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2025.09.17
名古屋の青木野枝の彫刻に吹き抜けた風を感じる / 連載「街中アート探訪記」Vol.44
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは愛知県名古屋市の白川公園にある青木野枝の作品である。鉄の彫刻で国内でも屈指の人気を誇る青木野枝の特徴とはその風通しのよさにあるという。一体どういうことだろうか?
前回は代々木公園の仮囲いを鑑賞!

名古屋市芸術と科学の公園にあるオブジェ
大北:シリーズでは初の名古屋です。白川公園という市の科学館や美術館と一緒になった名古屋市の中心部のような場所で、今日はサーカスが来てて人でにぎわってます。
塚田:こんなに彫刻がたくさんあることは知らなかった。青木さんの他にもアントニー・ゴームリーら著名な作家の作品が公園内にありますね。
大北:埼玉県立近代美術館でもこういった感じでしたよね。
塚田:国際芸術祭の「あいち2025」に来た方はこっちもお薦めしたいですね。

青木野枝『無題』1993年 @白川公園
大北:ありました、少し陰になった場所ですね。うーむ。
塚田:大北さんがきょとんとしてる……。
大北:私の認知の第一層としては「大きな公園にこういう抽象的な彫刻作品があるよな~」です。
塚田:なるほど、いやわかりますよ。
大北:でもこうやって「見るぞ!」と立ち止まって見ると、檻っぽい?とか意味を探し始めたり、鑑賞が始まりますね。こういう形になったことへの言及とかはあるんですかね?
塚田:そこはあんまり作家さん本人も言わないですね。青木さんの場合ほとんどの作品がアンタイトルなんですね。辰野登恵子さんの時も話したんですけれども、再現的に何かを作るというよりは、出来事をどう作るか、どういう風な空間の巻き込み方をできるかというところなんでしょうね。

大北:人気のある作家さんなんですよね。毎回すみません、恥ずかしながら私は青木さんを知りません…。
塚田:青木さんは大人気ですよ。58年生まれ80年代前半デビューのベテランの女性彫刻家ですね。一貫して鉄の彫刻作品を作り続けてるんですが、その素材感とはうらはらな作品の佇まいが作家としての特徴です。
大北:鉄の彫刻っぽくない? どういうところがですかね?
塚田:悪い意味じゃないんですが、作品がスカスカなところですね。
大北:あー、これはたしかにスカスカしてますね。

彫刻における風通しのよさとは何か
塚田:多分これが大北さんの第一印象につながってると思うんです。「スカスカ」だから「よくわららない」となって、「現代美術ってこういうのあるよな」という鑑賞の手前で納得してしまう。なのでとりあえず「スカスカだな」ってところにまず向き合ってみましょうか。
大北:おっ、そういえば安田侃作品の回で彫刻とは「量感」を前提としたものだったって言ってましたね。
塚田:そうです。だから「あれ?」と思うじゃないですか。そこからもう一歩進みましょう。量感はないけれども、大北さんのイメージに浮かんだ檻って、空間を分割する働きがありますよね。
大北:たしかにどっちも内と外があるものですよね。空間を分割しているとも言えそう。
塚田:なのでそういう意味で捉えると彫刻としての存在感があるんだということが分かってくると思うんです。
大北:……なるほど、そう言われてようやく見えてきましたよ。分割してること自体を見ようと。空間全体が作品なんですね。

塚田:安田侃さんの時お話ししたように、作品に穴を開けるとかあるいは中に空間を作るとかそういった試みの過激なバージョンともいえそうです。
大北:あれよりも全然穴が開いてますよね。
塚田:青木さんの作品には隙間があって、風通しがいいことが特徴に挙げられます。やっぱり彫刻って、ある種その物がドーンってあった方がわかりやすい。
大北:量感ですね。
塚田:そういった彫刻に青木さんは違和感を持っていて、もうちょっと周りに風が通るような感覚が欲しいという思いがあったそうです。鉄板を線状に切り出して構成されたこの作品もいわゆる彫刻然とした量感とは異なる抵抗感が特徴的ですね。
大北:なるほど。抵抗感か……だけど風を通すのはなんのために?
塚田:安田侃回の時にも話しましたが、穴を開けることで周囲の環境との関係が生まれますよね。そうすると風通しがよくなって周りとの関わり合いが生まれる、ということです。
大北:向こうが見えたりとか。これもサーカスに来てる人たちが見えます。
塚田:作品と外界が区別されずに、ゆるやかに空間とつながっていく。青木さんは開放系の彫刻作家なんですね。
大北:なるほど、開放系かあ。

彫刻が空間とつながっていく
塚田:美術館の展示だとわかりやすいんですけど、空間全体を使って、床から天井まで柱を立てたり。吹き抜け空間を利用したり、青木さんは空間をダイナミックに使うんですよね。そして彼女の作品で特徴的なのは、作品をその場で組み立てるんですよね。
大北:え、アトリエで作ってないんですか?
塚田:もちろん全くのゼロからではありません。この場合だったら鉄の細い線状の素材だったり、青木さんは丸の作品が多いんですけどそういったパーツをたくさん作るんですよ。それを展示場所に実際に持ってきて組み上げることが多いそうです。
大北:組むと言っても鉄なので大変ですよね、重いし気軽にテストできない。
塚田:現場で溶接したり、ボルトやナットで固定するようです。でもそうすることで空間に立ち会った結果が作品として反映されている。つねにその場所でしか経験しえない作品ができる。
大北:スカスカしてて周りが見やすいでしょ、どころじゃなくて制作方法から周りと関係していくのか、徹底してますね。

ミニマル・アートを経て鉄を使う
大北:ドーンとしたとは「風通しがよくない」とも言えるんですね。
塚田:例えば青木さんが若かった頃はミニマル・アートが流行っていた時代なんですが、四角い大きな箱をドーンと置いて物としての存在感で空間をコントロールしてたわけです。
大北:「色んなものを削ぎ落としたのがミニマル・アートだろうけど、まだそこにはドーンとモノがあるじゃないか」という次の段階の話なんですね。
塚田:そうですね。鉄という工業製品を使っている点もミニマルアートとのつながりを感じさせます。
大北:あれ? それまでは彫刻に鉄を使うことっていうのはあまりなかった?
塚田:金属ですとブロンズでしょうか。20世紀に入ってからいろんな素材が彫刻の素材としてありなんじゃないか、となっていったんでね。
大北:でも加工が難しいですよね。
塚田:と思いきや青木さん自身は、鉄は加工はしやすい素材であると言ってます。溶接なら子供でもできちゃうし、青木さんはガスバーナーのようなもので切っているんですけど、切るのも力はそんなに必要ないと。熱すれば曲げるのも簡単ですし。
大北:ええ!? とはいえとはいえ……。
塚田:つまり青木さんが求めている造形的なレベルにおいては、扱いやすいということなんでしょう。そんなに高価じゃないというのも鉄を使い始めた理由だそうです。

大北:鉄だと酸化して赤くなってますね。
塚田:その辺りはもう折り込み済みでしょうね。青木さんは途中まで組み上げた作品をまた別の作品に使ってみたりもしてます。彼女は鉄という素材に対して面白い考えを持っていて「鉄は透明な金属である」と言っています。
大北:透明!?
塚田:火で切断する時に火花が散って、固有色が白トビしているような状態を指して透明であるといってるわけです。
大北:自分で切ってるときの視点だ。
塚田:内部の透明さが切断や溶接の容易さともつながって、鉄という素材に見た目とは逆の軽やかさだったり、自由自在に変化させることのできる可能性を見出すんですね。
大北:ああ、そういうイメージなんだ。鉄の人だ。誰かいたな……すいません、サッチャーでした。
塚田:意味が全然違う(笑)。

彫刻は組み合わせである
大北:こうしたスカスカさは向こうが見えたりする他にも効果あったりします?
塚田:空間との関わりが出てくるほど作品それ自体の要素が切り詰められていきますよね。これが鉄の線の組み合わせであるってことが前景化する。
大北:一本一本の線を束ねたんだろうなとかすぐ思える。
塚田:そう。そうした組み合わせによる彫刻はミニマル・アートというよりも、もっと前のいわゆる近代彫刻以降の価値観なんですね。
大北:普通の彫刻でなく、近代彫刻ですか。
塚田:ええ、西洋の彫刻史でいうと近代彫刻はデフォルメされた人体像とかを追求し始めるんですが、その他にも「彫刻ってものとものの組み合わせだよね」みたいな考え方も重要になってくるんですよね。
大北:へえー、彫るのも彫刻だけど、組み合わせるのも彫刻だろ、ってことですね。劇的な変化だ。
塚田:それを重要にしたのもやっぱロダンなんですね。
大北:あの!? そういうことを考えてたんですね(笑)。
塚田:ロダンって解剖学的に正しいとはいえないデフォルメとかが有名ですが、彫刻を部分に分解して、再構成することにおいても先駆者だったんです。彫刻は組み合わせである、と。
大北:え、組み合わせかなあ?

塚田:ロダンがどういうことをやってたかっていうと、自作の頭像に、同じく自分の過去の作品である手の彫刻を組み合わせた作品を作ってるんですね。これ、専門的な用語でアッサンブラージュっていうんですけども。
大北:頭と手をくっつけて置いときました、的な?
塚田:現実的ではない組み合わせで。そういう形と形の組み合わせの面白さを晩年のロダンはやっているんです。後のシュールレアリスムを先取りするような仕事として解釈されています。
大北:実際近代以降は組み合わせることも重要な要素になるわけですか。
塚田:そうですね。様々な実践があって、組み合わせと配置だけでどれだけ観客を唸らすことができるかというミニマル・アートもその延長線上にあると言ってもいいでしょう。

工業的素材を手仕事で
大北:青木さんのこのスカスカっとした表現になると、素材性も前面に出てきて要素の組み合わせ感も味わえていいよねってことですかね。
塚田:そうですね。素材感なんて出さなくてもいいじゃんというアプローチもあり得ると思うんですが、青木さんが面白いのは、こうした近代性を強く意識させる作品であるにも関わらず、仕事の大部分を自らの手作業でやりきっているところです。
大北:ああ、業者にお願いしそうなものですよね。
塚田:鉄を切る作業自体はほとんど青木さんがやってるようですね。切った痕跡もそんなに隠してないし、恐らく磨いたりもしてなさそうです。切り口がジャギジャギになってて、切ったんだよってことがわかります。

大北:あー、なるほど、あえて見せてる。
塚田:青木さんの作品の面白さは、こうした近現代以降の彫刻家然としたコンセプトを内包しつつも手仕事にこだわるそのギャップにあると言ってもいいでしょう。
大北:そっか、なんか手作り感が出てくるんだ。工業製品なのに。
塚田:工業製品に対して人力でひたすら加工するっていう(笑)。
大北:そっか~、工場の大量生産で人間の創造力失われてるじゃねえか!とマルクスとかはブチ切れてたけど、青木さんがそっからまた手仕事に戻すんだ(笑)。いや、人類背負ってますね。
塚田:朝から晩までずっと鉄を切ってますっていう風な発言をしてます。

大北:……しかし、意地悪な言い方をすれば、鉄を曲げて置いただけじゃないの? と言われかねないようなシンプルな形ではありますね。
塚田:そうならないように、上部の鉄の重なり合いとか絡み合いとかを細心の注意を払ってやってるんじゃないかなと思いますね。
大北:こだわりや美しさが宿るように。確かに、写真を撮ろうとズームで寄っても鑑賞に耐えますね。
塚田:なんとなく円錐形にはなってるけれども、頂点に向かってすべてが収れんするような運動は避けている。頂点が2つあることで何かしらの意図を持った状態であるのは伝わってきますよね。
大北:下から何かの運動で上に伸びていくようにも見えたり。なるほどなあ。

大北:今、ちょっと風が吹きましたが、風通しのいいっていう話をした後だとちょっと感じ方も変わってきますね。今、風が当たったのは、この作品が邪魔してないから。
塚田:今吹いた同じ風がこの彫刻作品を通り抜けたのかなとかね。
大北:そうですよね。空間と関われる作品は、私達が居合わせて関わりやすいとも言えるような点がありそうですね。なるほどなあ。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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