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2026.08.12

「気づけば鳳凰の作品ばかり選んでいた」パティシエ・鎧塚俊彦が語る、理由の前に心が動くアートとの出会い方 / 連載「わたしが手にしたはじめてのアート」Vol.50

Interview&Text / Kahori Yamada
Edit / Quishin
Photo / Madoka Akiyama

自分らしい生き方を見いだし日々を楽しむ人は、どのようにアートと出会い、暮らしに取り入れているのでしょうか? 連載シリーズ「わたしが手にしたはじめてのアート」では、自分らしいライフスタイルを持つ方に、はじめて手に入れたアート作品やお気に入りのアートをご紹介いただきます。

お話を聞いたのは、パティシエとして長年第一線を走り続ける鎧塚俊彦さん。ヨーロッパでの修業時代には、美術館や建築を巡りながら感性を磨き、スケッチブックを片手に街を歩くこともあったといいます。アートは創作の源であると同時に、日々の暮らしを豊かにしてくれる身近な存在でした。

現在も店舗にはお気に入りの作品を飾り、美しいものに触れる時間を大切にしている鎧塚さん。はじめて購入した荻野綱久さんの『鳳凰 Phoenix』との出会いをはじめ、なぜか心惹かれる“鳳凰”というモチーフ、作家との交流から受ける刺激、そしてアートとお菓子づくりに通じる創作への思いについて伺いました。

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# はじめて手にしたアート
「本当に欲しいと思ったものを選ぶと、なぜか“鳳凰”の作品が多いんです」

はじめて購入したアートは、荻野綱久さんの『鳳凰 Phoenix』です。

京橋本店がオープンするタイミングで、お店に何かひとつアートを飾りたいと思っていました。そんなとき、片岡鶴太郎さんから「息子も絵を描いているから、個展に来てよ」と声をかけていただいたんです。それが鶴太郎さんの息子さんで、画家として活動されている荻野綱久さんの個展でした。

そこで出会ったのが、この作品です。

荻野綱久『鳳凰 Phoenix』

惹かれたのは、まず色彩です。パステルのやわらかな色合いと繊細さ。それでいて、すごく力強い。そこに魅力を感じました。

その後、同じく京橋本店に飾ってある『花鳥風月』や『Men&Woman』も購入させていただいて、気づけばもう10年近いお付き合いになります。

(左上)『花鳥風月』、(右下)『Men&Woman』

僕は、投資目的で絵を買おうと思ったことはないんです。本当に自分が欲しいと思ったものだけを手元に置きたい。

そして、おもしろいことに僕が選ぶ作品はなぜか「鳳凰」をモチーフにしたものが多い。「鳳凰」を意識的に探して買っているわけではありません。でも「これ、いいな」と思うものは、「鳳凰」が描かれた作品なんです。最近、新しく購入を決めた作品もそうです。

「なぜ鳳凰なのか」と聞かれるとうまく説明できないのですが、鳳凰はおめでたい題材でもありますし、何かご縁があるのかなと思っています。

僕とアートの出会いはいつも、理由を考える前に心が動くところからはじまっている気がします。

# アートに興味をもったきっかけ
「スケッチブックを持ち歩き、絵日記みたいな感覚で描いていた絵が売れたこともあります」

手にしているのは、フランスにあるラ・ロシュフコーで描いた風景画

アートに興味を持つようになったのは、ヨーロッパで修業していた頃。美術館や建築、彫刻をたくさん見て回りました。

当時は、今のようにスマートフォンなんてなかったので、常にスケッチブックとクレヨンを持ち歩いて、気になる風景があるとその場に座って描いていました。

僕にとっては、作品というより絵日記みたいな感覚。その場所で見た空気や色、感じたものを残しておきたかったんです。

描いていたら、「これ売ってくれないか」と声をかけられたこともありました。「これは売り物じゃない」と言ったら、「なんで?」と言われて(笑)。当時はお金もなかったので、数万円ほどで売ったこともあります。

振り返ると、僕は昔から色に惹かれていたんだと思います。小学生の頃、絵のコンクールで入選したときもカラフルな絵を描いた記憶があります。

ヨーロッパで特に惹かれたのも、街全体にある色彩でした。建物の色、壁の質感、街並みの中にある色の組み合わせ。日本とは違う感覚がありました。

特に好きだったのは、フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーやアントニ・ガウディの建築です。カラフルな色使いや、自然を感じる曲線美。まっすぐな線よりも、有機的な曲線に惹かれるところは昔から変わらないですね。

そういったインプットが、直接、今のケーキづくりにつながったかと言えばそうではないけど、あのとき見たり感じたりしたことが、自分の中に少しずつ積み重なって、今の表現につながっているんだと思います。

# 思い入れのあるアート
「作品そのものではなく、作家さんにも興味があるんです。作品の背景にある哲学や生き方が新しい視点を与えてくれるから」

僕は、アート作品そのものだけではなく作家さん自身にも興味があります。その人がどういう考え方を持っていて、どういう人生を歩んできたのか。そこを知ることで、作品の見え方が変わると思っているからです。

京橋本店に飾っている、ヴェネツィアンガラス作家の土田康彦さんの作品もそうです。僕と土田さんは、ものづくりに対する考え方が違います。

土田康彦『カプリ島の南風』

僕は飴細工をつくるとき、途中で偶然生まれたおもしろい形や、予定していなかった表現が出てきたら、それも作品の一部として活かしたいと思うタイプなんです。

でも土田さんは、偶然できたものは自分が生み出したものではないから、自分の作品ではないと考える。どれだけ素晴らしいものができても、作品にしないことがあるそうです。最初は驚きました。でも、自分にはない考え方だからこそおもしろい。

土田康彦『すみれ色の雨』

同じものづくりでも、大切にしていることは人によって違う。アートを見ることは、自分にはない価値観に触れることでもあります。だから僕は、作品を見るとき、その背景にある作家さんの人生や哲学まで感じたいと思っています。

# アートとお菓子やケーキとのつながり
「ケーキは『おいしそう!』と思われることが一番大切。見た目は、味を考えぬいたあとに整えていきます」

戸塚佳代『Happy birthday! Chef Yoroizuka』

僕は、“宝石みたいなケーキ”というものは、あまり好きではありません。もちろん、美しいことは素晴らしい。でも、ケーキで一番大切なのは「おいしそう」と思ってもらえることだと思っています。

だから僕は、まず味を考えます。素材が持っている味や香りをどう活かすかを考えて、その答えが見えてから、最後に見た目を整えていきます。形を先につくろうとすると、無理が出ることがある。大切なのは、表面的な美しさではなく、その中にあるものです。

これはアートにも通じると思っています。ゴッホの作品に惹かれるのも、技術だけではありません。その人が何を感じ、何を抱えて生きてきたのかが、作品から伝わってくるからです。

作品もケーキも、つくった人の想いや姿勢が込められているからこそ、人の心を動かす。僕にとってケーキも、ひとつの表現なんです。

# アートのもたらす価値
「アートは、作品だけでなく、その人の人生や生き方まで感じさせてくれる」

ヨーロッパでたくさんの作品を見てきた中でも、特に印象に残っているのがゴッホです。実際に、ゴッホが最期を過ごした部屋まで足を運んだことがあります。

そこは小さな明かり取りの窓があるだけの、まるで牢獄のような空間でした。そんな場所で、ずっと絵を描き続けていた。その姿には、本当に感銘を受けました。

僕は、ゴッホは誰かを驚かせるために絵を描いていたわけではないと思うんです。あれはもう、魂の叫びだったんじゃないかな。だから人は、あれだけ心を動かされたんだと思います。

僕自身も、創作をしていて不思議な経験があります。15年ほど前、夢にカバが出てきたんです。しかも、店の厨房でカバがスタッフと一緒にケーキをつくってるんです。

その夢を見たとき、「なんでカバなんだろう」と思ったのですが、その夢がなぜかずっと印象に残っていて、気がついたらカバをモチーフにした作品ができていました。理屈で説明できるものではないけど、自分の中にある何かが、自然と形になるということがあるんでしょうね。

鳳凰の作品を選んだときも、カバを描いたときも、きっと同じなんだと思います。アートを見ると、僕は作品だけではなく、その人の人生を感じます。そして同時に、自分自身のことも考える。

アートは答えを教えてくれるものではなく、自分の感性や、自分でも気づいていないものと向き合うきっかけを与えてくれるものなのかもしれません。

 

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DOORS

鎧塚俊彦

パティシエ

1965年、京都府宇治市生まれ。関西のホテルで修業後、渡欧。スイス、オーストリア、フランス、ベルギーでさらに8年間修業を積む。ヨーロッパで日本人初の三ツ星レストランシェフパティシエを務めたのち、帰国。2004年、恵比寿にて出来立てのスイーツを提供する「Toshi Yoroizuka」を開設。その後、六本木に14席のカウンターデザート「Toshi Yoroizuka MIDTOWN」、杉並区の八幡山駅近くに「Atelier Yoroizuka」をオープン。長年の夢を実現し、2011年には小田原石垣山山頂に2000坪以上の農園を併設したレストラン&パティスリー「一夜城 Yoroizuka Farm」をオープン。2016年、京橋に「Toshi Yoroizuka TOKYO」をオープンした。

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