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- for Cities・杉田真理子の「知見を深め、美意識を育ててくれた」アートへの想い / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.10
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2023.03.31
for Cities・杉田真理子の「知見を深め、美意識を育ててくれた」アートへの想い / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.10
Text / Miki Osanai
Photo / Shimpei Hanawa
自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。
今回お話を伺うのは、都市体験のデザインスタジオ「for Cities」を手がける、杉田真理子さん。東京、京都、アムステルダムに拠点を持つfor Citiesの共同代表をされながら、京都の自宅では都市・建築・まちづくり分野で活動するクリエイターやデザイナーたちに創作の場を提供するアーバニスト・イン・レジデンス&アーバン・ライブラリー「Bridge To Kyoto」も運営しています。
一軒家の自宅に飾られるアートの多くは、アーバニスト・イン・レジデンスの取り組みを通じて手にしたもの。杉田さんにとってのはじめてのアートやお気に入りのアートを紐解きながら、「知見が深まった」「美意識が育まれた」と語るアートへの想いに迫りました。
# はじめて手にしたアート
「クリエイティブな人たちの痕跡を残したかった」
京都の自宅で運営するアーバニスト・イン・レジデンスという活動の中で手にしたのが、私にとってのはじめてのアートです。
アーバニスト・イン・レジデンスは、都市・建築・まちづくり分野で活動する実践者が数ヶ月間ほどこの一軒家を間借りして、滞在期間中に何か作品を残すプログラム。おもしろい人たちが行き来する場になればいいなという想いではじめました。一軒家の名前は、「Bridge To Kyoto」です。
一番最初に住んでくれたアーティストが、新宅加奈子さん。加奈子ちゃんが滞在していた期間、私はアムステルダムにいて、帰ってきたタイミングで「ひとつ買わせてください」と購入しました。
購入して家に飾ろうと思ったのは「この場所に関わってくれた人たちの痕跡を残したい」という想いがあったから。
『I’m still alive』 / Shintaku Kanako
アートに数万円を出すという経験自体がはじめてだったので、最初は手に取りやすいものから買いたいなと、加奈子ちゃんに相談しながら決めました。ここに住んでいた視点から「この家に合うのなら、こういったものがいいんじゃない?」のように何点か紹介してくれて、一緒に選んでいったような感じです。
# アートに興味をもったきっかけ
「人との関係性の中でアートに興味が惹かれていくようになりました」
アートに関心が芽生えたのも、この場所ができてから。
私の父は教員をやりながら版画家としても活動していて、子どもの頃から父に連れられ美術館へ行ったことも少なくなかったけれど、私自身はデザインや建築の分野が好きでした。
この場所も、アーティスト・イン・レジデンスのようなことができる場だけど私自身がアートを専門としていないということもあって、「アーバニスト・イン・レジデンス」としたんです。
いざこの場所をつくってみると、出会った人との関係性の中でアートに興味を惹かれることが増えていきました。友だちを知ろうとする感覚でアートへ関心を抱いていき、友だちを支援する感覚で作品を購入するという意識へと変わっていきました。
# 思い入れの強いアート
「お気に入りのひとつは、この家が舞台になった作品」
Bridge To Kyotoではイベントや展覧会も開いています。飾っているアートから「ここにはこんな作家さんが住んでいたことがあって」「この作家さんはこういう活動をしているんですよ」と、会話が広がっていくことは多いですね。
どれも思い入れがありますけど、たとえばオランダのRik Stabelという作家さんがこの家をインスピレーションに書き下ろしてくれたグラフィック。
『A whole generation』 / Rik Stabel
Instagramで連絡したことをきっかけに、for Citiesのアムステルダムでの活動をまとめた冊子の表紙をつくっていただいたのが、Rikさんとの最初のつながりです。
そのあと、この家の写真を何枚か送って「写真から受けたインスピレーションで作品をつくってほしい」と依頼し、描いてもらったのがこのグラフィック。for Citiesで展覧会をしたときに飾らせていただきました。
絵の中で、足を組んで座っている人が靴を履いているのが、オランダのアーティストっぽいなと感じています。この家が舞台になった作品といううれしさはありますね。
# アートの飾り方
「『どうしたら心地良い空間になるか』を考えて、アートを飾っています」
一軒家は、購入したときは床もないくらいのボロ家で、少しずつリノベーションしていきました。だから、どうしたら心地良い空間になるかということをいつも考えてきましたし、それはアートを飾るときも同じです。「ここに光が足りないな」「何か色を入れたいな」のようなことを、家の中で常に考えています。
たとえば、階段の壁にかかっているKeith Spencer(キース・スペンサー)くんの絵。
『Seasons change』 / Keith Spencer
私が東京から京都に引っ越してきて、おそらく一番最初にできた友だちのひとりがキースくん。アメリカのニューメキシコ州の出身で、そこは砂漠のような乾燥した地域なんですけど、ふるさとの色を使って作品づくりをしたりしています。彼の絵はずっと欲しいなと思っていて、今はレンタルしている状態。家に馴染んだら、購入したいなと考えています。
この絵は階段の踊り場から見れるんですけど、踊り場って家の中でどうしても暗くなっちゃうところ。この家に引っ越したときから、「何かがあったらいいな」と思っていました。キースくんの作品は蛍光灯の下よりも、暗闇からぼわっと見えたらカッコいいんじゃないかとずっと思っていたので、あえて暗めの場所に飾っています。
私にとって「心地良い空間にしたい」というのは、デコレーションをしたいという意味ではないんです。ここに住んでくれた人や自分と関わってくれた人の痕跡を残したいという思いがまずあって、その上で、どこに飾ったら心地良くなるだろうと考えています。
# アートのもたらす価値
「アートを購入すること自体が、美意識を育てる行為」
アートと生活するようになって変わったことは、「好きな物に素直になる」ということかも。自分の美意識に素直になる、という言い方をしてもいいかもしれません。そんな自分に変わったような気がするし、その大切さをアートから学んだように思います。
服でも小物でも「いいな」と感じたら、それなりの値段がしてもお金を出そうとする気持ちがより強まったし、アートに対してもそういう感覚で購入したいと思うようになりました。
近所の子どもからもらったアスファルトの破片や、海外で拾った貝殻などにも美を見出し、自宅に飾っている杉田さん
アートを購入すること自体が、美意識を育てる行為だと思います。
決して安い買い物ではないから、そのアーティストのことや作品について調べたり、自分が何を求めてそれが欲しいのかということも考えざるを得ない。アートを購入することが、自分の知見を深めるきっかけになると感じてきました。
# アートと近づくために
「ピンときたら『自分が求めている何かがある』。だから持ち帰ってみてほしい」
「アートを購入するのは限られたコレクターだけ」といったイメージが未だにある気がしますし、私も以前はそうでした。
でも今は、「服でも小物でもピンときたらお金を出すのと同じように、アートに対しても、自分の心に素直になって持ち帰ってみることがもっとできるようになっていけばいいな」と思っています。
普段好んで着ている服でなくても、いざ目の前にしたとき、何かピンとくることってありますよね。それって、服の色やパターン、世界観など何かに憧れているということで、「自分が求めている何かがそこにある」ということだと思うんです。そのピンとくる感覚ってアートに対しても抱けるもので、アートからも自分の求めている何かに近づいていけると考えています。
購入がハードル高く感じるなら、最初はレンタルでもいい。実際に持って帰るということから、作家と話してみたいと思ったり、展覧会に行きたいと思ったりというアートへの能動性が芽生えていく気がするし、それがまた自分が求めている新たな何かに出会うきっかけにもなると思います。
DOORS
杉田真理子
for Cities共同代表理事 / 編集者
都市・建築・まちづくり分野における執筆や編集、リサーチほか、文化芸術分野でのキュレーションや新規プログラムのプロデュース、ディレクション、ファシリテーションなど、幅広く表現活動を行う。ブリュッセル自由大学アーバン・スタディーズ修士卒。都市に関する世界の事例をキュレーション ・アーカイブするバイリンガルWebメディア「Traveling Circus of Urbanism」、アーバニスト・イン・レジデンス「Bridge To」を運営。都市体験のデザインスタジオ・一般社団法人「for Cities」共同代表。2023年2月より、京都左京区・浄土寺エリアにて地域福祉と建築をテーマに活動を行う一般社団法人「ホホホ座浄土寺座」代表理事。1年の半分は海外のさまざまな都市に滞在しながら活動を行う。
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