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2025.07.16
【前編】時を経た民間仏と漆器の表情に魅せられて / 連載「作家のB面」 Vol.34 石塚源太
Text / Yu Ikeo
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
訪れたのは、京都は亀岡市にある石塚源太さんのアトリエ。制作途中の作品と共に迎えてくれたのは、石塚さんが趣味で蒐集する古い民間仏と漆器の数々。当時の暮らしや時間の重みが感じられるそれらを手に取りながら、蒐集のきっかけや、それぞれの魅力について話を聞いた。
三十四人目の作家
石塚源太
乾漆技法による有機的・流線的な抽象造形や、研ぎ出しで宇宙的な空間を表現した平面作品を制作。漆という自然素材のふるまいの中に根源的な美を捉え、漆特有の透明な「皮膜」と艶から喚起される知覚経験を主題に、制作を続けている。
《Taxis Groove-Flow Motion》(2024 漆、麻布)乾漆技法 Photo:Takeru Koroda
写真左:《感触の表裏(壁面)#5》(2021 漆、麻布)乾漆技 Photo: Takeru Koroda, Courtesy of ARTCOURT Gallery.
写真右:《つやのふるまい#8 》(2016 漆、麻布、針金、2wayトリコット)乾漆技法 Photo:Takeru Koroda
物への執着心って、一体何だろう


京都府亀岡市にある石塚さんのアトリエで取材スタート。蒐集している漆器が机にずらり
ーーたくさんありますね。長い間、集めているんですか?
集め出したのは結構最近で、2017年頃からです。きっかけは、2018年にはじめて海外で自分の個展をしたことです。ロンドンだったのですが、展示した20数点が全部売れて。当時の僕はそれこそ海外では無名でしたから、思いもよらぬことでした。ですが反面、作品が全部持っていかれてしまうという恐怖心と、自分も何かをインプットしなきゃという危機感めいたものが芽生えてきたんです。それに、決して安くはない作品を熱量をもって買ってくださる人たちに共通する、物への執着にも似た気持ちは一体何だろう、という問いも生まれて。自分だったら、何にそこまでの気持ちを持てるのか、と考えるようになりました。
ーー思わぬ出来事から、所有に意識を向けるようになったと。
同じ頃に出会った、フランス人のエドワードという友人も大きなきっかけをくれました。彼は日本が好きで、年に2度は来日して各地の骨董屋や蚤の市に足を運ぶような人なんです。パリにある彼の家を訪ねると、こういう民間仏や漆器がズラーと並んでいて。それらは、僕の全く知らない日本の姿でした。それに結構衝撃的でした。彼を通して新たな視点を学んだ感じがしました。以来、彼とは蚤の市や骨董屋に一緒に行ったり、蒐集品を見せ合う仲になりました。ちなみに彼のパートナーも古書のコレクターで、家中が古物と古書で溢れかえっている。彼らには、所有欲に抗えない人間の性(さが)みたいなものを見せつけられた気がします。
ーー日本の再発見と所有への興味が、こうしたものの蒐集につながっていったんですね。
そうですね、自分も何か気になるものを側に置いてみたい、という気持ちになったというか。それが1個から2個に、2個から3個になって、どんどん増えていきました。
既存の価値観に囚われない庶民の生活の美


石塚さんが蒐集している民間仏のコレクションはすべてに独特の味わいがある。写真下は小槌を持った大黒様
ーーまずは集めている民間仏について教えてください。
主にいわゆる仏師ではなく一般の方が作ったであろう、木彫りの像です。モチーフとしては、商売繁盛・家内安全を祈願する恵比寿様や大黒様が多いですが、弘法大師様や土着の神様の場合もあります。仏様と言いつつ、守り神のようなイメージでしょうか。東北のものが多いです。大抵は、民家の囲炉裏の上に設けられた神棚のようなところに飾られていたそうです。どれも元は白木だったと思うのですが、煤で黒くなっています。
ーーお気に入りはどのあたりですか?
大黒様なら俵の上に乗って大きい袋を持っていて、恵比寿様なら鯛を抱えている、といった特徴があるんですけど、例えばこの恵比寿様。(写真下の胸のあたりを指して)これ何かな?と思ったら、背中につながっていて、鯛だった。


もう、これは時空が歪んでいるだろうっていう。もしかして現物を見たことがなくて、聞いただけで作ったんちゃうかって。三次元の捉え方が独特すぎる。この感覚は自分のものづくりにはないなと。単に下手ウマだから気になる、というのでもなく。
ーーどういうことですか?
僕は京都の芸大卒ですが、例えば粘土などの模刻では、三次元の立体をいかに写実的に作るのか、みたいなことが美術教育の基礎にあったわけです。だから民間仏を見たとき、全然ちゃうやん!みたいな。価値観に縛られていないものを見るのは面白いなと思ったんです。


「これは首だけなんやけど、意図がよう分からん。でも気になりますよね」
ーー同じ作り手としての視点が興味深いです。お椀についても聞きたいです。
僕が好きなのは江戸・明治あたりの「時代椀」と呼ばれるものです。それも田舎の方で作られた、力強いお椀を好んで集めています。当時は機械が浸透しておらず、手回しろくろで木地を挽いていたので、形が楕円に近いというか、結構いびつなんです。これは僕の持論ですが、手回しろくろだと、木目の強さに負けてしまうからなんじゃないかと思います。そこがまた魅力的だと思います。


手作業で木を削ったような無骨な味わいがある「合鹿椀」
ーー確かに、どれも野生味がありますね。
例えばこれ。石川の能登半島の、今は無き柳田村という村で作られていた「合鹿椀」と呼ばれるものです。今みたいに豊かではなく、精米技術も発達していないですから。穀物を水でふやかして量を増やして食べていたので、(椀が)少し大きいと言われています。高台が高いのも、地べたで食べていたので、(高台が)机の代わりだったんでしょうね。

古本屋で買ったという合鹿椀の書物を見せてくれた石塚さん
はじめて見たときはショッキングでしたね。なんだこれは、って。自分が習ってきた漆って、いかに表面を滑らかに仕上げるか、凹みをなくすか、ってことだったんですけど、(合鹿椀は)全然そうではなくて。貴重な漆を余すところなく使うためだったんでしょうけど、漆の不純物(*1)はそのままのところもあるし、刷毛目も残ったままで、とりあえず塗ったっていう。でもそのことで、木の荒々しさが出ていて、おおらかで力強い。自分の中の漆の概念が揺らぎました。これも漆やねっていう。
*1……漆の木を掻くことで採取する漆は、精製などの工程を経て純度の高い質感の上塗り用の漆となる。これを仕上げ材として用いることで光沢のある質感が生まれるが、当時としても貴重な物だったので、その工程を省略していたのかもしれない。
古物の背景に想いを馳せて


ーーそれぞれどんな方が作っていたのか気になります。
民間仏の多くは、大工さんが端材を使って仕事の合間に作ったものだろうと言われています。この白いのは(写真下)、九州のもので、おそらく鏝絵(こてえ)の職人さんが余った漆喰で塗ったんじゃないかなと。形が似ているものは、もしかしたら販売目的で作られていたのかもしれません。

白い大黒さま。下部に米俵のようなものも見える
お椀の方は、職人さんなのか、もしかしたら農家さんが農閑期に作っていたのかもしれません。木材の樹種は地域ごとに色々ですね。こういう古いものの背景って、民俗学とか民藝とか考古学とか色々なジャンルにまたがってくるので、そこでまた新たな学びが得られるのも面白いです。
ーーどういうところで購入しているんですか?
蚤の市とか骨董屋さんですね。京都市内にスタジオがあったときは西陣にある〈こっとう画餅洞(わひんどう)〉さんによく行っていました。他にも京都でよく購入させてもらったのが、〈Gallery啓〉というお店です。去年不慮の事故で亡くなられたのですが、川崎啓さんが運営されていた古布のギャラリーです。啓さんは、木綿以前に日本人は何を着ていたか?をテーマに、自然布と呼ばれる古布の研究と蒐集・販売を同時にされていた方ですが、民間仏も好きで集められていて。この10年ほど、行く度に色々なことを教えてもらい、たくさん勉強させてもらいました。啓さんに「ここが良いでしょう」と言われたら「ここ見るんや……」となり、「ここに穴が空いているでしょう。釣竿が刺さってたの」と言われれば「そうなんや!」って。


石塚さんのアトリエにある古物や民藝、工芸に関する書籍。下は川崎啓さんのご著書
ーー古物の背景や、それを後世に伝えることを大事にされていた方だったんですね。
歴史の教科書には、今で言うトップの勝者たちの動向が残されているだけで、庶民の人たちの暮らしについてはほとんど言及されない。啓さんはそこに疑問を持って、ものすごい熱量を燃やして、古物の背景にある庶民の暮らしや、そこに宿る美しさを伝えようとしていました。啓さんも、物の見方を教えてもらった方がいたそうです。啓さんやエドワード、各地の骨董屋さんもそうで、そういうメンターのような方との出会いや交流があったからこそ、僕も色々と興味が持てたのだと思います。
時間を経たものが当たり前に存在することの尊さ

ーー古物は物と共に知恵も受け継がれていくところがあるんですね。
そうですね。僕は後世に残そうという感覚はまだないですけど、いずれそういう思いは芽生えてくるだろうなと思います。自分が死ぬとき、(蒐集物を)一緒に燃やしてくれとは言えないですし。日本では、例えば蚤の市に行ったら江戸時代の物が割と手の届く金額で売っていたりしますけど、数百年前の物が残っているって世界的に見たらすごい話みたいです。王政が入れ替わる度にその時代のものは処分しているから一切残っていない、という国もあると聞きます。
ーー特に京都などでは、神社仏閣しかり、伝統工芸しかり、古い物との出合いが日常的にありますよね。
漆もそうです。漆は1万年近く前のものが見つかっていますが、その技術が脈々と受け継がれ、今も同じような手法で続いている。やっている側からしたら当たり前なんですけど、ヨーロッパでは産業革命で工業化が成功した代わりに手工芸が滅びた国もあるわけで。彼らからしたら、今も変わらぬ手作業で粛々とやっていることが、驚きのようです。

日本の陶芸だと、昔ながらの登窯で焼いて、偶然生まれた形の中に景色を見て、宇宙を感じる、みたいなことが今もあります。また世襲制がものづくりの中で続いている。日本にいると、そういう工芸観を受容しているんですけど、海外の人はすごくスペシャルなこととして捉えている。それを受けて僕も、時間を経たものが当たり前に存在することの尊さを感じるようになりましたね。
ーー海外の方の視点を介して、古いものの尊さに気付いたと。
やっぱり100年、200年前の物を持って、そこに宿る時間も所有できる感覚って、現代の物では味わえないんじゃないでしょうか。そういう時間を含んだ表情が見られるっていうのも、古物を集める醍醐味かなと。作り手としても、同じ漆という素材を使ったとしても、僕は時間が生み出す表情は作れないので。僕の生きているうちは、到底たどり着けない。だから、僕は敬意も込めて(古物を)近くに置いています。

Information
石塚源太「Absence」
漆の抽象造形を追求する石塚による、不在をテーマにした作品展。これまで漆の艶によって表現の可能性を広げてきた石塚ですが、今展覧会ではマットな塗りの光沢と穴の空いた新たな造形シリーズ《Membrane Spot》(2025〜)によって、内部の空洞を露わにし、「不在」を内包する「皮膜」の存在そのものを、自身の漆表現の本質として考察します。さらに、現存する乾漆像などの一部分「残欠」に着想を得た半立体の壁掛け作品や、《Taxis Groove》シリーズの新作と合わせて、石塚の新たな挑戦を紹介します。
会期:2025年6月21日(土)~7月26日(土) ※日曜・月曜・祝日休廊
営業時間:11:00~18:00(土曜は17:00まで、 7月25日は天神祭による交通規制のため15:00まで)
会場:アートコートギャラリー
住所:大阪府大阪市北区天満橋1丁目8-5 OAPアートコート 1F
公式サイトはこちら
ARTIST

石塚源太
アーティスト
1982年京都生まれ。京都市立芸術大学工芸科漆工専攻卒業後、 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(ロンドン)での交換留学を経て、2008年に京都市立芸術大学大学院工芸科漆工専攻修了。2019年「ロエベ・ファンデーション・クラフト・プライズ 2019」大賞受賞。2024年「京都市芸術新人賞2024」で京都府文化賞奨励賞を受賞。京都市京セラ美術館を始め、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、大英博物館、ミネアポリス美術館に作品が収蔵。
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