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2025.07.30

紡績工場跡地で、自然と人の関係を紡ぐ。小林万里子のアトリエ / 連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」Vol.1

Photo / ShinHamada
Edit & Text / Eisuke Onda

制作途中の作品や散らばった画材、机や棚から、その作家の個性が滲む。アトリエに訪れると、作品の奥にある思考の一端を垣間見ることができる。連載「部屋は語る〜作家のアトリエビジット〜」では、現代作家たちの創作空間を紹介していく。

記念すべき第1回目は、テキスタイルの技法を用いて、人と自然の関係を表現する小林万里子さんのアトリエを訪れた。

心地良いミシンの音の中で

都心から少し離れた紡績工場跡地。現在はアーティストたちのスタジオとして運営されている場所の一角に、アーティスト・小林万里子さんはアトリエを構えている。

建物の少し長い階段を上がれば、途中、猫の気配も。扉を開けると、広々とした空間があり、奥の方から「トントントン……」という小気味よいリズム。どうやら制作の真っ最中のようだ。

小林さんは織る、染める、編む、刺す......多様な技法と素材を組み合わせながら、独自の世界を布の上に描き出す。その作品はどれも、自然と人間の関係性を想起させる。

「動物って、ずっと“他者”だと思ってこなかったんです。昔から自然がそばにある環境で育って、葉っぱをちぎって色を出してみたり、水たまりに絵を描いて遊んだり……。紙と鉛筆よりも先に出会った“美術”が、そういうものでした。今でも、あのときの感覚のまま作品を作っているのかもしれません」

そう話す小林さんのアトリエには、蝋染めの布や刺繍が施された端切れ、ミシン糸、染め道具が並んでいる。

一軒目の作家
小林 万里子

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多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻、2012年同大学院修了。織る、染める、編む、刺す、といったテキスタイル技法を用い多様な素材を組み合わせていく方法で、世界に存在する様々な結びつきを表現する。人と動物を分ける境界線としての肉体が土へと還る長い時間や、死してから他の生き物として命が再生する道のりを描くといったように、我々が「人」として生きる「今」という時間を繙きながら制作を行う。重層的に織りなされる色や形によって現れる混沌のイメージの中から、生命の本質的な姿を描き出すことを試みている。

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《はるばるの隙間から》

 

降りてくるイメージを手繰り寄せて

部屋の奥から、小林さんが数冊のノートを引っ張り出してくれた。年季の入ったものから、まだ新しそうなものまでさまざま。すべてが「LIFE」というメーカーで統一されており、大学に入った頃からアイディアを描き溜め続けているという。

「最初は、思い浮かんだイメージをバーっと描いていくんです。その中で気になるものは、ズームインするみたいに細かく描き込んでいきます。段々と“ここは木が生えていて”“ここには水が流れていて”って、世界観が確立されていくんですね。それをどうやって作品として実現するか、技法を後から考えていきます。たまに、浮かんだイメージを描こうと思って忘れちゃって、すごい悔しい思いをすることもあるし、逆に昔描いたけど膨らまなかったイメージが、今になって“これだ!”って生き返ることもあるんです。ノートはもう、欠かせない道具ですね」

「膨らませたイメージからいざ制作しようと思ったら、まずデザイン画を描きます。でもこれ、“下描き”ってわけじゃなくて。実際に素材を選んでいく中で、布の厚みや質感で、最終的に違う感じになることがほとんどです。薄い服を着ていると涼しそうだな、厚い服だと暖かそうだなと思うような現象が、作品でも起きるから面白いです」

「アトリエでは制作の参考になる本をよく読みます。これは土に関する本で、色彩のインスピレーションにしています」と小林さん

 

染める、選ぶ、手を動かす

「今散らかっちゃっているんですけど(笑)、この棚にあるものは全て私が染めたものなんです」とアトリエにある引き出しを開ける小林さん。自然を想起させる緑や茶色を中心に、色とりどりの布と糸。これらの染色の工程も、このアトリエで行っているという。

「このスペースでなんとか工夫しながら染めたり、織ったり、編んだり、刺したりしています。テキスタイルは素材、技法を組み合わせると選択肢が無限なので、その辺りが面白いと感じていますね」

着物などに用いられる伝統的な技法「蝋結染め」を用いて染色した布

蝋纈染めに使う蝋を溶かす機械や染料、筆など。「あっ、筆に猫の毛がついている(笑)」と小林さん

ちょうど制作中の作品では、織った布地に麻紐やフェルト、オーガンジーを縫い合わせていた。作業の時には「リズム」が大切だという。

「ミシンも刺繍も、一定のリズムがないと動きが固まっちゃうんですよ。ミシンには『フリーモーション』という縫う方向を自由に動かせるモードがあるんですけど、ペダルの動きと手の動きがズレると針が折れることも。特に、疲れている時はリズムがなくなるので、普段アトリエでは鳥の囀りなど環境音をBGMにしてるんですけど、なるべく音楽をながすようにしています」

 

自然と共に暮らす創造力

デスクの近くには可愛らしいカタツムリ。これも実は小林さんの作品の一部だとか。幼少期を過ごした場所で見た姿を再現して制作したという。

「生まれは大阪の箕面市で、田舎でした。近くに山があって猿と鹿がいたり、日常に自然がありました。このカタツムリも近所に居たのを思い出して作ったんですが、本当に大きくて(笑)。今でもそうですが、生き物は“身近な隣人”みたいな感じで捉えていて、よく幼い頃から生物を擬人化する癖がありました。だから『カタツムリさん』と呼んでいましたね。今でも制作に行き詰まった時には自宅で児童文学を読むんですが、動物は動物のままとして現れて、でもなぜか彼らと私たちが自然に意思疎通ができるフラットな世界が描かれていることがほとんどで。人間と動物の境界を知って共存をするという物語がとても多い印象です。子どものための物語のはずが、人間の根幹的な部分を表現しているなと感じます」

「中学生くらいの頃にインターネットに初めて触れて、動物が好きだったので調べ物をしていたら、動物実験や畜産の裏側にヒットしちゃって。衝撃を受けて、自分の中で問題意識が芽生えました。そこから動物や環境を取り巻く社会問題を啓発するポスターを作る仕事がしたいと思って美大に入ったんです」

アトリエでお世話をしている地域猫の茶白郎。「この辺には2匹くらいいて、よく作業していると入ってきますね」

 

伝えるために、変わり続ける

美大入学を目指した小林さん。そもそもなぜテキスタイルを学ぼうと思ったのか、その理由をうかがうと、「実はそんなに深い意味はなくて……」と意外な一言が返ってきた。

「本当はポスターを作る仕事がしたかったので、最初は美大のグラフィック志望だったんです。でも、試験に落ちてしまって、併願していたテキスタイルに合格して(笑)。当時から細かく描き込むのが好きだったので、それを評価されたんだと思います」

第一志望ではなかったテキスタイルも、続けていくうちにその面白さを実感していく。

「入学してからは課題の量がすごくて、最初はただ必死でした。でも、やっていくうちにだんだん楽しくなって。絵の具を平面に乗せるよりも、編んだり縫ったりして“一から創造できる”感覚があって、テキスタイルの表現って無限なんだなと思いました。幼い頃は葉っぱや土を使って工作するのが好きだったので、紙とペンで描くことに違和感があって。染めたり編んだりする工程は、あの頃の遊びとどこか通じている気がします」

4年間の学びの集大成として制作したのが、卒業制作《地球は食べ放題じゃない》。地球の資源が食い尽くされていく様子を、フォークとナイフが添えられたお皿の上に表現した。

「でも、先生から“直球すぎる”って言われて(笑)。そのときに、問題を伝えるには、まず共感してもらえないとダメなんだと気づいたんです。そこから大学院に進学して、『人と自然をつなぐ』ことをテーマに研究を始めました。私は動物を“隣人”だと思っているので、人と自然を切り離して考える人の気持ちが分からなくて、最初はすごく悩みました。人間も動物も皮を剥いたら同じ“生命”なんじゃないかって。死んで土に埋めれば、どちらも同じように自然に還っていく。そんなことを日々考えながら、手を動かしていました」

大学院での学びのなかで、小林さんの現在の作品にも通じる大きな気づきがあったという。

「学部時代のように“破壊されている自然”をそのまま伝えるのではなく、もっと個人的な感覚に立ち戻ろうと。飼っていた猫が死んだときの悲しみや、土に埋めて自然に還っていく生命の循環。そういう実感を作品にしたいと思ったんです。大きな問題提起じゃなくても、作品をきっかけに“自然”について考えてもらえるような、そんな共感の入口を作れたらと思っています。この姿勢は今の制作でも変わっていません」

アトリエの一角には、修復中の作品が静かに佇んでいた。Reborn-Art Festival 2021-22で発表された《終わりのないよろこび》。森から海へと流れる水の巡りと、そのなかで営まれる動植物たちの命を、布を通して表現した大作だ。

「この作品は、浜へと続く海沿いの林の中で展示しました。自然の中で育ったこともあって、ホワイトキューブに作品を並べるよりも、もっと違う場所や視点で作品に触れてもらえる方がしっくりくるんです。今後も、美術の“型”にとらわれず、普段あまりアートに触れない人にも、『美しさってなんだろう?』って考えてもらえるような作品を制作していけたらと思っています」

Information 

小林万里子ウィンドウ展示 

■会期 
2025年8月7日(木)~8月20日(水) 

■場所 
Artglorieux GALLERY OF TOKYO(GINZA SIX1階交詢社通り側ウィンドウ) 
東京都中央区銀座六丁目10番1号  
※Artglorieux GALLERY OF TOKYO(GINZA SIX 5階)内での展覧会はございません。  

Artglorieux GALLERY OF TOKYOのHPはこちら
作品に関するお問合せはこちら

 

「Collecting a Sky –風景を渡る糸–」

■会期 
2025年7月19日(土)~8月25日(月) 

■休館日
月曜日(7月21日、8月11日は開館)、7月22日(火)、8月12日(火)

■場所 
埼玉県川口市並木元町1-76

■料金
無料

展覧会詳細はこちら

ARTIST

小林万里子

アーティスト

1987年大阪府出身、埼玉県在住。 多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻、2012年同大学院修了。織る、染める、編む、刺す、といったテキスタイル技法を用い多様な素材を組み合わせていく方法で、世界に存在する様々な結びつきを表現する。人と動物を分ける境界線としての肉体が土へと還る長い時間や、死してから他の生き物として命が再生する道のりを描くといったように、我々が「人」として生きる「今」という時間を繙きながら制作を行う。重層的に織りなされる色や形によって現れる混沌のイメージの中から、生命の本質的な姿を描き出すことを試みている。作品はこれまで、横浜市民ギャラリーあざみ野、宝龍美術館(中国)、「大阪・関西万博」アメリカ館などで展示されている。また、「Reborn-Art Festival 2021-22」、「Fuji Texitile 2022」などの芸術祭にも参加。

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