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2026.01.28
【後編】土をこねながら、人生が作品に乗っかっていく / 連載「作家のB面」 Vol.39 川井雄仁
Photo/Sakie Miura
Edit/Eisuke Onda
Illustration/sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回登場するのは、ファッションやエンタメ、カルチャーからの影響を、大胆に作品に引用した陶芸を手がける作家の川井雄仁さん。前編では学生時代に大きな影響を受けたファッションについて、それからアーティストを目指した経緯をうかがった。後編では陶芸に出合い、新しい表現に辿り着くまでを語ってもらった。
土に触れることで、自然な表現に近づいた


――陶芸を「現代アート」として捉えるようになったきっかけは?
それも本当にたまたまです。僕が大学で現代アートを学んでいた20年ぐらい前はまだ陶芸は現代アートの素材として認められていなかった気がします。それが今はさまざまな多様性の流れがあり、陶芸も現代アートのギャラリーで発表する機会が増えている。マーケットの原理なのかわかりませんが、その流れにたまたま乗ることができました。発表の機会を得ていくうちに、昔大学でやっていたことと、陶芸の学校で勉強したことが噛み合ってきた気がします。
――以前はアートに関わること自体が「つらい」と感じていたようですが、今は苦しさはないですか?
最初は、アートに深入りしないようにストッパーをかけていました。でも、それは自分の中で何かを乗り越えられていなかったからだと思います。たとえばコンセプチュアルアートをやらなくてはいけないという思い込みや、言葉で解像度を上げていかなければいけないことの苦悩。それと、イギリスという土地で活動するには、いろんな人を巻き込まなくてはいけないのに言語の面などで力が足りなかったこと。


イギリス留学中はペインティングやインスタレーションなど様々な作品を制作したという川井さん。絵画において新印象派のジョルジュ・スーラの点描作品に影響を受け、自己の輪郭やアイデンティティを模索した
ペインティングやドローイングなど、一人でできることももちろんありました。それも好きですが、コンセプトから絵にしているかと言われると、どこか違う。そういう感覚始動の表現と、コンセプトを具現化していくアプローチ、どちらも自分から生まれてくるものなのに、それらのことが自分の中で乖離していて、うまく整理がついていなかった。
それに当時は、ざっくり言うと「日本人であること」にも悩んでいました。アイデンティティは案外相対的なもので、置かれた環境や視点によって揺らぐ。日本にいたときは「なんとなく日本人っぽくない」と言われ、それが褒め言葉として機能していたけれど、イギリスで同じことをしても、それは強みにはならない。かといって、着物やアニメといったステレオタイプな「日本」を安直に参照することにも抵抗があった。結局、自分の個性と言える表現とは何なのか——そうした葛藤を乗り越えられないまま、当時はある意味、強制終了してしまいました。
しかし、土を使ってつくっていく作業自体が、いろんなことを乗り越えさせてくれたのかもしれません。うまく言えないですが、ペインティングの時のように構える感じでもなく、自然と遊びながらつくっていったものが、何かしらの表現としてちゃんと形になっているんです。後から振り返ると「これってこういうことだったのかな」と思えるようになりました。


川井さんの制作の様子。Photo by Koji Shimura
――陶芸と向き合う「土をこねている時間」が、ご自身にとって大事だったと。
そうですね。考えて「じゃあつくろう」と思っても、土は思うようにはいかない。縮むし、ひびが入るし、色も出ない。だから「できない」ところから出発しました。昔は「自分がやっていることを完全にコントロールし、言語化できないといけない」という強迫観念があり、それも自身のストッパーになっていたのかもしれません。でも、土は手に負えないという時期が3年続いた結果、いつの間にか自分のストッパーが緩んで、自然と内面から出てくるものを先に表現できるようになった気がします。
そして最初は生活のために普通の茶碗をつくろうと思って試行錯誤していた時期もありましたが、デコデコしていたほうが自分らしいのかもしれないと思うようになりました。コム・デ・ギャルソンが体に対してのデフォルメを体現したように、そのような器があってもいいですよね。それが自分にフィットして、今の作風につながっています。ただ、今が完成形だとは思っていません。

《ギルガメッシュナイト》(2025)

《Anal Sex》(2025/写真左)と《印象、日の出》(2025/写真右)
「幸せの形」ってなんだろう?

KOTARO NUKAGAでの取材中、ドラマ好きでもある川井さんが尊敬する「女優・藤原紀香」を意識した服装に着替えた場面も
――KOTARO NUKAGAで昨年5月に行った個展のタイトルは98年放送のドラマと同じ「神様、もう少しだけ」でしたね。コンセプトについて教えていただけますか?
「欠落感」です。僕もまだ駆け出しですが、少しずつ発表の場を得られるようになりました。しかし、会社員時代もつらかったし、アーティストとして社会に出ても、まだどこかで欠落感みたいなものがある。アートによって、救われたわけでもないんです。それでも、「どうしても満たされないところにアートが寄り添ってくれている」部分は確実にある。それがテーマになっています。


個展「神様、もう少しだけ」の様子

個展で発表した作品《丹》(2025)
――展示名や作品名には、遊び心が感じられました。
あの時代の空気感と、「神様、もう少しだけ」というあの“痛さ”。だって、「もう少しだけ」ですよ? 40歳になって「満たされないんです」なんて言ったら、この人大丈夫かな?ってなるじゃないですか。それを「もうしばらく許容してほしい」というイメージを込めました。言葉の響きや、作品の持つちょっとした痛さ、切なさも含めてです。


昔、コピーライターの講座に通っていたことがあるんです。そのときに、What to say(何を言うか)と、How to say(どう言うか)を習いました。コンセプトはそのまま言うのではなく、少しジャンプした方が、余白ができて、コミュニケーションに奥行きが生まれますよね。作品のタイトルに固有名詞を引用するのは 、その「ジャンプ」の効果を狙っています。作品はそれ単体で完結しているので、タイトルで説明しようとしすぎてかえって作品の解像度を下げてしまうくらいなら、いっそ別なベクトルを持ち込む方が、想像の余地や遊びが生まれて、受け取り方が広がると思っています。 それに固有名詞であることは、検索可能でもあるし、作品が抽象的だからこそ、タイトルが鑑賞者を作品へ導く入口になればいいとなと。
この展示は自分のバイブルのようになっているカタログのデザイナーが来てくださったり、多方面で見てくださった方もいて、自分にとってもいい出会いのきっかけになりました。


個展「神様、もう少しだけ」の様子。陶芸作品柄並ぶ会場の壁には川井さんが集めたエンタメやファッション、カルチャー作品のイメージが無数に貼られていた
――展示室にはイメージボードが飾られていました。これも「ジャンプ」の一つでしょうか?
そうですね。イメージボードも一種の「欠落感」をテーマにしています。突き詰めていくと、この「欠落感」は自分の人格形成期に、社会や現実感と繋がれなかったことが原因だったのかなと思います。幼い頃を思い起こすと、家族写真やテレビドラマのイメージを継ぎ接ぎして、自分の中で仮想の世界をつくって生きてきたんだ、ということが分かってきたんです。ならば、それをそのままビジュアルにしようと思いました。余計な仕掛けはなくて、作品と、その背景にある関係性をそのまま見せた空間でした。

個展「神様、もう少しだけ」の会場入り口にある川井さん自らが演じる架空の家族写真
――入口には、撮り下ろしの架空の家族写真もありました。
独身で茨城にいると、休日に家族でイオンに行く人たちを見て、余計つらくなるんです。だから、自分が「幸せの形」だと思い込んでいたものを、実際に築いている友人家族にお願いして撮らせてもらいました。
――実際に演じてみて、「幸せの形」は手に入りましたか?
しんどいだろうな、と思いました。一般の感覚からすれば、それが本当に幸せなんだろうけど、それを感じられない自分は強欲なのかな、とも思います。

――今後、挑戦したいことはありますか?
今まではいろんなことが「たまたま」で来てしまっていたので、一度腰を据えて勉強したいですね。心理学や哲学とアートの関係性など、体系立てて学びたいなと思います。教養がないというか、核が弱いなと自分で感じているので。GRAPEVINEやサニーデイ・サービス、宇多田ヒカルのように、年を取るごとにどんどん作風が変わっていくのも個人的には好きなんです。ちゃんと人生が作品に乗っかっていると思えるから。そういう風に変化していきたいので、どんどんストッパーを外したいです。
Information
川井雄仁、アレクサ・クミコ・ハタナカ二人展
「ついたよ: Becoming by Making」
■会期
2026年3月14日(土)~ 4月11日(土)
■営業時間
11:30 ~18:00 ※月曜日、日曜日、祝日休廊
■会場
KOTARO NUKAGA六本木
東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル 2F
詳細はこちら
ARTIST

川井雄仁
アーティスト
1984年生まれ、茨城県出身。2007年にチェルシー・カレッジ・オブ・アート(UAL)BA(Hons)ファインアート科を卒業後、2018年に茨城県立笠間陶芸大学校研究科を卒業。現在は茨城県にて制作を行っている。ロンドンで現代アートを学んだのちに、陶芸というメディアと出会ったことで、創造性が解放され突破口を見出す体験をした。ダイナミックな色と形が特徴の陶芸作品は不規則さや醜さ、グロテスクさ、脆さなど様々な表情を見せ、素材によって引き出された自己の内面を重層的に表出している。また積み上げられた土の塊は粘土と自分との対話という時間軸を反映している。
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