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2023.09.08

デイヴィッド・ホックニー / 「現代アートきほんのき」Vol.4

Text / Hiroki Yamamoto
Illust / Shigeo Okada
Edit / Mami Hidaka

世界で高騰が続き、億単位で取引されることもある現代アート。驚きの数字に興味を惹かれながらも、ときには「なぜ億もの高値がつくのか?」「作品の魅力がわからない・・・」と首を傾げてしまうこともあるのではないでしょうか。

連載「現代アートきほんのき」は、現代アートの代名詞的存在にもなっているアーティストや作品について、今一度評価の背景を繙いていくシリーズ。現代アートの巨匠とも呼ばれるアーティストを各回一人ずつフィーチャーし、なぜその作品が高く評価されているのか、美術史的観点と人々の心を惹きつける同時代性の観点の2軸からわかりやすくご説明します。

第4回は、今日まで60年以上絵画表現を探り続けてきた世界的ペインター、デイヴィッド・ホックニーについて。文化研究者の山本浩貴さんとともにお届けします。

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ゲルハルト・リヒター /「現代アートきほんのき」Vol.3

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テート・ブリテンでの個展は
館の過去最高の来場者数50万人を記録!

現在、東京都現代美術館(MOT)で大規模個展が開催されているデイヴィッド・ホックニー。日本国内の美術館での大型個展は実に27年ぶりとのことで、筆者がMOTを訪れた日も、老若男女を含むたくさんの鑑賞者が展示を楽しんでいたのが印象的でした。

ホックニーは、20世紀から現在までのイギリス、もっと言えばグローバルな現代アートの歴史を代表するもっとも重要な画家のひとりであり、近年もロンドンやパリにある欧米の主要な美術館でいくつもの大規模個展が相次いで実現され、いずれも高い集客率を達成しています。

第4回は、そんなホックニーの作品の価値と魅力について、美術史と時代性の観点から繙いていきます。

 

アメリカ西海岸の日常を
鮮やかに描く唯一無二の画家

デイヴィッド・ホックニー
1937年イングランド北部のブラッドフォードに生まれ、同地の美術学校とロンドンの王立美術学校で学ぶ。1964年ロサンゼルスに移住し、アメリカ西海岸の陽光あふれる情景を描いた絵画で一躍脚光を浴びた。60年以上にわたり美術表現の可能性を探る試みを続け、現在はフランスのノルマンディーを拠点に、精力的に新作を発表している。2017年には生誕80年を記念した回顧展がテート・ブリテン(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)を巡回し、テート・ブリテンでは同館の最高記録である約50万人が来場するなど、現代を代表する最も多才なアーティストのひとりだ

東京都現代美術館(MOT)で開催中の大規模個展はこちら

イギリス生まれのホックニーは、1960年代に初めてロサンゼルスを訪れてから頻繁に同地に滞在し、アクリル絵具を用いてアメリカ西海岸の日常を描くようになりました。特に住宅地やプールサイドの光景を、時にはそこで過ごす人々と一緒にビビッドに活写した絵画が有名です。

1978年にロサンゼルスに再び移住してからも、世界各地を旅してそれぞれの土地の風景をスケッチとして残しています。MOTでの展示の目玉のひとつでもある<春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年>(2011)は大型の油彩画とiPadを用いて描かれたドローイングの組み合わせであり、晩冬から初春にかけて移り変わる季節の様相を見事に描き出した大作です。

 

純粋な制作の楽しみが
画面から溢れ出すよう

少し個人的な話になりますが、筆者はイギリス留学中の2012年にロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで開催されたホックニーの個展 “David Hockney RA: A Bigger Picture”を観覧しました。

当時のイギリスは、ダミアン・ハーストやトレーシー・エミンらYBAs(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)の影響力がいまだに残っており、マーケット中心的な現代アートの世界では、「いかに目立ったことをして注目を集めるか」を競争するような色合いが強い作品が多かったと記憶しています(今もそうかもしれませんが)。

そのような風潮のなか、ホックニーの個展はあまりクラスメートの間で話題に上がってはいませんでしたし、筆者自身もあまり期待を抱いていませんでした。しかし、観覧し終わって大きな感銘を受けている自分に気付きます。

現代アートの世界で、マーケットのために作られた「プロダクト」を目にする機会が多くなっていたなか、その感銘は純粋な「制作する楽しみ」をホックニーの作品――その圧倒的な物量や自由で変幻自在なスタイル――が体現しているように感じたからだと思います。

このことは僕個人の感想というだけではなく多くの人々に共有され、ホックニーがたくさんの人々の支持を集めている理由のひとつであると思います。

 

絵画やドローイングにとどまらず
写真によるコラージュや版画・CGの作品も

ホックニーが描く対象は多岐にわたり、まったく異なるスタイルのアカデミックな肖像画も手がけています。そして60年以上に及ぶ作家活動のなかで、よく知られる絵画やドローイングだけではなく、写真によるコラージュ作品や版画・CGを用いた作品など幅広いメディアを駆使した制作に挑戦してきました。

2023年で86歳を迎えるホックニーですが、今も彼はiPadで描かれたドローイングをはじめ、新しい技術を取り入れながら旺盛な芸術制作を継続しています。コロナ禍でも積極的に作品を発表し、鑑賞者に希望を与えるような生命力に溢れた自然の景色を提示し続けています。

 

独自の芸術論に裏打ちされた多彩な作品は
批評家や研究者の関心の的に

ホックニーは、ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アート(王立美術学校)で学んでいるときに頭角を現し、以降ブリティッシュ・ポップ――彫刻家のエドゥアルド・パオロッツィや画家のリチャード・ハミルトンらを含む、イギリスにおけるポップ・アートの流れ――の系譜に位置づけられることが多かったアーティストです。

ブリティッシュ・ポップ
ロンドンのICA(Institute of Contemporary Arts)を拠点として、1952年から55年にかけて活動したイギリスにおけるポップ・アート運動。先述のパオロッツィとハミルトンのほか、批評家のレイナー・バンハムやローレンス・アロウェイなども参加した。美術の一ジャンルとして認識されたアメリカのポップ・アートとは異なり、アメリカのポップカルチャーから影響を受けた美術家やデザイナー、建築家、批評家によって結成された「インディペンデント・グループ(IG)」のなかで議論が行われた理論的側面が強いもの

しかし独自の芸術論に裏打ちされた彼の絵画は、ひとつのムーブメントの枠組みを超越して数々の批評家や研究者の関心の的となってきました。日本語で読める研究書としては、田中麻帆『デイヴィッド・ホックニー――表面の深度』(森話社、2022)があります。同書で田中は、「これまで『ポップアート』や『柔軟な様式の変化』といった言葉で画一的に捉えられてきたホックニーの作品の変遷」の背後にある「表現の真意」を多角的に探っています。

田中によれば、ホックニーは「学生時代は、アメリカの抽象表現主義に対する意識が周囲でも色濃く、激しい筆触の油彩画を多く制作していた」といいます。ロサンゼルス移住後は、日中の陽光を感じさせるような明るい色調の平面作品が増えていきました。

 

洞窟壁画からiPadまで。
絵画史を大胆かつ柔軟に解釈

これまでホックニーは「写真」やピカソの「キュビスム」などをテーマとした講演を各地で行い、媒体を問わずたくさんのインタビューに応じてきました。そのため対談集や講演録、自伝を含む伝記や評伝が多数刊行されています。

ホックニーのユニークな視覚論は、彼の作品に深さと奥行きを与えると同時に、それ自体も専門家からも高く評価されてきました。美術評論家のマーティン・ゲイフォードとの対談の形式で著された、“A History of Pictures: From the Cave to the Computer Screen (2016) ”は日本語にも翻訳されました。そのなかでホックニー自身が「画像の歴史は洞窟から始まり、さしあたり、iPadで終わっている」と述べている通り、同書には彼の大胆かつ柔軟なアート観が随所で展開されており、非常に興味をかき立てられます。

デイヴィッド・ホックニーが評価されたワケ  ー3つのポイントー

  1. 純粋な制作の楽しみが画面から溢れ出すようなビビッドな色彩
  2. アートシーンの流行を気にせず自身の制作に集中し、常に新たな表現に挑戦し続ける独立独歩の姿勢
  3. ホックニー自身の大胆かつ柔軟な視覚論・アート観が、彼の作品に深さと奥行きを与えている

 

「大抵の芸術家は忘れ去られる運命だ、
私はそれで構わない」

ホックニーは、長年の友人でもあるゲイフォードとの対話のなかで、モネやゴッホら先人から受けた影響について触れています。現代のアートシーンにおけるホックニーの影響力は大きく、特にペインターについて言えば、第3回で取り上げたゲルハルト・リヒターと同様に多くの作家がホックニーから影響を受けています。とはいえ、彼自身はあまり後世への影響力に関心がないようにも思われます。

ホックニーは、ゲイフォードにこう語っています。

芸術界の変化をいろいろと目にしてきたが、たいていの芸術家は忘れ去られる運命にあるんだよ。それが彼らの定めだ。私もそういう定めなのかもしれないね、何とも言えないが。今はまだ忘れられていない。だが、忘れられてもかまわない。そんなに重要なことだろうか。芸術なんて、ほとんどは消え失せてしまう。

東洋的な無常観も彷彿とさせるこうした独立独歩の姿勢も、ホックニーが人々を惹きつけてやまない要因のひとつなのかもしれません。

きほんのき

GUEST

山本浩貴

文化研究者、アーティスト

1986年千葉県生まれ。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて修士号・博士号取得。2013~18年、ロンドン芸術大学トランスナショナル・アート研究センター博士研究員。韓国のアジア・カルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラル・フェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教を経て、21年より金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻・講師。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019年)、『ポスト人新世の芸術』(美術出版社、2022年)。

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