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2023.02.13

美術館は親子の居場所になりうる? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.11

Interview&Text / Mami Hidaka
Photo / Yuri Inoue
Illust / Wasabi Hinata

19世紀の画家、エドゥアール・マネの絵画に魅せられたことをきっかけに、現在までに2冊の美術関連書を上梓するほどアートを愛する和田彩花さん。2022年2月からは大好きなフランスに留学中で、古典絵画から歴史的建築、現代アートまで、日常的にさまざまなカルチャーに触れているようです。

そんな和田さんと、Vol.10から3回にわたってお話しするテーマは「変わりゆく美術館」。1793年のパリのルーブル美術館の設立が近代美術館の始まりだとすると、美術館は、2023年の今日まで、世界情勢や人々の価値観とともに様々なアップデートを試みてきました。絵画や彫刻にかぎらず、映像作品やインスタレーション、参加型アートなどの多種多様な作品が展示されるようになり、時にはワークショップやディカッションを行う場として機能していることからも、美術館の大きな変化がわかります。

「和田彩花のHow to become the DOORS」は、今更聞けないアートにまつわる疑問やハウツーを、専門家の方をお呼びして和田彩花さんとともに紐解いていく連載シリーズ。 Vol.11も、前回に引き続きキュレーターの難波祐子(なんば・さちこ)さんをゲストに迎え、過去に難波さんが企画された展覧会「こどものにわ」についてお話を伺います。美術館の厳かなイメージを覆し、親子の居場所となることを目指した本展は、その後の美術館にどのような影響をもたらしたのでしょうか。

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美術館は変わり続けている? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.10

  • #和田彩花 #連載

子連れでも気兼ねなく楽しめる美術館へ

和田:参加型アートは多種多様で、大勢の人が関わりながら作られていくものですよね。それらを展覧会としてまとめるキュレーターのお仕事は、かなり大変なのではないでしょうか。

難波:展覧会やアーティストごとに扱うテーマも違うので、そのテーマに応じたいろんな苦労や工夫の必要が生じます。例えば、私がキュレーションした2010年の「こどものにわ」は、東京都現代美術館では初の0歳児から大人までを対象にした展覧会だったので、お子さんが怪我をしないように安全面に気を配ったり、小さなお子さんが触ったりしても大丈夫なように衛生面に配慮するなど、大人向けの展覧会とは違う視点からの対応が必要とされました。

和田彩花さん、難波祐子さん(Photo by Kenichi Aikawa)

和田:東京都現代美術館では、「こどものにわ」以前はお子さんを対象にした展覧会は開催されていなかったんですね。

難波:そうなんです。今では毎年のようにお子さんを対象とした展覧会を開催していますが、当時は苦労の多さと実現の難しさゆえに、「こどものにわ」の企画が会議を通るのに3年かかりました。それでも粘って開催にこぎつけてみると、当時現代美術の展覧会は2万人を動員すれば良いほうだと言われているなかで、「こどものにわ」は8万人以上の動員数を達成することができました。ジブリやディズニーなどのブロックバスターの展覧会に並ぶ、当時では歴代13位の展覧会になったんです。

和田:すごい!その後の美術館のあり方を変えた先駆的な例になったんですね。美術館は静かな場所というイメージがあるので、世のお父さんお母さんの中には、お子さんが泣き出したり、大きい声を上げたりする心配から、美術館に行くのを遠慮してしまう方もいると思うのですが、そういった不安はどのようにカバーしたのでしょうか?

難波:親子で楽しく鑑賞する秘訣をまとめたガイドを展覧会の入り口に設置したり、小さなお子さんは床に目線がいきやすいので壁ではなく床に絵を描いた作品を展示してみたり、各作品をピクトグラムにしてキャプションと一緒に掲示したり、「泣いても大丈夫」「手を繋いで一緒に見よう」「飲み物は持ち込んじゃダメ」などの可愛らしいピクトグラムを貼り出したりして、小さなお子さんでもわかるようなウェルカムな雰囲気作りを心がけました。

アートに触れることは他者との違いを受け入れるプロセスだと思っているので、もし美術館でこどもが泣いていても「泣いてもいいじゃない」と誰もが寛容になれるような場所にしていきたいと思って企画しました。

大巻伸嗣《Echoes-INFINITY》(2010) 東京都現代美術館「こどものにわ」展(2010)での展示風景 撮影:森田兼次 写真提供:東京都現代美術館

和田:美術館側がこどもや保護者の目線に立って従来のルールを見直す機会であり、同時にこどもが楽しくルールを学べる機会にもなりそうです。

難波:そうなんです。なんでもかんでもダメとは言いませんが、まったくルールをつくらないのも体験として良くないですからね。小さなお子さんとは、手をつないで静かに鑑賞してもらうような展示スペースも設けるなどの工夫も取り入れました。

一方で、お子さん連れでも鑑賞しやすいように会期中、多目的トイレのある1階に加えて、展覧会場の地下2階にも臨時でオムツ替えのスペースを作ってもらいました。こちらが赤ちゃんを呼んでいるのに、ストレスがある環境で赤ちゃんやお父さんお母さんを困らせてしまってはいけないですからね。小さなお子さんはすぐにものを触ったり舐めたりしてしまうので、衛生面に気を遣い、毎日閉館後にアルコール消毒をしていました。

 

赤ちゃんとアートを観る意義

和田:大人からしても、こどもが何に反応しているかを発見できる面白みと驚きがありそうです。

難波:この展覧会を企画するにあたって、長年赤ちゃんの研究をしてきた赤ちゃん学専門の東大の開一夫先生にご協力いただきました。実際にこどもたちの心の中を覗くことはできませんが、近年の脳科学の研究によると、人間は新生児の頃からこれまで考えられていたよりもずっと豊かな知覚世界で生きているようです。例えば、10カ月の赤ちゃんでも、テレビの映像と本物を区別できていることがわかってきています。

さらにこどもは生後数ヶ月で段階を踏んで、自分が見たものをお父さんお母さんや周りの人と共有しようとし始めるので、赤ちゃんの時期から親子で一緒にいろんなものを鑑賞することはすごく大事だと思います。

和田:すごい!大人の私たちが考えるよりも、こどもたちはいろんなことをわかっているんですね。赤ちゃんと一緒に美術館に行きたくなりました(笑)。

難波:2歳になる頃には、単なるペンキのシミと人が意図的に描いた絵の区別もつくようです。近年、「鑑賞」もこどもの美術教育に重要とされるようになり、2008年の小学校の図画工作の学習指導要領の改正で、「表現」に加えて「鑑賞」も盛り込まれるようになったんです。

和田:留学中のフランスでは、10月の第1土曜日の夜から翌日曜日の朝にかけて街中にアートが展示される「ニュイ・ブランシュ」があり、その日はこどもから大人まですごい数の人が街に繰り出して、気軽にアートを鑑賞していました。日本ではまだ、こども向けではない通常の展覧会を、こどもと一緒に鑑賞することは難しいですか。

難波:そんなことないですよ!ヨーロッパほどではないにしても、日本のアートシーンもここ10年でずいぶんと現代美術への敷居が下がってきたと思います。美術館のワークショップやギャラリーツアーは、実はこども連れの方からすごい数の応募があり、抽選になることも多いです。ただそういったイベントは抽選で選ばれたとしても、小さなお子さんは当日にお熱が出て来れなくなってしまうこともあるので、1〜2ヶ月など開催している展覧会は都合がつきやすくておすすめだと思います。

出田郷《reflections》(2010) 東京都現代美術館「こどものにわ」展(2010)における展示風景 撮影:森田兼次 写真提供:東京都現代美術館

 

美術館を誰にとっても身近な場所に

難波:東京の場合は、オリンピック・パラリンピックに向けて日本が国をあげて環境を整備したことも、いろんな層にアートがひらかれた一つの要因だと思います。実際には、コロナ禍でインバウンド需要は実現しませんでしたが、美術館も作品解説が英語のみから多言語対応になったり、障害のある方もストレスなく鑑賞できるようにバリアフリー化したり、手話鑑賞が可能になったりしたことで、美術館が行きやすいスポットになったことはとても嬉しいです。

和田:年齢や国籍、障害の有無を超えて、誰かと一緒にアートを感じるのは素晴らしいことだと思います。私は15歳の頃から美術館に行き始めたのですが、大人になって思い返すと、その頃から様々な文化に触れていて本当によかったです。

仏教と近い環境で育ったので、初めて美術館でキリスト教の宗教画を見たときは衝撃を受けて、それこそ赤ちゃんのように怖がってしまいましたが、今になって思えば美術館は、自分とは異なる宗教や文化を持つ人たちを理解する場になっていたと思います。

難波:アートをはじめとする文化事業は、衣食住と違って生きていくのに必要最低限なものではありませんし、災害やパンデミックなどの困難で経済状況がシビアになると真っ先に予算を削られてしまいます。そんな中でもアートそのものや美術館が存続してきたのは、和田さんがおっしゃる通り、こどもや大人、国籍や障害の有無にかかわらず、共通してアートでしか感じられない何かがあるからですよね。

「こどものにわ」は、お子さんとその保護者の方をターゲットにした展覧会でしたが、会期中に特別支援学校からたくさんのお問い合わせをいただきました。ベビーカーで行けるということは車いすユーザーの方も行きやすいし、出展作品は体感できる参加型アートが揃っているので、知的障害がある方も楽しみやすい。ターゲットを絞って企画していましたが、実際に展覧会を開いて初めて、他の層にもリーチできることを知り、自分自身でも新たな気づきを得ることができました。

次回は、障害を持つ人も著名なアーティストも一表現者として、全員がフラットに関わり、共に創作することを目指した「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」についてお話ししていきたいと思います。

和田:こうやって一つひとつの展覧会が、美術館をより良い場所へと変えていくんですね。素敵なお話をありがとうございました!次回も楽しみにしています。

遠藤幹子《おうえんやま》(2010)とKOSUGE1-16《AC-MOT》(2006/2010) 東京都現代美術館「こどものにわ」展(2010)における展示風景 撮影: 森田兼次 写真提供:東京都現代美術館

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連載『和田彩花のHow to become the DOORS』

アートにまつわる素朴な疑問、今更聞けないことやハウツーを、アイドル・和田彩花さんが第一線で活躍する専門家に突撃。「DOORS=アート伝道師」への第一歩を踏み出すための連載企画です。月1回更新予定。

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和田彩花

アイドル

アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。
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GUEST

難波祐子

キュレーター

弘前れんが倉庫美術館アジャンクト・キュレーター。東京藝術大学キュレーション教育研究センター特任准教授。東京都現代美術館を経て、国内外での展覧会企画に関わる。著書に『現代美術キュレーター・ハンドブック』『現代美術キュレーターという仕事』〔ともに青弓社〕など。企画した主な展覧会に「こどものにわ」(2010, 東京都現代美術館)、「呼吸する環礁:モルディブ-日本現代美術展」(2012, モルディブ国立美術館、マレ)、「坂本龍一:seeing sound, hearing time」〔2021, M WOODS Museum | 木木美術館、北京〕など。

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