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2023.02.24

小林一毅の創作を支えるメルクマール。名作ポスターが導くところへ / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.9

Interview & Text / Miho Matsuda
Edit / Emi Fukushima
Photo / Shimpei Suzuki

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

今回お話を伺うのは、グラフィックデザイナーの小林一毅さん。ブランドのCIやイベントポスター、パッケージデザインなどのデザインのほか、プロダクト開発やおもちゃの制作にも取り組んでいます。グラフィックデザインを中心に様々なフィールドで活動する小林さんですが、実はデザインの入り口はスポーツでした。そんな小林さんを今の道へと導いた名作とは。また、現在に至るまでどんな影響を受けているのか、お話を伺いました。

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猪飼尚司の「リノベした空間で、アートを飾る暮らし」/ 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.8

  • #猪飼尚司 #連載

スポーツをグラフィックで表現したマックス・フーバーに憧れて

ーー小林さんのお父さんもグラフィックデザイナーだそうですが、小さな頃からアートに親しんでいましたか。

父は今も企業のデザイナーをしているのですが、物心がつく前から高校を卒業する間を過ごした、実家のリビングには、グラフィックデザイナーの佐藤晃一さんのポスターが飾られていました。それはポスターという媒体でしたが、リビングに飾られていたということもあり、僕はこれをアートと捉えています。グラデーションが美しい、ニューヨーク近代美術館で行われた「THE MODERN POSTER」展のものでした。それが幼い頃の原風景になっていますね。佐藤晃一さんはかつて資生堂宣伝部に在籍していて、僕が通った多摩美術大学の先生でもありました。

ーー小林さんが多摩美から資生堂に進んだのは、その原風景に導かれたのでしょうか。グラフィックデザインの道に進もうと決めたきっかけは?

進学したのがスポーツの強豪校だったので、絵を描くことはあまりなくて。スポーツカルチャーに浸っていた高校生活だったので、いつかスポーツのデザインをやってみたいという気持ちはありました。美大に進学しようと決めたのは、高校3年生になってから。ちょうどその頃、通い始めた美術予備校の先生が、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催されていたマックス・フーバーの展覧会を勧めてくれて、軽い気持ちで足を運んだら、そこで衝撃を受けました。マックス・フーバーは、モータースポーツやスキーなど、スポーツをテーマにした作品を多く残したデザイナーで、明快でエネルギッシュな色彩と疾走感やリズムを感じさせる構成が魅力です。そこで展示されていたのも、ポスターという媒体でスポーツをリズミカルに表現した作品でした。自分にとって馴染み深いスポーツを、こんな風に表現できるんだということがとても新鮮だったし、そのとき、自分もグラフィックデザイナーを志そうと決めました。その時に購入した作品集は、今でも大切に保管して時々見返しています。

マックス・フーバーの作品集『Max Huber』より。

ーー多摩美術大学卒業後、資生堂宣伝部に入社するわけですが、それはお父さんからの影響も?

父から刷り込まれたものはあったかもしれませんが、大学に資生堂の仕事をしていた教授が複数名在籍していたことから、資生堂のクリエイティブに触れる機会が多くあったというのも、理由のひとつです。

ーー小林さんが初めて手にしたアートは?

現代美術をコレクションするというより、どうしても職業柄、ポスターなどの公共的な用途のあるものをコレクションすることが多いのですが、初めて購入したものは、田中一光さんのポスターです。1981年にカリフォルニア大学で開催された日本舞踊公演のものですが、日本のグラフィックデザインというと、このポスターと、亀倉雄策さんの1964年東京オリンピックのポスターは、必ず名前が挙がるほど象徴的な存在です。僕も造形や色彩を軸に表現しているので、この田中一光さんの仕事からとても刺激を受けています。これは僕のモチベーションを高めてくれる存在になるだろうと、独立するタイミングで思い切って購入しました。

1981年制作の田中一光によるポスター「Nihon Buyo for UCLA」

ポスターを公共的な用途としてではなく、観賞用として個人が所有するのは本来の目的とは異なるかもしれません。でも、デザイナーとしては制作したものが一過性の告知物というだけでなく、その後も長く魅力を伝え続けるような視覚的強度をもつものでありたいと思うので、自分がデザインしたものをこのポスターの隣に置いて、図案や印刷の色彩の強度をどこまで上げるかを比較することもありますし、自分の仕事のガイドというか基準のような存在です。

ーー他にはどんなポスターを集めているんですか。

ポスター自体、流通している量は少ないので、少しずつ自分が美しいと思ったものだけを集めています。ル・コルビジェのポスターも自分にとってのガイドのひとつです。ル・コルビジェがデザインし、印刷はムルロ工房によるポスターなのですが、シルクスクリーンならではの色の強さがあり、黒の作り方や色彩面での強度がとても参考になるんです。印刷のクオリティの面でひとつの基準になっている作品です。

1963年6月23日〜9月15日にかけて行われたル・コルビジェによるタピスリー展に合わせて制作されたポスター。

大貫卓也さんの展覧会「ヒロシマ」のチラシは、デザインの潔さに衝撃を受けました。この大きなテーマに対する回答として、素晴らしいデザインだと思います。それ以外にも、友人の作品、自分が初めて個人案件として受けた仕事などを飾っています。どれも、自分にとって刺激になるもの、これからの仕事に対してひとつの基準になるものです。

 

説明しすぎない、少しわかりにくいデザインが面白さになる

ーー部屋には、おもちゃもたくさんありますが、これは昨年の「Play Time」展の参考にしたものですか。

実は、僕の仕事部屋の一部は、子供の遊び場にもなってまして(笑)。子供が生まれてからよくおもちゃを買うようになりましたが、おもちゃには、子供が喜ぶようにリサーチされたおもちゃと、使い方はよくわからないけれど子供にこういう体験をして欲しいという視点で作られたものという、2つの方向があるように感じます。特に後者は、大人にとっても面白いんですね。デザイナーや職人が何を伝えたいかが明確で、その一方で、子どもたちの想定外の遊びも受け入れる器の広さがあるのがわかります。ここでいう器の広さというのは作りの良さ、素材の強度ですね。古いおもちゃのなかには一体どうやって遊ぶのかわからないものもあります。普通はわかるように作ると思うのですが、遊びが抽象化されているので、自分たちで遊び方をみつけられます。これは機能が曖昧で限定されないおもちゃならではの面白いところで、そういったものは子どもたちの創造性を育んでくれると言いたくなるのですが、育まれているのは大人の方だとも思わせてくれます。

スイス製のエリプソというおもちゃ。ひも状につながったパーツが様々な形に変化し、大人も楽しめる。

ーー小林さんのデザインに共通するものがありそうですね。

そうですね。デザインで説明しすぎると、受け取る側の楽しみを奪ってしまうような気もして。飲食系の案件も多いんですが、何度も通うお店のパッケージなら、ビジュアルで主張する必要もそんなにないというか。ずっと通ってきて飽きがこない、普遍性と曖昧さが同居したようなデザインの方が面白いんじゃないかというのは意識しています。

ーーデザインを考えるとき、どんなところからインスピレーションをもらうことが多いのでしょうか。

仕事の内容によりますが、まず現場に足を運んでリサーチを重ねて、その地域で集めた資料や書籍から裏付けをしていくようなこともあります。それは企画の段階のことで、造形面は移動中に考えています。今、大学で教えているので通勤の電車の中で、ノートと鉛筆でひたすら図案をスケッチしています。これは大学生の頃からの習慣で、会社員の時は満員電車の中でもやっていました。つまり電車は机だと思うようにしていて、通勤時間は時間が決まっているので、タイムトライアルのように集中できるんですよね。乗り換えで一度頭を空にして、もうひと集中もできますし。隣の席に座った人は何をやっているのか不思議でしょうけど(笑)、僕にとっては大切な時間です。

ーー何度も見返す作品集はありますか?

先ほどのマックス・フーバーの作品集と、アーミン・ホフマンの作品集です。僕もいつもモノクロで作図をするので、モノクロの造形表現、図面構成はかなり参考にしています。余白の潔さだったり、この1年半ぐらいは、ベンチマークにしていたデザイナーでした。昨年、展覧会があったので、ポスターを買おうかと迷ったのですが、いつか手に入れられたら。

ーーこれからアートを購入しようと考えている方にとって、ポスターは入門になるかもしれませんね。

自分の場合は仕事と結びつくところはあるんですが、自分の感覚を信じて、美しいと感じたものを買ってみるといいかもしれませんね。部屋に合わないんじゃないかと心配になるかもしれませんが、好きなものを少しずつ集めていって、お気に入りのものに満たされていくと、自然と部屋の雰囲気も変わっていくんじゃないでしょうか。好きなものに囲まれているのは、素敵な暮らしですよね。それが何かしら仕事に結びつくものだったら、自分の仕事に対しても、良い刺激を与えてくれるかもしれません。

hajimeteart

 

DOORS

小林一毅

グラフィックデザイナー

1992年滋賀県生まれ。多摩美術大学を卒業後、資生堂を経て2019年に独立。16年東京TDC賞、19年JAGDA新人賞、日本パッケージデザイン大賞銀賞を受賞。Pentawards Silver受賞。スパイラルマーケットと共同で「IKKI KOBAYASHI+S」を発表。

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