• ARTICLES
  • 私たちがキース・ヘリングを「知っている」と思うのはアートをコミュニケーションとしてとらえた人だから / 連載「街中アート探訪記」Vol.55

SERIES

2026.08.19

私たちがキース・ヘリングを「知っている」と思うのはアートをコミュニケーションとしてとらえた人だから / 連載「街中アート探訪記」Vol.55

Text / Shigeto Ohkita
Critic / Yutaka Tsukada

私たちの街にはアートがあふれている。駅の待ち合わせスポットとして、市役所の入り口に、パブリックアートと呼ばれる無料で誰もが観られる芸術作品が置かれている。
こうした作品を待ち合わせスポットにすることはあっても鑑賞したおぼえがない。美術館にある作品となんら違いはないはずなのに。一度正面から鑑賞して言葉にして味わってみたい。
今回訪れたのは福岡市にあるキース・ヘリングの作品である。だれもが一度は目にしたことのある図像だが、それこそがグラフィティを出自とするアーティスト、キース・ヘリングの表現であったことを知る。

SERIES

前回は福岡県にあるニキ・ド・サンファルの作品を鑑賞!

前回は福岡県にあるニキ・ド・サンファルの作品を鑑賞!

SERIES

自由になった鳥が福岡の街を見下ろすニキ・ド・サンファル作品 / 連載「街中アート探訪記」Vol.54

  • #大北栄人・塚田優 #連載

大北:福岡にやってきて、博多の中心部からちょっと左上側。長浜ラーメンの長浜も近いとこですが、あいれふっていう場所なんですかね。
塚田:福岡市の複合施設みたいですね。保健所や消費生活センターとかも入ってます。

キース・へリング『無題』@あいれふ(福岡市健康づくりサポートセンター)

大北:薄いですね……写真が難しいですね(笑)。
塚田:板だから(笑)。グラフィティのアーティストなんで彫刻というよりドローイングの人ではありますよね。
大北:赤い色で元気になるような感じがありますね。
塚田:叫んでるっぽい感じが。
大北:犬のキャラクター、人間っぽいもの。こういうのって、キース・ヘリングはいくつかパターンがあるんでしたっけ。
塚田:パターンというか、キャラクターみたいなやつがあります。ハイハイしてる赤ちゃんと犬。代表的なのはその2つですかね。そういえば僕は10代の頃にキース・ヘリングとは知らずに、ユニクロのTシャツを着てましたね。
大北:商品でも見かけますよね。私も中学生のときにこの名前を知りました。95年くらいかな。有名になったのはいつ頃ですかね。
塚田:80年代ですね。90年にエイズで亡くなったアーティストです。
大北:あ、そういう話、聞いたことある気がするな。
塚田:80年代から90年代にかけて、エイズでたくさんの方が亡くなられましたよね。亡くなったのは31歳です。
大北:若いなあ。キース・へリングはグラフィティなんですね。グラフィティといえばヒップホップが出てきたときの文化ですかね。スケボーにもあるんでしたっけ?
塚田:スケートボードやヒップホップとも結びついてますね。線路沿いの壁や橋、地下鉄の構内とかに、絵をスプレーなどで描くのがグラフィティですね。

グラフィティ文化とは?

大北:キース・ヘリングもまさにそういう公共の落書きを?
塚田:そうです。でもちょっとアプローチが違って、それが有名になったひとつの要因でもあります。グラフィティって、ぐちゃぐちゃって書いてあって、何て書いてあるかわからないじゃないですか。でもそれは意図的で、わかったらダメなんです。彼らは犯罪してるので。
大北:捕まってしまうから。
塚田:そう。だからあえて特徴的な形にして、「仲間内にだけわかる」コミュニケーションや縄張り争いをしてたわけですよね。だからグラフィティっておもしろくて、公共の空間でやってるから開かれているように見えますけど、実は閉じられてる側面もあるんですよね。仲間内で楽しむ文化っていうか。
大北:あ〜、おもしろいですね。暗号を「みんな見て〜!」って場所にやってる。矛盾を抱えてますね。
塚田:大山エンリコイサムさんというグラフィティに詳しいアーティストの方が本に書いてたことなんですけども。彼らはなぜニューヨークの電車の車体にグラフィティを描いたのかというと、電車って動くじゃないですか。すると読めないですよね。
大北:速く動かれたら読めないですよね。
塚田:なので駅に停車したわずかな時間とか、動いていても判読できる人に向けられたものでもあるわけなんですよ。
大北:わかるやつだけわかる。なんでそんな選別するんですか?
塚田:文化ってそういうふうに暗号みたいなものを上手く利用するじゃないですか。わかる人はわかるみたいな状態を作ることによって、コミュニティに結束力を生むし、文脈としてコンテクスト化する。
大北:あ〜なるほど!「わかる人にだけわかる」暗号は文化にとって必要かもしれないですね。おもしろい視点だなあ。

キース・ヘリングはグラフィティの逆をいく

塚田:で、ここまでがグラフィティ一般の話でした。ここからが本題です。そういうグラフティのコミュニティのなかにあって、キース・ヘリングはちょっと違うんです。そこが面白いところ。当時地下鉄駅構内では、広告掲載スペースに広告が入ってない状態のときは黒い紙が貼られてたんですって。キース・ヘリングはそこにこの作品みたいな単純な形態を描いてたんです。それってさっき話したグラフィティのライターたちのアプローチと真逆じゃないですか?
大北:たしかに。パッと消えないし、だれにでもわかる簡単なイラスト。
塚田:いろんな人が見て「またこいつだ」ってわかりますよね。それでどんどん有名になっていったんですよ。そして、アートとしても認められていきます。
大北:おお~。捕まらないのかな?
塚田:いやいや、キース・ヘリングは何回も捕まってます。
大北:あ、やはり(笑)。


塚田:何回も罰金払ってるらしいです。でもそういう状態で描いてたからこそ、単純な形にしたんじゃなかなと。捕まらないためには、早く仕上がる簡単な形じゃないといけないですよね。動く地下鉄に描いていたグラフィティのライターと正反対の動かない場所に描いていたキース・へリングですが、精神性は地続き。
大北:スケボーには街を遊具化、ハックして自力で遊ぶみたいな思想がありますよね。グラフィティもそういった、おれが街で遊ぶんだみたいな新たな遊びの側面があるんですかね。
塚田:それは明確にありますね。都市空間っていうものをいかに面白く生きていくかみたいな精神はすごくありますよね。
大北:そうすると、規格化していく都市への対抗意識みたいなところもある。
塚田:ですね。そしてコミュニケーションにもなりますね。グラフィティって描かれた上から描かれたりもするんですよ。俺の方がすごいだろという誇示行動にもなるわけですよね。それは街を使ったコミュニケーションとも言えますよね。スケボーにしてもそうで、ストリートカルチャー全般って「俺の方がうまく遊べるぜ」みたいなところで競い合っている部分があると思います。
大北:そうか、競ったり他者と比べたりするという意味ではふつうのアートよりずっとコミュニケーションですね。

記号学から来る繰り返し

塚田:キース・ヘリングはそうやってグラフティだけではなくニューヨークのクラブとか、ヒップホップなどのストリートカルチャーにどっぷりはまりながら、美術大学に行って美術の勉強もしてたんです。
大北:へえ〜! じゃあ、一般的な絵画もバリバリに勉強してるんだ。
塚田:初期はね。抽象画も描いてますよ。
大北:ええ〜、見てみたいですね(笑)。
塚田:1970年代末のニューヨークですから。その10年、20年前に流行った抽象絵画がアメリカでは当時「良い美術」とされてたんで。それでよく初期のキース・ヘリングにからめて語られるのは、美術大学で学んでる時に記号学に興味を持っていたということですね。
大北:え〜! これバリバリのインテリから来てる可能性が(笑)
塚田:でも確かに、彼はいろんな作品でイメージを反復させて埋め尽くすみたいなことをやっているんですが、繰り返される図像は記号的な表現を感じさせますよね。
大北:キース・ヘリングの絵はびっしり描いてあるイメージだから、病的になにかにとらわれた反復かなと思ってました。
塚田:記号って、そういうふうに繰り返すこともできますが、1個だけ取り出すこともできるじゃないですか。両方とも、成立するんです。
大北:Tシャツの真ん中に1つだけ配置することもできる。企業とか商業媒体が使ってるイメージがありますね、キース・ヘリングって。

商品化するアートに対抗して商品化

塚田:それも面白いところで、そもそもアートって今めっちゃ「商品」になってるじゃないですか。
大北:そっか、宗教画とかの時代はそんな売買しないか。
塚田:キース・ヘリングはアートが商品になった後の時代に、どうやって商品としてアートをやろうかって考えた人でもあると言えると思います。
大北:自らグッズにしていったんですか。
塚田:そうですね。でもキース・へリングがグッズとして商品を作るきっかけは、彼が有名になって偽物が現れたことにその一因があるんですよ。
大北:真似して作りやすそうですしね。
塚田:ですね。「これは地下鉄にキース・ヘリングが描いたやつだ」みたいな偽物が市場に出回ったんです。だったら安くてもいいから、とキースはグッズとかを作って、「複製の本物」をいっぱい売ることにしたんです。偽物を量で駆逐する、量で勝つみたいなことをやったんです。
大北:へえ〜、おもしろい。ユニクロとかにも全然権利を売るし。
塚田:それは没後ですけど、そういったことですね。キース・ヘリングは91年に亡くなってますが、80年代にポップアップショップを作って、自分のグッズだけを売るショップを作りました。ちなみに日本にもあったんですよ。

大北:へえ〜! きっとタレントショップが並んでたころ、いやタレントショップの文化がキース・ヘリングのショップから…?
塚田:それはたまたまでしょうね。生活必需品が揃った後の、80年代的消費文化の中でタレントショップが日本で盛り上がっていたことは事実ですが。
大北:アメリカも同じ状況ですよね。消費したいけどなにを消費すればいいんだという。
塚田:そういうところはあると思います。また80年代のアメリカはめっちゃ景気が良かったんですよ。それでアート業界も結構バブルだったんですね。だから当時の業界は、なんでも商品になってしまう状況だったんです。あとポップアートがあったというのも大きくて。リキテンスタインのようなコミックを引用した表現もアートになっていたし、日常的なものをアートにしたじゃないですか。
大北:缶のスープとかね。
塚田:80年代ぐらいはそんなポップアートの衝撃から15年ぐらい経っていて、もうアートにできないものはないという状態だったわけですよ。どんなものでも解釈や歴史の踏まえ方次第でアートという商品になる。

大北:ああ、80年代後半のアメリカ映画は金持ちの描写としてアートオークションとか美術作品がよく出てきますよ。
塚田:そうなんですね。そんな状況で、ある種の能動的な行動の仕方として、コピーを大量に作って売るっていうことをした。
大北:「だったら」と対抗した結果。パブリックアートになってるのも?
塚田:街行く人が誰でも見れるパブリックアートも、その延長線上として取り組まれているとみていいでしょう。
大北:ちなみにバンクシーの出てき方のも同じような感じなんですかね?
塚田:グラフィティ文化の中から出てきたという点では同じです。グラフィティってわかる人にしかわからないコミュニケーションのあり方ですが、バンクシーとキース・ヘリングは、あえてわからせようとしてるところは似てるかもしれないですね。
大北:俺だよっていうの。
塚田:そうそう、バンクシーはキース・ヘリングみたいに特定のキャラクターみたいなのがあるわけじゃないですけど、時代とか社会に対する風刺性があるからなにかを伝えようとしているところはありますよね。もちろん解釈の幅があるから、そのあたり「わかる人向け」の要素もありますが。あとバンクシーはオークションで、作品が売れた瞬間にシュレッダーにかけるとかマーケットに対する挑戦をしているところも共通する。
大北:あったあった(笑)
塚田:だから美術業界に対して皮肉な態度をとったりするところは似てるかもしれないですね。バンクシーもキース・ヘリングの活動から学んだところもあるかもしれないですし。

繰り返すことで目にし、汎用される

大北:このマーク自体の意味とか出自ってあるんですかね。
塚田:なぜ赤ちゃんや犬なのかってことですよね。今回のためのリサーチで直接的な答えは出てこなかったんですが、こういったのはやっぱりポップアート以降の表現って感じはありますね。シンプルなドローイングで形態が出来上がっているので、ポップアートも参照したコミック、つまりマンガっぽさがある。でも違いもあって、マンガは同じキャラクターが何度も描かれるけれど、キース・ヘリングは微妙にそうなってない。
大北:犬ではあるけど「ポチ(名前)」ではないですね。
塚田:だから繰り返し描いても、1個だけ取り出しても成立するんです。そういった記号のコントロールに意識的なところは記号学に興味があった人っぽいですよね。フォントっぽくもあります。
大北:なるほど。フォントによって「あ」の形は微妙に違うけど、「あ」として認識しますね。マンガっぽいけどマンガでもない。
塚田:つまりマンガのように具体的な物語はないけど、交通標識のように完全に匿名的なものでもない。それがどんな環境にも入っていける表現の強度につながっているのではないでしょうか。このパブリックアートも叫んでいるのか、それとも踊っているのか、どのようにもとれる。

大北:だからこれだけ目にする機会があっていうのがあるかもしれませんね。
塚田:有名作家ってパブリックアートを手掛けることも多いですよね。想像ですが、多分頼まれちゃうんでしょうね。でもしっかり考えられるアーティストは、ちゃんとキャリアの一貫性のなかに位置づけられますね。
大北:今日はぼんやり知ってたものだっただけに驚きが大きかったですね。人気絶頂の31歳の時に、ぽつんって亡くなったんですか。
塚田:いえ、その2年前ぐらいに自分でエイズであるっていうことを公表して、死に至るまで旺盛な活動を続けたって感じですね。晩年はエイズ撲滅運動にも参加したり、恵まれない子供のための活動をしたり。グラフィティって人とのコミュニケーションですよねって話をしましたけど、アートをコミュニケーションのためのメディアとして捉えて、それを太く短く実践した人ということですね。そういう意味でも公共的。
大北:そうですね、この場所にも保健所が入ってますし。
塚田:確かに、なんかそういう関係もありそうですね。財団もこういう施設だったら是非設置したいみたいなことはあったかもしれませんね。

美術評論の塚田(左)とユーモアの舞台を作る大北(右)でお送りしました

machinaka-art

LINEbanner

ARToVILLA公式LINEアカウント
友だち追加キャンペーン

毎週水曜日、最新アート記事やおすすめの展覧会情報などを配信しています。8月25日まで、LINEの友だち追加でNARI (LITTLE FUNNY FACE)によるオリジナルスマホ壁紙プレゼント! 

DOORS

大北栄人

ユーモアの舞台"明日のアー"主宰 / ライター

デイリーポータルZをはじめおもしろ系記事を書くライターとして活動し、2015年よりコントの舞台明日のアーを主宰する。団体名の「明日の」は現在はパブリックアートでもある『明日の神話』から。監督した映像作品でしたまちコメディ大賞2017グランプリを受賞。塚田とはパブリックアートをめぐる記事で知り合う。

DOORS

塚田優

評論家

評論家。1988年生まれ。アニメーション、イラストレーション、美術の領域を中心に執筆活動等を行う。共著に『グラフィックデザイン・ブックガイド 文字・イメージ・思考の探究のために』(グラフィック社、2022)など。京都精華大学非常勤講師。 写真 / 若林亮二

新着記事 New articles

more

アートを楽しむ視点を増やす。
記事・イベント情報をお届け!

友だち追加