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2025.07.16

アーティスト ABANG 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.39

Edit / Eisuke Onda

独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動する、とに〜さんが、作家のアイデンティティに15問の質問で迫るシリーズ。今回は色彩豊かな作品を通して、人々の“当たり前”に問いかける韓国出身のアーティスト・ABANGさんに迫ります。

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アーティスト kurry 編 / 連載「作家のアイデンティティ」Vol.38

  • #アートテラー・とに〜 #連載

今回の作家:ABANG

ABANGの作品は、自由と官能の芸術表現を探求する個人的な欲望と願望から始まる。自由な生活は、既存の慣習に挑戦し、「なぜこれが当たり前なのか?」という問いを投げかけることで生まれる。社会から与えられたものとみなされている物や役割に新たな価値や意味を与え、非日常感を伝えることを目指す。「官能的な生活」は、自己の内面を臆することなく表現したいという衝動から生まれる。鮮やかな色彩、失敗や未完成の痕跡を分解して再構築するコラージュ、壊れた石膏像を再解釈するプロジェクトなどを通して、彼女は「全体性だけが価値ではない」、「何事も当たり前であってはならない」といったメッセージを伝えている。ABANGにとって、創造的なプロセスと、見慣れたものを変化させることから生まれる予期せぬ出来事は、彼女の作品に不可欠なものである。彼女は、見慣れた場所や風景を見慣れない方法で体験するよう鑑賞者を誘い、身の回りのあらゆるものが想定された普通であることに疑問を抱かせる。

 

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シリーズ「Sun don't go! ver.2」より

 

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ABANGさんに質問です。(とに〜)

今回のゲストは、ABANGさん。この連載初となる韓国出身のアーティストです。どんなことを質問しようかと、彼女についてネットでいろいろ情報を収集してみましたが、日本語での紹介はヒットしませんでした。ということは、おそらくこの記事がABANGさんを日本で初めて紹介する記事になるのかも。責任重大です! 慣れない韓国語の翻訳と格闘しながら判明したのは、ABANGさんがその芸術活動を通じて特に追求しているのが、「自由」と「セクシー」だということ。たしかに彼女の作品の多くには、自由な雰囲気と独特な官能性が漂っています。あくまで個人的な印象ですが、連休2日目のまったりとした午前中のような空気感と気だるさと言いましょうか。ともあれ、まずはその辺りから質問してみようと思います。


Q01. 作家を目指したきっかけは?

ある意味では、とても自然な流れだったと思います。子どもの頃から絵を描くのが好きで、ずっと絵を描く仕事に憧れていた気がします。

デザイン会社に勤めていた頃も、日常的に絵を描いていて、趣味で音楽公演ポスターなどを作っているうちに、「自分の絵もお金をもらって売れるんじゃないか?」という疑問がふと湧いてきたんです。

その疑問がきっかけになって、会社を辞めてフリーランスになりました。

「『ABANG』は韓国語の『어벙하다(ぼんやりしている・のんびりしている)』という言葉を、もっと可愛らしく発音したものです。高校生の頃からのあだ名です」

Q02. 職業病だなぁと思うことは?

病気というほどではないけれど、習慣……?


物や自然、映画などを見るとき、色をCMYKモードの数値で認識してしまいます。
微妙な色の違いにもけっこう敏感な方なんです。


Q03. ABANGさんが描く人物の目力、目線が印象的です。目を描く上でのこだわりはありますか?

まなざしと視線は、作品の中で最も重要視し、集中している部分です。

特に目を表現するときに気をつけているのは視線です。瞳がレンズをしっかりと見つめているのか、それともどこか虚空を見ているのかによって、絵の中の人物の気持ちや状況を想像させることができます。

人物の気持ちや状況は、絵全体の雰囲気を左右します。複数の人物が登場する場合は、様々な視線が生まれ、より豊かな物語が行き交うことになります。

「私の作品の中の4コマ日記シリーズ『Nights』を再編集してキャンバスに描いたものです」

「数年前に参加したグループ展への出品作です」


Q04. 「セクシー」を表現する上でもっとも大切にしていることは何ですか?

自分の価値観に従って行動しようとする心構えと、堂々と輝くまなざしです。

 

Q05. ABANGさんが描く人物の多くが、いわゆるモデル体型ではないのが印象的です。なぜですか?

私はモデル体型かどうかにこだわっているわけではありません。人の形をしていても、実際にはありえない筋肉や関節の形を持っているんです。それが絵画ならではの魅力ではないかと考えています。

これは第二の理由で、第一の理由は私の作品全体を通じて表現している「何も当然ではない」というメッセージを伝えたいからです。私たち一人一人の考えや視点、信念や知識はそれぞれ異なって解釈されるものであり、互いにとって当然のことではありません。

この前提は私の作品にも同じように当てはまります。人物やオブジェは私の主観に基づき、当然そうであろう形や色を備えていません。そしてときには影がなかったり、遠近法が崩れていたりすることもあります。

「Nights」シリーズ


Q06. 「自由」を表現する上でもっとも大切にしていることは何ですか?

うーん、「自由」をわざわざ表現しようとしているわけではなくて……
。

自分の考えや行動ができるだけ自由な状態であるときに、それが絵に表れてくるような気がします。だから、「自由を表現する」ときに一番大切なのは、描く人と見る人の心のあり方かもしれません。

「生活をしていると、だんだん考え方が固定されて行動が画一的になってしまうのを感じます。私が一番自由だと感じたのは、一人でヨーロッパを旅しているときでした。自由な状態を保つために、定期的にあまり計画を立てず海外旅行に行くようにしています。それが難しいときは、旅先で感じた気持ちをなるべく再現できるようにしています。その中で、一番手軽にできるのが『何もせずに音楽を聴くこと』です」

Q07. 油彩画を描く際、筆で塗った後に布で拭うのはなぜですか?

私なりの絵を描く方法の一つです。

何度も重ね塗りして色をより濃く積み上げることもできるし、濃い色を拭き取って薄い色にすることもできるからです。布で拭き取ると、筆で描いたときよりも絵の具と油分がキャンバスに柔らかく染み込むんです。

私の絵は色味が強めなので、境界や質感の表現は少し控えめにしたいと思っています。

制作中のABANGさん

Q08. モチーフに石膏像がよく登場するのはなぜですか?

そうですね。実際に石膏像を割って作品に使うこともあれば、石膏像のイメージを平面で表現することもあります。

石膏像は人の形をした物体だという点で面白いと思います。似たような外見を持っているけれど感情や思考がない石膏像に表情を与え、逆に人間からは表情を奪って、何を考えているのか、どんな気持ちなのかさっぱり分からなくさせる表現をすることで、違和感を感じさせることができると思います。

現実とは異なる違和感や微妙さは、絵画でしか味わえない面白さだと思っていて、そういうところが好きなんだと思います。

壊れた石膏に着彩した作品たち

Q09. 今後描いてみたい日本のモチーフはありますか?

日本には魅力的で多様な、根強い人気のあるキャラクターがたくさんありますよね。
私はアンパンマンが好きです。


キャラクターとストーリーを自分のスタイルで描いてみたいと思うこともあります。

 

Q10. アトリエの一番のこだわり or 自慢の作業道具など。

日差しがよく差し込み、漢江が見える眺めと、赤いカーテンです。

アトリエのカーテンとABANGさん


Q11. 青春時代、一番影響を受けたものは何ですか?

サンバ音楽です。
サンバとブラジルの文化は、私の感性の根っこにあるものです。ときには波打つような感情をすみずみまで穏やかに、爽やかにしてくれて、ときには沈んだ気持ちさえ何でもないことのように吹き飛ばしてくれます。


サンバ音楽を演奏するパーカッションバンドを趣味でやっていたこともありました。

サンバは、私にとって音楽以上の存在なんです。

「作業時間が長く、音が作品に与える影響が大きいため、音楽はとても大切です。叙情的なサンバやボサノバが一番好きですが、ビートの遅いブラックミュージックなど、ジャンルを問わずさまざまな音楽が好きです。 Erykah BaduやLous and The Yakuzaの声も好きで、ブラジルの歌手ではDjavanが好きです。ヨシザワアキエのレコード(写真上)は沖縄旅行で購入したもので、実は彼女が誰か知らず、笑顔が素敵だったので買いました。日本のシティポップももちろん好きです。爽やかで楽しい気分になりたいときは、特に聴きたくなります」


Q12. もしも作家になってなかったら、今何になっていたと思いますか?

今でもなりたいものはたくさんありますが、願望ではなく現実的に可能性のあるものを選ぶとしたら、美術の先生になっていたと思います。


今もドローイングクラスを運営して絵を教えています。主に鉛筆、色鉛筆、マーカーなどを使って人物を描く内容で、少人数制で行っています。一緒にドローイングトリップに出かけたり、いろいろなイベントを企画したりもします。今も「Abang Drawing Club」というクラスを運営して絵を教えています。来年は、クラスの規模やクオリティをもう少し高めたいと考えています。

先生という答えを除くとたぶん……旅行クリエイターになっていたんじゃないかと思います。
旅行も好きですし、写真や映像の撮影も好きなんです。

20歳のときに本で読んで以来、真夏の沖縄に対する憧れがありましたが、先日ようやく行ってきました。
今はアンパンマンの街に行ってみたいです。

 

「今回の個展も旅をテーマにしていますし、旅に関する作品は本当にたくさんあります。私の旅はかなり即興的で、旅先でのドローイングは下書きなしで描いています。なので、ペインティング作品もその流れのまま、旅先での雰囲気を反映したものが多いです」

「2023年12月の個展『Sun, don't go』で展示したタイル作品の一部です。 絵の描かれたタイルを使って壁一面を埋め尽くすような作品で、私の旅のドローイングをもとにしています」

「この絵はPinterestで見つけた写真を見て描いた作品です。こんな場所に旅行してみたいですね」


Q13. 好きな日本人のアーティストがいれば教えてください。

草間彌生さんです。
彼女に関するドキュメンタリーを見て、とても強い興味を持ちました。時代を越える大胆さや情熱、自由さと執念といったものが、100歳近い高齢の彼女の作品から今なお感じられる点が素晴らしいと思います。

是枝裕和監督も好きです。
閉ざされた映像を通じて共感覚的な体験ができる映画だと感じます。彼の作品は温かくて爽やかでありながら、とても乾いた方法で心の奥深くを刺し貫きます。

ABANGさん、好きな日本語はなんですか? 「早く逃げる!」


Q14. 日本と韓国のアートで違いを感じることがあれば教えてください。

市場性の違いだと思います。現代美術の観点から見ると、日本は昔から民間市場やギャラリー中心の流通構造がよく発達しており、オークションやコレクター市場も活発だと考えています。

実際に日本の作家のオークション落札記録や国際市場への進出も盛んな一方で、韓国は長い間、国公立を中心とした展示や支援に依存してきたように思います。そのため、韓国の作家は国内外のオークションで日本の作家に比べて相対的に低い評価を受けることが多いと見ています。

こうした点から差を感じます。


Q15. 韓国を訪れたら絶対に食べたほうがいいものがあれば教えてください。

おすすめしたい料理はたくさんあります。

一番手軽に食べられるのは、トッポッキ+スンデ+揚げ物+キンパの組み合わせです。みんなで一緒に注文して、一口で全部食べるのがいいですよ^^

カラフルでのびやか、軽やかなABANGさんの絵画。まるで風まかせの旅をするかのように、感覚的に描いているのかと思いきや。実際に作品を観れば観るほど、ただ感覚的なのではなく、むしろ複層的な印象を受けます。その理由が、ABANGさんの答えを聞いてわかったような気がします。モチーフの選び方や技法のこだわり、表現に関しての姿勢、さらには、現在のアートマーケットを冷静に分析する視点など、さまざまな要素が複雑に重なっていたのですね。
トッポッキ、スンデ、揚げ物、キンパを一緒に食べるという発想すらなかったですが、きっと一口で食べたら、ABANGさんの絵画くらい複層的な味わいになるのでしょう。是非試してみます!(とに〜)

Information


ABANG  Solo exhibition 「Sun, Don’t Go! ver.2」

■会期
2025年7月19日(土)~8月3日(日) ※月曜休廊
営業時間:12:00~19:00

■場所
SH GALLERY tokyo
東京都渋谷区神宮前3-20-9 WAVEビル3F

入場料:無料

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ARTIST

ABANG

アーティスト

アーティスト。ソウル出身。ABANGの作品は、自由と官能の芸術表現を探求する個人的な欲望と願望から始まる。自由な生活は、既存の慣習に挑戦し、「なぜこれが当たり前なのか?」という問いを投げかけることで生まれる。社会から与えられたものとみなされている物や役割に新たな価値や意味を与え、非日常感を伝えることを目指す。「官能的な生活」は、自己の内面を臆することなく表現したいという衝動から生まれる。鮮やかな色彩、失敗や未完成の痕跡を分解して再構築するコラージュ、壊れた石膏像を再解釈するプロジェクトなどを通して、彼女は「全体性だけが価値ではない」、「何事も当たり前であってはならない」といったメッセージを伝えている。ABANGにとって、創造的なプロセスと、見慣れたものを変化させることから生まれる予期せぬ出来事は、彼女の作品に不可欠なものである。彼女は、見慣れた場所や風景を見慣れない方法で体験するよう鑑賞者を誘い、身の回りのあらゆるものが想定された普通であることに疑問を抱かせる。

DOORS

アートテラー・とに~

アートテラー

1983年生まれ。元吉本興業のお笑い芸人。 芸人活動の傍ら趣味で書き続けていたアートブログが人気となり、現在は、独自の切り口で美術の世界をわかりやすく、かつ楽しく紹介する「アートテラー」として活動。 美術館での公式トークイベントでのガイドや美術講座の講師、アートツアーの企画運営をはじめ、雑誌連載、ラジオやテレビへの出演など、幅広く活動中。 アートブログ https://ameblo.jp/artony/ 《主な著書》 『ようこそ!西洋絵画の流れがラクラク頭に入る美術館へ』(誠文堂新光社) 『名画たちのホンネ』(三笠書房) 

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