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2023.04.28

大阪人に影響を与え続けるアメリカンポップアート / 連載「街中アート探訪記」Vol.17

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は大阪の心斎橋にあるロイ・リキテンスタイン作品である。アメリカのポップアートの巨匠の作品がなぜここに、こんなに大きくあるのか。美術の文脈から塚田が解説し、大阪で育った大北が現地の目から解説を試みる。

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でかいからといって圧倒されるだけではもったいない / 連載「街中アート探訪記」Vol.16

  • #大北栄人・塚田優 #連載

 

大阪の高校生はポップアートの巨匠で待ち合わせをする

 

大北:街にあるアートをめぐる連載ですが、遠征がつづいてまして大阪にやってきました。これです。

《OSAKA VICKI》ロイ・リキテンスタイン 1998年

大北:僕は大阪出身なので実は懐かしい風景なんです。どこからどこまでが作品なんだろう?
塚田:一番上から水玉の終わりのとこまでだから、縦長の作品ですね。

大北:1998年完成? 高校時代の途中でできたんだ。いや、そんな気もしてきました。
塚田:いつの間にかできたなっていう感じですか?
大北:そうですね、あそこの前でねとかあの絵でとか待ち合わせに使ってましたね。
塚田:「あの絵」って認識してたんですね。
大北:はい、リキテンスタインという言葉は1回も出てこなかったです。
塚田:巨匠なのに。高校の美術の教科書に載ってるレベルの作家のはずですよ(笑)
大北:ああいう作風の絵の巨匠がいるっぽいぞとは感じてたんですが…。
塚田:ポップアーティストの二大巨塔です。ウォーホルかリキテンスタインか。
大北:逆に言うとその2人を知っておけばでかい顔していいわけですか。
塚田:他にも重要な作家はいますけどね。もう1人あげるとしたら誰にしようかな。
大北:まだまだいらっしゃるようで……。
塚田:アメリカの第1世代のポップアートで著名なのはその2人です。他だとイギリスのリチャード・ハミルトンという人が代表的な作家としてあげられます。

大北:これなんの建物だったんだろう。商業ビルでもないですよね。
塚田:これはここにある地下街のクリスタ長堀の空調冷却塔だそうです。
大北:うわー、初めて知った。だから窓ないのか。
塚田:地下街の空調冷却塔ってこんなでかい必要あるのかって疑問だったんですけど、実際現地に来てみると納得しました。クリスタ長堀って地下鉄の駅を3つぐらいつないでる広い地下街なんですね。
大北:地下街が広すぎるとリキテンスタインが冷却塔になるのか。でかい地下街にしてみるもんだなー。

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アンディ・ウォーホル / 「現代アートきほんのき」Vol.1

  • #連載

 

あなたが見ているものは印刷物である

大北:こういうのって絵の図販の権利を買って、印刷なりしてくるんですかね?
塚田:権利を買っているかどうかは分かりませんが、これは元々リキテンスタインが昔描いた絵をアレンジしたやつなんです。設置にあたってはリキテンスタインに約5000万円払ったと新聞の記事に載っていました。
大北:5000万円…??
塚田:高いなという印象はありますよね。
大北:アーティストが描いたり指揮したりしたものではないんですね。
塚田:この完成の前年にリキテンスタインは亡くなっているので計画している段階では目を通していたかもしれません。でもリキテンスタインらしさはちゃんと残っている作品と言っていいでしょう。この人、彫刻作品もよく作っていて、今冷却塔に描かれているような女性の頭部の彫刻作品だったりそういった作品も作ってます。特徴的なのは、彫刻なのにドットを全面に施したりすることです。
大北:え、ドットを彫刻に?

塚田:なんでそこまでやるかっていうと、あのドットってつまり印刷の網点なんですよね。
大北:ああ、そうだ、印刷はすべて点で描かれているんですよね。
塚田:それを拡大することによって、これは印刷だぞ、イメージでしかないんだぞっていうことを暴いてるわけです。実際の現実にあるものではなくてイメージなんだって。
大北:なーるほど。「あなたたちが見ているこれは、印刷物である」っていうことを強調してある。
塚田:そう。その問題を徹底するために、彫刻も全部ドットにしてしまうんです。例え3次元であっても、そういった仮想的なものとしてあるんだぞと示す。
大北:すごいしつこいんですね…。
塚田:そうしつこいんです。
大北:もうわかったからと言ってもやってくる(笑)

大北(左)と塚田(右)でお送りします

塚田:3次元の物体にも網点を作ることで広がる解釈があるんです。見えているものって、触れない限りは現実のものかどうかわからないじゃないですか。極端な例ですがVRなんかは見えててもそれは視覚的な情報にすぎないものですよね。見えているだけでは、その対象の全ては分からないわけです。

大北:そっか、この網点は「これは印刷である」ってことをほのめかすようなものってことですよね。ビルの壁に。
塚田:そうです。これはコミック、つまりマンガっぽいイメージなんですけれども、印刷であることの方が重要で、マンガであることはあんまり重要ではないです。
大北:えっ、こんだけマンガマンガしてるのに!?
塚田:リキテンスタインって実はマンガの作品はごく一部で、例えば日用品だとかそういったモチーフでも同じようなスタイルで作品を作ってるんです。
大北:今、全南船場(※この辺りの住所)民が、「えーっ!!」って言った瞬間ですよ。これマンガ重要じゃないのかよ~って。

 

全南船場民落胆、マンガは重要ではない

塚田:単純に重要じゃないということでもないんですが、ちょっとひねった考え方をリキテンスタインはしていて、ようはマンガが私たちにとって日常的なイメージであることに着目しているんですよね。すぐそばにあるものを絵画の主題として取り上げることが彼にとっては重要であって、マンガである必要は必ずしもないんです。でも一方で戦略的な部分もあったように考えられて、リキテンスタインは1960年代前半にアンディ・ウォーホルと同時期にマンガをテーマにしはじめたんですけど、そういうアプローチは当時少なかったので、ショッキングに受け止められたということはあります。
大北:やはり当時から「うわっ、マンガ描いてきよった…!!」っていう驚きはあったんでしょうね。
塚田:もっとラフな筆致でドナルドダックとミッキーを描いた50年代の作品があって、それが彼のマンガ的な作風の始まりとされてますけど、それを経て60年代に入るとより本格的にマンガのタッチをそのまま引用するようになるんです。

大北:このコマの元ネタとかには全然言及はないわけですか。
塚田:リキテンスタインは日常的に印刷物を色々スクラップしていたので、その中から取られたものなんじゃないかなとは思います。でも作品の象徴的なコマを抜き出したってことではないんじゃないかな。

大北:あのセリフの訳は「ビッキー、私は…私は君の声を聞いたことがあると思った。」とかでしょうか。あれ?どっちがビッキーなのかな? とかは当時ちょっと思ったんですよ(※女性の名前に多い)。でも……そんなことは全然重要じゃなかった! なんで急にこのビルは、こんなことを言い出したのか、全然意味わからんけど意味があるに違いないとか思ったんすけど……これ、そんな重要じゃなかったのかよ、おお。
塚田:ありふれたものを取り上げるというコンセプトが重要なのです。

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コピーが集まるこの世界を渋谷のアートから感じる / 連載「街中アート探訪記」Vol.11

  • #大北栄人・塚田優 #連載

 

私たちは消費を繰り返しポップアートも増殖した

大北:ポップアートっていうジャンルは世の中にありふれたものを題材とするってことなんですか?
塚田:そうですね、20世紀になると大量生産大量消費の時代を迎えて、色々な工業製品が世に出てきましたよね。印刷物もそうですし、そういったものから着想を受けて制作されるものがポップアートであると言えます。広い定義にはなってしまうんですけれど、あくまでもポップアートって出発点であって、ポップアート自体も生まれて60年くらい経ってるので、作家のアプローチもかなりバリエーションが広がっています。それこそ日本人だと村上隆だとかもそういった延長線上にいる作家ですし。
大北:この前見に行った粟津潔さんの「コピーであることが重要っていう」グラフィズムもそういった考え方でしたね。その時代に生まれた考え方なんですね。
塚田:粟津も60年代に活躍していた人物ですね。ポップアートと直接的な関係はありませんが、同時代性は確実にあります。
大北:なるほど、戦争が終わって、物がバコバコ作られていって、全世界的に同じようなアートを作り出すのか~。
塚田:20世紀に入るか入らないかぐらいの時に爆発的に印刷物ってのは増えていきましたしね。つまり工業製品という「同じもの」が機械的に生まれる状況に対する応答を試みたのがポップ・アートなのです。
大北:人類全体で「なんかものがめっちゃ作られてんな」っていう戸惑いがあったんでしょうね。うへー、おもしろ!

大北:印刷というもの自体が今と違う存在である可能性もありますね。象徴的だったんですかね、印刷が。
塚田:ポスターしかり、雑誌も本もしかり、そういったメディアや情報が爆発的に増えていく中で、それをどうやって芸術というものに落とし込めるだろうかってところなんですよ。それとデュシャン以降の美術の課題として「これが芸術かどうかを問う」ということを繰り返しやってるわけですよね。マンガや印刷物を使うのはその中の一環なんです。
大北:デュシャンが1番最初ですか。既製品、すでにある何かを使うみたいなやつの。
塚田:誰が最初か論は慎重に議論したいところではありますが、デュシャンがそれをラディカルな形で提示したことは事実です。
大北:ウォーホルのキャンベルのスープ缶とかもそうかー。その流れができたって感じなんですかね。
塚田:やっぱりデュシャンがいなければポップアートってどういう風な形になってたか全然わからないですね。

塚田:ポップアートにも色々あるんですが、リキテンスタインは印刷物と絵画の問題を同時に考えようとしているところが特徴です。
大北:絵画の問題ってのもあるんですか?

 

モンドリアンの抽象絵画と比べてみる

塚田:ヘアリボンの少女》という作品がありまして赤、青、黄色と黒の描線で構成されてるんですね。その4色は何かというと、モンドリアンという画家がその4色だけで抽象絵画を描いてるんですね。20世紀の前半に《コンポジション》っていう作品で。
大北:ぼんやりイメージ浮かびます。原色の四角が組み合わさったやつ。
塚田:それと全く同じ構成要素でリキテンスタインは少女を描いた。モンドリアンは絵画を成立させる条件について問うた人なんですよね。赤と青と黄色と黒の線だけで絵画が、コンポジションとして成立するかってことを試したんですけれども。リキテンスタインも描く対象は違えどそれくらい絵画の要素をそぎ落として、これだけシンプルにしても「絵画でしょ」ってことをやってるんです。印刷物をモチーフとしながら、絵画について考えるっていう作業をしている。
大北:あー、なるほど。比べるべきはモンドリアンなんだ。思いもよらなかったな。

 

 

ドット模様から考えるリキテンスタイン

大北:草間彌生もドットの人ですよね。ドットの人って結構多いんですか。
塚田:ドットを装飾的なものとすると、そこに対する関心っていうのは結構いろんな人が持ってますね。ポップアートじゃなくて、そういう装飾ってなんだろうっていう角度からもリキテンスタインを考えることができるかなと。
塚田:マティスとかも模様を描いたりするんですけれども、絵画をより浅くするために描かれているんですよね。装飾模様は繰り返されることによって、遠近感がゆらいで行くんです。
大北:確かにこのドットは出自が違うんでしょうけど、遠近感がよくわかんないところがありますね。

 

大阪心斎橋はアメリカの文化の影響が大きい

大北:学生時代本当にこれなんなのかなって、考えていた時期がありましたよ。
塚田:ここは通学路だったんですか?
大北:ここからちょっと南に、難波方面に歩いたところにあるアメリカ村というところが大阪の若者文化の中心なんですが、僕が学生だった90年代末から00年代初頭にかけて、ここを境にもうちょっと北寄りのの南船場にも服屋がぼこぼこ生まれ始めたんです。ちょうど文化が拡張する時期だったんでしょうか。だからここはよく通りましたね。
塚田:たまたまとはいえ若者カルチャーが育っていく中心にリキテンスタインがあったというのはとても面白いですね。そう考えると待ち合わせ場所としてちょうどいい地点にあるし、あの絵のところって約束しておけば間違えることもなさそうです。
大北:当時の高校生は携帯がないですから。

塚田:たしかにおしゃれな服屋さんやメガネ屋さんがありますね。規模はそんな大きくないけど、原宿みたいだ。
大北:そうです、南船場は代官山に近いかな。だからこの作品はファッション的にも合っているなと、ファッションのものとしてお洒落なものができたんだなっていう印象がありました。
塚田:そこまで意図があったかは調べる限りでは見つからなかったですが街の雰囲気にも非常にマッチしていたんですね。
大北:アメリカ村を中心にアメカジ文化っていうのも90年代に盛り上がるんですよ。キムタクとかハマちゃんがジーパン履くイメージ。
塚田:図らずしてこれができたっていうのはなんかすごくラッキーだと思います。
大北:アメリカのポップカルチャーもかっこいいじゃんとか、ロバート・クラムとかに影響受けたイラストが服屋さんに置いてあったりしましたね。
塚田:ライフスタイルとしてアメリカンカルチャーがいたるところにあったんですね。
大北:そうですね、大阪にヴィレヴァンが上陸する直前のカルチャーの話ですね。なのでアメリカのマンガがバーンとあるのは当時ここで暮らしてる人には意味があったんですよ。コマの中に意味はないんですけど。
塚田:そう考えるとアメリカのマンガであることの意味は大きいですね。リキテンスタインの意図しないところで大阪の人たちががそういう風に考えさせられていたとは!でも一方で、そんなふうに解釈できる懐の深さをちゃんと持っている…さすがリキテンスタインだ。
大北:大阪の若者たちはリキテンスタインのパブリックアートの周囲で、アメリカのカルチャーの薫陶を受けていたと。

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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