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2025.03.19
小松美羽の神秘的パブリックアートに大阪らしさを感じる / 連載「街中アート探訪記」Vol.38
Critic / Yutaka Tsukada
私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは万博の機運高まる大阪にある小松美羽作品である。霊性に触れるような芸術の在り方に大阪らしさを見出し、現代の人気作家・小松美羽が踏み出した新たな一歩をみる。
万博の機運が高まる場所にある

大北:大阪市此花区の正蓮寺川公園に来ました。地図でいうと大阪環状線の左側、海の近くですね。
塚田:大阪出身の大北さんからするとこの辺はどんな場所なんですか?
大北:観光客が来る場所でもないですが、万博が行われる夢洲に渡る道がこの辺りにあります。
塚田:作品の台座の石にも夢洲の工事現場のものが使用されているそうです。
大北:じゃあ万博と夢洲の開発でここも盛り上げたいって場所かなあ。ということで駅近くのだだっ広い公園の真ん中に小松美羽作品と、向こう側には2025年大阪・関西万博ロゴシンボルの像もありますね。

小松美羽『此花水龍』2024年 @正蓮寺川公園(大阪市此花区)
絵画作家が手掛ける彫刻
大北:明らかに遊具ではない立派な作品。周りとの落差がすごい。
塚田:存在感ありますね。間近で観るとディティールがおもしろいですね。描いた痕跡が残ってる。
大北:筆のタッチがあって絵画みたいな感じもありますね。
塚田:平面作品が多い作家ですからね。ほら、口の中とかすごい。玉を飲み込もうとしてるのかな。

大北:右と左と目の描き方がちょっと違っておもしろいけど、両方同時に見れないですね。
塚田:正面の情報量が少ないですよね。自覚的にやってるのだとしたら彫刻としてはあんまり観られたくないのかもしれないですね。
大北:確かに顔の正面はいいやって気になりますよね。
塚田:側面から見ると非常に情報量が多い。平面として見える位置の方が見どころが多いのは、絵画をやってる人の感覚なのかもしれないですね。
大北:彫刻作る人ってやっぱりどこから見ても面白いようにって意識あるんですね。

水にまつわる大阪らしさ
大北:龍でなく水龍。この辺は川や水路がたくさんあるし、大阪府は水の都ということにちょっとした誇りを持ってるんですよね。
塚田:この公園もかつて川だったけれども、水が汚れちゃって、埋め立てられたという歴史を踏まえてるそうです。水によって悪いものを浄化する「祈り」が込められている。
大北:水龍は神様的なものなんですね。
塚田:小松さんは神の獣、神獣をモチーフにした作品を多く作ってるので、龍が選ばれたんだと思います。
大北:お腹の1段目にあるのは船っぽいですね。大阪の歴史なのかな?
塚田:かつては堀川が張り巡らされ、「水の都」と呼ばれていたそうですからね。
大北:そうすると、2段目の太陽とかも意味があるのかな。エジプトの壁画みたい。

大北:これは大阪の人にとって親しみのありそうな作品ですよ。大阪のアートといえばやっぱり岡本太郎だったり、ジミー大西なんで。
塚田:たしかに、そういう風に見ると結構大阪に馴染んでますね。
大北:色が強くて多いものは大阪の人が思う「アート」ですよ。小松美羽は大阪出身というわけではないですよね。
塚田:此花区のアートプロジェクト『konohana permanentale 100+(コノハナ ペルマネンターレ ヒャクプラス)』の第1弾作品として作られたのがこの作品だそうです。しかもプロデューサーは俳優の岡田准一。
大北:え、元V6の? へえ!

人気作家・小松美羽初のパブリックアート
塚田:小松美羽はテレビとかにも出てるタイプの、大衆的にも人気がある作家なんですけど、大北さんはご存知でしたか?
大北:知らなかったです。キャリアのある人ですか?
塚田:まだ40歳の作家なんですが、20代前半から活躍されてました。もともと最初は「美しすぎる銅版画家」みたいな触れ込みで紹介されてたんです。
大北:「美しすぎる」ってありましたね。今だと「よくそんな燃えそうな…」と思いますが。
塚田:そうですよね。私達の感覚もすっかり塗り替えられました。それで小松さんは、美術の文脈をしっかり抑えた、批評家や学芸員が評価しやすい作品を作るよりかは、メディアの中で認知を獲得していくことで活動の幅を広げていったわけです。
大北:人気が先行するみたいな感じですかね。
塚田:はい。ただそれは良し悪しではなく、いわゆる戦略の違いとして受け取ってもらえたらと思います。若い女性がこれだけ奔放な表現をするそのギャップで世間から面白がられたわけですが、小松さんはそこを拒まず、それにとらわれ過ぎずに自分の表現を追求していきました。
大北:人気を足がかりにしたんだ。
塚田:また後で触れますが時代も流れ、最近小松さんのキャリアはまた違ったステージに行った感がありますが、これはキャリア史上初のパブリックアートだそうです。
大北:へえ、じゃあこういうこともやりはじめたぞっていう作品なんですね。

派手な色が大阪にマッチする
大北:岡田准一は大阪の人なんですよ、確か。
塚田:そうなんですよね。
大北:大阪の人は岡本太郎的なものが好きなんです。万博の太陽の塔もあるし、あの強いキャラクターだったり、派手な色使いのまさに芸術家的なイメージが。たぶんそれはヒョウ柄や派手な色使いが好きな大阪のおばちゃんとも近くて、何より大阪の人は大阪のおばちゃんが好き。大阪らしいものがとにかく好き。「派手な芸術が大阪らしいやんけ、ええやんええやん」ですよ。
塚田:小松美羽にお願いしたということは、意外と岡田准一にも大阪のメンタリティーがしっかりあったということですかね。
大北:絶対そう。この作品はこの場所にめちゃくちゃ合ってると思いますよ。綺麗な色をたくさん使って。

塚田:花があしらわれてたり。
大北:大衆性がありますよね。サクラかな、大阪市の花(市花)なんですよね。埋め込まれた小さい球のようなものに赤、青、緑の3色使って、その背景もオレンジ。強い色をたくさん使ってますよね。
塚田:あと口の中にも金が入ってます。
大北:中国の伝統文化っぽいおめでたさもありますね。
塚田:脇役も主役もなく、全体が主張し合っている。

異界と現世をつなぐ芸術家
大北:他の絵もこういうタッチのこういう感じなんですかね。
塚田:タッチは小松美羽の特徴の1つですね。ライブペインティングとかもそうなんですけど、勢いよく絵の具をぶつけたりする人で。そしてシャーマン的な感じもあります。
大北:神がかったようなパフォーマンスとしてババッと描いていく感じかなあ。
塚田:『霊性とマンダラ』という作品集に書いてあったのですが、小松美羽自身の言葉を借りると、自分はそういう神秘的なものとこの世界をつなぐ「係」なんだと。
大北:うわ、すごい。それはもう完全なシャーマンですね。やらなしゃあないんだ。もう役割を感じてるんですね。
塚田:前回名和晃平を取り上げたときに「聖なるもの」を扱ってるといっても、現代美術がそんなストレートに主題にするわけはないと言いましたけど、この人は本気です。
大北:いや、そうですよね。その辺からして文脈が違うんだ。

塚田:だから現代美術家としてはかなり異端なことをやってるんですが、大衆的な人気もあり、マーケットでもすごく人気があります。
大北:へえ、売れてるんですね。
塚田:台湾のフェアで大成功を収めたり、日本人の中堅作家の中ではトップクラスの売り上げを叩き出しています。ただそういうふうにメディアやマーケットの人気が先行している中で、2022年に小松美羽は川崎市岡本太郎美術館で個展をやったんです。そこがターニングポイントになった印象があります。
大北:ただの個展ではなかったんですか?

塚田:小松美羽が岡本太郎美術館でやるんだって知った時に、けっこう腑に落ちたんですよね。そうか、岡本太郎の文脈だったかって。岡本太郎もメディアにたくさん出て、そのことによって美術界から干されていた時代もあったんですよね。
大北:やっぱり岡本太郎なんだ。
塚田:岡本太郎の再評価は、2000年代以降なんですよね。
大北:大衆人気がありすぎると専門家は評価しにくいですよね。
塚田:小松美羽もメディアでもて囃された時代を経て、作品を作り、コンセプトを強力にしていった結果、岡本太郎美術館で個展やるってなった時に、文脈としてつながったという感じです。
芸術は理詰めだけではなく神秘性の側面もある
大北:ここにもタトゥーに入れるようなお祈りのマークみたいなのが。
塚田:護符みたいな。

大北:サイケデリックな文化とか民族的なものとかと接近するような感じがありますよね。中二病とかヤンキー性とかもちょっと近くなってくる。でもスピリチュアル系か。神秘的なものですよね。
塚田:そういう生命力とか神秘性っていうのを一つ一つ必死に込めて作品を作っていて。ただそういう超越的なものに対する思想ってずっとあるじゃないですか。シュタイナーとか神智学※もそう、小松美羽はマンダラをモチーフにした絵画も書くんですけど、マンダラもそうですね。
※神智学……神の啓示を心の中に見る信仰、思想。宗教改革時のプロテスタントの中で普及し1875年にアメリカで神智学協会が生まれる。モンドリアンやカンディンスキーなど抽象絵画に影響も。シュタイナーは神智学の影響が濃い思想家。

大北:たしかに。マンダラっぽさがありますね。
塚田:禅とか仏教とかもそうだし。岡本太郎も縄文土器とか地方のお祭りを取材して紀行文にしていました。今回資料を当たって知ったのは、彼女は生まれ育った長野で神獣やもののけの存在を感じたり、見ていたそうなんですよ。
大北:そもそもが神秘的な人なんですね。
塚田:なのでそういったものを絵にしたいと。だから結果的には、最初は大衆的な方向でキャリアを積み上げていったのは成功だったなと思うんです。良くも悪くも現代美術って情報を詰めて詰めてといったちまちました世界でもあるので、そこに最初からアジャストしようとすると小松さんの奔放さが生きてこなくなるかもしれない。
大北:ははは、前回の名和晃平作品は考えがすごく詰め込まれている驚きと楽しさがありましたね。

東京国立近代美術館にてヒルマ・アフ・クリントの大回顧展が開催中
塚田:そう、理詰めでやるんじゃなくて、メディアを使って自分の作品を知ってもらって、発表の機会を与えてもらって、作品の力で人々を納得させて、結果的に岡本太郎と出会う。
大北:現代美術の中でもちょっと分化しているっていうか、太郎派と言ってもいいような爆発している芸術の系統があるんでしょうね。
塚田:表現としてのエネルギーをダイレクトに打ち出すというところは共通しているかもしれません。とはいえ岡本太郎の表現の背後にモダニズムや縄文時代といった多様な文脈が隠されていたように、小松美羽にも様々な影響だったり、美術史とのかかわりがあります。
大北:ほー、小松さんみたいな人が美術界の中にいたんですね。
塚田:そのあたりは安藤礼二さんという批評家が作品集『霊性とマンダラ』にテキストを寄せていて、神秘的な思想の系譜にヒルマ・アフ・クリント※なんかも引き合いに出しながら美術史と接続しています。
※ヒルマ・アフ・クリント…スウェーデンの画家。神秘主義者。抽象絵画のパイオニアとして近年名前が知られる。
大北:目が特徴的ですよね。生命体のような。
塚田:小松さんの目はいつもこんな感じですよ。まるで目そのものが一つの生命体にように見えます。
大北:見てると吸い込まれそうなっていうか、すり鉢状に奥がすぼまっているように感じさせますね。

塚田:実際の作品を観て気づきましたが、非常に色数が多い中、目だけは例外的に白と黒コントラストを強くしてでごちゃごちゃしないようにしてて、求心力があるので目がいきますよね。
大北:なるほど、周りの色が強い中、色のないものに目が行くって逆説的ですよね。
塚田:造形的な感覚の確かさはやっぱり持ってらっしゃいますよね。勢い任せに見えるけれど、観る人にどういう風に見えるのかという客観性がある。

芸術家の「推し」をつくることで見えてくること
大北:前回の名和晃平作品と違って、見てわかる系の作家さんですよね。「感じろ」系というか。
塚田:そうですね。作品そのものからエネルギーが感じられ、スピリチュアル性と大衆性の両立した岡本太郎の系譜です。
大北:大阪の人は芸術といえば岡本太郎だし、ごちゃごちゃ言わずに「感じろ」系のを持ってこいやみたいな感じがあると思います。岡田准一は正しい。
塚田:岡本太郎美術館での個展を経て、キャリアが変わってきているという意味ではこの初のパブリックアートが今後象徴的な作品になっていくかもしれません。一人の作家って、長い期間で見ていくと変わっていくわけですよ。話題の展覧会に行くのもいいですけども、一人の作家のキャリアを追いかけていくと「ちょっと変わったな」というタイミングに出会えるので、そんな付き合い方をする作家を一人でもいいから見つけておくと美術を観るのが楽しくなる。
大北:なるほど。つき合っていく。理解が深まっていくし、愛着も出てきますしね。
塚田:個展やパブリックアート、アウトプットは様々ですが、その場その場での立ち振る舞いを作家のキャリアと照らし合わせてみて「これはどういうことやりたかったのかな?」とジャッジすることができるんです。今風の言い方で言うと「推しを見つける」みたいなことですかね。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました
DOORS

大北栄人
ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター
デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。
DOORS

塚田優
評論家
評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。 写真 / 若林亮二
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