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REPORT
2024.10.30
展覧会という物語から、作家の人生を目撃する / 大人だからこそ楽しめるルイーズ・ブルジョワ展
Critic / Yutaka Tsukada
ARToVILLAの人気長寿連載「街中アート探訪記」で、日々パブリックアートから新たな発見を見出しているDOORSのライター・大北栄人、評論家・塚田優。
そんなふたりが、今回は街中ではなく美術館の中で作品を正面から鑑賞してみた。訪れたのは、東京・六本木の森美術館。同連載の人気回で紹介した六本木ヒルズの巨大な蜘蛛を制作した作家である、ルイーズ・ブルジョワの展覧会が開催中だ。
今回は、『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』(2025年1月19日まで)を、ミュージアムショップまで余すところなく味わってきたレポートをお届けする。
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■回顧展をどう楽しめばいいのか
大北:ARToVILLAでパブリックアートの連載をしている私達ですが、今回は初めて展覧会をめぐります。『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』を観に森美術館にやってきました。今日はそもそも展覧会ってどんな風に観ればいいの? ってところも含めて考えてみたいと思ってます。
塚田:そうですね。今日はブルジョワ展を巡りながら、展覧会の楽しみ方についてもお話しましょう。こういう大規模な展覧会だと、エントランスに大きくメインビジュアルが掲示されていることがありますが、まず写真がいいですね。ブルジョワが『ママン』の蜘蛛とこんなに仲良さそうにしてるのは結構衝撃です(笑)。
大北:複雑な家庭環境の結果、蜘蛛が生まれたという話をこの連載で取り上げたときに聞きましたが……まさかこんな感じとは。
塚田:タイトルも衝撃的なんですが、この写真とタイトルを並べて見ると、ブルジョワ自身が、ある種のユーモアに富んだ人であったということがわかりますね。
大北:美術展といえば最初にテキストがありますよね。こういうのちゃんと読みますか?
塚田:読みますけどわりかし斜め読みで済ませます。自分にとって必要な情報を抜き取ればいいと思います。
大北:ざっと見て単語を拾うと「ブラックユーモア」がありますね。いや、このペースで観てると終わらない……次に行きましょう。
■これから私達はブルジョワの人生を目撃する
《隠された過去》部分(2004) Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:うわ、始まりからすごい。第一章『私を見捨てないで』!? ショッキングな幕開けですね。
塚田:以前も話しましたがおさらいしますね。ブルジョワは自分の家の住み込みの家庭教師がお父さんと不貞行為をしていて、かつそれが黙認されている家庭内の不和に思い悩んでいました。しかもその母親も、病気で早くに亡くなってしまうんですね。
大北:お母さん不遇なうえに早く亡くなるんだ。つらいな~。
塚田:第2次世界大戦が起こる前ぐらいにフランスからアメリカに移住して、母国は戦争してて大変だし、自分の人生も大変だしで波乱万丈な人生を送りました。
ルイーズ・ブルジョワ《家出娘》 1938年頃 油彩、木炭、鉛筆、キャンバス 61×38.1cm 撮影:Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York
大北:ここにある作品のタイトルも『家出娘』。1938年だから移住の頃ですかね。『私を見捨てないで』とあわせてこれからブルジョワの人生を見るんだぞという始まりですね。
塚田:今回はひとりの作家に焦点を当ててキャリアを振り返る“回顧展”です。ブルジョワは自分の人生や葛藤を作品に昇華するタイプの作家ということもあり、回顧展としてパッケージしやすい作家だと思います。
大北:なるほど、人生を作品にぶつけてきた人。蜘蛛の作品の話を聞いた時に「物語だ」って話しましたけど、ここではそれを人生単位で味わえるんだ。
展示風景 「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」森美術館(東京)2024年 撮影:長谷川健太 © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
展示風景 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:文字が映像で流れていてかっこいい空間に。
塚田:第1室目はインパクトを与えなければならなかったりするので、どの展覧会もよく考えられてるなって思います。
大北:こんなに体のパーツをいっぱい作ってるんですね。
塚田:体をモチーフに、女性性や男性性をテーマにした作品を制作しているわけです。ブルジョワには「わたしの彫刻はわたしの身体」というような言葉がありますが、それを踏まえるとこれらの作品群がより生々しく見えてきます。例えばこれ、女性器を思わせるようなものに釘のようなものがたくさん打ち込まれてる。自傷行為のような痛々しさがある作品です。
大北:ほんとだ、それを第1室のカドに置いてますからね。これからこういうものを見ていくぞ、と。
塚田:こっちは男根を思わせるような。
大北:具体的ではないのにすごく性的な何かを感じさせますね。すごいなあ。
《もとに戻す(内部要素)》(1999–2000年)Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
塚田:この彫刻も面白いですね。ブルジョワを考えるときに、女性の多面性というキーワードで読み解いていくとわかりやすいです。まず、女性としてブルジョワがいる。次に母親として、また美術作家として、と複数の顔を持ってるわけですよね。そしてこれは顔が3つある。
大北:あー、それってもうめちゃめちゃみんな身にしみる話で、自分たちの生活に近い話ですよね。
■表現方法は模索され続けるも一貫して女性性を描く
大北:うわうわうわ、次の部屋もすごく女性っぽいものがある。グワッシュとあるのでこれは水彩ですか。
塚田:そうです。正確には不透明な水彩ということなんですが、これにいたってはタイトルも『女』ですしね。『ママン』はワーカホリックに巣を作る蜘蛛を母に見立てて表現した作品でしたが、母性というのがブルジョワの表現にとって重要なことがよくわかります。
大北:いやもうラッセンのイルカぐらい一貫してますね。
塚田:その一貫性を、様々な材料や技法で作品にしているわけです。
《授乳》(2007年)Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:ですね。色のにじみとかから女性性のようなものが感じられる。ちゃんとしてますね。
塚田:授乳風景を抽象的に、でもその一方で生々しさも感じられるように描いてます。絵の具のコントロールも達者だ。
大北:絵もあれば座布団みたいな織物(《私は恐れている》 2009年)があったり、1つのテーマで表現方法がたくさんありますね。
展示風景 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:うわあ~、と声が出ますね。大人だからこそめちゃめちゃ感じるところがありますね。女性の大変さなんて子供の時はよくわからなかった。
塚田:だからこそ時代を超えて共感や感動を与えることができるんでしょうね。
六本木ヒルズの名所『蜘蛛』についてふたりが深掘り
■女性を生きるブルジョワとフェミニズム
大北:テキストによると美術史家のゴールドウォーターさんと結婚されたんですね。美術一家だ。
塚田:そうですね。1930~40年代って、美術の中心がアメリカに移る過渡期だったんです。だからブルジョワは業界の中では、美術史家の妻としての振る舞いをまず求められたわけです。その難しさがやっぱり彼女の中にあったらしく、女性の多面性がテーマとしてせりあがってきたんじゃないかなと。
ルイーズ・ブルジョワ《ファム・メゾン(女・家)》 1946-1947年 油彩、インク、リネン 91.4×35.6cm 撮影:Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York
塚田:《ファム・メゾン(女・家)》という初期の作品では家を守らなきゃいけない、家に閉じ込められた女性を描いてますね。この作品は1960年代後半から70年代にかけて、フェミニズムが盛り上がってきたころ支持されていたそうです。
ルイーズ・ブルジョワ《C.O.Y.O.T.E.》 1947-1949年(1979年に改題、ピンクに塗装) 塗料、ブロンズ、ステンレス鋼 131.8×209.6×28.9cm 撮影:Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York
大北:この『C.O.Y.O.T.E.』は自作を後に塗り替えて出したんですね。フェミニズム活動家であるマルゴ・セントジェームズの娼婦の人権を守る組織名「COYOTE(Call Off Your Old Tired Ethics)」にちなんだタイトルをつけた、とありますね。ブルジョワ自身も政治的な運動をしてたんですかね。
塚田:自身のことはフェミニストではないと公言していましたが、ジェンダー不平等に抗議する運動には参加していたんですよね。
ルイーズ・ブルジョワ《わたしの青空》(1989–2003年)Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
塚田:この窓を模した作品も興味深いです。自分は家の中にいるけど、こういう風に外の世界を見ているっていう状況は、ブルジョワが閉じ込められていたころの思いを追体験しているかのようです。外界への関心があるけれども、自分は内側にいるというパラドックス。家に束縛された存在としての女性が、まったくそれを描いてないにもかかわらずネガとして浮かび上がってくるようです。
大北:あー、なるほど。これは「中にいる」ことをこうやって表現するんだ。窓まで作っちゃうんですよね。そうすると、中にいる感じが出る。
塚田:ぼくたちが内側にいる感じになります。
大北:ちょっとしたVR体験装置だ。
《ヒステリーのアーチ》1993年 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
■装置としての美術館
大北:わー、すごい背景がありますね。すいません、初めてこの森美術館という装置を体験してます(笑)。
塚田:装置を味わうことが美術館に行くことの醍醐味です。大北さんも演劇作られてますが、箱の特性を活かしながら演出されますよね。
大北:演劇はテントで芝居したり装置の話ばっかりしてますからね(笑)。
塚田:森美術館といえばビル群が背景に見えるこの部屋をどう使うかがいつも見どころのひとつなんです。今回は『ヒステリーのアーチ』という作品が置かれてますね。
大北:「この展覧会はこれがここに来たか」という視点があるんですね。
塚田:そうですね。それで『ヒステリーのアーチ』に話を戻しますが、ヒステリーって女性特有の病気とされていた期間が長かったんです。それから19世紀に研究が進んで、偏見自体は修正されるわけですけども、これはそんなヒステリー特有の大きく体をのけぞらせたりする身振りを、男性の形で彫刻にしてる作品です。
《ヒステリーのアーチ》1993年 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:そっか、ヒステリー。なるほど、丸にも見えるし。
塚田:で、それの向こう側に……。
大北:ビル群がまた権力の象徴で男性性のようでもあり。
塚田:そうそう。そういう解釈を誘うような位置にこの作品が置かれてるっていうのは見せ方としてすごく演出が立ってますよね。
大北:いや、そうですよね「(演出をちゃんと)やってるなあ!」ですね。
塚田:そうやって企画側にやっていただいたことをちゃんと美味しくいただいて持ち帰るのが展覧会の醍醐味です。
大北:こういう風に観てくださいねをちゃんと味わう、正しいコミュニケーションができたなあ~。
塚田:展覧会の観覧料金ってある程度しますから、「元を取る」というと下世話すぎますが、その場所でしか体験できないことは大切にしましょう。
展示風景 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
■うつ状態と精神分析
大北:第二章『地獄から帰ってきたところ』。すごいタイトルですけど何が始まるんですかね。
塚田:解説によると父親に対するいろんな思いがどういう風に作品になってるかっていうテーマがあるようです。
大北:ブルジョワが深刻な鬱状態に陥るのはお父さんが亡くなったからなんですか!? お父さんに苦しめられてたんじゃ?
塚田:強権的な父親は家族に対して支配的な振る舞いをする一方、ブルジョワ自身は父親にすごく認められたい、愛されたいという相反する感情を持ってたんです。ブルジョワは自殺未遂もしてるんですが、その時に助けてくれたのは父親だったり、相当色々な思いはあったんだろうなと。そんな父親が亡くなった後、鬱状態になったブルジョワは10年以上作品を作れてないんですよ。
大北:うわ、ほんとだ。「そして精神分析に救いを求めて」と書かれてますね。
塚田:ライティングも赤に変わりましたね。「赤は感情の激しさを伝える色」だそうです。
ルイーズ・ブルジョワ《父の破壊》 1974年 アーカイバル・ポリウレタン樹脂、木、布、照明 237.8×362.3×248.6cm 所蔵:グレンストーン美術館(米国メリーランド州ポトマック) 撮影:Ron Amstutz © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York
大北:うわー、すごいなこれ。『父の破壊』。女性性のテーマパークみたいだ。
塚田:インスタレーション特有の劇的な感じを生かした作品ですね。
《罪人2番》(1998) Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:塀で囲まれた中で向き合う。心の闇!
塚田:これめっちゃ精神分析っぽいですよね。椅子があって。解説には他者の眼差しや視線というワードもあります。
大北:ブルジョワが鬱状態にあった1950年代、60年代はまさに精神分析が盛り上がってた頃でしたでしょうしね。
塚田:そうですね。それこそブルジョワは精神分析を受けていた時代も長かったんで、理論にもすごく精通してます。ラカンのことは一部認めつつも、あいつは偽物みたいに言ってて。やっぱり自分は当事者ですから、ラカンの理路整然とした整理の仕方は必ずしも肯定できるものではなかった。
大北:ラカンはぶっとんだ理論がおもしろいですもんね。偽物呼ばわりかぁ。ますますブルジョワに信頼がおけます。
塚田:いかにも男根の形をしているこの作品は、タイトルが『少女(可憐版)』なんですよ。
大北:「性的な観点から言うと、私は男性性をとても繊細なものだと考えている。それは女性、つまり私が、守るべきものなのだ。これはとても重要なことである。私は男性器を守らなければならないと思う」というブルジョワのこの発言、一見意味がとりにくいですが、フロイトやラカンの精神分析理論はこんな話ばっかりですよ。
塚田:大北さん実はそこそこラカニアンですもんね。昔コントで取り上げたりしてたから分かるんですね(笑)。そういう男性、女性の両義性がかなりこの作品には凝縮されてます。ここの上の部分が、なんか制服の襟みたいを思わせるっていう解釈もされてます。
大北:へえ! こんな目を背けたくなるような形のもので制服の襟を考えるのか。美術の世界はすごいなあ。
ルイーズ・ブルジョワ《カップルIV》 1997年 布、革、ステンレス鋼、プラスチック、木、ガラス 彫刻:50.8×165.1×77.5cm 展示ケース:182.9×208.3×109.2cm 撮影:Christopher Burke © The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York
大北:でもこの展覧会、大人が見たら面白いですよね。セクシャルなものがあっても落ち着いて見られるし。提示されてる問題も性別のとこから起因していてみんな身にしみる話だし。性ってずっと問題を孕みますよね。
塚田:大人ならポルノ的なものっていうよりかは、日々の営みだとか、生まれて死んでみたいなことをそもそも我々は繰り返してるわけですから、そういった目線で観れますよね。
大北:やはりフェミニズムにしろ精神分析にしろ1950年や60年代に盛り上がったものの影響をめちゃくちゃ受けてるってことですよね。
塚田:そうですね。戦争の時代も経験してますし。
大北:アーティストと作品は時代をもろに反映しますねえ。
■作品を通じて人生を修復する
展示風景 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:第三章まで来ました。展覧会の最後は収束に向かうんですかね。
塚田:収束というか「修復」だそうですね。制作することで精神的な安定を得ていた人なのでそういう言葉が出てきたんでしょう。
塚田:ブルジョワさんが喋っている映像もありますね。
大北:第1室のパフォーマンスのビデオでは、パフォーマーに「あの母親が」とか言わせていて、こんな直接的な表現を使うのかと驚きました。
塚田:ブルジョワにとって言葉は重要な要素だったんですね。同じぐらいの価値を持ってる。鬱状態で制作ができない頃も言葉は書いてたみたいですし。
大北:ずっと悩んでたんだろうな~。つれ~。
塚田:でもこういう風に作品を残すことでバランスを保ってたんですね。
展示風景 Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
大北:うわー、ここに来てまた蜘蛛。これだけブルジョワの苦悩と模索をたくさん見た後で蜘蛛がようやく来たと。クライマックス感がありますね。
塚田:2室目くらいにもありましたよね。最初と最後が蜘蛛で締められてる。
大北:いやあ、よくわかりました。ここまでたくさん自分の悩みを表してるものが作品として出てきたけど、蜘蛛みたいに他の具体的なものに置き換えたものは実はあんまりなくて。蜘蛛は一生を通じてようやく発見したものだったのか。
塚田:そうですね。90年代から00年代半ばにかけて集中的に作られているので、すでにブルジョワは80歳ぐらいになってる。ようやくこれだって思うシンボルを見つけたってことでしょうね。
大北:一生を通じて取り組んだテーマの中で蜘蛛が出てきた。ああ、六本木ヒルズにはいいものが飾ってありますね。
塚田:『ママン』を見て「これ、なんなんだろう?」とみんなが思ってる中で27年ぶりの回顧展ですからぜひたくさんの人に見てもらいたいです。
大北:「六本木の蜘蛛なんなのかわかりましょう大会」と考えることもできますねえ(笑)。
《雲と洞窟》(1982-89) Installation view Louise Bourgeois: I have been to hell and back. And let me tell you it was wonderful. Mori Art Museum, Tokyo, 2024 ©︎ The Easton Foundation/Licensed by JASPAR, Tokyo, and VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, 2024.
■展覧会が生む強い物語
大北:うわ、わ、わ、そして最後にこれか。いや、ここに来て青の空もってくるのは泣いてしまいますね。
塚田:泣いてしまいますか。
大北:めちゃくちゃストーリーあるじゃないですか。暗くて怖い苦悩に近いものを散々見た後に爽やかな青空が。いやー、すごい。大ブルジョワ物語だ。
塚田:ここから振り返ると蜘蛛が見えますしね。
大北:あそこで自分の表現が極まったあとで、和解、安定、修復。蜘蛛を初めて観たときにも「物語だ」とか言ってましたが、この展覧会の物語性、めちゃくちゃ強いですよ。NHK朝ドラ1シリーズ見たくらいの強い感動がありますよ。
塚田:よかったです。でもその一方で展覧会って、自分で何を考えるかは自由なんでね。
大北:そうですね、勝手に感動してるから気持ち良いってところもある。
塚田:例えば僕がやってる評論の仕事は当然物語は踏まえるけれども、もっとこういうことも言えるんじゃないかと付け加える作業をやるんですよね。そういうふうにいろんな方向から反芻することも楽しみのひとつです。
大北:なるほど、ここからまた考えるべきことが生まれていくんですね。
大北:そして年表の部屋を経てこうやってグッズコーナーに突入する。これでも、ちゃんとテキスト読んで、作品観て、とやっていくと、4時間ぐらいはかかるんじゃないですか。
塚田:全部観るとそうかもしれませんけど、そんなに時間取れないし、疲れますよね。そのためにカタログがあるんですよ。
大北:あー、そういう視点で。
塚田:今回の展覧会カタログはほぼ全作品載っていました。掲載作品の順番もけっこう順路に沿っていて、解説文も追体験しやすいような構成になってました。
大北:グッズも買いたくなるなあ。『ママン』のミルクアーモンドとか、もう感動の余韻にただ流されて買っておきたい。
塚田:思い出の持ち帰り方の選択肢が多いのは、ミュージアムショップの面白さです。「アートは難しい」って先入観を持っている人はまだまだ多いと思いますし、実際簡単ではないんですが、展覧会はこういうふうにいろんな興味の持ち方を用意してくれてます。天候や時間にも比較的左右されずに行けるので、気軽に足を運んでほしいですね。
Information
ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ
■会期
2024年9月25日(水)〜2025年1月19日(日)
■場所
森美術館
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 53F
■公式サイトはこちら
DOORS
大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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