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2025.07.16
【後編】レディメイドと漆。磨くことで現れる生命のような皮膜 / 連載「作家のB面」 Vol.34 石塚源太
Text / Yu Ikeo
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
アトリエで石塚さんの蒐集の話を聞いた後は、大阪にあるアートコートギャラリーへ。ここでは現在石塚さんの作品展「Absence」が開催中だ。漆と人間の知覚的な応答を積み重ねていくような制作の態度はそのままに、「不在」というテーマを考察した作品が並ぶ。これらの作品を入り口に、素材としての漆について、また制作における蒐集物からのインスピレーション等について話を伺った。
漆の有機的な生々しさに形を与えていく

アートコートギャラリーへ向かう前に、アトリエで作品制作について話を伺った。石塚さんの頭上には制作のスケッチやイメージなどが貼られていた
ーー石塚さんの作品はそれぞれの姿・形から、色々なものがイメージできて面白いです。どのように作っているんですか?
胎(たい)と呼ばれる原型を作ってから、麻布を漆で貼り固め、その上に漆を塗り重ねて表面を仕上げています。「乾漆技法」と呼ばれる技法です。ですが今回は、そこから乾燥後に内部の胎を取り除いて完成させた作品を主に展示しています。これは「脱活乾漆技法」と呼ばれます。

《Taxis Groove (Torn)》2025、Photo: Takeru Koroda, Courtesy of ARTCOURT Gallery.

アトリエに置かれた制作中の作品たち
ーー乾漆技法と脱活乾漆技法。難しそうな用語ですね……。
どちらも元々は、奈良~平安時代に盛んに行われていた仏像の制作技法です。木彫や寄木造りが発達したことで衰退してしまいましたが、今も興福寺の阿修羅像(脱活乾漆造)などで見られます。中身が空洞なのですごく軽く仕上がります。
ーー造形を考える際に、どんなことを大事にされているんですか?
漆を塗ることでさまざまな表情が演出されるんですが、漆って、元を辿れば樹液ですよね。人が漆の木から掻き集めてきたものです。そういう素材が本来持つ有機的な生々しさを、どうしたら生かせるか、と思考を巡らせながら造形をしています。原型の上に塗るという点で、漆には「皮膚」としての役割もあります。中身を守ったり、押さえ込んだりする力を持つものとしての皮膚。作品制作では、そういう外へ押し出す力と内へ押し込める力のせめぎ合いが生まれるようにしています。

《Inner Cycle》2024、Photo: Takeru Koroda, Courtesy of ARTCOURT Gallery.
――「押し出される」とか「押さえ込む」力を表現するために、原型はどんな物で作っているんですか?
例えばこの作品はアルミのダクトホースを連結させて作った形を、伸縮性のある布で包んでいます。内外に向かう力による自然なエネルギー関係が、自立して、そのまま作品の表皮を成り立たせています。その形には必然性があって。そこに漆の表情が宿って、さらに研いだり塗ったりという人為的な行為が重なっていくことで、表面がより有機的に見えてくるっていう。そういう漆の生命感だったり、漆に対する人間の知覚的な現象だったりを、表現できたらと思いますね。

写真の上部にあるのがダクトホース
ーーインスピレーション源になったもの等はありますか?
皮膜としての漆を強く意識したのは、何年か前に人間ドックで胃カメラの検査を受けたときでしたね。モニターに映った自分の胃を見たり、十二指腸の壁に器具に押される感覚が皮膚を通して伝わってくる、といった自分の体験が、皮膜を扱う漆のイメージに重なってきて。そうした身体的経験と、自分がやっている制作のつながりを感じることは結構あります。あとは映画『エイリアン2』も(苦笑)。船員のお腹を突き破ってエイリアンが出てくるシーンがあるんですけど、それを小学生の頃に観て、かなりショックを受けて。皮膜としての漆のイメージを考えるときに、その記憶とつながったりもしました。
まずは半径5mくらいの範囲から探す


ーー生命感など、作品が宿す大きな概念に対して、材料がダクトホースというのが意外でした。なぜダクトホースだったんでしょう?
美大生の頃、発泡スチロールで自由に形を作り、漆を塗るという授業があったんですが、僕は発泡スチロールを削ることに抵抗があって。針金とかでフレームを作って今と似たような感じの立体を作っていたんです。当時は意識していなかったんですけど、今振り返ると、漆とは何ぞやというのを追い求めていたんじゃないかと思うんです。自分の着眼点を持ち、漆をどう定義づけていくかっていうのが命題としてあった。それは今も続いているような気がしますけど。
ーーそれは発泡スチロールではできないことだった。
発泡スチロールだと形を作ったとしても、そこに意味づけは難しいですよね。自由な造形で、存在感はでるかもしれないけど、そういうことでもないだろうなって。ダクトホースに関していうと、チューブ状のものって、エネルギーや生命力の比喩として見ることができるかなと思ったんです。人間の器官や、植物の葉脈も全部チューブですし。力学に沿った無理のない形が作れて、結果的に人が作り込みすぎない形になるのもいい。
ーー安価で色々試せそうです。
有機的なイメージに向かって、そういうレディメイド的な素材を用いることで、人工と自然のちょうど中間的なものを表現できるんじゃないかなとも思います。そこを(目指すのに)ゼロから表現するっていうのは、ちょっと自分の意図が入りすぎて気持ち悪いかなという感じがあるので。

《Stellar Dance》2018 (Detail)、Photo: Takeru Koroda, Courtesy of ARTCOURT Gallery.
ーー過去の平面作品でもカッターナイフの刃が使われるなど、身近な日用品を積極的に取り入れている印象があります。
きっかけはたぶん幼少期だと思います。親が物欲だったり物を買うことに肯定的なタイプではなく、オモチャもなかなか買い与えてもらえない家で。新聞紙や菓子箱みたいに家にある物でずっと工作をしている子どもでしたね。だから、物を作るときにまずは半径5mくらいの範囲から探すっていうのは、自分のもの作りの原点にあるんじゃないかと思います。京都の芸大に入ったら、そういう工作感覚がレディメイドやブリコラージュという概念になっていることを知って、間違っていなかったんかなと思いました。割とそういう発想で作ることが、オリジナルにもつながっていくんじゃないかなと思いますね。

Absence(不在)が引き出す想像力


アトリエを後にして「Absence」の会場へ
ーー大阪のアートコートギャラリーで「Absence」をテーマに発表された、新たなシリーズについて教えてください。
主体が無いのにそれだけで成立している作品、ということで「Absence(不在)」と名付けました。これまでの作品も、漆は薄い表皮でしかなく、自分にとっては漆の「皮膜」を制作している感覚やったんですけど、塊なので中身があるように見えるし、そのことの分かりにくさを感じていました。2019年頃に、立体作品を壁掛けできるようにと半分にカットしたら、自分の造形が本当に皮膜で成立していることを再認識させられたんです。本当に空っぽなんやなと。それがきっかけで、胎を取り除く<Membrane Spot>のシリーズを作ることになりました。

《Absence, Presence》2025、Photo: Takeru Koroda, Courtesy of ARTCOURT Gallery.

ーー中身を空洞にすることで、皮膜の存在がより際立ったと。
そうですね。もう一つ、同じ「Absence」をテーマに、半立体の壁掛け作品も発表しています。骨董の世界では、器や仏像が破損してできたパーツを「残欠」と呼ぶんですが、それに着想を得たものです。奈良国立博物館の仏像館には、仏像などの残欠がずらりと並んでいるコーナーがあって。そこには、螺髪(らほつ)の一欠片だったり、仏手だったり、というパーツだけで見る面白さがある。断面や構造が垣間見られたり、その先に何があったんだろうと想像力を掻き立てたりもする。そうした残欠のあり方に興味があって、自分が作品から削ぎ落として色見本や仕上げのサンプルとして活用しているパーツも、同じように捉えることができるのかな、と思ったんです。

残欠シリーズを覗き込む石塚さん

《残欠のアフォード》2025、Photo: Takeru Koroda, Courtesy of ARTCOURT Gallery.
ーーメインの作品のためにカットしているので、残欠は無作為に作られたものですよね。それなのに存在感があるのが不思議です。
端の処理や色は作品用に仕上げてはいますが、元々はどれもスタジオに転がっていた破片で、そこで見つけた形を作品にしているだけです。
制作と蒐集の間で考えていること

ーー石塚さんの中で、こうした作品制作と民間仏や時代椀の蒐集ってつながっているものですか?
直接的にってなるとわかんないんですね。この技法を真似しよう、ということでもないですし。ただ、体験をしながら勉強している感覚はあります。僕は漆といっても使う物ではなく、見る物を作っていて、漆の表情だったり触覚がどうのとか考えていますけど、漆を生活の中で使うことも勉強かなと。技術の習得だけが作家じゃないと思うんで。

ーーアトリエで見せてもらった器の中にも、実際に使っているお椀もありますか?
いくつかあります。汁物だけじゃなく、やっぱりご飯もお椀で食べると美味しいなとか、パスタやカレーとか割と何でも受け止めてくれるので、使い勝手も良いなとか。漆は使う分にも魅力的な素材だと思います。
ーー同じ素材という点で、作品とお椀の距離感が気になります。石塚さんは古物を作品に直接取り入れることもないですよね。
やっぱり尊いんでね、古いものは。対して作品は自分のエゴになってくるんで、そこに招き入れることは別にしなくていいかなと思っています。むしろ作品と古物がいい具合に離れているから、並行して成立している部分があるのかも。2つは、今はまだつながっていなくていいんじゃないかなと思うし、もしかしたらいずれどこかでつながるのかもしれないですし。そこはわかりません。
ーー長い時間や庶民の暮らし。そうしたものを伴う古物というフィルターを通して見る石塚作品は、また新たな視点を与えてくれそうです。
古い物に触れていると、自分の作品も100年、200年後はどうなっているんだろう、と思いますね。やっぱり残ってほしいですから。こうして時間を遡ることで、その先の未来が見えるんじゃないかなと思います。

Information
石塚源太「Absence」
漆の抽象造形を追求する石塚による、不在をテーマにした作品展。これまで漆の艶によって表現の可能性を広げてきた石塚ですが、今展覧会ではマットな塗りの光沢と穴の空いた新たな造形シリーズ《Membrane Spot》(2025〜)によって、内部の空洞を露わにし、「不在」を内包する「皮膜」の存在そのものを、自身の漆表現の本質として考察します。さらに、現存する乾漆像などの一部分「残欠」に着想を得た半立体の壁掛け作品や、《Taxis Groove》シリーズの新作と合わせて、石塚の新たな挑戦を紹介します。
会期:2025年6月21日(土)~7月26日(土) ※日曜・月曜・祝日休廊
営業時間:11:00~18:00(土曜は17:00まで、 7月25日は天神祭による交通規制のため15:00まで)
会場:アートコートギャラリー
住所:大阪府大阪市北区天満橋1丁目8-5 OAPアートコート 1F
公式サイトはこちら
ARTIST

石塚源太
アーティスト
1982年京都生まれ。京都市立芸術大学工芸科漆工専攻卒業後、 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(ロンドン)での交換留学を経て、2008年に京都市立芸術大学大学院工芸科漆工専攻修了。2019年「ロエベ・ファンデーション・クラフト・プライズ 2019」大賞受賞。2024年「京都市芸術新人賞2024」で京都府文化賞奨励賞を受賞。京都市京セラ美術館を始め、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、大英博物館、ミネアポリス美術館に作品が収蔵。
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