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2025.12.24
【後編】工芸が教えてくれる、身体の実感 / 連載「作家のB面」 Vol.38 西條茜
Text / Yutaka Tsukada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。
今回登場するのは、陶を用いて身体的な表現を追求するアーティスト・西條茜さん。前編では、彼女の大作づくりを支える丸倍製陶を案内してもらい、制作と土地の結びつきを探った。後編では場所を信楽の老舗喫茶店へと移し、工芸と現代アートの表現の違い、さらにはパフォーマンスを取り入れた作品へと展開していった背景について、じっくりと話を聞いた。
信楽の憩いの場所「陶園」にて


後編は信楽の喫茶店「陶園」からお届け
――丸倍製陶から移動して、喫茶店「陶園」にやってきました。西條さんのおすすめのお店とお聞きしましたが、よくいらっしゃるのでしょうか?
制作していて寒くなってきたら暖かいものを飲みに来るんですけど、定食とかもやっているので、お昼に食べにくる場合もあります。あとは陶芸の森に来ている作家のみんなで食べに来たり。信楽で一番古い喫茶店なので観光の人も来られるんですけど、地元の職人やアーティストも来ていて色々な情報が飛び交っているので、よく聞き耳を立てています(笑)。内装も落ち着く感じで、お皿やカップも素敵な陶器で出してくれるので、好きなお店です。


お店には信楽の作家を中心に、陶芸の森に滞在していた海外作家の陶芸作品なども並ぶ
――信楽という街全体の雰囲気についても教えてください。
素朴で自然豊かな町です。やきものを中心にものづくりに携わる方がたくさん住まれているので、すごく落ち着きます。仲良くなったら地元の人もすごく優しいです。それに若手の作家が移住してきたり、それぞれ別のアトリエで作っているんですけど、時々遊びに行ったりとかもあります。
私は京都の街中に住んでいるので、自然に触れることがあまりないんですね。車で45分ぐらいで来れて、自然も綺麗なので気分転換にもちょうどいい場所です。以前は信楽高原鐵道で2時間半かけて通っていたんですが、景色も良いし歩いてくるのも楽しかったですね。
――「陶園」の上にもギャラリーがありますが、街にはこういった発表の場所も多くあるのでしょうか。
はい。若手作家が展示するギャラリーショップなど素敵なお店もあります。例えば「NOTA_SHOP」では国内外のアーティストからISSEI MIYAKEまで様々な展示が行われていたりもします。街には現代美術の作家さんから伝統工芸の作家さんもいますが、地元で活動されている方は、伝統系の方が多いかもしれません。

陶園の2階のギャラリーでは地元の作家を中心に様々な展示が行われている
工芸と身体をつなぐパフォーマンス


――西條さんは現代美術の世界で活動されていますが、現代美術と工芸の違いはどういうところにあると思われますか。
丸倍製陶の神崎さんとかと話すと感じることなんですが、土や石の重さだったり、木の強度だったりを体感でわかってる人が工芸の職人さんには多いんですね。工芸のいいところは、直接素材を扱うからこそ、世の中の摂理みたいなものをちゃんと体で知ってることなのかなと。現代美術の人だと頼んで作ってもらったり、コラージュ的に作る人もいるので、そういう実際に手を動かして作るところが工芸の強みかなと思います。出来上がった陶器も使うためのものなので、作品と身体に対する距離も現代美術に比べて圧倒的に近いですね。

管が空洞になっており、陶器に頭を入れ吹き口に吹きかけることができる作品《沈黙と誘惑》(2021) Photo: Takeru Koroda Courtesy of ARTCOURT Gallery

《果樹園》(2022) 森美術館蔵 Photo: Takeru Koroda Courtesy of ARTCOURT Gallery
――西條さんの作品にある有機的な造形は、そういった工芸の身体との近さを感じさせます。
そうですね。大学2回生のときにお茶碗とかを作って芸術祭で売るような取り組みがあったのですが、その時にちょっとこう、自分の作ったものが誰かの口に触れるみたいなのが違和感というか。これってすごくエロティックなことじゃない?と一緒に茶碗を作っていた友人と話したりしていました。それに人が使うものを作るってすごい責任が伴うし、もっと自由に作りたいと考えてそこから離れ、見て鑑賞する作品を制作していました。
でも今やってることは、そこから1周回って、また人が関わったり、使ったりするような作品になってきてます。それはやきものを勉強してきたりとか、やきものに興味持って色々作ってきたから繋がったことなのかなと思います。
もちろん作品だけでも成り立つけど、例えばそれを誰かが持ったときに、また違う見え方になるみたいなことをしたいなと。そう思ったきっかけで、私の父親が医者なのですが、小さい頃に内視鏡の映像を見たことがあるんですね。その時に見た体の内側のイメージが衝撃的で、見方がかわりました。これが自分の原体験としてとても印象に残っています。ここまで劇的である必要はありませんが、そういう体験を見る人に与えられたらと考えています。
――作品に触れるというのは美術館でやるとすると課題もあるかと思います。そのあたりは実際どうなのでしょうか。
鑑賞者がずっと作品を動かし続けるみたいなことをやってみたいのですが、制約などもあってこれまで実現していません。会期中ずっと作品が移動し続けるみたいなことはやはり安全上難しく、それをどういうふうにしたらいいのかは今も考えています。パフォーマンスであったり、あるいはワークショップ的なアプローチもありだと思ってます。

第1回 MIMOCA EYE/ミモカアイ 大賞受賞記念 西條茜展「ダブル・タッチ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)展示風景 2025年 Photo: Takeru Koroda

個展「ダブル・タッチ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)で発表した作品《The Melting Laborers》

第1回 MIMOCA EYE/ミモカアイ 大賞受賞記念 西條茜展「ダブル・タッチ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)でのパフォーマンス 2025年 Photo: Takeru Koroda
――パフォーマンスはすでに過去作で実践されていますが、どういうきっかけで取り組むようになったのでしょうか?
やきものってある程度のサイズになると収縮に問題が出てきたり、窯の中で爆発するので中を空洞にして作らないといけないんです。その空洞と幼い時に見た内視鏡の映像が重なって、やきものの空洞と人体の空洞を繋げたら面白いんじゃないかと思い、やきものに息を吹き込むパフォーマンスを構想しました。
――《The Melting Laborers #1-3》(2024)のパフォーマンスの記録映像である《The Golems》(2025)では、パフォーマーが作品を動かしていましたね。
そうですね。《The Melting Laborers #1-3》は目的があるわけではなく、終わらない労働としての「運搬」をモチーフにしています。この作品は大江健三郎の「運搬」という小説から着想を得ています。この話は主人公が牛肉を自転車で運ぶのですが、道中で野良犬に囲まれてしまうんですね。そこで主人公は、犬の狙いが牛肉だけではなく、自分も狙われていることに気付きます。犬にとっては、自分も牛肉も肉という物体として認識されていて違いがないという状況が面白いと思ったんです。なので《The Golems》では、パフォーマーが作品という物体を動かしたり、密着することで人間と物質の境界線を攪乱しようとしています。
――仮に「鑑賞者が位置を動かし続ける作品」が実現するとしたら、どんなことを見る人に感じてもらいたいのでしょうか。
私は作品があって、それに人が関わってるのを見るのが好きなんです。自分は状況を作るだけで、そこに誰かが関わって変化していくみたいな。それを見たいっていうのがまずあるのと、あと、普段生活していたら、先ほど話したような職人さんが持っている感覚って忘れがちじゃないですか。ものの重さとか、もっと言うと小さい頃に外で遊んでいた感覚みたいな。それを知っていた方が、種としても強い気がするんですね。そういう実感、瞬間を大切にしたいし、それを作品との身体的な関わりによって、見る人に感じてもらいたいなと思います。
たとえば、スマホでスクロールしていても負荷がないじゃないですか。でもその負荷は、もしかしたら人間にとって大事なものかもしれないと思って。だから重いものを動かしたりとか、重くて動かさなさそうだったら誰かが手伝ったりすると、人間らしい活動みたいなものがそこで生まれるんじゃないかなと。
でもたまに、昭和のおじいさんみたいなこと言ってるなと思う時もあります。自分の感覚を大切にするんだみたいな(笑)。もともと私が陶芸を始めたのも、粘土に直に触れる身体性にしっくり来たからでした。自分がデジタル世代っていうか、パソコンやゲームが身近だった世代だからこそ、そういう直接的な手応えを求めて制作しているのかもしれません。
あえて不自由で、困らせちゃうような状況

国際芸術祭「あいち2025」(愛知県陶磁美術館)展示風景 2025年 Photo: Takeru Koroda
――「あいち2025」で発表されたインスタレーション《シーシュポスの柘榴》では会場の床にカーペットを敷き、靴を脱いで入る体験が新鮮でした。
感覚が広がりますよね。カーペットのふわふわした触覚も感じてもらえたと思います。あいち2025はたくさんのアーティストの作品があるなかで、すっと通り過ぎるよりはしばらくそこにとどまってもらいたかったんですね。作品を見るだけじゃなくて、カーペットを触ったり、そこに人が歩いた跡が残っていたりとか、いろんなものが見えてくるような場所を作りたいなと思ったんです。
どうしたらもっと鑑賞者の身体にフォーカスできる環境を作れるかなと考えていて、今年の1月から3月に行われた個展「ダブル・タッチ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)は個々の作品は気に入っていたのですが、展示の仕方については少し悔しいところもあったんですね。それであいち2025ではカーペットを敷いてみたり、映像も別のところに置いて、まずは作品だけを見て、そのあと映像を見て、そしたらもう1回違う風景に見えてくるという構成にしました。
映像ではやきものの土が採れる鉱山の砂地で、人がひたすら重い物体を押しています。その砂場の痕跡が、カーペットの上の人が歩いた痕跡と重なって、映像の中の世界と展示の空間がリンクするような狙いもありました。

《シーシュポスの柘榴》(2025) Photo: Takeru Koroda
――パフォーマンスを行う場合、パフォーマーの方への指示はどのように出しているのですか?
指示としては、日常の延長線上にあるパフォーマンスであるということと、「人間の心」でやってくださいっていうのをお願いしてます。人間の心というのは、例えば《The Golems》で行ったパフォーマンスで説明すると、重たい作品を押してるパフォーマーがいたら、別のパフォーマーがそっちを手伝ってあげようとする。でもその時何か別の動きに集中している最中だった場合とかはそれが終わってから手伝うこともあったり。周りを見ながら動いてほしいと伝えている反面、そういった「気分」みたいなものも存在する人間的なパフォーマンスにしたいと思っています。作品に息を吹き込む作品の場合は、ある程度内部の空洞が響くまで続けてもらったりしています。
そういうふうにポイントで決めてることはあるんですけど、それ以外の起承転結はなく、ずっと労働と休息を繰り返してもらうようお願いをしてます。

第1回 MIMOCA EYE/ミモカアイ 大賞受賞記念 西條茜展「ダブル・タッチ」(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館)でのパフォーマンス 2025年 Photo: Takeru Koroda
――作品と身体の距離感だけではなく、人と人の間の距離感が変わっていくことについても関心を持っているのでしょうか?
そうかもしれませんね。私は銭湯にもよく行くんですけど、銭湯に行ったら湯船に普段ならありえない近い距離感で人が入ってたりとかすると、違和感を感じたりするんですね。それが面白いなと思って、作品のインスピレーションにすることがあります。
あえて不自由で、困らせちゃうような状況を作るみたいな。自由度の高い作品も作っていきたいですが、そういうものがあってもいいなと思います。
――最後に、今後の予定や取り組んでみたいことなどがあれば教えてください。
展示は海外を中心にいくつかすでに来年の予定が入っています。それと来春、野外彫刻の設置がひとつあります。パブリックな場所に置くことによって、その場所がどう変わるのかが楽しみです。ここまでお話してきたように私は触覚を重視して制作を行ってきたので、公共空間でそういう体験をしてもらえると想像すると嬉しくなります。ケルノス・リングという古代ギリシャの祭祀土器をモチーフに、儀式的かつ遊びの要素もあるような作品を制作するつもりです。

Information
「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」
世界のグローバル化が進み、日本人作家の海外での発表の機会が増えた1990年代から現在までの美術表現を中心に、20名の国内作家による作品を紹介する展示。世界と人間との関係をめぐるアーティストたちの考察や実践を、「アイデンティティ」「身体」「歴史」「グローバル化社会」といったキーワードを手がかりに読み解きます。
◾️出品作家
青山悟、石原友明、AKI INOMATA、小谷元彦、笠原恵実子、風間サチコ、西條茜、志村信裕、高嶺格、竹村京、田中功起、手塚愛子、原田裕規、藤本由紀夫、古橋悌二、松井智惠、宮島達男、毛利悠子、森村泰昌、やなぎみわ
■会期
2025年12月20日(土)〜2026年3月8日(日)
■会場
京都国立近代美術館
開場時間
10:00 〜 18:00(金曜日は20:00まで)
詳細はこちら
ARTIST

西條茜
アーティスト
1989年生まれ。2014年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻陶磁器分野修了。2013年ロンドンロイヤルカレッジオブアートへ交換留学。2020年度京都市芸術文化特別奨励者認定者。近年は陶磁器の特徴ともいえる内部の空洞と表面の艶やかな質感から「身体性」をキーワードに、陶彫作品及びそれらに息や声を吹き込むパフォーマンスを発表している。一方で世界各地にある窯元などに滞在し、地元の伝説や史実に基づいた作品も制作している。主な展覧会に、国際芸術祭「あいち2025」(愛知県陶磁美術館/愛知/2025)、第1回 MIMOCA EYE/ミモカアイ 大賞受賞記念 西條茜展「ダブル・タッチ」(丸⻲市猪熊弦一郎現代美術館/香川/2025)、「石川順惠、西條茜」(Blum/東京/2024)、「コレクションズ・ラリー 愛知県美術館・愛知県陶磁美術館 共同企画」(愛知県美術館/2024)、「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」(森美術館/東京/2023)、個展「文化村クリエイションvol.3西條茜「やまの満ち引き」」(なら歴史芸術文化村/2023)、個展「Phantom Body」(アートコートギャラリー/大阪/2022)、「第4回 金沢・世界工芸トリエンナーレ企画展「越境する工芸」」(金沢21世紀美術館市民ギャラリー/2019)など。
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