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2025.02.19
東京ガーデンテラス紀尾井町にある名和晃平の白い鹿から現代の彫刻を見る / 連載「街中アート探訪記」Vol.36
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが見られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは永田町駅に近い東京ガーデンテラス紀尾井町である。ここに現代美術の日本における最重要作家の一人、名和晃平の彫刻作品「White Deer」がある。この白い鹿にどのような現代の彫刻らしさが込められているのか。テクノロジーと自己表現のあり方から考えていく。
大北:2016年にできたんですね。有名IT企業の本社がここにあって来たことがあります。パブリックアートがいくつかありますね。永田町なので官公庁街が向こうに見えて、周りのビルも高く、リッチなイメージ。
塚田:「White Deer」があるスペース自体はまた違った雰囲気ですね。結婚式に向かう人が多いようですが。
大北:会社の人がご飯とか食べたりするようなビル間にある広場的なスペースですね。
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大北:ありました。こんなに大きいんですね。
塚田:大きくて、光を浴びて。
大北:白いから眩しい。
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「White Deer」名和晃平 2016 東京ガーデンテラス紀尾井町
大北:ビルと相まってかっこいいな。
塚田:確かに。周囲の高層ビルと相まってかっこいいですね。
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大北:アート作品を見て「思ったよりでかいぞ」ってよくありますよね。
塚田:それが、実際に作品を目にする時の醍醐味ですからね。実際の鹿より大きい。
大北:かっこいい角が……すごいな、フラクタル状の分岐が2回ぐらいありますね。
塚田:実際の鹿よりも伸ばしてそうな印象があります。
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塚田:この連載も4年目に突入してますが、名和晃平を取り上げるのはそういえば初めてですね。
大北:美術界隈の重要人物なんだ。
塚田:そもそも大北さんは名和晃平さんに対してはなにかイメージありますか。
大北:よく知らないんですが、きらびやかなイメージがありますね。
塚田:名和さんの仕事をコンパクトにまとめてしまうと「素材の魅力やテクノロジーを借りて、現代ならではの主題を盛り込んだ作品を作るアーティスト」と言えるんじゃないですかね。
大北:この鹿にもテクノロジーや現代的ななにかテーマがあるんですかね。
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この「かっこいい」は作家によるものではない
塚田:(黙々と撮影する大北を見て)記事のために使うということもあるでしょうけど、今大北さんすごい勢いで写真撮ってるじゃないですか。それ、まんまとやられてますよ。
大北:うん? これまんまとですか。
塚田:絵になるなって思うじゃないですか。実はこの作品、剥製の3Dスキャンがもとになってる作品なんですよね。
大北:へえ、剥製を。あれ? なんでそんなことするんですか?
塚田:動物の剥製って、その動物らしさが出るような「いかにも」という形ですよね。
大北:そうですね、ポーズというか。
塚田:最初から絵になってるからこそ、写真も思わず撮りたくなるでしょう?そういう意味で「まんまと」と言ったんです。
大北:バシッと絵になるなというのはその動物の一番かっこいい形、それは芸術家でなく剥製師がやったもの、ということなんですかね。
塚田:そうですね。芸術家はそれを踏まえて作品にしてるわけですよ。それがなぜ現代美術の身振りとして有効かっていうと、彫刻家って本来自分の思うかっこいい形を作らなきゃいけないじゃないですか。でもそこを人々が思う「かっこいい」っていうのに丸投げしちゃってる。
大北:おお、あえてパブリックイメージに。
塚田:そう、あえて記号として見せる、そんなところは現代の彫刻家としての過去の歴史に対する一つの批評になってるわけですよね。
大北:なるほど。芸術家は「かっこいい」とは何かを試行錯誤してるけど、むしろ人々の「かっこいい」に委ねちゃったらどうなの!?と。そう言われてみるとたしかにこういう剥製ありそうですね。人々の「かっこいい」の歴史だ。
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情報としての鹿がそのまま描かれている
塚田:しかも、剥製であることに関してはもう一歩手前の段階があって、名和さんは海外のオークションサイトを利用したんですが、いくつか鹿の剥製を見てるうちに同じポーズをしているものが見つかったんですね。そこで「もはやこれは剥製という立体物だけれども情報に近い存在なんじゃないか?」と解釈し、作品に取り入れることを考えたみたいです。剥製であることだけでなく、「ネットで見た」剥製であることが重要なわけです。
大北:インターネットに情報がバーッと並んでいて、このポーズもまた一つの情報であると。
塚田:オークションサイトなので全部ばらばらのところから出品されてるはずなのに、同じ形をしていたというのは確かに面白いですよね。剥製は「図鑑のように典型的なイメージでポージングされている」ことに気づき、それは記号的な「オリジナルよりも情報に近づいた存在」として位置づけられるのです。
大北:うわー、おもしろいな。たしかに自然物よりも人々が思い描く鹿というイメージに近いものというか。
塚田:そしてこういうのを把握できるのって、やっぱりインターネットがないと難しいじゃないですか。
大北:そうですね、一覧でズラーッと出て。
塚田:だからこの作品はインターネットっていう情報環境が前提になってるんですね。
大北:うおーっ、現代的だ。しかもかなりの思考の手数が込められてる。それがインターネット以降の彫刻のあり方なのか。
塚田:そういう現代的なメディアの環境とかを意識した制作を名和さんはここ20年ぐらいやり続けているんです。
大北:へえ~、じゃあこれは自然物の鹿じゃなくてネット上のオークション画像としての鹿なんですか。しかも3Dスキャンだから自分の手を一切入れてないんだ。うわ、現代的なビルの間になんで鹿?とか思いましたが、すごい知的でクールなものがここにあるんですね。
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反対するものを同時に表現できるのが現代美術
塚田:そうですね。ただ波打つような凹凸は作者の創意なので、まったく手が加えられていないということでもないんですが、ひねりはまだまだありますよ。
大北:まだある!? ありますねえ…!
塚田:鹿って古代から神の使いって言われてましたよね。
大北:奈良の春日大社ですね。
塚田:「鹿は古来より『神使』として信仰を支えるイメージとして人々に親しまれてきました」と東京ガーデンテラス紀尾井町のHPにも書いてるんですけどね、そういう聖なるものとして捉えられている。実際に、これはもう記念写真とか撮りたくなっちゃうくらい堂々としている。
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大北:白は神聖さありますね。映画の『スリービルボード』で唐突に出てきた鹿は神話に由来しているそうで。聖なるものとして国内外で扱われがちなんですね。
塚田:現代美術で「聖なるもの」をテーマとした作品があったりするじゃないですか。今回の作品を通じて僕が改めて気づいたことは、基本的にそういうのはちゃんと疑ってみた方がいいなと。
大北:基本的に信用してはならない(笑)。
塚田:過去や現在の文脈をいかに操作するかのという実践でもある現代美術が、かつての聖人像や仏像を作っていた人々と同じであるわけがない。
大北:あいつらがすんなり作るわけがないと(笑)。
塚田:そのまま鵜呑みにすると面白さが半減するパターンも多いと思います。
大北:そうですねえ、実際これはインターネットオークションの画像だし。
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塚田:そうです。そういう揺さぶりをかけてくるのがやっぱり現代美術の役割でもあるので。例えば鹿は聖なるものと言われつつも、ある種、害獣的な扱われ方もするじゃないですか。
大北:濱口竜介監督の映画『悪は存在しない』だ。現代は鹿の食害が問題になってますね。
塚田:そういう社会が抱えてる矛盾というものも、作品から読み取ることができますよね。名和晃平さんの処理は造形的にも美しいし、神の使いらしい毅然とした佇まいです。でも同時に神の使いだと言いつつも、どこにでもある通販のサムネイルで、そのポージングは図鑑のイラストのように典型化されている。そういった矛盾する物事のありさまを示す手法として、現代美術というのは有効なアウトプットの方法だなということを改めて思いました。
大北:聖なるものと同時に害悪なものである。その両方を同時に差し出すことができる。量子力学みたいな感じですかね。
塚田:シュレーディンガーの猫的な、開けてみるまであるかないかわからないやつですか?
大北:そう、「どっちもある」みたいな状態。
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テクノロジーを用いて自己表現を控える現代のアーティスト像
大北:このうねうねとした形状にはいわれがあるんですかね? 作者の特徴ですか?
塚田:いわれは明確には見つからなかったんですが、波々な感じは特徴的ですね。おそらく生成的なイメージに由来してるのでは思います。
大北:あ、データからウニョウニョと生み出される感じありますね。
塚田:不定型な、完成しきってない感じ。
大北:なるほど、現代的なイメージですね。
塚田:それと名和晃平のもう一つの側面として、彫刻であるけれども少し映像的というか、像であると同時にイメージでもあるという視点は作家の一貫したテーマだと思います。そもそも代表作として剥製などにガラス玉を全面に貼り付けた『PixCell(ピクセル)』というシリーズがあるんですけど、透明なガラス玉が無数に取り付けられることによって、見る人がどこを覗くかで写り込みが生まれ、映像として異なってくる。それによって彫刻であると同時にイメージでもあるという矛盾した命題を両立させようとしてるんですね。
大北:ドーンと静止した彫刻だけど、人が覗き込んだり運動があるようなことかな。
塚田:やはりその延長線上で解釈すると、この不定型な形っていうのも、ここから形が変化していったりすることを連想させます。
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大北:ふむふむ、デジタルアートっぽさありますね。
塚田:そうです。やっぱりそこは名和晃平のらしさ。作家さん自身はデジタルアートというよりもう少し広く捉えていて、テクノロジーという言葉で理系的なアプローチをすることが多いです。
大北:これも3Dスキャンしてますしね。
塚田:やや昔の資料ですが、美術手帖で2011年に特集された時があって、名和さんがいろんな企業に様々な技術協力を求めていることが紹介されていました。そういうテクノロジーに立脚した作品の作り方をしてるんですね。
大北:こういうテクノロジーがあるならこういった作品を作りましょうというような?
塚田:おそらく先にビジョンがあって、自分でアプローチしたり探したりして、色々なものにあたる。彫刻だけじゃなくて絵画もありますし、あるいは彫刻だけれども映像的な要素があったりだとか、インスタレーションもある。様々なメディアを試しています。
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大北:この作品だけでもこんなに込み入った作り方してるんだから、他のいろんな作品も観てみたいですね。
塚田:勝手に予言しますが(笑)、おそらく今後20年以内にもう1回ぐらいは大きな展覧会があるでしょうね。前に大きな展覧会開かれたのがもう14年近く前なので。
大北:いつ頃から活動されてるんですか?
塚田:2000年代初頭にシーンに出てきて、10年ぐらいで一気に駆け上がって、東京都現代美術館で個展も経験済みの大スターです。その後も第一線を走り続けている。一般的な認知でいうと、ゆずのミュージックビデオとかも作ったり。
大北:おっ、大衆的なところをやってますね。
塚田:アディダスのアートプロジェクトに参加したり、GINZA SIXの吹き抜けに作品を展示したり。名和晃平はコラボレーションも積極的なタイプですね。今回のためにインタビューもいくつか目を通してきましたが印象的だったのは、「現代美術のフィールドとかマーケットに関わることが多いけれど、アーティストはそういった社会の枠組みに片足を突っ込むだけでいいと思う」とけっこうドライなことを言ってるんですよね。
大北:へえ、背負うのではなく。
塚田:おそらく片足突っ込むのはどこの領域でもあんまり気にしないんじゃないかなって思います。自分の創造性を片足で大事にしつつ、ちゃんと社会の枠組みにも片足を入れる。
大北:この場所もそうなんですけど、高そうな場所に置いてありそうなイメージですよ。
塚田:それはお金や情報が速いスピードで循環していく現代において、アート的なるものが存在感を示すための名和さんなりの戦い方と言えるのではないでしょうか。
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塚田:テクノロジーを使って、創造性をどうやって社会の中で示せるかということに本当の興味があるんでしょうね。現代美術だからというわけでやってるんじゃない。そういう柔軟さが名和晃平にはある。
大北:特定の技術に執着したりとかはあんまりしないんですね。
塚田:名和晃平は自分の作品を作るためのスタジオがあるんですけど、ここはそういう立体作品を作るノウハウを蓄積して、最終的には自分の作品以外を作るようなスタジオになってもいいと言ってるんですね。
大北:偉いなあ。そこで働く人たちもいるし。
塚田:自分が作品を作れなくなったり、依頼が来なくなったとしても、くいっぱぐれずにやっていけるようなスタジオにしたいと。そういう自己表現にそんなに固執しない考え方があるからこそ、剥製を3Dスキャンすることができるわけですよね。
大北:躊躇なく、もうこれでいくぞと。
塚田:そういった意味では近代的な芸術家像とは違うあり方をどうやって示そうかとよく考えてる人ですね。
大北:そっか、偉大でいびつな個性という芸術家像からもう次の時代に来てるのかもしれないですね。いや、いろいろなことを考えさせてくれます。
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美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
DOORS
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大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS
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塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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