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2025.11.26

石の彫刻はその時間性を鑑賞する。大田区役所の中岡慎太郎作品から / 連載「街中アート探訪記」Vol.46

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは蒲田駅前にある大田区役所本庁舎。この入口には中岡慎太郎作の石彫の作品が2つある。公共施設の前にあるような作品をじっと鑑賞をするという本シリーズの一丁目一番地のような回となった。

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区役所にある素朴な作品をじっと見る

大北:蒲田駅前にある大田区役所にやってきました。建物自体は古そうですね。区役所だからずっとあるものですよね。
塚田:いえ、大田区役所は別の場所にあって、1998年に無人ビルだったここに移ってきたそうです。その時にできたパブリックアートでしょう。

『ドリーマー』中岡慎太郎 1998年@大田区役所本庁舎

塚田:素朴ですね。今まで見て来た中でもかなり素朴なタイプです。
大北:石なのに、可愛らしさを感じますね。縄文土器のようなイメージもあります。
塚田:形、可愛いですよね。
大北:曲線だからですかね。丸くて人っぽい形をしてると可愛らしさが。脚の分かれ目もあるしこれは人ですよね?
塚田:「あえて形を言い切らないままにしておき、見る側に想像してもらう」というようなことを作者は言ってます。人のようであるけど異なるオブジェ性を湛(たた)えているというか、微妙に人ではないぐらいの感じも含ませたいのでしょう。
大北:なるほど、人間という形を抽象的に捉えたもの、くらいですかねえ。

『マイ・ファミリー』中岡慎太郎 1998年@大田区役所本庁舎

大北:こちら側の『マイファミリー』はもうめちゃめちゃ人っぽいですが。
塚田:タイトルがすでに人を連想させますね。
大北:区役所だから平和な家族像でいいですね。
塚田:でも形として人間の特徴は最小限に抑えられています。先史時代の土偶も女性だったら胸部と腰部を強調しますけど、それをさらに抽象化したようなものになってます。なにかを模倣するというよりは存在を彫り出して、理想的な形に立ち会うみたいな。
大北:最初は形を決めずに彫ってるのかもしれませんね。
塚田:ただ、こっちが母、こっちが父みたいな雰囲気はありますね。
大北:そうですね、高さや太さで。
塚田:膨らみ方はもう人間じゃない感じしますけど。
大北:『ドリーマー』の方がより人らしい形してますよね。『マイ・ファミリー』はタイトルもそうですが、3体あることで並べると家族に見えてしまう我々の認識の不思議。

石を削る手間と技巧を見る

塚田:資料で見たときは何枚も重ねているのかなと思ってたんですが、そう見えるように削ってあるんですね。
大北:あー、ほんとだ。これは一つの塊なんですね。線を入れていくような感じが。
塚田:ダイヤモンドカッターで石をガーッて削っていくようです。上から見るとイメージがしやすいですが、一周ずつ彫るんでしょうね。

塚田:寄って見ると均一性はなく、変化に富んでいる。地道に作られているんだなということがわかりますね。
大北:波打ったりギザギザしてるのを見ると欠けたりもするんでしょうね。
塚田:不規則に欠けてますもんね。東京ミッドタウンで観た安田侃さんの作品とはもう全然違うものですよね。
大北:こっちは穴が開いてなくて、ドーンとある。
塚田:量感は同じような感じで、石だから存在感がすごくあるんですけど。安田侃作品はもうひたすら磨いて。
大北:こっちはひたすらギザギザで。
塚田:この素朴さはその手仕事感がそう思わせているのかもしれませんね。
大北:工具があるといっても石ですからねえ。いやあ、大変だなあ。
塚田:1回割れちゃったら元に戻せない。戻すこともできるんでしょうけれども、粘土とかとは違った緊張感がありますよね。
大北:そっか、石は割れるんですね。
塚田:石彫は誰でもできるものではあるんだけども、ある程度練習が必要な技法ですからね。
大北:ですよね。自分がやるなら工具あっても割りそう。
塚田:足の間も全部ちゃんと削ってる。

大北:となると一周一周に成功と失敗があるのかなあ。
塚田:次の一周はもうちょっとこうしてみようかっていう試行錯誤の連続なんでしょうね。あるいはあえてそうした作為は考えないようにしているかもしれませんが。
大北:これ自体、見る人によっては信じられないような超絶技巧なのかもしれませんよね。
塚田:技巧系ではないと思いますけど、石の状態や不確定な要素と色々向き合いながらやってるんでしょうね。

大北:後ろもちゃんと作ってるんですね。
塚田:彫刻はどこから見てもいいように作られますね。首の形とかかわいいですね。
大北:父の背中だ。
塚田:大黒柱に微妙になりきらない父親らしさが。勝手な解釈ですが、とにかく親しみがある。
大北:ものすごくたくさんの数の人が通るからかわいらしさは重要なのかもしれないですね。愛着がわきやすそう。これって一連の作品なんですかね。
塚田:そうですね、シリーズというわけでは無さそうですが、こういう風に全体を削るタイプのものは他にもあります。ただ一部分だけ削るタイプもあって、上半分は滑らかな仕上げで下がギザギザ、というのもあります。
大北:検索でバーッと見てみると、これ全部人だと思っちゃいますね。
塚田:でも微妙に人っぽくないですよね。

彫刻の素材の変化の時代に

大北:作者は中岡慎太郎さん。大田区に関係された方なんですかね?
塚田:この方自身は大田区の出身でもないし多分別に関係ないと思うんですね。キャリア的に言うと1957年生まれで80年代ぐらいに野外彫刻展やコンペで受賞を重ねて、バブル景気の後押しもあってかパブリックアートをいつくかのとこに作ってます。
大北:なるほど。彫刻作家においてもパブリックアートが置かれやすい時代に精力的に活動できるというのは重要ですね。運というか。
塚田:そうですよね。石ってそもそも重たくて輸送費がかかるので。展覧会の場合でもお金かかるなっていうところはやっぱりありますね。
大北:だからこそインパクトあるなってことでもありますね。
塚田:大きくて重たそうだし。
大北:区役所来たなって感じしますよ。機能のない大きなものをドーンと置かれたらなんらかの公共性を感じますよ。パブリックアートの役割として公的な威厳を与えるというのはあるんじゃないですか。
塚田:そうですね。ただでも企業でも商業ビルとか本社のエントランスに何かしらアート作品はあったりしますよね。
大北:そうするとやはり石のファミリーらしさに区役所感を感じているのかも。

塚田:中岡さんが活動し始めたころは、現代彫刻においてもすでに工業素材などを使ったり、材料に多様化が起こった時代でしたがそうした中でミッドタウンでみた安田侃さんもそうですが、この中岡さんも石にこだわって制作しています。
大北:素材の話、この前見た青木野枝さんの鉄の作品でも出てきましたね。
塚田:ですね。安田侃は丁寧に丁寧に磨き上げて、人間の精神性に近づけようとするアプローチでしたよね。それと比べてみると、石そのものというか、石の存在感が立ち上がってくるような加工の仕方だなと思います。

大北:なるほど。めちゃくちゃ削ってはいるけれど、逆に石そのものを感じさせるんだ。石らしさを味わってくれよと。

石を彫るとはどういうことか

塚田:特に石ってそもそも自然にあるものなんで。加工されてなさっていうのも余計わかりやすい素材ですよね。
大北:金属や粘土みたいに混ぜたり溶かしたりしてないですよね。
塚田:産地から切り出されたまま、つまり大地から切り出されたままの状態から彫られたものが多い。このちょっと土偶っぽい感じがさらにこの石と相まって、長いタイムスケールを感じさせるような、謎めいた感じがありますね。
大北:素材的に今後ももちますしね。ずっとあるようなものを置こうってなったら、やっぱ石かなってなりますもんね。

大北:よく彫ったもんだと思いますが、これって「3Dプリントです」って言われたら、私達はげんなりしちゃうんですかね?
塚田:最近では人工大理石で作品を作る方もいます。僕がそんなに彫刻の素材に対するフェティッシュを感じないからだと思うんですけど「人工大理石か」と思うくらいで。
大北:人工大理石ってどういうものなんですか?。
塚田:最近では岡﨑乾二郎さんという作家の彫刻作品で使われているのを見ました。粘土で原型を作って、それをスキャン後、3Dプリンタで削り出すそうです。岡﨑さんの作品は人工大理石だから石っぽいのに粘土でこねたような形なのでそこが面白いポイントです。
大北:この形はすごく考えに考え抜かれたものなんだなとか思うとげんなりしなさそうか。
塚田:3Dモデルでこの細かな造形を全部やるのは大変でしょうしね。

大北:そう考えると、これはなんか人間の手慰みというか、手が動くままに作った形のような独特の造形がここにあるのかなあ。暇なときにぐるぐる模様を書き始めるみたいな。
塚田:この作品は作ってる時の気持ちを想像したくなりますね。こんなに凝ったのは意図的だったのかなとか。

時間を感じさせる形と素材

大北:それにしても作るのにも時間かかりそうですしね。
塚田:石それ自体がこの地球上でかなり長い時間をかけてできるものなんで長い長い「地球の時間」が凝固したものとも言えますよね。
大北:地球の時間の一部であったり、もしくはそれみたいだよねと。

塚田:この作品を人として解釈するならば、石と人の歴史が重ね合わせになってるみたいな。何十万年という歴史があるわけで。
大北:層になってる形は時間を感じさせますね。
塚田:地層のような見え方をしますよね。なにか長大な時空が中岡さんの彫刻には込められているような気がします
大北:「うわー、これだけ削るの大変そう」という思いは「時間がかかってる」ということでもありますしね。
塚田:手間暇の痕跡にもなってますよね。
大北:時間を表す形がこのミルクレープ形式の層だし、それは地層でもありますね。層は時間の形だ。
塚田:細かい絵もそうですが。手間暇が可視的になっている。
大北:人類も長いしなとか、大田区も今後も長くやっていくんだなとか。
塚田:当時の担当者の方はそういう願いを込めたんですかね。
大北:区役所に置くものとしては、人類と大田区の末永い発展を願うものがあるべきですよね。
塚田:そういう意味ではビビッ!ときたんでしょうね。

大北:他になにか…いや、ちょっと話の展開を欲しがってしまうところがありますね。
塚田:前回のイリヤ・カバコフの回が壮大すぎて。こういう素朴な作品をやれるのがこのシリーズのいいところだと思いますよ。
大北:「ようやくわかったぞ!」みたいなんじゃない。
塚田:見たまんまなところはありますね。
大北:区役所に置くものは「すぐわかる」が求められるかもしれないし。でも意外と長い間見てられますね。
塚田:やっぱりそこは手間暇かけられているからじゃないですか。

美術評論の塚田(右)とユーモアの舞台を作る大北(左)でお送りしました

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DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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