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- 重なる、思う、思い浮かべる 〜gallery TOWED&貯水葉〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” Vol.9
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2025.12.17
重なる、思う、思い浮かべる 〜gallery TOWED&貯水葉〜 / 小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ” Vol.9
Photo / Tomohiro Takeshita
Edit / Yume Nomura(me and you)
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』などの著作で知られている小原晩さんが、気になるギャラリーを訪れた後に、近所のお店へひとりで飲みに出かける連載、「小原晩の“午後のアート、ちいさなうたげ”」。「アートに詳しいわけではないけれど、これからもっと知っていきたい」という小原晩さん。肩肘はらず、自分自身のまま、生活の一部としてアートと付き合ってみる楽しみ方を、自身の言葉で綴っていただきます。
第9回目は、曳舟にあるgallery TOWEDで開催していた古川諒子『大聖堂』を観たあと、シダに囲まれた空間で魯肉飯を楽しめる貯水葉へ。時間の積み重ねの上に、この景色があるのだと想いを馳せた日。
それは秋にふさわしい曇り空で、知らない街を歩くにはぴったりであり、私はさっそく歩く方向を間違えていたことに気づき、元来た道を引き返しては、ずんずんと商店街を進んでいった。gallery TOWEDの引き戸をひいた。入ってすぐに、感じがいいな、と思った。そのあとすぐに、感じがいいって、なんだろう。と思った。

ひと息つこうと、ベンチに置いてあったレイモンド・カーヴァー『大聖堂』をひらいた。読んでこようかとも思ったのだけれど、もし休日に自分がおとずれるのならば読んでいかないような気がしたし、そういうまっさらな自分でも太刀打ちできるのかどうかも気になったのだった。言い訳かもしれない。
今日やってきたのは古川諒子さんの『大聖堂』である。
この展示では、私の友人に依頼して「話すほどではないけれど、言葉にすれば伝えられること」を集めています。それらの言葉を、布片の色や形の組み合わせによってあらわす「キルト語」という人工言語を創りました。それを読むには、日本語・英語・フランス語・アラビア語など、複数の言語に対応した変換表が必要で、ひとつのキルトに対して複数の読みが生まれます。例えばクッションの形をしたキルトでは、英語とフランス語の対応表を使用することで、それぞれ違う意味へと変化します。

一ページほど読んだところで、展示へと視線をうつす。
ポットホルダー、ミトン、ブックカバー、ベッドスプレッド、クッション。それぞれの形をしたキルトの色合いはとてもうつくしく、なんだか律儀だな、と思う。さっぱりとしたぬくもりも感じる。
そばに、対応表や変換表があって、私もキルト語を読める。映像では、誰かが指でピースにそっと触れながら、ゆっくりと言葉を読みあげている。


友人から集めたという「話すほどではないけれど、言葉にすれば伝えられること」には、たとえばこんなものがある。
・何度試してもフライパンの焦げが取れない
・私の父が鶏を殺した それから私は肉を食べられなくなった
話すほどでもないこと、ということこそ、話したいものね。伝えたいものね。伝えてもらえるとうれしいものね。と心のうちでうなずいていると、古川さんがギャラリーに入ってきた。とても感じのいいひとだ。そうか。あなたが、この、キルトを、キルト語を。本人を目の前にして、なぜかわたしはキルト語をつくる古川さんのことを思い浮かべていた。明るい昼の部屋のなかで、夜更けのつめたい部屋のなかで、机いっぱいに紙をひろげて、小さなパソコンにカタカタと打ち込んでは、消して、打ち込んでは、消して、書いて、書いて、首をひねり、明るい顔になる。デスクライトの下にある真剣な顔。ミシンの針がすすむときの音やリズム。ひとりきりの、しんとしずかで、情熱的な創作の時間。

「とてもすてきですね。かっこいいです。大変だったでしょう。でも、どうして、こういうふうなものをつくろうと?」
動機なんて知らなくてもいい、ということはわかっている。けれど、作品に心がうごかされたとき、わたし時はいつも、そのことがいちばんに気になってしまう。
「今年の春、レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』を読んで、衝撃をうけたんです。わたしがやりたいのはこれだと」古川さんはまっすぐな声で言う。
レイモンド・カーヴァーの短編『大聖堂』の主人公は、自分の内に閉じこもり、他人に偏見を持っています。彼は妻の友人である盲目の男に言われるがまま、一本のペンを二人で握って紙に大聖堂を描きます。そうするうちに、彼は盲目の男としだいに重なり合う感覚になります。
そのひとのままでいること。そのひとのままで話すこと、伝えること、伝わること、関わること、寄り添うこと、重なり合うこと。

私は、あなたと話すときに翻訳機を使いたい。それは機械的なものではなく、できるだけ柔らかく、折り曲げて持ち運びができるものです。私の言葉は伝わりにくいだろうから、お互いに辞書を引いて意味をなぞりたい。青い四角は「私」で、黄色い四角が「鶏」だったなら。
それをいつかやってみたいと思っていたキルトで作品にしようと、気づいたのだという。
「It must change」という意味のキルト語が書かれている原画をひとつ購入し、gallery TOWEDをあとにする。いいパワーをもらえた。


しばらく歩いて、貯水葉さんに入店する。
店内いっぱいにシダがある。なんと素敵な、とわはわはする。いつの日か先輩が旅行へ行くというので預かったことがあるシダのことを思い出す。枯らしてしまわないか、とても不安だったこと。枯らしたって怒らないようなひとだったこと。

席につき、魯肉飯定食をお願いする。
運ばれてくるまでの短いあいだ、すでに気持ちはふくらみはじめている。お腹というより、胸の奥のあたりが明るくなる。
やがて、小ぶりなどんぶりに、大きな大きな、それはもう絵本の一場面のような立派なお肉がどーんとのってあらわれた。スターの顔つきである。茶色い照りは落ち着きがあって、湯気に混じる香りが、近づくだけでこちらの背筋をゆるませる。後方にいるたまごにも、どこか余裕を感じる。

ごはんを一粒も落とさないよう、お肉をそっと持ち上げて、かぶりつく。やわらかく、しっとりとして、口に入れた瞬間にほどける。脂身は重たすぎず、肉の繊維がきれいにほぐれる。噛むほどに、味がまっすぐ届いてくる。
白きくらげの薬膳スープを口にふくむ。体のほうが先に受けとるいい味だ。付け合わせのごぼうは歯ざわりがいい。温かい凍頂烏龍茶は、みょうにからだに沁みる。ひとつひとつが、どれもうまい。食べていると、体にやさしいことをしてやっているような気がする。その「気がする」が大事で、うれしい。台湾の日々に馴染んだごはんを、東京で食べることができる。とてもありがたいことだと思う。

わたしはひとり、咀嚼しながら、ご主人がひとり台湾に何度も足を運ぶ姿や、仕込みをする姿、シダの世話をする姿などを思い浮かべていた。そういう時間の積み重ねの上に、この味や、この景色があるのだと思うと、なんだか胸にきてしまう。

帰り道、大きな本屋に寄って、レイモンド・カーヴァーの『大聖堂』を買った。村上春樹訳のものである。電車に揺られながら、読んだ。妻の友人の盲人と少しずつ重なり合う主人公の、些細な、それでいて決定的な瞬間が描かれていた。わたしは心をうばわれたし、古川さんのことをやっぱり思い出して、古川さんがそれを読んだ日のことを(わたしは見たことがないはずなのに)思い出していた。
本日のアート
gallery TOWED

古川諒子『大聖堂』
◼会期 :2025年10月18日(土)〜11月9日(日)※会期終了
◼住所 :東京都墨田区京島2-24-8
◼休館日 :月〜金 ※土日祝日のみオープン
◼入館料 :無料
公式サイトはこちら
本日の宴
貯水葉
◼住所 :東京都墨田区向島4-5-7
◼店休日 :水・木・金
◼営業時間 :11:00〜17:00
公式Instagramはこちら
Information
2022年に自費出版した『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』が、新たに実業之日本社から商業出版されます。
私家版の23篇にくわえ、新たに17篇のエッセイが書き足されています。
『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』
著:小原晩
2024年11月14日発売
価格:1,760円(税込)
DOORS

小原晩
作家
1996年、東京生まれ。作家。2022年3月、自費出版にて『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』を刊行。2023年9月、『これが生活なのかしらん』を大和書房より出版。
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