• ARTICLES
  • パブリックアートの聖地ファーレ立川でアートを街ごと鑑賞する / 連載「街中アート探訪記」Vol.5

SERIES

2022.04.29

パブリックアートの聖地ファーレ立川でアートを街ごと鑑賞する / 連載「街中アート探訪記」Vol.5

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。

この連載のことを人に話すと「ファーレ立川とか?」「行ってない? いつか見に行くんでしょう?」と言われる。立川はパブリックアートを大々的に置いて成功した街の代名詞なんだそうだ。

そもそも街にあるパブリックアートをじっと見たことがなかったというのに、パブリックアートを置いて成功するイメージがわかない。ファーレ立川を見に行った。

SERIES

前回は、六本木ヒルズにある『ママン』という作品をじっくり鑑賞。vol.4もぜひご覧ください。

前回は、六本木ヒルズにある『ママン』という作品をじっくり鑑賞。vol.4もぜひご覧ください。

SERIES

「六本木ヒルズの蜘蛛は知ると見方がどんどん変わる」 / 連載「街中アート探訪記」Vol.4

  • #大北栄人・塚田優 #連載

かつての米軍基地が今アートに

大北:ファーレ立川って知らなかったんですが、結構みんな知ってますよね。109個作品があるとか。煩悩よりまだある。

塚田:僕も存在や有名な作品がたくさんあることは知ってましたけど、恥ずかしながら成り立ちまではよく知らなかったんですよね。取材にあたってそのへんはフォローしてきたんですけど、ファーレ立川がオープンしたのは1994年です。

大北: 26年前か~。

塚田:立川の再開発の一環でできたんですが、その再開発はもともとは基地が返還されるところから始まってるんです。

大北:ああ、米軍基地があったんだ。

塚田:立川飛行場という軍民共用の飛行場が戦後米軍に接収されて、70年代に返ってきたんですど、それまでずっと立川は基地の町だったわけです。そこで再開発にあたって、これからは文化を街の個性として押し出していこうということで90年代初めに野外彫刻を置いたと。

大北:野外彫刻でいこうってけっこう思い切りましたね。ファーレ立川は市のプロジェクトなんだ。

塚田:市が住宅・都市整備公団という今のUR都市機構に依頼して始めました。そこで公団がもっと専門的なアートプランナーを入れようとコンペをして選ばれたのが、アートフロントギャラリーでした。そしてそこの中心的人物としてプロジェクトに関わったのが、あの北川フラムさんです。

大北:北川フラムさんは有名な人ですか?

塚田:美術界隈では超有名ですよ。大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレを立ち上げた人物でもあり、芸術祭が日本で注目されるきっかけを作った人。なのでこの立川で手応えを得たことが21世紀のアートにもつながっていくわけです。

大北:そういえばある時からトリエンナーレ、ビエンナーレという言葉を聞くようになりましたね。ここはその辺のはしりなんですね。

こちらは塚田さんが持ってきた雑誌についてきたマップ

あえてキャプションがついてない

大北:この広場はまたファーレ立川と違うんだ、市政50周年の広場?

塚田:ですね。フェイントの広場ですね。

大北:ファーレ立川と合体させてるのかな?

塚田:でもこの広場も含めると本当に立川には野外彫刻がたくさんありますね。これからいよいよファーレ立川の散策が始りますが、特徴的なのは基本的にキャプションとか作者名をつけてないんですよ。

大北:へえ~、わかるのかな?

塚田:作品のインパクトというか、そういったものをまず感じてもらうために一切つけなかったそうです。

銀行の前に停められた自転車と作品がなじんでいる(マーティン・プーリエ / 『ベンチ』

大北:あ、これがそうなんだ! 気づかなかった。街になじんでますね!

塚田:そうです。油断してると見つけるのも大変ですよ……。隠れミッキーなみにアートが隠れています。ほら、これもそうです!

大北:これもそうなんだ!

壁面にあるオブジェ。夜は光るようだ(スティーヴン・アントナコス / 『Thio-2』

大北:わかんなくないですか??

塚田:でもファーレ立川は高いところに大きな看板とか会社のロゴとかを掲示しちゃダメって協定を結んでるんですよ。だから建物に造形的なデザインが施されているのは作品ということですよね。

大北:そういえばたしかにこの一角、変わった街の雰囲気ですよね。永田町みたいな。企業のマークがあんまりない。

塚田:そうそう、全然ないですよね。

大北:その代わりへんなものがたくさんある。なんかへんだな?っていう街になってますよね。美術作品以前に街としておもしろい。

塚田:あれも作品ですよ!

大北:あれもそう!? ということはこれもそう!?

塚田:これもそう!

大北:しまった! 囲まれている!

鏡面になって下の陶板の作品が写り込んでいる(フランシスコ・インファンテ / 『無題』

塚田:これとか面白いですよね。なんかこう、元々加工が施されてるものがあってそれが鏡に写り込んでいる。作品の全体はぱっと見では見えない。

大北:あ、そういうことか~!

塚田:そういうことなんですよ。通気孔とかも作品の設置場所に使ってるんですよね。

何か機能を持った作品も多い(江上計太 / 『無題』

塚田:ぼくはこれを楽しみにしてたんですけど、丸っぽいものがあるじゃないですか。あれはある1点から見るとちゃんとした円に見えるらしいんですよ。

大北:あ、そのジャンルありますよね、ある角度から見ると文字になる立体とか(※そういったものを最初にやった人がこの作者のようです)。

ここから数十センチ移動すると……(フェリーチェ・ヴァリーニ / 『背中あわせの円』

塚田:ここかな? ここから丸に見えますね!

大北:これ数十センチ立ち位置が違うと円じゃなくなりますね、すごい。へえ~!

真円に見える。数センチ移動すると真円でなくなる

丸部分を近くで見ると色々なパーツに描かれている

塚田:この丸、近くで見るとこんな変な形なんだ! どうやって計算したらこんなにできるんだろう?

大北:実際にやるとなるとめっちゃ頭痛いですよね(※プロジェクターで投影して制作するそうです)。

 

美術作品がありすぎる街

これも夜光るそう(ロバート・ラウシェンバーグ/『自転車もどき VI』

大北:唐突に自転車飾り始めた。なんなんだ。

塚田:自転車はラウシェンバーグっていう美術の教科書に絶対出てくるような有名な作家の作品ですね。20世紀の美術の方向性を作ったといっても過言ではない大作家です。

大北:ほ~、有名作品ですか。拝んでおこう。

ファーレ立川の紹介でトップに来る作品(ジャン=ピエール・レイノー/『オープンカフェテラス』

大北:ファーレ立川の紹介でよく使われてる作品がありますね。ここらへんが中心?

塚田:中心ですかね。このへんとかもう釣瓶打ちって感じで、10個ぐらいありますよね。

大北:……すごい! すごいっていうかなんなんだろうな。どうしたらいいんだろう……逆に心細くなってきました……。

一番手前はただの車止め。向かい側にも作品が並ぶ。

塚田:あれは全部違う人の作品なんですけどどれも車止めです。法律とか色々な制約を受けづらく作りやすいのが車止めらしいんです。

大北:へえ! お土産屋さんにおける文鎮だ。ちょっとしたヘンなものが文鎮として売ってますよね。美術界では車止めになるんだ。

大北:ということはこれってこのために作られたものってことなんですかね?

塚田:すでにある作品を渡されたってパターンもあるみたいですけど、ファーレ立川のために制作されたものも多いはずです。

大北:買ってくるのかな。高そうですよね。

塚田:全アーティストのギャランティーや施工費全部込み込みで10億円の予算が投じられたそうです。

大北:90年代だからお金あったんでしょうね~。

 

有名ですが、有名かどうかは置いておいて……

「見たことある」というファーレの基本理念と真っ向から対立するミーハー心でチェックしていた作品(ニキ・ド・サンファル / 『会話』

塚田:事前に大北さんが目を付けていたニキ・ド・サンファルがありましたね。

大北:そうそう、この作風のやつよく見ますよね。

大北:ここに集められてるのって有名な人もいるってレベルではない?

塚田:みんな有名です。一個一個作品解説していくとぼくが知ってる作家だけでも3時間はかかるでしょうね。

大北:北川フラムさんはそういったネームバリューを伏せたい?

塚田:第一には作品との出会いを大切にしてほしいということなんだと思いますよ。美術史とか、有名だからとかは置いといて……言い方は難しいですが、頭でっかちの鑑賞でなく、直接的に作品と触れ合って欲しいという意図が込められてるんでしょうね。

大北:いや、そこなんですよね~。あんまり街の彫刻を鑑賞したことがないから自然に触れ合えるのかなってちょっと懐疑的です。

大北:お、キャプションかな。書いてあるのもある。

塚田:「壁に向かい合って水晶の枕に体を押し付け……」指示なんですね。作家の意向で取り付けられたものなんでしょう。

大北:枕にしてはなぜ頭以外のとこもあるんですかね?

塚田:頭・胸・性器を感じるというテーマなので3つの水晶があるんだと思います。

大北:やってみますか。感じようとしないと無理そうですね。今、雨だから、どうしても気がそがれてしまう……。

写真で見たまんまの感触がしました。家族でやるとユーモラス(マリーナ・アブラモヴィッチ / 『黒い竜-家族用』

SERIES

SERIES

パブリックアートはその街に痕跡を残す / 連載「街中アート探訪記」Vol.6

  • #大北栄人・塚田優 #連載

 

パブリックアートに街の人はついてこれてるのか?

大北:不思議な場所に出ました。モノレールがある。

塚田:今ではそこに一昨年オープンした「たましん美術館」という美術館がありますが、ファーレ立川のプロジェクトが始まるかどうかのころも美術館を建てるのかどうかで迷ったみたいです。でも美術館の運営費や維持費もネックになって、あえて野外彫刻という方向に行ったことで結果的に外国からも注目されるような、まちづくりとアートを融合させた街の先駆けとして有名になれたんです。

大北:へえ~、ファーレって世界的に有名なんですか?

塚田:そうです、国外から視察が来たりだとか。街づくりにアートを組み込んだという点でなかなかの仕事をしたと評価をされています。

大北:歩くと変な街だなーとなりますけどそれこそ評価されてるのか~。

これも夜光るそうですが……(宮島達男 / 『Luna』

塚田:あれも作品ですね。宮島達男さんの。

大北:あ、東京都現代美術館で見たことある。

塚田:常設展によく出てますね。カウントが進んでどの瞬間を見ても数字が一緒にならないというテーマのやつです。

大北:でも光ってないですね(※LEDが故障しているようです)。

塚田:あそこも1つ落ちちゃってますしね。修復してほしいです。もう30年近く経ってるんで、過去にはすでに2回大きな修復がありました。ボランティア団体が市から委託を受けて行ったこともあります。地域住民の関わりはすごい大きな役割を果たしています。

大北:へ~、ちゃんと街の誇りに。おらが街の宮島達男、おらが街のラウシェンバーグってことですよね。すごいな。

星型のくぼみが1つある(片瀬和夫 / 『星座又は星の宿』

塚田:これなんかドラゴンボールみたいですね。

大北:星がある! こんなドラゴンボールみたいな作品あるんだ。

塚田:とはいえ非常に東洋的な雰囲気のある作品です。

大北:信用金庫が勝手に置いたものとかが混じったりしないのかな?

塚田:ぼくも全部チェックしてきたわけじゃないんで、そう言われると自信なくなってきますね。それこそ本気でファーレを楽しみたい場合は、ボランティアさんがツアーを定期的にやっているそうなのでそれに参加するといいでしょう。

大学生:八王子にある大学なんですけど、今アンケートとってまして……。

大北:あ、いいですよ。

大学生:みなさんも大学生ですか? 

大北:いや、ファーレ立川のアートを見に来たんですよ。ご存知ですか?

塚田:立川は彫刻がたくさんある街なんですよ。

大学生:え、アート? いいっすね~。知らなかったです。

大北:あら、有名でない?

大学生:八王子と立川は違う場所なんで。立川はきれいな街の印象ありますね。

大北:そういうものですか、なるほど~。

これほど大きなカバンを見たことがない(タン・ダ・ウ / 『最後の買い物』

塚田:この大きなカバンも作品ですね。

大北:木っぽい質感ですね。

塚田:裏側見ると樹脂っぽい質感もありますが、繊維強化プラスチックとステンレス鋼だそうです。

大北:これ有名なんですかねー。いや、おれは本当に有名かどうかばっかり気にしてしまってるな……。数多いと何かにすがりたくなってるのか。

人モチーフの彫刻作品は街でよく見るタイプであるが……(ウスマン・ソウ / 『倒れた人』

大北:色々見すぎて逆にこういう作品が際立つような気がしてきました。

塚田:でも普通に見えますけど、これって西洋的な彫刻じゃないですよね。作者はアフリカのセネガル出身なのですが、非西洋圏の物語が主題として取り上げられています。

大北:なるほど、アートは多様なものですよって。

塚田:だからこそ世界中のアーティストが、っていうふうなことが言えるわけですよね。

大北:でも「世界の美術が立川に大集合」って言うとなんかちょっとしたわんにゃんパーク的な感じがありますね。

塚田:(笑)美術史に大きな影響を与えたような作家の作品がいくつもあるので……「ちょっとしたわんにゃんパーク」じゃなくて普通にわんにゃんパークより豪華です!

 

妖精のようにアートを街に住まわせる

大北:これ作品なんですよね。もう街灯なのかどうかもわからないですね。

塚田:ファーレ立川には「アートの妖精が住む街」というキャッチフレーズがあります。作品がいたるところにあるので、妖精のように存在しているという意味です。

大北:ちょっと探す感じも含め、ですね。

これも夜光るらしい。ちょっとデザイン性の高い街灯のようでもあるし……(イーエフペー / 『無題』

塚田:もともとは北川さん自身が、いかにも台座があって「パブリックアートです」みたいな作品ばかりだと、アートの多様さが伝わらないという思いがあったそうです。だからあえて台座に頼らずに、建築と一体になるような感じも含めて設置場所を考えたそうです。むしろその方が作家のテーマをよりストレートに表現できるっていうこともあって、いろんな作品の置き方をしているんですよね。

ほら、これとか出入口付近に設置したからか、結果的にカラーコーンが置かれる場所と近くなっちゃって響き合ってる。作品へのリスペクトが足りないとも言えるかもしれないけど、こういうことが起こってしまうのも、場所の工夫があってこそというか……。

大北:あ~、たしかに! なじみまくってる(笑)。

世界的なアートが駐車場となじみまくっている……!(チャールズ・ウォーゼン / 『水瓶』

大北:これはたしかに他にはないですね。もうこのなじみっぷりと探してしまう感じ含めて。

塚田:我々も妖精を探してしまうんです。

大北:大量に見せられるのおもしろくなってきました。わーっとたくさん見て一回価値がなくなってくる、飽きるっていう状態に入ってたんですけど、そっからまた盛り返してきました。街に埋もれてから「それでもおもしろいな」という感覚はアートの持つ原始的な力とも言えるんじゃないでしょうか……!

塚田:キャプションとか作者名とかないし、探す喜びもあるのかもしれないですね。

大北:探す楽しみはツアーで得られないし。

塚田:そういうのとまた別の楽しみですね。

大北:北川フラムさんの言ってることはもっともだけど、実際触れ合えるのかなって疑問がありましたが。作品の前で座り込んでたむろしてる兄ちゃんとかいたり。

塚田:でもファーレ立川ののぼりはいたるところにあるし、ボランティアもいる。啓蒙や普及活動はしっかりと行われています。誰も触れ合ってないっていうことは全然ないはずです。「公園に彫刻でも置くか」みたいな感覚で置かれているようなものは一つもありません。

大北:ですね。ファーレ立川で街とアートの共存の仕方っていうのがちょっとわかったし、ふらっと歩くだけでも楽しめるものだなと。今日は作品を見に行くことでもあり、街を見に行くことでもありましたね。

柳 健司 / 『無題』

machinaka-art

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二

新着記事 New articles

more

アートを楽しむ視点を増やす。
記事・イベント情報をお届け!

友だち追加