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2025.12.24

【前編】現代アーティストの創作を支える信楽焼の工房「丸倍製陶」へ / 連載「作家のB面」 Vol.38 西條茜

Photo / Yuki Onishi
Text / Yutaka Tsukada
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話を深掘りする。

今回訪れたのは、自然に囲まれた高原地帯で、街のあちこちに大小さまざまな狸のやきものが並ぶ滋賀県・信楽。日本でも指折りの陶器の産地でもあるこの地で待ち合わせたのは、陶磁器を用いて「身体性」をテーマに作品を手がけるアーティスト・西條茜さん。普段から制作のために足繁く通う丸倍製陶を案内してもらい、代表の神崎倍充さんも交えて、この土地と制作の関係をうかがった。

三十八人目の作家

西條茜

 

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陶磁器がもつ内部の空洞と外面の艶やかな質感との対比から「身体」との親和性を見出し、独自の陶造形を探究するアーティスト。彫刻としての存在感に加え、パフォーマーとともに作品へ息や声を吹き込むパフォーマンスを行う。また日本各地や海外の窯元に滞在し、土地の伝承や歴史を手がかりに、その地ならではの物語を宿す作品も制作している。

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《ホムンクルス》(2020)京都市立芸術大学芸術資料館蔵

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《甘い共鳴》(2021) 愛知県美術館蔵 Photo: Masahito Yamamoto

 

アーティストの制作を支える丸倍製陶

今回のB面は丸倍製陶で制作や信楽という産地についてうかがった。左から西條茜さん、丸倍製陶の神崎倍充さん

――今回、西條さんの作品制作に協力している信楽にある丸倍製陶にお邪魔しました。まず、なぜB面の取材場所として訪れようと思ったのでしょうか?

西條:私は趣味っていうものがあまりなくて、どうしようかと考えている時に、時々制作で訪れる信楽について話したいなと思いました。信楽には、私みたいにやきもので大きな作品を作る作家が国内外からたくさんやってきます。制作には技術者や職人の方が関わっていることが多くて、そういった信楽という産地のあり方や町の魅力を伝えられたらなと思いました。

それで今回は私が制作でお世話になっている丸倍製陶で取材をお願いすることにしました。工房は代表で神崎倍充さんが案内してくれます。建物の2階に植物があって、あれは全部果物なんです。果物は神崎さんが作るお菓子に使われるそうです。

神崎:お菓子の話はまあええわ(苦笑)、そしたら工場をざっと案内しますね。

工房の1階には2メートルの作品も制作できる大きなガス窯。過去には巨大な植木鉢の大量生産を主に行なっていたという。当時は常に窯を稼働させて、足元にあるレーンを使って窯詰めを忙しなく繰り返していた

2階には乾燥室があり、1階の窯の排気口から出る熱を利用して環境を作る。蒸気を部屋に入れると温度計は50度を振り切る

神崎さんが作った作品など

――西條さんは、どういう作品を制作するとき丸倍製陶に訪れているのでしょうか?

西條:陶の作品を作るために自分の窯も持っているんですが、そこまで大きくなくて。なのである程度サイズ感があるものを作るときはこちらで焼かせてもらっています。それと作り方に困ったとき作品の構造についてや、作品に使う土についても丸倍製陶の神崎さんに相談に乗ってもらっています。京都の自宅から車で通ったり、忙しいときには近隣のレジデンス施設に泊まって制作に取り組むこともあります。

――丸倍製陶で製作を行うようになった経緯について聞かせてください。

西條:この近辺に「滋賀県立陶芸の森」という美術館やアーティスト・イン・レジデンスなどからなる施設があって、最初はそこの窯を使って制作していました。だた、私の作品サイズが大きくなってきたり、コロナも落ち着いて海外の作家もまた来るようになったことも影響し、陶芸の森で制作するのが難しくなってきたんですね。

そこで陶芸の森の元職員で、今は「シガラキ・シェア・スタジオ」という共同の陶芸スタジオを運営されている杉山道夫さんに丸倍製陶の神崎さんを紹介してもらいました。杉山さんは陶芸の森でレジデンス事業を担当されていたんでしたっけ?

神崎:そうですね。在職中は滞在制作プログラムをはじめ、ほかにも信楽の窯元が作った陶器の展示なんかもやってはりました。退職されてからも、引き続きシガラキ・シェア・スタジオでアーティストの支援を続けておられます。丸倍製陶は、いわばその協力工房みたいなとこなんですね。

杉山さんは陶芸の森にいたころのご縁もあって、ほんまにたくさんの作家さんからいろいろと相談を受けるんですね。ただ大きな窯をお持ちやないので、作家さんから「大きい作品を作りたい」という要望があると、うちに協力してくれへんか、という話が回ってくるんです。西條さんもその流れで制作のお手伝いをするようになりました。うちでは、西條さんのほかにも、さまざまな作家さんに協力させてもらってます。

杉山さんは作家さんやアーティストだけやなくて、信楽の職人のこともようご存じで。巧みにろくろを引いて湯吞みなどの小物を機械みたいにきれいに仕上げはる方もおれば、お風呂の桶みたいな大物専門の職人さんもいてはります。そういう商業としてやっている僕ら職人と、芸術作品を制作しているアーティストさんとを彼がうまく繋いでくださるんですね。

工房の1階の隅には昔ながらの土壁の別室がある。「実はここが親父の代まで使っていた工房なんです。元々は手引きして成形した土を窯元に売る商売をしていましたが、跡取りの男の子が生まれたっていうので焼き場を増築したんです。成形に使っていた部屋は今でも使っていて、というのは信楽って冬になると気温がマイナスになって成形した土が凍って使い物にならなくなる。でも土壁の部屋は保温機能が高いので、ここなら凍らない。この辺りの工房は昔ながらの家に増築しているところが多いですよ」

 

信楽は昔から大きな陶器を作ってきた

――2025年3月までグランフロント⼤阪で1年間にわたり展示されていた《Rebecca/レベッカ》はここで制作された最初の作品とのことです。プランを聞いたときの印象はどうでしたか?

神崎:お話聞いた時には、もうサイズなど細かいところまで決まっておりました。ただそれが、うちの窯には入らない2メートル以上の大きさのもので、どう分割していくかが課題になりました。最終的に3つのパーツに分けて制作を進めたのですが、合わせると何百キロにもなりますので、窯詰めもなかなか大変で。焼く前の作品というのは、まだ土の塊の状態なので、ちょっとした衝撃で欠けてしまうこともあるんです。

西條:神崎さんだけではなくて、ろくろでベースを作ってもらった職人さんにも知恵を絞ってもらいました。ろくろで大きなベースを作ってもらって、その上の突起を私が手で作っていきました。結果的にとても上手くいったと思います。

解体された状態で保管されていた《Rebecca/レベッカ》

《Rebecca/レベッカ》を焼いた窯

神崎:別々に焼いたものを後で繋ぎ合わせていくわけですが、それが自然に見えるのかどうかに少し不安がありました。けれど焼きあがってから実際に組み合わせてみたら、「完璧にできてるやん」と思いまして(笑)。

西條:あと金の焼き付け時の温度調整も大変でしたよね。

神崎:そうですね。金は釉薬みたいに1200度のような高温やのうて、だいたい700度ほどの低温で焼成するんです。温度が上がりすぎると揮発してしまいますし、逆に低すぎるとしっかり定着してくれません。窯の温度自体はデジタルの温度計で把握できますので、調整そのものは難しくないんですけれど、金は高価なもんですし、注意が必要でした。

よく、コップの縁とか取っ手に金が付いてるものがありますけど、スポンジで洗うと取れてしまうことがありますやろ。あれは何でかというと、焼成のときにガスがかかってしまい、うまいこと定着してへん場合があるからなんです。そういう事情もあって、金はふつう電気窯で焼くんですけれど、今回は作品のサイズからして、うちのガス窯で焼くしかなかったんですね。

こういう懸念もありましたので、焼き上がったときは良う見えても、1年間の屋外展示に耐えられるかどうか、ずっと不安ではありました。でも先日、展示期間が終わって戻ってきた作品を見たら、金はしっかり定着してくれていたことが分かりほっとしました。

西條:もう実験(笑)。作品に使った金の部分だけで全部で50万くらいするんですけど、それが揮発しちゃったら一瞬で消えちゃうので最新の注意をしてもらいながら焼成していただきました。神崎さんのおかげです。

神崎:いやいやいや(苦笑)。今はデジタルの温度計もありますし、それこそ江戸時代とか窯の火の色を見て、ちょっと今光ってきたから1200度超えてきたわとかそんな感じで、それに比べれば簡単にはなっているかもしれないよ。

西條:作品も大阪の次は日本を離れて来年には海外に設置される予定なので、神崎さんのおかげですよ。

《Rebecca/レベッカ》(2024)

ーー信楽といえば狸の置物が有名です。街の商店には巨大な狸のやきものがたくさん置かれていて印象的でした。ここでは昔から大きなやきものを作るのが盛んだったのでしょうか。

神崎:日本には有田をはじめ、窯業の産地がいろいろありますけれど、それぞれ「土」に特色があるんですね。そもそも陶磁器は、石を主原料にする「磁器」と、粘土を主原料にする「陶器」に分かれるんです。有田焼や九谷焼は磁器で、信楽焼や備前焼は陶器になります。陶器に共通した特徴でもありますが、信楽の土はとくに粒子が粗うて、熱による収縮や歪みが少ないので、大きなものを作るのに向いてるんですね。

ですので、昭和20年ごろまでは、火鉢がこの信楽でよう作られていたそうです。当時はまだストーブも普及しておらんかったので、家の中で暖をとるには火鉢ぐらいしか方法がなかったんですね。なのでほんまよう売れて、栄えたみたいです。

そのあと、そのときに培われた技術を応用して植木鉢を作ってたんですが、プラスチック製のものが出てきてからは、それもだんだん下火になりました。今はInstagramなどのSNSを通じて信楽を知ってくださる方が増えて、食器を買ってくださる方も多くなりましたけれど、こうした流れはほんまに最近のことでして、元々は、粒子の粗い扱いやすい土を使うて、大きいもんを作ってきた土地なんです。

飲食店から依頼があった食器を制作する神崎さん。「海外のレストランからの依頼も多いのと、最近ではスーパー銭湯に置いてある陶器の一人用の風呂とかも作りましたね」

 

陶器から感じる作家の手触り

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後編はこちら!

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【後編】工芸が教えてくれる、身体の実感 / 連載「作家のB面」 Vol.38 西條茜

  • #西條茜 #連載

――西條さんは「あいち2025」にも参加されました。愛知県陶磁美術館のある瀬戸市もやきものの街です。なにか信楽との違いは感じられましたか?

西條:瀬戸は磁器も陶器もどちらも作ってきた歴史があるので、どんなやきものでも作れてしまうマルチな産地という印象です。土だけでなく、顔料、燃料の木も豊富で、陶芸をする上で必要なものが全て揃っています。

信楽の暮らしにも関心を寄せる西條さん。近江地方の葬儀に関する本を持参し、神崎さんに実際あった窯元で行われていた火葬の慣習について質問する一場面も

――この丸倍製陶でも制作を行っていたアーティストの梅津庸一さんは、あるインタビューで瀬戸は機械化されていて、信楽は人の手の味わいも感じさせると語っていました。

神崎:僕は中学校を卒業してから、多治見で6年間勉強させてもらったんです。そこで信楽とはまったく違うことにほんま驚きましてね。当時からすごく機械化されていて、ひとつのラインで1日に5000個も作る、そんな現場を見てカルチャーショックを受けたんです。たぶん瀬戸も大規模ですし、そう思うと、確かに信楽は手作業の部分が多いのかもしれません。有田焼なんかも工業化が進んでいますが、生産のほとんどが食器ですので、マシーンで量産して、そのままオートメーションで窯詰めするには適してるんでしょう。

明確な理由は分からないんですが、信楽は食器を大量生産するっていうことがあまりなかったので、機械化がそこまで進まんかったのかもしれません。ただもちろん、信楽でも機械は使っています。ろくろをモーターで回して、その上からコテを当て均一な器を成形する「機械ろくろ」が使われているんですが、これは磁器の産地などで導入されているローラーマシーンよりもまだ手作業が必要なもんで。だから、まだまだ手を使ってますね。

西條:信楽の陶器は生産が機械化されすぎていないぶん、たとえ同じシリーズの食器だとしても一つ一つ微妙に違って、作り手が見える感じがありますよね。一見均一な形に見えてもその中にちょっとした歪みやズレを発見すると、どこか親しみが湧きます。

神崎さん、今日はありがとうございました。取材の皆さんとは、この後「陶園」で話の続きができればと思います。素敵なお店なのでぜひ案内したいです。

Information

「セカイノコトワリ―私たちの時代の美術」

世界のグローバル化が進み、日本人作家の海外での発表の機会が増えた1990年代から現在までの美術表現を中心に、20名の国内作家による作品を紹介する展示。世界と人間との関係をめぐるアーティストたちの考察や実践を、「アイデンティティ」「身体」「歴史」「グローバル化社会」といったキーワードを手がかりに読み解きます。

◾️出品作家
青山悟、石原友明、AKI INOMATA、小谷元彦、笠原恵実子、風間サチコ、西條茜、志村信裕、高嶺格、竹村京、田中功起、手塚愛子、原田裕規、藤本由紀夫、古橋悌二、松井智惠、宮島達男、毛利悠子、森村泰昌、やなぎみわ

■会期
2025年12月20日(土)〜2026年3月8日(日)

■会場
京都国立近代美術館

開場時間
10:00 〜 18:00(金曜日は20:00まで)

 

詳細はこちら

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ARTIST

西條茜

アーティスト

1989年生まれ。2014年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻陶磁器分野修了。2013年ロンドンロイヤルカレッジオブアートへ交換留学。2020年度京都市芸術文化特別奨励者認定者。近年は陶磁器の特徴ともいえる内部の空洞と表面の艶やかな質感から「身体性」をキーワードに、陶彫作品及びそれらに息や声を吹き込むパフォーマンスを発表している。一方で世界各地にある窯元などに滞在し、地元の伝説や史実に基づいた作品も制作している。主な展覧会に、国際芸術祭「あいち2025」(愛知県陶磁美術館/愛知/2025)、第1回 MIMOCA EYE/ミモカアイ 大賞受賞記念 西條茜展「ダブル・タッチ」(丸⻲市猪熊弦一郎現代美術館/香川/2025)、「石川順惠、西條茜」(Blum/東京/2024)、「コレクションズ・ラリー 愛知県美術館・愛知県陶磁美術館 共同企画」(愛知県美術館/2024)、「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」(森美術館/東京/2023)、個展「文化村クリエイションvol.3西條茜「やまの満ち引き」」(なら歴史芸術文化村/2023)、個展「Phantom Body」(アートコートギャラリー/大阪/2022)、「第4回 金沢・世界工芸トリエンナーレ企画展「越境する工芸」」(金沢21世紀美術館市民ギャラリー/2019)など。

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