が愛ですからね。
大北:そうなんですよね。それを否定したらもう人でなしですから。
塚田:我々は記念写真を撮ってる人からしたらどういう人に見えてるんでしょうね。
大北:そういえば『LOVE』を鑑賞してる人っていうのはいない。文字だから「ああ、LOVEだな」って。
塚田:うん、なりますよね。
大北:人がバンバン写真撮ってるけど、なかには「なんでLOVEなんだ?」ってなってる人もいるんですよね。
メッセージであるからこその実直さ
大北:このストレートな表現って戦争に対抗するには「GOD IS LOVE」級のまっすぐになるしかねえなっていう後のなさから来てるのかもしれないですね。SNS上の政治的な主張も、もうユーモア言ってる場合じゃなねえなって空気ありますよね。有事であることの表明でもある。
塚田:有事だからこそ力強く響いたんでしょうね。同時代人に。このシリーズが発表された最中はベトナム戦争が長期化していったころと並行しています。
大北:こんな風に文字そのままポンって置いてある背景には戦争っていうのがありますよとも見れるわけか。あ~、その視点はなかったなあ! チャラいなあとしか見てなかったですよ。「いらっしゃい新宿!」なガチ観光のものだと思ってたらガチ反戦のものだったのか~。
塚田:直接的な反戦ではないですが響きあっていることは確かです。でも作品にとっては幸せなことじゃないですか。観光ができるぐらい平和だってことなんで。
大北:裏返しはあるけどストレートなメッセージなんだ。いや、面白いですね。
コントを書く大北(左)と美術評論の塚田(右)でお送りしました
※作品の撮影には所在ビルへの申請が必要です(2024年6月19日追記)
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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