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2022.03.25

「六本木ヒルズの蜘蛛は知ると見方がどんどん変わる」 / 連載「街中アート探訪記」Vol.4

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
街のパブリックアートを美術の専門家と見て語ろうという本シリーズ、ママンはメジャーすぎて扱えないのではないか。そんな話が出たとき、私はそれが六本木ヒルズのそばにある大きな蜘蛛のオブジェのことだということくらいしか知らなかった。

現地に行ってみる。なんでこんな良い立地にホラーSF映画に出てきそうなものがどーんと置いてあるのだろうという違和感を持ったことを思い出した。改めて見るとちょっと怖い。なんでこんなものがあるのだろうか。

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前回は「今注目される三島喜美代作品」であり、パブリックアートの中でも「でかい」と感じさせる作品を鑑賞。
vol.3もぜひご覧ください。

前回は「今注目される三島喜美代作品」であり、パブリックアートの中でも「でかい」と感じさせる作品を鑑賞。
vol.3もぜひご覧ください。

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「ゴミ箱にしてはでかい」三島喜美代のパブリックアートを見に行く / 連載「街中アート探訪記」Vol.3

  • #大北栄人・塚田優 #連載

「六本木 蜘蛛 なぜ」で検索されている

大北:これですよね、ありますね。うん、あるある。

塚田:ありますよね。これができてから約20年経ってます。

大北:「六本木ヒルズ 蜘蛛」で検索をすると「なぜ」がサジェストで出てきます。「なんで蜘蛛?」という状態から私達は20年近く放置してしまっていた…。

『ママン』ルイーズ・ブルジョワ 2003年(1999年)

塚田:あ、作品を見ている人がいますね。でも通り過ぎた。

大北:ここは人通り多いですね。怖そうな蜘蛛にしては良い場所にあるんだよな~。

作品を鑑賞する人もちらほら

塚田:プレートがありましたよ。これができたのは2003年4月25日。元の作品は1999年ですね。

大北:元の、ということはこれは複製されたものなんですね。

塚田:そうです。1999年にステンレスでできたオリジナルのものができて、これはブロンズで鋳造されたものですね。

大北:鋳造って型をとって流し込むやつですか?

塚田:そうです。型を作ってそれにブロンズを流し込んで。これ世界中に9ヶ所くらいにあるんですよ。

大北:すごい。世界中で「なんで蜘蛛?」ってなってるのかな~。

世界的作家ルイーズ・ブルジョワ

塚田:もう世界的な作家で、でも遅咲きなんですよ。70歳ぐらいで評価されたんです。

大北:70歳はかなり遅いですね。

塚田:1980年代ぐらいに評価され始めて、徐々にこういう大きなパブリックアートも手掛けるようになりました。

大北:彫刻家の方ですか?

塚田:ドローイングもしますし、彫刻家というよりインスタレーション作家といったほうが近いかもしれないですね。

大北:インスタレーションってよく聞きますけど何なんですかね?

塚田:美術館やギャラリーを1つの空間として演出するような形の作品ってあるじゃないですか。いろんなものが置いてあったり。そういったものをインスタレーションって言うんですけども、ルイーズ・ブルジョワはそういう仕事もしてますね。

大北:ルイーズ・ブルジョワという名前は結構聞きますか?

塚田:そもそも有名ですけど、やっぱりここにこの作品がありますしね。僕も20代の頃初めて来たときは「これは何だ」って思いましたから。それでブルジョワという作家を認識して…こうやって見上げるのも10年ぶりぐらいな気がして味わい深いです。

大北:見上げる。たしかに見上げますよね、蜘蛛の腹を……。

塚田:この蜘蛛で面白いなって思うのはいわゆる銅像みたいなものと違って礼拝的な雰囲気が生まれるんですよね。入って、見上げるというアクションが生まれる。「なんかあるぞ」と。距離を持って眺めるんじゃなくて、教会あるいは霊廟みたいに、もうその中に入ってこう体験するみたいな心地になります。

大北:あ~、なるほど、アトラクション的な体験型というか。たしかにそういうことをしてますね。

右が大北栄人、左が塚田優

ストーリーらしいストーリーがある

大北:蜘蛛はなんでまた蜘蛛なんですかね?

塚田:実はこれにはすごいストーリーがあるんですよ。

大北:お話が始まるんだ(笑)。

塚田:ブルジョワは自分の作品に自分の人生を投影するタイプの作家なんですね。タイトルが『ママン』、フランス語でお母さんって意味です。なぜお母さんが蜘蛛かというと、ブルジョワの実家はタペストリーの修復屋さんをやってたんです。お父さんが経営的な仕事をして、お母さんがタペストリーの修復をして、表向きは裕福な家庭だったんです。でも実は裏には闇があって、住み込みの家庭教師がお父さんと愛人関係にあった。そしてお母さんはその関係を黙認してたようなフシもあったようです。

大北:え~っ!? ストーリーがあるって聞いてこんなストーリーっぽいストーリーが出るとは思わなかった。昼ドラじゃないですか!

塚田:家庭という巣が壊されてもまた一生懸命巣を作る。お母さんのそういうワーカホリックな感じが蜘蛛みたいだし、同時に糸で繕っていくような所作はタペストリーの修復とも重ねられる…というストーリーが込められています。

大北:うお~、ストーリー! 「お母さん……蜘蛛みたいだったな」って思ったんでしょうね。

塚田:だから一見してグロテスクですけれども、そういう複雑な感情とかが表現されているというのがまあいわゆる解説的な説明のされ方ですね。

大北:見方変わるな……そのストーリーも冊子にしてこの辺に掛けておいたらいいですね。

人通りが多い場所になぜこんな怖い蜘蛛が

知れば知るほど母に見えてくる

大北:ドゥニ・ヴィルヌーヴの『複製された男』っていう街にでっかい蜘蛛が現れる映画があるんですよ。原作小説には出てこないんですけどね。それと形が似ていて。調べたらその映画でも蜘蛛が出てくるのはお母さん含めた女性の象徴であると。さらに検索したら心理学のユングとかの時代では蜘蛛が夢に出てきたら「束縛の強い女性」みたいな解釈があったそうです。

塚田:なるほど。

大北:でもブルジョワさんは心理学ではなくて家業とかで「お母さんは蜘蛛」というとこに自力でたどり着いたんですよね。

塚田:『複製された男』はタイトル通り自分と瓜二つの、ドッペルゲンガーのような存在との関係をめぐって物語が展開しますが、唐突にでかい蜘蛛が出てくるあのシーンですね。でもあれがあることによって、分身の存在が単なる設定上の仕掛けではなくて、あの作品に心理主義的だったり、実存的だったりする謎を投げかけている感じもある。女性の象徴という考え方もあるかもですが、強烈なイメージです。そういう深読みを誘発するようなモチーフとしてヴィルヌーヴは使ったんじゃないでしょうか。

大北:あ、子供がめちゃめちゃ遊んでいる……。

塚田:パルクールの人がいたら多分登りたいでしょうね。

大北:造形としてそもそもおもしろいですよね。実際にこういう蜘蛛がいるんですかね。

塚田:抽象化されてるところはあると思います。生物学的に正しいのかは知りませんが、上にあるのは卵らしいです。

大北:ほんとだ卵がある(笑)。おなかにためてますね。

塚田:卵ってモチーフも家とか家族とかそういったものを連想させますね。

大北:なんかこう守り神的な……。

塚田:実は優しいよっていう……。

大北:あ、そういう童話的なところに落ち着いてしまった(笑)。

お腹の中に見えるのは卵であるらしい

下から拝むか上から見下ろすか

塚田:ちなみにブルジョワさん、女性のアーティストです。

大北:あ、そうなんですか! へー、なるほど。こういうでかいのを作ってると男性と思ってしまいました。

塚田:パブリックアートですからいろんな職人さんと協力して作っているんじゃないでしょうか。一番最初に蜘蛛の作品が発表された時はそんなに大きくなかったですしね。ルイーズ本人と一緒に写ってる写真を見たんですが、多分7、80cmではないかと。しかも地面に立つ状態じゃなくて、壁に張り付いてるような形でした。それが直接的な原型になってるかはわかりませんが、このモチーフをルイーズはパブリックアートとして展開していきます。

大北:最初はこれ上から見てるようなものだったんですか。

塚田:そういうことになりますね。

大北:タワーに行って上から見られる場所があるか聞いてみましょうか。

 

大北:こんなでっかいビルの隣にお母さん的なものがあるというのは解釈好きは腕をまくるでしょうね~。

塚田:ああ~権力に寄り添っているんですかね。

大北:でかいものを建てること自体がすでに父権的なものを連想させるな~。

塚田:ビル自体がそうですね。そういう意味ではこの周辺はママンの他にもたまにパブリックアートが期間限定で設置されたりもしていて、2020年に日本の美術のスター作家を集めた展示があったときには村上隆の金ピカの彫刻『お花の親子』がこの辺りに置いてありましたね。

大北:スターだし金ピカなんだ、六本木はすごいな~。照れたりしないのかな。

 

大北:タワーで聞いたところ、レストランからなら見られるかもということでした。受付のところにあった模型で見ますか。

六本木ヒルズのビル内にあった模型

塚田:……なんか「お分かりいただけただろうか?」みたいな感じになりますね。

大北:……六本木ヒルズに住まないと上から見られないですね。そういった意味でも権力の象徴だ。パブリックアートは街の雰囲気に左右されますね。

世界的に有名なパブリックアート

塚田:写真を撮ってる人がいますね。

大北:あそこの40代っぽい男性。ちょっと聞いてみましょう。

 

大北:この作品ご存知でした?

男性:はい、ぼくはこの辺よく来るので。ネットにもそういうパンフレットがあるんですけど、六本木にはパブリックアートが色々あるんですよ。ミッドタウンにもたくさんあって。今日はこの辺でパブリックアートをめぐろうと思って来たんですよ。

大北:パブリックアートをめぐるっていう趣味があるんですね、いや、そりゃあるか。

男性:そうですね。それでコースを作って案内しようかなって。

大北:なるほど、それはおもしろそう。ありがとうございました~。

 

塚田:おお~、先達がいましたね……。

大北:この連載に似たような界隈があるんだ…そしてパブリックアートを置いてるとやっぱ人が来るんですね。

塚田:来るんですね。こういう時期だからってのもあるかもしれないですよね。密にならずに済むので。

大北:でも写真で撮ると背景と同化しちゃいますね。

塚田:世界の他のママンが置いてある場所はけっこう開けてる印象があるんですけど、東京だけ芝生に足突っ込んじゃってるし、ここでよかったのかなということは考えさせられます。

足が芝生にはみ出ている

大北:でっかいビルのそばにあるし……他のとこはどうなんですかね。

塚田:ママンをめぐる世界旅行をするしかない。でもそれをやってもいいくらい世界的な方ですよ、ブルジョワは。

大北:……ビートルズぐらい?

塚田:さすがにビートルズじゃないですけど、日本でも横浜美術館で1997年に個展が開かれてるんですよ。

大北:日本の公立の美術館で個展が開かれるのはステータスの一つなんですね。

塚田:それは考え方にもよりますが、ブルジョワは80年代に出てきた人で、ちょうどそのころって美術史の見直しが始まったタイミングなんですね。ヨーロッパ中心じゃない美術だったり、特にブルジョワは女性のアーティストであることで評価された部分もあったりします。

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パブリックアートの聖地ファーレ立川でアートを街ごと鑑賞する / 連載「街中アート探訪記」Vol.5

  • #大北栄人・塚田優 #連載

女性作家を見直す流れで出てきた

大北:美術界隈における男性/女性作家の割合はだいぶ偏ってるんでしたっけ?

塚田:それこそこの前あった表現の現場調査団では美術の教員には男性が多いよね、みたいな指摘が行われています。学生だと女性は7割ぐらいいるのに指導的立場に立ってるのは男性が多いとか。

大北:男性アーティストが主流だった美術史を見直そうと。

塚田:そうなんですよ。地域性だとかジェンダーっていう今の2020年代に繋がるような問題意識が出てき始めてきたのが80年代なんですよね。ブルジョワ自身は自分のストーリーと重ねて作品作るような人だから、そういう流れにたまたま見出されたって形なんですけど。一方、美術史的なところでブルジョワ自身が意識してるのは、シュールレアリスムとかアルベルト・ジャコメッティの彫刻とか、結構昔の作品と比較されてもいます。

大北:ジャコメッティ、細ぉ~い彫刻ですね。

塚田:そうです。もともとブルジョワ自身がその世代の人なんですよね。ジャコメッティとは10歳差ぐらいかな。ブルジョアが評価され始めた80年代って、現代美術のやり方がかなり出揃ってきた時代でもあるんです。。パフォーマンスだったり、映像作品だったり、複雑なコンセプトを作ったり、インスタレーションを組んでみたり。でも彼女はもっと前の時代の動向と共通点を見いだせるようなところがあって、キャッチコピー的に表現すると「周回遅れのトップランナー」みたいなところがあります。

大北:これ作ったのももうおばあちゃんになってからなんですね。おばあちゃんになってから「うちのお母さん蜘蛛みたいだったな~」って作品を作ったのを思うと感傷的になりますね。見る目がどんどん変わっていく……。

知ると見る目が変わっていく

大北:う~ん、でもさっきの僕の「これ作ったの女性なんだ、すげ~」という視点もすでにジェンダーバイアスがかかってますよね。でもこの作品は怖そうっていうイメージからいかついおっさんを想像してたな~。

塚田:確かにバイアスは良くないですが、僕も女性だと知ったときは少し驚きました。

大北:そうすると今改めて見るべき作品ですね。それを今僕がこういうことを話してるのは周回遅れっぽいですけど。

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

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