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2026.05.20
練馬大泉学園駅前にある大岩オスカール作品は2000年間に及ぶ芸術だ / 連載「街中アート探訪記」Vol.52
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは練馬区大泉学園駅前にある大岩オスカール幸男のパブリックアートである。画家として有名な大岩が手がけたパブリックアートは絵とは一見かけ離れた、場所を場所として鑑賞するような作品である。そのようなコンセプチュアルな作品に見える大岩らしさとはなにか。
前回は大手町にある杉本博司作品を鑑賞!

『TIME GARDEN』大岩オスカール幸男2001年@大泉学園ゆめりあ1
1000年前の練馬の環境を1000年後に残す
大北:大岩オスカールさんの作品を見に練馬の大泉学園駅前に来ました。
塚田:地元の人たちですかね?タバコを吸っていて憩いの場になってますね。
大北:作品が大泉学園駅にめちゃくちゃ馴染んでますね。
塚田:タイトルは『タイムガーデン』。時の庭ですね。
大北:へえ、ガーデン。じゃこれは庭の作品でもあるんですね。

大北:キャプションがあります。英語かな、いや、日本語もありますね。しかも手書き文字もある。
塚田:作家さん本人の直筆っぽいですね。
大北:「この作品は1000年ほど前の大泉学園をモチーフにしたものです。時間のトンネルをくぐったかのように、この同じ場所に存在していた風景をイメージしたプロジェクトです…」
塚田:2001年の作品だからもう25年くらい経ってんですね。
大北:「…ガラスに囲まれた空間には、地元の土が入っています。土の中に入っている種と、飛んできたり鳥に運ばれた種の組み合わせで自然に植物が育つでしょう」ということは、もっとたくさん生えてる夏に来た方が良かったか。
塚田:たしかに夏に来ればよかったっすね。あんまり育ってない。

大北:上が開いているのは種が自然と飛んでくるようにってことですね。でも人の手で投げ入れるのはコンセプトに反するだろうし。
塚田:コンセプトとして自然との共生を打ち出していますが、作品としてやっていることは囲っただけ。かなりコンセプチュアルな作品ですね。
大北:1000年前のというけど、この辺にある土そのままなんでしょうね。
塚田:まだ何もなかった、開発がされてなかった頃っていう風な意味合いなのではないでしょうか。
大北:そっか、この後ろにあるのは再開発でできたビルだそうですね。1000年前の関東地方だとおそらく原始的な森が多かったんでしょうし対比が効いてますね。
塚田:色々変わっていく中でもここだけは未来においてもずっと保存されるという作品ですね。

これはただの枠の作品である
大北:とするとほんとにこれ枠だけなんだ。
塚田:ただの枠です。土も隣の植え込みと同じっぽいですよね。「贈り物」ということで、大岩さんは手付かずの自然の状態を未来に贈ろうとしているということでしょう。キャプションに「大泉学園ゆめりあアートプロジェクト作品B」と書いてあるように、周辺には他にもパブリックアートが設置されています。
大北:この植物は根が隣の植え込みと下で繋がってそうですね。枠があっても植物は自由に移動しますね。一方、枠があると人は見ますね。「なんだろう?」って。
塚田:確かにフレームがあるとそうなりますね。何の変哲のないものだけど、枠を付けることによって注目する。

大北:枠だけ作って「さあここから1000年、どうなっていくでしょうかスタート!」という状態なわけですか。
塚田:25年経ってる今、大岩さんとしては「あんまり育たなかった」という思いはあるかもしれませんね。
大北:「まだこっからだぞ」という可能性も。1000年後まで結果はわからないですね。
塚田:枠の高さをこれぐらいにしたってことは木が生えるだろうと考えてたと勝手ながら思いますが、まだ生える兆しがない。
大北:木が生えてきたらすごいですよね。種を鳥が持ってきてくれたら。
塚田:かっこいい作品になりますよね。伸びしろはまだまだ十分。何しろ1000年のタイムスケールで考えてますから。
大北:まだしばらく寝て暮らせるくらい余裕ありますね。まあでも木が生えることは土地や土にとって良いこととは限らないか。我々がはしゃいでるだけで
塚田:インターネットで検索した画像を見ると夏場は雑草などが割と生えてます。
大北:やはりなにか生えてるほうが盛り上がりはするなあ(笑)。大岩さんってどんなアーティストなんですか?

日常に意味を忍ばせる大岩作品
塚田:大岩さんは1965年生まれのアーティストで、ペインターですね。
大北:もう絵描きって感じの。
塚田:そうですね。パブリックアートの場合は、作風が変わってこういうふうにコンセプトを明確に立てたものが多くなる。
大北:どんな絵を描くんですかね。
塚田:例えば街中にイヌみたいな動物や、お化けみたいなキャラクターが描かれていたり、幻想的な雰囲気のある絵を描きます。他にも、複数の空間がモンタージュ(組み合わせ)されてるような絵画もありますね。基本的には具象絵画です。
大北:パキッと対象がわかるようなものってことですよね。
塚田:はい、そして寓意的であることが特徴と言えると思います。
大北:なんか別のことを意味してたりする?
塚田:絵の中に社会風刺や環境問題の要素が入っていて、個人的なビジョンでありながら解釈を誘う作品が多いんです。

大北:ふーむ、例えばどんな感じですか?
塚田:ある作品ではビルを俯瞰図で書いてるんですけど、そこには花びらみたいな赤や黄色のボンボンが浮かんでいます。一見ファンタスティックだけども、よく見るとそれは煙で「どうやらこれは爆煙だぞ」と感じさせる。
大北:あ、物騒な煙ですね。
塚田:日常的な風景だけれども争い、つまり戦争とかを連想させるような多層性を作品に持たせるんですね。この『タイムガーデン』もそういった仕事と地続きの中でとらえられると思います。
大北:「1000年変わらないものを残そう」と言われると「おれたちは変わってしまうけれど」という意味が出てきますよね。たしかに寓意的だけども、寓意というからには別の対象を描きますよね。この場合はどうなるんだ?
塚田:絵だと風景って描かなきゃ出てこないけども、パブリックアートだと風景はその場にあるじゃないですか。だから「今、ここ」の風景をモチーフに、こういった最小限の処理で作品を成立させている。そういった整理の仕方ができるんじゃないですかね。
大北:1000年単位の話だと人類が死に絶えてそうなニュアンス出てきますね~。この場をそのまま使ってそこが匂ってくるんだ。
塚田:外側の移り変わる周囲の環境を対比的に効かせるためにも、あえて何もしてないっていうことなんでしょうね。
大北:なるほど。さらにタワマンとかボンボン立ったら、余計際立ってきますよね。

等身大の目線で大きな世界を描く
塚田:そうですね。あとは。前回の杉本博司さんと対比的に見えるところもあると思うんです。
大北:あ、数学の公式をパブリックアートにしてた杉本作品。どのへんがですか?
塚田:杉本さんの発想は数学とか、普遍的なものから出てきてるじゃないですか。一方で、この手書きのメッセージからもわかるように、大岩さんはとても等身大の目線から出発して作品制作を行っているんですね。
大北:練馬のなんでもない場所を切り取った庶民性みたいな等身大ですかね?
塚田:そこもありますが、例えば前回の杉本さんは数学を出発点にして作品に大きな意味を持たせようとしてますよね。
大北:大きなとこから大きなものを提示する。一方、大岩さんは練馬から、ってことか。
塚田:そうです。具体的なこの場所を囲うことから出発してるのに、1000年っていう時間のスケールを提示してます。
大北:おじいちゃんおばあちゃんがタバコ吸ってる横に1000年が見えてきますよね。やったことは枠を作ったことぐらいだとするとめちゃくちゃ最小限の手数ですよね。
塚田:確かにそうですね。
大北:一休さんみたいじゃないですか。「この橋渡るべからず」みたいな文字を書くだけでこんなに場が違うことになるんだな、みたいな。

塚田:ところで、こういう等身大な視点は多分大岩さんの出自も絡んでると思うんです。
大北:オスカールという名前は南米にルーツがあるんでしたっけ?
塚田:大岩さんはブラジルで出会った日本人夫婦の間に生まれました。ブラジルのサンパウロで育ち、現地のアートシーンに関わりながら、日本のアーティストが来たときには話を聞いたりして、大学卒業後来日して90年代ぐらいは日本で活動していました。
大北:日系二世の人が日本に来たんだ。
塚田:そして2002年からはニューヨークを拠点に作家活動を続けています。だから故郷があるようでないような感じでずっと過ごしてる人なんですよね。
大北:そっか。帰属意識みたいなものがゆらぎそうですよね。
塚田:日本人なんだけど、日本で暮らしたことがないままずっと少年時代を過ごして、日本が故郷という意識もないし、ブラジルにいても自分はブラジル人ではないし、みたいな。そういうねじれがあるからこそ、大岩さんは自分の目線を大切にして、そこから社会や世界を見渡すんです。
大北:なるほど、自分が所属する場所より「今自分のいる場所」ですね。
塚田:こういった「ここってどういう場所なんだろう」といいう目線が強いんじゃないですかね。
大北:旅先のような感覚ではなく、旅先こそが本来の人生のような目線で生きてるような感じかなあ。パブリックアートの他の作品はどんなのがあるんですか。
塚田:ファーレ立川にはレリーフが地面に埋め込まれてる作品がありますね。
大北:埋め込まれてるのか。ふーむ、ここも「美しいでしょ」っていうよりかは「ここに存在しますよ」って作品でもありますよね。
塚田:で、この大泉学園駅前の作品ではその存在を作家の言葉によって、レイヤーとして見せてるということですね。大岩さんは日常的状況に異なる要素を持ち込むことを絵画においても試みてきました。ここではガラス面に言葉を書いて文字通りのレイヤーを作り、それがメッセージとしても機能している。一見ふだんの絵とはかけ離れてますけど、とても大岩さんらしさが出た仕事だと思います。そもそも大岩さんは絵画を描く自身の営みを「ガーデニング」といっていて、作品を種と捉えているんですね。なのでタイトルからしても、作家の関心を直接的に反映した作品と言ってもいい。
大北:あ、じゃあこの『タイムガーデン』は時間における絵ってことなのか。なるほど~。

言葉で絵を描き出す
塚田:僕は最初この説明書きを作家自らが書くなんてなんか素朴すぎるんじゃないかと思ったんです。
大北:説明することは野暮になりがちだから。
塚田:ただよくよく考えると、この枠(ガラス)は透明じゃないですか。だから意識されにくいですよね。でも作家が言葉を書き込むことで、ガラスの存在に意識が向いて、「隔てられてる」ことをより明確にする効果があるのではないかなと。それは作品のコンセプトとも響き合ってるし、いいなと思い直しました。
大北:透明だと透けてみえるから?
塚田:そうです。でも言葉が書き込まれることによって「これはガラスなんだな」みたいな意識が生まれる。そして「あっちとこっちは違う場所なんだ」という区別が生まれます。
大北:あーなるほど。言葉の重要性はたしかに。「口で説明しちゃっていいのか?」みたいなところもありますけど、これは言葉の作品であるとも考えられそうですしね。
塚田:そうですね。
大北:立て札を立てて「ここにかつて何々があった」って書いたら少し考えが変わったりとかしますよね。そういう言葉を使った作品がありそうなイメージですが実際にあるんですかね?
塚田:一番有名なのはジョセフ・コスースの「1つと3つの椅子」(1965年)ですね。
大北:ほう、それはどういう。
塚田:本物の椅子と、写真の椅子と、言葉で椅子について書かれたやつが組み合わされた作品です。言葉も含め提示することによって、言葉として示されているものと、実際のものと、写真のイメージと何が違うのかっていう風な問いかけにもなるんですよね。
大北:実物とイメージと言葉を並べるんだ。なるほどなあ。
塚田:そういう風にして現代術は言葉を様々な方法で扱ってきましたが、大岩さんの作品も広く捉えると言葉を作品の中でどう扱うかというケーススタディの一つになり得ます。

大北:なるほど。あと、この作品は今まで見てきた他の作品よりも圧倒的に時間軸が長いですよね。「まだ25年か」ってなかなか言えない言葉だなあ(笑)。
塚田:確かに「まだまだ」っていう状態ですね。
大北:「今私たちが見ようとしてるのは、私たちの時代には見えない何かである」ってことですよね。前回も無限に高さがある作品でしたし。これは有限だけれども、人間には手が届かない時間の長さになってる。それもなんで大泉学園駅に?というおもしろさもある。わざわざ、みんな降りて見に来て欲しいですね。
塚田:それこそ100年ぐらい経ったら「まだあるんだ」って思うでしょうね。
大北:600年目ぐらいに木とかが出てきたら、ようやく盛り上がりますよね。
塚田:確かに(笑)。でも1回木が生えちゃったら、木がない風景に戻れないですから逆に今の状態は貴重かもしれないですね。
大北:なにもない今が見もの(笑)。
塚田:「古参ぶれる」というやつですね。25年経ってるのに、まだ古参になれるというのはすごい。
大北:フジロックの1回目が今見れるよと(笑)。私たちの中でも大事に育てていきたいですね。「そろそろ10年経ったし、何か変わってるかも」と見に来たい。長いスパンで鑑賞できる作品っていうだけですごく価値があると思います。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
※文中の内容は連載陣の見解で構成しております
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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