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2022.11.18

【後編】ロックの反骨精神で描き続けるには?/ 連載「作家のB面」Vol.8 水戸部七絵

Text / Yosuke Tsuji(DOZiNE)
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun

アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。

第八回目に登場するのは画家の水戸部七絵さん。現在ウィーンに留学中のため取材はZOOMで収録。今回は「ロックスター」をテーマに話をスタートさせた。後編では、ロックの精神性と水戸部さん自身のアートを作る上での心の部分を掘り下げた。

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前編はこちら!

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【前編】ロックの死から学んだこと / 連載「作家のB面」Vol.8 水戸部七絵

売れたらもうロックじゃない?

ーーただ、絵画は難しいと感じながらも、やはり水戸部さんは絵画にこだわってるわけですよね。そこにはロック的な反骨精神のようなものがあるんですかね?

単純に私は絵画でしか自分の表現ってできないと思ってるんですよ。ただ絵画が起点になって別の表現になってしまうことはあると思っています。客観的に見ると、もはやこれは絵画ではなく彫刻だ、みたいな。たとえば、昨年のオペラシティでの展示では、石膏像のような象徴的な物体を破壊して、絵画にくっつけたりもしましたし、ロックのレコードを歪ませてそれを展示空間のBGMにしたこともあります。その意味ではすでに普通の意味での絵画からは外れてる。ただそうとはいえ、じゃあ自分が彫刻を作りましょうってなるかと言えばならないんです。彫刻の場合は戦っている先が地球全体の空間だったりもして、それは自分には難しいんじゃないかって思うんです。私にとって絵画の魅力はこの狭くて四角いキャンバスの中で自分の本心をさらけ出せるということだったりもするので。

写真左は東京オペラシティの展示『project N 85 水戸部七絵』で発表した《Baron Pierre de Coubertin》。絵画の上に砕いた石膏像が散りばめられた。写真右は2022年に開催した青山void+の展示『War is not over』で発表した《He played various guitars》。ジョン・レノンの絵の上にギターを貼り付けた

今年の夏に銀座 蔦屋書店で開催した『Let’s Have a Dream ! -作品集出版記念展-』に置かれた歪んだレコード。photographer:Koki Urano

ーーすると、これまであまりメディア選びに関しては迷いがなかった?

迷いはなかったんですが、ただ一方で絵画に心酔しすぎてしまうと、それはそれでまずいなという思いもあるんです。ロックがある様式に固執しすぎることでもはやロックではなくなってしまうというような状況になりかねないな、と。だからフォーマリスティックにならないようにしたいとは思いますね。それこそ印象派の絵画作品って、今でこそ癒し系の美しい絵みたいな扱いを受けてますけど、当時ああいう風に絵を描くというのは、めちゃめちゃアバンギャルドな行為だったわけですよね。今までの絵画を徹底的に壊して描いたロックな人たちだったわけです(笑)。だから、絵画そのものをあまりにも信じすぎてしまうのも、やっぱり危ないなと思っていて、そうならないためにも、たまに画材を持たずに海外に行ったりして、絵の具がないところで自分は何ができるんだろうって考えながら旅をしてるんです。

ーーそれこそゴヤが《裸のマハ》を描いた時は、めちゃくちゃロックな行為だったわけですよね。ただ、いまゴヤと同じ絵に対してロックを感じるかといえば感じない。歴史的な文脈を知らなければ普通の裸婦画でしかない。すると、括弧付きの「ロック」、あるいは「アート」というのは、作品と鑑賞者のまなざしがある特定の仕方で交わった際に生じるある種の現象のようなものとも言えそうですね。そう考えた場合、どんな形であれフォーマリスティックに反復されてしまえば、それが「ロック」であったり「アート」であるとは言えなくなってきてしまう。

そうですね。それがロックやパンクを見ていてすごい面白いなと感じたとこなんですよね。「お前は売れたからもうロックじゃない」みたいな言説もあるじゃないですか。メディアが徐々に発達していくと必ず商業化してきてしまうというのも面白いですし。そんな中で奮闘してるわけですよね。

 

アカデミックとマーケットの乖離

ーー水戸部さんはロックが「ロック」であるために、あるいはアートが「アート」であるためには、何が必要だと思いますか?

難しいですよね。ただ、売れたらダメになる、もうロックじゃなくなる、みたいな話も月並みだなとは感じていて、そういう感じも変えていきたいですよね。本当に尖ってるロック音楽をミュージックステーションで演奏するにはどうすればいいかみたいな、いかにマーケットに迎合せずにマーケットで作品を売るかみたいなことを考えたいなと最近は思ってます。

日本ではマーケットとアカデミックな世界が乖離しすぎているんですよね。アカデミックな世界の人たちはその中で最先端の芸術を突き詰めていってるけど、それはマーケットとは全く別の世界になっていて、本人たちはその乖離を良しとしてるところもある。そこに対しても若干の危機感があるんです。アカデミックな世界はアカデミックな世界で、権威や特権のようなものが色々あって問題を抱えているし、マーケットはマーケットですごく単純に数値化されていてそれはそれで問題なんです。私自身は『Rock Is Dead』の展示以前はずっとアカデミックの側にいて、ずっとお金の世界を無視していたんです。絵画の幻想的な世界にある意味では閉じこもってた。ただ、あの展示を機にマーケットに片足を踏み入れてみて、一気に現実的なものに触れた感じがしたんです。

ーー現実的なもの?

まずお金ですよね。それまではお金のことはほとんど考えないようにしてて、というのも、それについて考えたら私みたいな作品は作れなくなるんです。まず画材費だけでもすごいかかりますからね。ただ自分の作品が展示で完売して、さらにそこからセカンダリーで転売されていって、自分が考えてきたのとは違う形で作品が流通していくという状況を経験して、あらためて資本主義社会を生きているということを実感したんです(笑)。それと同時に社会のこと、政治や経済に対しても関心が向くようになって。要は絵画の世界の外に初めて目が向いていったんです。

実際、マーケットが絶対的に悪だとも言えないなとは思っていて、作品が次から次へと受け継がれていくこと自体は、すごく重要なことなんですよね。私が描いた作品であっても私自身のものだとは思っていなくて、芸術という文化全体、あるいは人類全体が未来へと繋いでいく財産の一つのようなものだと思っていて。そう考えると、作品が売れることで人の手に渡っていくということは面白いことだし、そういうことを今マーケットの中で新しくコレクションを始めているコレクターさんたちに伝えていく意義はあるんじゃないかなとも思うんです。

水戸部さんが描くドナルド・トランプ

ーーすると現在のアートバブル的な状況にも水戸部さんとしては必ずしも否定的ではないんですね?

両義的に見ていますね。ただ積極的に挑戦してみたいなとは思ってます。もともとニューヨークとかだと、2013年くらいからアートバブルが起こっていて、市場自体がゾンビフォーマリズム化(*1)した流れもあるんです。なんとなくありそうな抽象画みたいな作品が、ものすごい高額になって市場に出回っているという状況があった。で、今はその第二次ブームみたいな感じで、今度は具象が出回ってる。なんかそういう生きているようで死んでいるような絵画の使い方に対しては否定的な立場ではありますけど。

*1……マーケットを重視して売れそうな作品を量産した結果、中身のない作品が量産されること。

ーーマーケットに挑戦していこうと思うに至ったきっかけのようなものはあったんですか?

ある時、美術館のコレクションに自分の作品が入ったんですよね。それは私にとって一つの夢だったので、なんだか燃え尽きちゃったというか、その時、死のうかなってくらいの気持ちになってしまったんです。結構、作家活動って大変じゃないですか。今後は何をモチベーションに制作を続けていけばいいんだろうってつらい時があって。でも、その後にコロナ禍に入って、アートバブルが起きて、自分自身、完全にアカデミックでいくということに窮屈さも感じるようになって、それでマーケットっていうそれまでの自分が縁遠いと感じていた世界に片足突っ込んでみようと思ったんです。

ただ、自分は策士ではないので、体当たり的にやってみて、それが失敗したら次へいこうみたいな感じではあるんです。そもそも損する方向に向かっていきがちなので。たとえば厚塗り自体もずっと先生方には反対されてきたことでもあるんですよね。まずお金もかかるし、厚塗りが定着すると厚塗りの呪縛から逃げれなくなるよ、と。厚くなることが目的になってしまうと、純粋な絵画でもなくなってしまうだろう、とも言われました。そもそも厚塗り自体が絵画の世界では下品なことだとずっと昔から言われてるところもある。でも、自分はこれしかできないから、この武器を持ってずっと続けてきた結果、今も絵を描いていられている。だから自分の作品を自分で追求していくということに関しては、アカデミックであってもマーケットであっても変わらないんですよね。

千葉にあるアトリエでの制作風景より。photographer: yusuke oishi art director: Rak

ーーありがとうございます。では最後の質問。ちょっとアホみたいな問いではありますが、ロックスターを描いている水戸部さん自身はロックスターでありたいと思っているんですか?(笑)

なんですか、そのイレギュラーな質問(笑)。うーん、難しいなあ。そもそもロックスターが現代に存在できるのかという問題もありますよね。一昨年くらいに六本木の森美術館で『STARS』展っていう展覧会があったじゃないですか。村上隆さんや草間彌生さんみたいな現代美術界の大御所だけを集めた展示。あの展示を見たときに、スターって言葉自体がもう死語なんじゃないかって感じたんですよね。実はそれでロックスターシリーズを始めたところもあって。村上さんにせよ草間さんにせよ、もちろん偉大な作家なんですけど、スターと呼んでしまうと途端に寒いと感じてしまうような状況があるわけです(笑)。結局、スターっていうのはメディアによって作り出されていくものだと思うので、そう考えるとスター自身に憧れがあるわけではないんだと思う。少なくとも自分とは距離感がある。ただ、もちろん憧れてる作家はいて。例えば、絵画を逆さまにしたバゼリッツや、絵画にお皿をくっつけた作品や「バスキア」の映画監督としても有名なシュナーベル、絵画に飛行機などをくっ付けてしまうキーファー、同会場で展示したことのあるミケル・バルセロもダイナミックな絵画で尊敬しています。そういう人たちは結局、アカデミアとかマーケットとか関係なく自分の好きな形で真剣に作品作りに取り組んでる人たちなんです。私もそうありたいと思いますね。

infomation

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水戸部七絵、初の作品集『Rock is Dead』刊行

水戸部七絵の制作スタイルがうかがえるアトリエの写真からスタートする作品集。全編アグレッシブな水戸部の魅力に満ちています。掲載作品は115点を数え、時折、クローズアップも交えて、迫力ある作品の姿を収録しています。荒木夏実(キュレーター/東京藝術大学准教授)と、畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員)がそれぞれの論考で、水戸部七絵の作品、その世界を読み解きます。また水戸部自身へのインタビューから構成された文章は「水戸部七絵をかたちづくるもの」と題され、作家自身に迫る内容となっています。

作品集『Rock is Dead』 / 著 水戸部七絵
定価 / 6,600円(税込)
発行 / カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社
発売 / 美術出版社
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ARTIST

水戸部七絵

画家

神奈川県生まれ。現在、ウィーンと日本を拠点に作家活動を行っている。2011年名古屋造形卒業、画家 長谷川繁に師事する。2021年から東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画 在籍、画家 小林正人に師事する。2022年からオーストリアのウィーン美術アカデミーに交換留学、アラステア・マキンブン(Alastair Mackinven)に師事する。以前から描く対象として象徴的な人物の存在を描いたが、2014年のアメリカでの滞在制作をきっかけに、極めて抽象性の高い匿名の顔を描いた「DEPTH」シリーズを制作し、2016年愛知県美術館での個展にて発表した。また、2020年に愛知県美術館に「I am a yellow」が収蔵される。翌年、2021年には「VOCA展2021」で鎮西芳美氏(東京都現代美術館)に推薦され、VOCA 奨励賞を受賞した。2022年に初の作品集「Rock is Dead」を出版。同年、オーストリアにあるウィーンに交換留学。 主な個展に、2022年「project N 85 水戸部七絵|I am not an Object」東京オペラシティ、2021年、「Rock is Dead」(biscuit gallery)、2016年 「APMoA, ARCH vol.18 DEPTH ‒ Dynamite Pigment -」愛知県美術館などに参加。

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