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- 【前編】現代アーティストが世界各地で蒐集して築いた“驚異の部屋”へ / 連載「作家のB面」Vol.15 冨安由真
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2023.08.18
【前編】現代アーティストが世界各地で蒐集して築いた“驚異の部屋”へ / 連載「作家のB面」Vol.15 冨安由真
Photo / Saki Yagi
Edit / Eisuke Onda
Illustration / sigo_kun
アーティストたちが作品制作において、影響を受けてきたものは? 作家たちのB面を掘り下げることで、さらに深く作品を理解し、愛することができるかもしれない。 連載「作家のB面」ではアーティストたちが指定したお気に入りの場所で、彼/彼女らが愛する人物や学問、エンターテイメントなどから、一つのテーマについて話してもらいます。
今回訪れたのは現代アーティストの冨安由真さんのご自宅。住空間には、動物の剥製、世界各地のお守り、古い写真などがぎっしりと並ぶ。この場所でお話するテーマは「蒐集」。なぜここまで惹きつけられてしまうのか。その理由を紐解くと、ものに宿る記憶や痕跡の話へと展開しました。
十五人目の作家
冨安由真
私たちの日々の生活における「現実」と「非現実」の狭間を捉えることに関心を寄せて創作活動をおこなう。科学によっては必ずしもすべて説明できないような人間の深層心理や不可視なものに対する知覚を鑑賞者に疑似的に体験させる絵画やインスタレーション作品を制作する。
《Angel And The Other》(2020)/パネルに油彩, 撮影: 山中慎太郎(Qsyum!)
《Boy In Boy》(2019)/パネルに油彩, 撮影: 加藤健
剥製や年代物の家具などを使用して、劇場を日常と非日常、虚構と現実が交錯する無限迷宮へと変貌させるインスタレーション作品《漂泊する幻影》(2021)/個展「KAAT EXHIBITION 2020 冨安由真展|漂泊する幻影」展示風景/KAAT 神奈川芸術劇場(神奈川), 撮影: 西野正将
「もの」に感じる痕跡と気配
冨安さんの自宅に並ぶ剥製の数々
――冨安さんは、制作にも使われている剥製などの蒐集をされているそうですね。今日はご自宅の一部を倉庫にしていると伺ってお邪魔していますが、居住空間に剥製や古い家具などがそのまま置かれていて、倉庫というよりも「一緒に暮らしている」という雰囲気に圧倒されています……。
気味悪がられないように今日はカーテンを開けて明るくして、少し片付けておきました(笑)。説明し出すとキリがないほどいろんなものがごちゃごちゃありまして……。別の場所に置いているものも含めて剥製だけでも40体くらいはあると思います。
基本的には作品で使っているオブジェクトが多いのですが、倉庫にしまっておいて必要なときだけ取り出すのではなく、普段も一緒に生活をしたいと思っています。生活空間の中に置かれていると埃も積もるし薄汚れてもいきますが、日常のこの空間の中で座ったり使ったりできる状態にしているんです。
――他に蒐集しているものはありますか?
お守りや魔除け、鉱石、古い写真なども集めています。
――今、足元にはアルマジロの剥製があるのですが、こんなに間近で見たことがないです。ブロンズ像みたいな質感ですね。
触ってみていいですよ! 向こうにあるワニの剥製もアルマジロと質感が似ています。大型のイノシシ、シカ、クマあたりは、2年前にKAATで開催した個展『漂泊する幻影』で使うために購入したもの。シカ2体とイノシシの計3体はヤフオクで3千円ほどでした。数としては特に鳥の剥製が多いのですが、人から譲り受けることも多くあまりお金はかかっていません。
イノシシの剥製
左から鴨、ノスリ、オシドリ、シカ、狸の剥製が並ぶ
――もともと動物がお好きなのですか? 特に思い入れのある剥製があれば教えてください。
そうですね。今は猫を飼っていますが、子どもの頃も実家ではいろいろな生き物を飼っていました。犬、アヒル、インコ、亀、金魚……と、現在の剥製の蒐集に直接関わっているのかはわからないですが。子どものときは八王子の高尾に住んでいて、自然豊かな場所だったので森の中を走り回って過ごしていました。そのように自然や動物が身近な存在だったと思います。
ディスプレイに入ったカモシカの骨とボタンインコの剥製
ここにある中で一番初めに購入したのは、15年ほど前に買ったキツネの頭部の骨。比較的最近もらったオオハシは、ちょっと珍しいかなと。鳥類だとカモやキジなど日本にもともといる個体の剥製はよくあるのですけれど。あと、思い入れがあるのはボタンインコです。実は昔、ボタンインコを飼っていたこともあって。剥製を見ると今でも思い出して泣きそうになるくらい懐いていたので、思い出深くて。
でも、集めようと思っていたというより単純に「いいな、欲しいな」と思って、買ったりもらったりしているうちに数が増えてしまった感じです。強いていうなら、ジャンルは違うけれど父もプラモデルを蒐集していたので、何かを集めることにあまり抵抗はないかもしれません。
――剥製は、どこかに魂が残っているような、少し怖いイメージを持っている人もいるかと思うのですが、冨安さんはどのように見ているのでしょう。
生きている動物も剥製も好きで、そんなに差を感じていないかもしれません。例えば生きているカラスと剥製のカラスがいて、どちらも同じくらい親しみもあるし、“いいもの”と感じるというか。死=魂が抜けているとも言われますが、私は本当にそうなのかなと思うんですよね。死んでいるとか命がないから価値がなくなるわけではないのでは、と。
仮に、生きているものが一番「強い」ものだとしたら、剥製にはその痕跡があるので比較的強いオブジェクトなのだと思います。家具や照明にしても、新品よりも古いものや誰かが使っていたもののほうが存在感は増しますよね。ものには、明確には分けられないグラデーションがあると思うのですが、その中でも存在感が強いものを割と集めているのかもしれません。デジタルにはデジタルの良さはありますが、現物として残っているものって、やっぱり簡単には捨てられないじゃないですか。その強い気配に惹かれるし、その痕跡を大事にしたいと思うんです。
境界はどこにあるのか?
《The Pale Horse 蒼ざめた馬》(2021)/個展「アペルト15 冨安由真 The Pale Horse」展示風景/金沢21世紀美術館(石川), 撮影: 野口浩史, Courtesy: ART FRONT GALLERY
――冨安さんは、現実と非現実の境目が揺らいでいくようなインスタレーション作品を多く発表されていますが、生き物や自然が身近にある環境で育った子どもの頃の体験が関係しているのでしょうか。
それもあるかもしれないのですが、夢をしょっちゅう見るんですよね。今もよく見るし、幼少期に見た夢もけっこう覚えています。実際の世界と夢の世界が少しごっちゃになってくるような感覚があって、それで「境目」が気になり出したというか。「胡蝶の夢」(*)のように、どちらが本当で嘘なのか、どちらに重きを置くのか、ということにずっと興味があったことが作品に繋がっていったのだと思います。
*......夢の中で蝶となり飛んでいたら、目が覚める。はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも実は夢でみた蝶こそが本当の自分であり、今の自分は蝶が見ている夢なのか......という荘子の説法。
それと、子どもってみんな好きなのかもしれませんけど、心霊体験みたいなことがすごく好きで、私自身もわりと体験するほうだった。実は小さい頃、人魂を見たことがあって。夜中に自分の部屋の天井に無数の光の玉が飛び交っていたんです。結局何かはわからなかったのですが、かなり長い時間いろんな方向からびゅんびゅん飛んでいて、自分の中でそれが人魂のイメージになりました。
私は専門家ではないですが、夢は脳が作っているものだと考えられているものですよね。でも果たして絶対にそうなのかというと、私たちにはわからない部分がある。また、心霊現象も非現実的で非科学的なものだと思われているけれど、科学的に解明できる可能性もゼロではないですよね。物理的な世界の中に何かしらのズレが生じてできているものかもしれないし。
――すべてのことは「ない」と証明するほうが難しいですものね。もしかしたら、という余地を持って冨安さんが物事を見ていることが少しわかってきました。
これは解明されているもの、これはあり得ないもの、と切り捨てるのではなく、地続きで物事をとらえていたいと思っています。今後、科学的にわかってくることがあるかもしれないし、そもそも科学的だとされていることが正しくないかもしれない。そういうグラデーションの部分に興味があります。
世界各国のお守りのコレクション
続いてお守りなどのコレクション見せてくれた冨安さん
ヨーロッパ、南米、日本など様々なお守りが入った箱を開ける
リトアニアで購入したキリストのお守り
――蒐集されている「お守り」について教えていただけますか? かなりの量があるそうですね。
ちゃんと数えたことがないのですが、お守りや魔除けは200個はあるかと思います。(段ボール箱を開けながら)ここに引っ越す前の家では棚に飾っていたのですが……。イギリスに住んでいたときに骨董市でカトリックの儀式で使われていたものなどが売られていて、面白いなと思って買い始めました。
イギリスで購入した魔女が使用する魔法陣
テーブルに置いてある魔法陣が描かれたアイテムは、イギリス南西部のコーンウォールという地域にある魔女博物館で買ったもの。イギリスにはいわゆるウィッチクラフトと呼ばれる魔女宗の信仰者が一定層いるんです。私の肌感ではあるのですが、イギリスでは無宗教の人も多い一方で、魔女宗やオカルティズムに熱心な人もいて。魔術に使うグッズを売っているオカルトショップも多かったり。グラストンベリー・フェスティバルで有名なグラストンベリーも、スピリチュアルな人々が集まる街として有名ですよね。占い屋さんや、ハーブとか鉱物を売っているお店がずらっと並んでいて。聖地のようなトーという塔があって、人々が集まってくるんです。
日本で購入したメキシコのお守り。左が「死神のお守り」、右が「鹿の目のお守り」
日本の蚤の市で購入したキリスト教聖人(John Gabriel Perboyre)の聖遺物が入ったお守り
イギリスの蚤の市で購入したフランス・ルルドの聖水の瓶
他にも、聖母が出現したとされるポルトガルのファティマで買ったお守りに、この耳や目をかたどった蝋のオブジェは、お焚き上げのようにするとその体の部位が改善すると言われているもの。十字架のマークが少し変わっているなと惹かれて手に入れたリトアニアのお守り、カトリックの巡礼地として有名なフランスのルルドの聖水。聖人の聖遺物が入ったペンダントチャームも珍しいですよね? それから、高野山の奥之院で買った弘法大師の服の一部が入っているお守り、子宝に恵まれるという韓国の像のミニチュアに、メキシコ、ボリビア……さまざまな国や地域のものがあって、「可愛いな」とか「面白いな」という感覚で買っていたらこんなに集まってしまいました。これは日光東照宮のものなのですが、馬蹄がモチーフになっていて、こちらのペルーのお守りも馬蹄がモチーフです。国が違っても同じモチーフが使われていることもあるんですよ。そういう一致も興味深いですよね。……嬉々としてお見せしてしまってすみません(笑)。
──いえいえ。しかし、テーブル上に並ぶとただただ圧倒されます......。
霊能力があるという人が家に来たときに、異なる地域や宗派のものを一緒に飾ってて良いのか聞いてみたら、いろいろな神様が集まってそれぞれが強いから逆にぶつかり合うこともなく安定していると言ってましたよ(笑)。
――そうですか(笑)。あの、冨安さんご自身は何か信仰している宗教などはあるのですか?
父方は神道、母方は浄土真宗ですが、私は特定の信仰はありません。でも幼稚園が禅宗のお寺の付属の園、中高はプロテスタント系の学校に通っていたので、わりといろいろな宗教に影響を受けている感じはあります。宗教自体にはすごく興味があるんですよね。その存在を人が信じているということが面白いなと思うから。
他にもコレクションしている古書の中から、江戸時代の占い書を見せてくれた
何やら天体の図などがぎっしり描かれている
後編では蒐集活動で影響を受けた「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」や、古い写真のコレクションの話から、見えない世界をアートを通して表現する理由を語ってくれた。
Information
冨安 由真『影にのぞむ』
会期:2023年7月8日[土]─9月24日[日]
会場:原爆の図 丸木美術館(埼玉県東松山市下唐子1401)
開館時間:午前9 時-午後5 時
休館日: 月曜日(月曜祝日の場合は翌平日)、8 月1 日-15 日は無休
入館料: 一般900 円、中高生または18 歳未満600円、小学生400 円
詳細は公式HPより
ARTIST
冨安由真
アーティスト
1983年東京都出身。2005年に渡英し、ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツ、ファインアート科にて学部と修士を学ぶ。2012年に帰国。2017年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻修了、博士号取得。心霊や超常現象、夢など、不可視のものや科学的に解明されていないことをモチーフに、現実と非現実の狭間を鑑賞者に意識させる作品を、没入型のインスタレーションや絵画、立体など多様なメディアを横断しながら、数多く発表する。 主な展覧会に「瀬戸内国際芸術祭2022」(豊島/2022)、個展「アペルト15 冨安由真 The Pale Horse」(金沢21世紀美術館/2021-22)、個展「漂泊する幻影」(KAAT 神奈川芸術劇場/2021)、個展「くりかえしみるゆめ Obsessed With Dreams」(資生堂ギャラリー/2018)、個展「guest room 002 冨安由真:(不)在の部屋――隠れるものたちの気配」(北九州市立美術館/2018)など。主な受賞に第21回岡本太郎現代芸術賞特別賞(2018)、第12回 shiseido art egg入選(2018)など。
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