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INTERVIEW

2025.11.19

一枚のレシートから日常を見つめ直す━━YU SORAと小谷実由が語り合う生活とアート

Photo / Kyouhei Yamamoto
Text / Daisuke Watanuki
Edit / Eisuke Onda

日々のレシートにも、暮らしの断片が息づいている。その一枚を針と糸で紡ぎ、作品へと昇華するアーティスト・YU SORAさん。モデルとして活動しながら、文筆家として日常の「好き」を言葉にして発信する小谷実由さん(通称・おみゆ)。

「以前からおみゆさんとじっくり話してみたかったんです」というSORAさんの思いを受けて、今回は二人の対談をお届けする。

日常のささやかな出来事を大切にし、楽しむ。その先に見えてくる景色──。 生活と表現のあいだで考えてきたことを、穏やかに語り合った。

YU SORA(ユ・ソラ)

韓国出身のアーティスト。白い布と黒い糸を用いた刺繍や立体作品を通して、記憶や時間の痕跡を静かにすくい取る。近年はレシートを縫い込むシリーズなど、日常の断片をテーマに制作。

小谷実由(おみゆ)

モデル・文筆家。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイ執筆やラジオパーソナリティーとして活動。著書に『集めずにはいられない』『隙間時間』。

日常についてハッとさせられた作品

白と黒で統一された作品が並ぶYU SORAさん(写真左)の自宅兼アトリエに訪れ興味津々のおみゆさん(写真右)

SORA:実は、こうしてちゃんとお話しするのは初めてなんですよね。

おみゆ:そうなんです。前々からメッセージのやり取りはさせていただいていたんですが。

SORA:一昨年、私が資生堂ギャラリーで個展「もずく、たまご」をした時に、おみゆさんが来てくださったのがきっかけで、SNSをフォローさせていただいたんです。その時はおみゆさんがインスタグラムに私の作品を投稿してくださって、それがちょっとバズって(笑)、「私の展示にこんな方が来てくれるなんて」と驚いたのが始まりです。

おみゆ:オープニングの際、『花椿』編集部の方が「SORAさんの作品はきっと好きだと思う」って言ってくださって、伺ったんです。

SORA:ありがとうございます。その日はバタバタしていて直接お話ができなかったのが心残りでした。それから2年以上経って、おみゆさんの新しいご著書も少し拝読して、改めてお話ししたいなと思いました。

おみゆ:わあ、ありがとうございます。

おみゆさんの二作目のエッセイ集『集めずにはいられない』(ループ舎)

SORA:拝読して感じたのは、物に対する愛着や、日常の楽しさを大切にされていること。おみゆさんの文章を読むと、誰もが「自分の日常も好きになりそう」って思えるんですよね。そんなことについて、お話ししてみたかったんです。

おみゆ:個展に伺った時は、レシートの刺繍作品はもちろん、ベッドなど大きな家具をモチーフにした作品もたくさんあって。モチーフがすべて、私たちの日常の中にある、誰もが使っているものなんですよね。それらが真っ白な空間に、黒い線で縁取られて刺繍されている。見たことがある、自分も持っているもののはずなのに、すごく新鮮に見えて、今まで気づかなかったことにハッとさせられたり。普段ならすぐに通り過ぎてしまいそうなものを、立ち止まって見ることができたのが、とても面白く、そして嬉しい気持ちになりました。何か気づきのきっかけを与えてくれる作品だなって思います。

ダンボールをモチーフにした作品をみて「細かい・・!」と驚くおみゆさん

「実はダンボールの中の波打った構造まで布で再現しているんです。波状に固めた布を、平の固めた布で挟んでいます」(SORA)

レシートに記されたささやかな記憶

おみゆ:レシートの作品はどうやって生まれたんですか?

SORA:私が一番最初に作ったのはキャンバスに平面で、ぐしゃぐしゃになったレシートの形そのままを描いた作品でした。レシート自体を集め始めたのは、日本に初めて一人で旅行で来た時(2009年)です。当時は日本語がほとんど読めなくて、話せなかったんです。でも、日本のレシートにはお店のロゴが入っていますよね。それがすごく良くて。その当時のレシートは今でも持っています。

おみゆ:韓国のレシートは違うんですか?

SORA:韓国はもう文字だけ。それに2020年からはレシートの義務発行が廃止されたんです。

おみゆ:そうだ、それニュースで見ました!

SORA:今でも、お願いすればレシートはもらえるんですけど、店員さんが「え?」って一瞬戸惑うくらいの存在なんです。

おみゆ:日本のレシートが貴重に感じてきました。

SORA:以前もらったものは、印刷された文字が飛んじゃったりしているんですけど、当時のロゴや消費税の違いとか、改めて見ると面白いんですよ。今は日本語が読めるようになったので、その時の記憶も蘇ってきて、「レシートってこういう意味があるんだ」って気づきました。それを絵に描いたのが2013年で、現在の刺繍作品につながったのは、2020年の東京藝大の修了展の時です。インスタレーションの中で、家でよくある小さなこと、例えばぐしゃぐしゃになって床に落ちているレシートを、作品として表現しようと思ったんです。

おみゆ:SORAさんが作品にするレシートは、どのような基準で選ばれるんですか?

SORA:最初は、私が好きなカフェのレシートや、友達と一緒に行った時のものなど、「私とその子にしかわからない思い出」が詰まったものを選んでいました。見に来てくれた友達が喜んでくれるかなって。

おみゆ:共有した時間を思い出せる装置だ。

SORA:そうなんです。それと、展示する場所に近いお店のレシートを選ぶことが多いです。例えば芸大の修了展の時は、大学内の画材屋さんのレシートを作りました。学生さんならみんな「これ知ってる」ってわかるように。大阪で展示するときは大阪のレシート、というふうに、観に来る人との小さな接点や喜びが生まれるような基準で選んでいます。

おみゆ:わかります。レシートって自分の行動が記されているものじゃないですか。買ったもの、時間、場所。だから、すごく自分の生活の記録なんですよね。これまでそんなこと考えなかったけど、作品になって素敵に額装されると、レシートの価値に気づかされた感じがしました。

SORA:だからこそ、「ちゃんと残せる形」にしたいという想いもあって。それで、友達のお子さんが生まれた日のレシートを作ってほしいとお願いされて、制作したこともあります。

おみゆ:それ、すごく面白いですね! 私も欲しくなっちゃった。

日常を自ら楽しむことで、見えてくる景色

SORA:おみゆさんは、日常のちょっとした気づきや楽しみをどのように見つけていますか?

おみゆ:私はもともと、「日常の中に楽しみを探しに行く」タイプかもしれません。つまらないのが嫌で、何もなかったなと思って一日を終えるのが惜しいんです。極端な話ですが、人はいつ死ぬかわからないから、目の前にあるものをちゃんと見て、覚えておきたいという気持ちが強くあります。

特に好きなのは季節を感じること。スーパーに並び始めた旬の素材とか、例えば徐々に増え始める鍋のスープとか。まだ買わないとしても、「もうすぐ食べられるんだ」っていう楽しさを見つけたり。仕事の不安とか、すぐには解決できないことを考えてしまうよりも、目の前にある「良いもの」に目を向けた方が、精神的に楽になれると思うんです。

SORA:日常を楽しむために意識していることはありますか?

おみゆ:私は落ち込むのが嫌いなので、落ち込んでもすぐ切り替えて、楽しい方に目を向けるようにしています。その時に、何か特別なことをするわけではなくて、「今自分の手の届く範囲内にあるもの」で、「これやっぱりいいな」とか「この服、似合うな」っていうことを再発見する。無理なくできることだし、「もうすでにあったんだ」って思えることは、ちょっと自分の自信にもつながる気がします。そうすると、いろんなものが楽しくなりますね。

SORA:最近何か面白いことを見つけました?

おみゆ:そうですね、この間北海道のお魚が食べられる回転寿司屋さんに行った時のことなんですが、お会計を済ませたら、店員さんが「今、サンマのつかみ取りを1回100円でやっているんですけど、どうですか?」って声をかけてくださって。

SORA:ええっ、サンマのつかみ取りは聞いたことがないです!

おみゆ:そうなんです! 根室産のサンマが豊漁だからと、食事をしたお客様向けにやっていたらしくて。去年までサンマが高いと話題になっていたのに、まさかのつかみ取り! 季節感も感じられるし、すごく楽しそうだし。いつもだったら私が「やる!」って言うところなんですけど、隣にいたパートナーが普段あまりアクティブではないので、あえて「ちょっとやってみたら?」って勧めてみたんです。そうしたら、戸惑いながらも挑戦してくれて。結果、制限時間20秒で、片手でなんと8匹も取ったんです! 100円で8匹だから、1匹12円くらい。あまりにもずっしりしたサンマを抱えて家に帰って、次の週には実家の母を呼んで3人で食べました。普段はやらない人が挑戦してみたら、こんなに面白い話ができた。「私の判断、すごく良かったな」って思いました(笑)。

SORA:すごい、最高のエピソードになってる!

おみゆ:非日常的な状況に遭遇した時は、迷ったらやっぱり乗ってみると、見えなかった景色が見えるんですよね。

SORA:おみゆさんの活動や、そういう日常への眼差しを拝見すると、「日常って大切なんだ」と気づくきっかけをもらえる人が、もっと増えるんじゃないかなと感じています。韓国では、日常=退屈、日常=疲れるという印象が強いんです。テレビではよく「日常からの脱出」という言葉が使われています。ドラマを見ても、家庭内の大変さや、夫婦・家族間のケンカが多い。それが「日常」のイメージになっている。だから、私の作品のように「日常のささやかなもの」をテーマにしても、韓国ではあまりうまくいかなかったんです。日本に留学を決めたのは、韓国での生活に疲れてしまったからというのもあります。

一方で日本で日常というと、いつもと変わらないご飯を食べて喜ぶとか、「今日もお疲れ様」と感謝する、といったイメージが強い。これは、日本が自然災害が多い国だという影響もあるんじゃないかと思っています。「日常の大切さ」というものが、人々の意識の中にあるのかなと。日常に対する感覚は日韓では全然違いますね。

おみゆ:意外でした。でも、日常は壊れやすいものだという意識はたしかにあるかもしれないです。

蒐集すること、アートに触れること

SORA:せっかくなので「蒐集」についても話したいです。

おみゆ:今の時代と逆行しているとは常々思っています。物が多いのは大変だけど、それ以上に内側に向かう、ポジティブなエネルギーを感じるんです。SNSの普及で、外側に向かう意識が強くなりましたよね。それは良いことだけど、疲れてしまって、自分のことを顧みる時間を疎かにしてしまうこともあると思うんです。一方で、何かを集めるってすごく個人的な行動で、一人でもできる。私は集めたものを全部並べて見る時間がすごく好きなんです。だって集まってきたということは、それだけ自分が行動したということだから。蒐集した「もの」を通して、自分のことがよく見えてくるんですよね。そういう自分とのコミュニケーション方法として、蒐集はとてもいいなと思っています。

SORA:わかります。私も韓国にいた頃はボタンやハサミなど、小さなものをたくさん集めていました。でも、引っ越しで荷物を整理する時に、多くのものを処分しなくてはならず、それが悲しくなってしまって。それから「物を増やさない」という考えに変わっていきました。それでも今は、子どもの絵本を集めることに夢中です。韓国語と日本語、両方で読み聞かせしたいので、セットで買ってしまったり(笑)。でも、子どものものならいいかなって、そこだけは許しています。

あと、ものではないんですけど、子どもが寝る前に自作の歌を歌っていて、それを録音しています! 今は子育て中心の日常ですが、毎日同じようでちょっとずつ違う、そういう小さなことを見逃さないように集めているのかもしれません。

SORAさんの本棚には日韓の絵本がたくさん

おみゆ:蒐集って物体だけではないんですよね。自分だけの大切なものって、形がないものも多いから。例えばミニマリストは蒐集家の対極のように思われる人もいるかもしれないけど、その人はその人の大切なものや価値観をきっと持っている。そういう意味では共感できる部分もあるんだろうなと思っています。

SORA:日常を豊かにしていく上で、創作活動やアートに触れて感じることはなにかありますか?

おみゆ:なくても生きていけるという人もいるかもしれないけど、あったらきっと、人生のプラスアルファになる。少し良い方向に行ったり、違う自分に会えるように思えるんです。何か、自分のまっすぐな道があったとして、アートのような刺激が外側から来ると、「こっちの道もあるかもしれない」って、選択肢が増える気がします。人生の中で、考える余白を与えてくれるものかなと思っています。

SORA:私は作る側ですが、「アートはなくても生きていける」という悩みはずっとありました。それこそ両親はそういうタイプで、アートに興味はないんです。でも娘の作品だから、観て、身近に感じてくれる。そういうふうに、ほかの方にも私の作品を観て、何かを持って帰ってほしいと思っています。例えばレシートの作品は、まず文字を読むことから入ることで、難しく考えずに、自分のことと重ねて何かを考えたり、「面白い」と思ってもらったりする。それがきっかけで、「アートって意外と面白いね」と気づいてくれたら嬉しいなと思っています。

おみゆ:それこそSORAさんの作品は、観た人が自分の日常をちょっと見つめ直すきっかけになると思います! SORAさんはこれから挑戦したいことはありますか?

SORA:私は、長く作品を作り続けられたらいいな。子育てもあり、自分の国ではない日本で暮らしていて、難しいことはたくさんあります。それに売らなければ続けられないという現実にもぶつかるけど、それでも、やめないでずっと作りたい。今の私にとって、これを長く続けて、安定的に生活ができるようになることが、一番大きな挑戦だと思っています。おみゆさんは?

おみゆ:引き続き、自分が「いいな」「気持ちが上がる」と思ったものを、モデル、話すこと、書くこと、どんな形でもいいので発信していきたいです。その発信が、誰かの楽しい気持ちや何かを考えるきっかけになれば。SORAさんの作品のような素敵なものをもっとたくさんの人に届けたいと思っています。

取材を終えてお互いの著書でサインの交換をするお二人

Information
 
YU SORAウィンドウ展示「重なる日々

■会期
2025年12月11日(木)~12月16日(火) 

■場所
Artglorieux GALLERY OF TOKYO(GINZA SIX1階交詢社通り側ウィンドウ) 
東京都中央区銀座六丁目10番1号  
※Artglorieux GALLERY OF TOKYO(GINZA SIX 5階)内での展覧会はございません。

Artglorieux GALLERY OF TOKYOのHPはこちら

作品に関するお問合せはこちら

ARTIST

YU SORA

アーティスト

1987年韓国、京畿道生まれ。2011年弘益大学(HongikUniversity, 韓国)彫塑科卒業。2020年東京藝術大学大学院美術研究科 彫刻専攻修士課程修了。刺繍の平面作品や立体作品のインスタレーションなど、白い布と黒い糸を使った作品を展開している。2013年黄金町バザール参加、2018年Tokyo Midtown Award 優秀賞を受賞、2019年六本木アートナイト参加。2020年第68回東京藝術大学修了作品展買上作品・杜賞。2022年sanwa company Art Awardグランプリを受賞。 近年の主な個展に「もずく、たまご」(資生堂ギャラリー、東京、 2023年)、BankART Under35(BankART KAIKO、横浜、2022年)、「普通の日」(あまらぶアートラボ A-lab、兵庫、2021年)、「些細な記念日」(ロッテギャラリー、ソウル、2018年)、「引越し」(YCC Gallery、横浜、2017年)など。

DOORS

小谷実由

モデル/文筆家

1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイの執筆、ブランドとのコラボレーションなどにも取り組む。猫と純喫茶が好き。通称・おみゆ。著書に 『集めずにはいられない』『隙間時間』( ループ舎 ) がある。J-WAVE original Podcast 番組「おみゆの好き蒐集倶楽部」ナビゲーター。

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