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2026.04.22

古い雑居ビルから人間の不確かさを描く。山中雪乃のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.5

Photo / Rio Watanabe
Edit & Text / Eisuke Onda

制作途中の作品や散らばった画材、机や棚から、その作家の個性が滲む。アトリエに訪れると、作品の奥にある思考の一端を垣間見ることができる。連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」では、現代作家たちの創作空間を紹介していく。

第5回は、人物をモチーフに、SNSネイティブ世代の感覚を通して具象と抽象を行き来するアーティスト・山中雪乃のアトリエを訪れた。

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古い雑居ビルの階段を登ると

平日の昼間でも賑わう横浜の繁華街。近くには球場があり、試合の日にはさらに人で溢れかえるエリアだ。1階に商店が入る古い雑居ビルに足を踏み入れ、昭和の面影を残す階段を上った先の一室に、現代アーティスト・山中雪乃さんのアトリエがある。

山中さんは主に人物をモチーフに描く。顔の輪郭や一部のパーツは確かに描かれているが、手や髪などの一部はぼかされ、あるいは空白のまま残されている。そこに描かれた人間の像は、どこか不確かで捉えきれない。

「SNSとともに育ってきた世代なので、常にいろんな情報が飛び交っていて、すごく目まぐるしく毎日を過ごしている感覚があります。情報を自分で選択して見ているつもりでも、アルゴリズムなど他者によって選ばされている部分もあって。そういう、自分の意識がバラバラになっていく感覚を重ねながらイメージをつくっています」

剥き出しのコンクリートや年季の入った木の柱が残るこぢんまりとした空間で、山中さんは筆を動かしている。制作の背景やプロセス、そして棚の片隅に並ぶ骨董品について話をうかがった。

五軒目の作家
山中雪乃

006_ateliervisit-01_mariko-kobayashi

1999年、長野県生まれ。東京と神奈川を拠点に活動。2023年、京都芸術大学大学院修了。人間の輪郭とその不確かな状態に着目し、不定形で非人間的な存在を描く。人物をモチーフに、具象と抽象を行き来する表現へと展開。白飛びのような空白や流動する身体を通して、「私」から「何か」へと変容するプロセスを捉える。主な個展に「Yamanaka Yukino Eclipse」(PARCO MUSEUM TOKYO)など。

 

ARTWORK_ateliervisit-01_mariko-kobayashi《shape》(1,620 x 1,303 x 40mm, Oil on Canvas, 2023)Courtesy of Artist and CON_

ARTWORK_ateliervisit-01_mariko-kobayashi《open》(1303 x 1620 x 40mm, Oil on canvas, 2025)Courtesy of Artist and CON_

 

制御しないで描くことで発見を重ねる

“さっ、さっ、さっ……”と乾いた音が響く。山中さんは、数色の絵の具を大胆に刷毛に載せ、カンヴァスの上を走らせていく。画材の脇にはiPadが置かれ、そこに映し出されたイメージをもとに描いているという。

「人物を描くときは、事前に別の場所でモデルを撮影して、そこから白飛びさせたり色味を調整したり、歪みを整えたりしてイメージをつくります。それを見ながら、最初は絵の具を垂らして、色や雰囲気を大まかにトレースして一気に立ち上げていきます。描きながら、残すところと描き込むところを判断していって。次に具体的な部分を描き込み、最後にまた上から絵の具を垂らす。そうやって抽象と具象を行き来しながら描いていますね」

描く最中に生じる絵の具の垂れや、コントロールしきれない部分は、そのまま受け入れていくという。こうした“制御しきれない要素”は、下絵となるイメージをつくるモデル撮影の段階からすでに含まれている。

「ライティングを組んでミラーレスの一眼レフで撮影しているんですが、決めることと決めないこと、両方を意識しています。最近はモデルさんに『顔の周りに手を当てて影をつくってください』とだけ伝えて、あとは即興で動いてもらうんです。あまり指定しすぎると、その通りになってしまうので。動きの中で『こんな影ができるんだ』という発見を重ねながら撮影しています。写真を撮るときも、トリミングするときも、描くときも、自分で指定している部分と、なぜか現れてしまう部分、その両方を含みながら制作が進んでいくイメージです」

 

物心ついた時からSNSがあって、存在の不確かさを感じる

物心ついた頃からインターネットが身近にあったという山中さん。こうした不確かで捉えきれない存在を描く背景には、SNSをはじめとした情報環境との関わり方がある。

「生まれたときからインターネットがある状況で、本当に自分が存在しているのか、他者がいるのかという感覚があやふやなんです。それを可視化して、現代で起きていることを描き残してみたいと思っています。SNSの時代って、とにかく情報が目まぐるしくて。自分の意識で選んでいる部分と、他人から強制的に見せられている部分が混ざり合っている。その構造と、自分の制作は似ているなと感じています」

「情報が正しいのか分からないという不安と、身体がバラバラになっていく感覚を重ねながら描いてきました。でも最近は、その不安もどこか馴染んできて、当たり前になっている気がしていて。今は勝手に流れ込んでくる情報と、分断されていく意識を照らし合わせながら制作している感覚です。同世代の人たちにも、そうしたバラバラな感覚はあると思うし、そこから作品をつくり始めている作家も周りにいて、面白いなと思います」

そもそも、この分断された感覚を絵画に取り入れるようになった経緯についてたずねると、山中さんは過去に制作したmekakushiのアートワークを見せてくれた。

「高校生くらいの時から、人物画のようなイラストを趣味で描いていました。iPadで人物を描いたあとに、iPhoneで撮影した風景などを重ねて、自動選択ツールで髪の毛や背景を選択して切り抜いて、それを別の場所に重ねる、みたいなことをしていたんです。無意識に“なんかかっこいいな”と思ってやっていました。大学の学部生の時は、具象的な絵を描いていたんですが、大学院の先生にそのイラストを見せたときに、『気づいたらパキッと抜けて、急に興味を失ってどこかにいってしまうようなニュアンスをつくるのが向いているんじゃないか』と言われて。それでキャンバス上でもこの意識の持っていき方を試してみようと思いました。

切り離されたイメージの位置やバランスはかなり感覚的に決めていて、強く興味を持つ部分と、急に関心が離れてしまう部分、その振れ幅が面白いと思って。iPad上では自動選択によって形が切り出される。絵画では絵の具がオイルによって垂らされて形が変わる。自分では操作しきれない部分が生まれるという点が、過去に行っていた制作と繋がっていると思います」

 

可愛いオブジェは描きたくなる

山中さんは人物のほかに、陶器のオブジェをモチーフにしたシリーズも制作している。

「陶器も人物も、描き方は同じにしています。自分が興味あるものとか、可愛いなって思うものしか描きたくないっていう感じで。ていうか、描けないんですけど(笑)。京都にいた大学時代から骨董品を集めるのが好きで、最近はヤフオクでいろいろ集めています」と語りながら、棚に並ぶコレクションをいくつか見せてくれた。

「古道具屋で買った河童の人形なんですけど、実は徳利とおちょこになっていて。頭を外すと、口からお酒が出てくるんです」

 

変化したり、気づいたりを繰り返しています

山中さんの絵画表現は常に変化しており、自身もその変化を肯定的に捉えている。現在の作風へと展開していくきっかけとなった、大学3年時に制作した作品をアトリエの奥から引っ張り出してくれた。

「学部生時代には、具象的に人を描いていました。人の身体と、その周りや内側に抽象的な内臓のようなものを描いてみたいと思っていたんです。ただ、このままだと人物像と抽象的な二つの表現がチグハグに見え、一枚の絵としての纏まりがないと考えていました。その経験をもとに、その二つの表現に纏まりを持たせる方法を試行錯誤しました。様々な実験の末、人物像自体の抽象度を上げることを意識し始めました。顔にブラシを当ててぼかしたり、髪の毛の線を描かないようになったり、大枠をベールみたいな、オーラのような感じで描くようになっていったり。自分が実現したいと思っているイメージが複数あり、一枚の絵画の上で何個もバラバラに点在させてしまっていたものを、全て人物像の内側に丸め込んで纏まりをつくるような形になったんです」

大学院生時代に制作した作品を見せてくれた山中さん。顔をぼかしたり、身体の内側に筆の跡を残したりする手法をこの作品から開始したのだという

「顔に手を当てたポーズをした人物像を描くことが多いんですけど、その手の感じって、昔、人物像のまわりに内臓のようなものを描いていたときの要素に近い気がしています。顔に指を置くことで面が増えて、モヤっと現れる形が、内臓みたいに見える。そこから派生して、最近では顔に浮かび上がった指の影を模様のように捉えて人物像の表情の変化を作ることを意識しています。そうやって変化したり、気づいたりを繰り返しています」

アトリエには完成した自画像が置かれている。顔に手を当てたその姿は、これまでの作品に比べて、手の影がより強く画面に現れていた。

「作品の中で影が増えてきています。モデルさんを撮影している時に発見した要素なんですけど、こういう影部分の模様をもっと面白くしたいという気持ちが強くなっています。光の当たっている顔のパーツや凹凸と、影の部分を細かく描き分けることで、その人自身の顔から印象が変化していきます。光が当たっている部分にだけ注目して観察すると、それが顔なのか、人なのかだんだんわからなくなるような感覚に陥ります。細かく描く部分は増えているはずなのに、何が描かれているのかわかりにくくなっていく。具象度は上がっているけれど、モチーフの抽象度も上がっている。最近の作品では、その揺れ動きに関心があります」

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ARTIST

山中雪乃

アーティスト

1999年長野県生まれ。現在は東京と神奈川を拠点に活動する。2023年京都芸術大学大学院を卒業。これまで人間の物質としての輪郭と現象としての状態の双方に注目し、そのあわいに蠢く不定形で非人間的な存在を描く。初期より一貫して人物をモチーフとし、そのスタイルは具象的な描画からランダムなストロークを用いた抽象的な描画へと変化している。白飛びのような情報を欠いた空白、身体の隙間にだらりと流れる液体、セルフィーやアーティスト写真を思わせるエゴイスティックな表情やポーズ。それらが画面全体へ溶け込むように描かれることで、「私」から「何か」への変異のプロセスそのものを捉え、これまでの人間像から脱しつつある未完の存在としてのわれわれの姿をあらわにしている。主な個展に「Yamanaka Yukino Eclipse」(PARCO MUSEUM TOKYO)などがある。

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