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2024.09.18

富山の山中を走る赤いジグザグ。リベスキンドの線に圧倒される / 連載「街中アート探訪記」Vol.32

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回は富山県魚津運動公園にあるダニエル・リベスキンドのパブリックアートを見に来た。脱構築主義の建築家として「建たない建築」とも言われてきたリベスキンドの本質が詰まった作品がここにあるという。

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  • #大北栄人・塚田優 #連載

富山県の運動公園の山頂に巨大オブジェがある

大北:すごい場所です。富山県の魚津市にある山の中の運動公園の山頂。いや~、観光では来ないですよね。
塚田:球場に野球見に来た人たちはけっこういましたがここまでは来てないですね。
大北:さあここにダニエル・リベスキンド作の巨大パブリックアートがあるんですが、下からだと木に隠れて全貌がちょっと分からないですね。
塚田:あ、ここですよ。こんなとこから始まってる。

大北:この赤い大きな棒を見ていくのか。遊歩道みたいなものがありますね。作品案内もある。地図なのかな。これは大変だな。
塚田:地図にあるように、5つの要素によって構成されている作品なんですよね。
大北:地図に示されている線のことですか。「コンパスライン」は方角。「ミラージュライン」? 蜃気楼ってことかなあ。
塚田:そうです。この各要素についてはあとでまとめて話すとして、歩きながら話していきましょうか。この赤いオブジェ、リベスキンドは鋭角な線をよく用いているので、いわば作家のシグネチャーですね。

大北:おー、だんだん見えてきました。怖いくらい大きいですね。そしてもうこれ、美術鑑賞なのにハイキングですね。
塚田:建築家なんで空間的に作ってますね。そういうアプローチを自らの作品のコンセプトであるジグザグも踏まえながらやってる。

大北:歩く道もジグザグですね。上の方に来るにつれて作品のジグザグ度合いが増してきて盛り上がってきました。それでも木があって一望はできないですね。
塚田:でもこっちの方はだいぶ見晴らせる。
大北:木に対してこれだけ大きいぞって比較ができるから木がある方がいいのか。
塚田:リベスキンドは赤いジグザグを置く作品を元から作ってましたが、今みたいに緑が青々とした時期(取材は7月)だと補色対比でかなり力強く見えますね。

『アウトサイドライン』ダニエル・リベスキンド 1997年 @魚津桃山運動公園

線の建築家リベスキンド

大北:おおー、先端に! いいですね。
塚田:かっこいいですね。これは写真撮りたくなりますね。
大北:都会にいない鳥の声がしていて、自然を感じる場所に真っ赤な巨大オブジェという人工のものがあるから違和感がすごい。なんでこんなとこにあるのか、さっぱりわからないな。

塚田:写真を撮ってみるとわかると思うんですけど、方向性の違う線が交差しながら全体を形作ってるじゃないですか。ちなみに哲学者の小林康夫さんは「ダニエル・リベスキンドは線の建築家だ」ということを言ってまして。
大北:建築家は図面に線を引くイメージありますけど珍しいんですかね?
塚田:普通、建築って線じゃなくて面で考えるものじゃないですか。間取りとか考えますから。線で考えるのは発想の仕方としては特殊なはずです。
大北:なるほど、建築物が立体とするとその前の次元は面か。線はさらにその手前。
塚田:線を引くことによって、線が交差したり重なったり、区切られたりして空間というものは生まれるじゃないですか。そういう発想から建築を作るから、リベスキンドの建築の仕事もジグザグの形が特徴になってるんですね。その意味でこの作品はもうほんとこの人の作家性が下から見るだけで丸わかりですよね。
大北:こいつは線で作っとるぞと。

塚田:リベスキンドはキャリアの初期において、いわゆるアンビルドの建築家って言われてる時期もあって。プランは面白いけど、ちょっと実現に疑問符がついちゃうような。それが90年代とか00年代に入って建築が実際に建つようになってきたんですね。
大北:アンビルド建築はこの連載でも過去に出てきましたね。建たない建築とパブリックアートの彫刻は近いところにあるのかも。
塚田:アンビルドの建築家って言われていたリベスキンドが一気に名を上げたのはベルリン・ユダヤ博物館の新館を2000年代初頭に手がけたことなんです。実はリベスキンドの両親が強制収容所に入っていた人なので、ホロコーストの生き残りでもあるんですよね。
大北:すごいな。背負ってますね。
塚田:自分自身思い入れのあるテーマだったはずです。ユダヤ博物館も鋭角な線的要素とヴォイド(構造物がない空間)がユダヤ人の歴史の緊張と空白を表象しています。

塚田:この展望台も作品の一つです。全部一つの作品ということですね。いい眺めです。展望台を見に来る人もいますよって作品の場所を聞いたとき事務所の人が言ってましたけど、確かに展望できますね。

過去と未来を結んでいる

塚田:そもそもこのオブジェである赤いラインは何かと何かを結ぶ意図がありまして。あっち側が立山連峰でこっち側が魚津埋没林。2つを結んでいます。
大北:埋没林!? 地層が重なって林がまるごと埋められてるやつだ。
塚田:約2000年前に川の氾濫でスギの原生林が埋まったんですね。魚津港が昭和5年に改修されたときに見つかったそうです。
大北:すごい。なんで埋没林!? 立山連峰はこの辺の人には魂っぽい立ち位置だろうけど……そんなにメジャースポットなのかな、埋没林は。
塚田:埋没林は山だし、竹山連峰も山だし、みたいなことじゃないですか。
大北:ああ、なるほど! 山と埋没の上と下の高低差もすごければ、あと現在と過去でもありますね。
塚田:そうですね。埋没林を調べてみたら特別天然記念物で博物館もあります。
大北:すごいな。ユダヤ人の歴史を考えてみたり、こういう埋没林と山を結んだりと忙しいですね。

塚田:ちなみにここはユダヤ博物館より前の仕事です。
大北:え、これはじゃあリベスキンドのマイナー時代の作品ですか。
塚田:そうなんですよね。
大北:えっ、それをこんな山の上の運動公園に呼んで!? すごいですね!
塚田:すごいでしょ。それを掘り起こしたのが、かの磯崎新です。
大北:あの!!
塚田:やっぱり磯崎はすごいなって思います。
大北:いやー、鳥肌立ちました(笑)。
塚田:「まちのかお事業」として平成4年から富山の行政が磯崎をコミッショナーに迎え、基本設計は海外の建築家、実際に作るのは地元の人たちという形でモニュメントやパブリックアートがいくつかできたみたいなんです。その中の1つがこれ。
大北:当時マイナーな人にこんなでっかいものを作らせるんだ。
塚田:もちろん建築界では十分知られていたとは思いますが…リベスキンドのキャリアでよく取り上げられるのはユダヤの博物館なんですけど、それよりも前の仕事であることは事実です。それだけ磯崎の視野は世界的だった。僕自身が建築に興味を持ったのも、磯崎さんの著作からでした。
大北:ビッグネームの背景にはそれだけの実力と実績がちゃんとあるんですね~。

見えるラインと見えないラインが交錯する

塚田:それでは作品を構成する5つの要素について考えていきましょう。そのうち4つは、リべスキンドの作家性を象徴するかのように「○○ライン」と名前がつけられています。まず赤いジグザグのオブジェ、これがさっきもいったように立山連峰と埋没林をつなぐ「レッドライン」です。そして僕たちが歩いてきたのが「ランゲージライン」ですね。展望台に導くための道しるべという意味が込められているのだと思います。
大北:あ~、私達人間が導かれるのは大体言葉によってですしね。蛇行しながら目的地まで行くんだ。
塚田:そうですね。
大北:文字が書いてありましたね。

塚田:ジェイムズ・ジョイスの詩が刻まれているそうです。
大北:意味の取れない小説書いてた人ですよね。
塚田:言語そのものみたいなことをやってた人ですからね、ジョイスって。
大北:ジョイスは精神病なんだけどめちゃくちゃな詩や小説を書くことによって自己の世界が崩壊するのを繋ぎ止めていると思想家のラカンが言ってまして。それがランゲージラインに書かれてるっていうのはおもしろいなあ。

見えないラインも作品の一つ

塚田:そして地図上で四角く線で囲われてる展望台も5つの要素のなかのひとつです。展望台は瞑想やリラックスの場として位置づけられていて、日本海も一望できます。で、ここからが本題なんですけど。見えないラインが2つあるんですよ。
大北:さっき案内に出てましたね。コンパスライン?
塚田:そうです、コンパスラインは単純に方角のことですね。そしてもう一本がミラージュライン。富山って夏以外にも蜃気楼が見える全国的にも珍しい土地なんです。
大北:蜃気楼が名物なんですね。
塚田:ここから海のミラージュが見える方角はこっちですよっていうのを示してるんです。つまり建造物と見えないラインの2つによって複合的に構成されたのが、このダニエル・リベスキンドのパブリックアートなのです。
大北:なるほど、ジグザグと遊歩道と建造物、あと2本の見えない線も作品なんだ。蜃気楼や埋没林は行政からの期待でもありそうですが。
塚田:ね。どうなんですかね。
大北:いろんなラインが交錯してそうですが、そもそも見えないラインがあるよと示すのは何なんだろうな。
塚田:演劇で言う第三の壁(※観客と舞台の間には見えない壁があること)と一緒ですよね。あれも壁っていうライン。それを味わってねっていう風にさせたい時、演出家は観客に語りかける演出をするわけじゃないですか。
大北:「うわっ、喋ってきた!」とそこで壁に気づくやつですね。色んなラインが交わってるなと味わえるわけですか。なるほどなあ!

リベスキンドの線の建築として鑑賞する

塚田:至るところにラインが効果的に配置されていて山の中にポンってある感じですけれども、すごくデザインされた作品ですね。
大北:この遠足の小学生がおにぎり食べたりするちょっとしたスペースみたいなものがめちゃくちゃかっこいい。
塚田:ベンチとかも、ちょっとそのまま並べただけじゃなくて、意図を感じます。
大北:パッと見てあれ? これ違うぞ? ってなりますね。

塚田:だから本当に線の建築家ですよね。ラインというコンセプトにおいて、見えないラインを持ち出してくるのはアートならではのやり方だなと感じるかもしれませんが、一方で建築家こそ、そもそも見えないものについても考えなきゃいけない職業だよなって思ったんですよね。だって、設計するときって方角気にするじゃないですか。窓を南向きにしたいとか。
大北:建築家あるある。南に向けたがりがち。
塚田:建築家って空間を作るためには、まずその外側、環境、方角といった地球レベルから考え方を立ち上げなきゃいけない。この作品でリベスキンドは方角や蜃気楼をラインとして意識させて、コンセプトとして明文化してくれてますが、普段やってる仕事でもすごく当たり前のことなんでしょうね。
大北:そうですよね、日照権の線で家ができるような。

大北:「あっちに蜃気楼があってここにリベスキンドさんの作品があって……」と地元の観光課の人とか今日も紹介してるんでしょうね。時間も場所もあちこちに線が走ってるし、人間の思考自体が「こっからここまで」という起点と終点があってあと線ですねー。
塚田:その起点と終点が、立山連峰の隆起してる山頂から埋没林、水面下ですよね。高低の落差、さらに数千年の落差。それがまた別の線と交差するという……。
大北:その線はめちゃめちゃ広くて長いですね。
塚田:こういうことを作品として提示して、人間のスケールを超えた空間や時間を圧縮できることがアート作品の面白さなんです。
大北:しかも物としてこれだけでっかく表現されたら、説得力が全然違いますよね。
塚田:作品の作り方も、コンセプトの持たせ方も建築家というバックボーンがあるのでとってつけた感じがしない。

塚田:リベスキンドはドローイングもすごく面白いですよ。かすれてたり重なったりしてて、例えば建築のコンペとかに出てきても、審査員の人がこれは本当に建つのかなと心配されるぐらいだそうです。
大北:かすれてたり途切れてたりか。すごいな。
塚田:日本でもヒロシマ賞という文化的な形で平和に貢献した人を顕彰している賞があるんですが、それを受賞していて。日本でも浅田彰とかが論じている。
大北:その層が好きそうな、考えすぎてる感じはにじみ出てましたね。
塚田:読み取り方に深みを持たせることができてますからね。でもやっぱり視覚的にイメージ化できているところは評価したいです。
大北:いや~これは運動しに来た人でも大きさに圧倒されて目を見張るでしょうね。

コントの舞台を作る大北(左)と美術の評論をする塚田(右)がお送りしました

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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