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2023.09.29

「この半年間で体感した、韓国アートの熱さ」 / 前田エマの“アンニョン”韓国アート Vol.6【最終回】

この連載はモデル・前田エマが留学中の「韓国」から綴るアートやカルチャーにまつわるエッセイです。小説やエッセイの執筆でも活躍し、国内外の美術大学で学んだ経歴を持つ前田が、現地の美術館やギャラリー、オルタナティブスペース、ブックストア、アトリエに訪れて受け取った熱を届けます。

今回でこの連載も最終回。滞在中、印象に残ってきた展覧会や世界的にも注目されるアートフェア「FRIEZ」と「Kiaf SEOUL」について。これまで韓国のアートに触れて、感じたことを綴ります。

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「韓国在住の日本人アーティストのアトリエを訪ねて」 / 前田エマの“アンニョン”韓国アート Vol.5

  • #前田エマ #連載

文化や伝統に誇りを持って大切にする人たち

韓国へ来て、6ヶ月が経った。
月に一度、書かせていただいてきたこの連載も、6回目となる今回で最終回を迎える。

今回は、この半年の間に巡ってきた美術館や展覧会の中で印象的だったものを、いくつか簡単に振り返ってみようと思う。そしてつい先日行われた、世界中のギャラリーが集まったアートフェア「FRIEZ」と「Kiaf SEOUL」の様子も、少しお伝えできたらいいなと思う。

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ソウルに来るまで、私は韓国の現代アーティストどころか、近代の有名なアーティストの名前も、ほとんど知らなかった。こちらへ来て、美術館へ足を運ぶ中で出会ったのが、イ・ジュンソプ(李 仲燮 1915-1956)、チャン・ウクジン(張 旭鎭 1917-1990)、キム・ファンギ(金 煥基 1913年-1975年)といった、近現代美術の大御所たちだ。3人は皆、日本に留学経験がある。まずはその事実に複雑な気持ちを抱いた。彼らは、1910年から35年間以上にわたり続いた日本による朝鮮半島統治時代に、幼年時代、青春時代を送り、家族を持ったのだ。それが何を意味するのかを、考え続けていきたいと思う。

イ・ジュンソプが妻に宛てた手紙。写真上の表面にはイラストも描かれていた

ソウルに来た初めの頃、〈国立現代美術館 ソウル館〉で観たのが、イ・ジュンソプの大規模な展示だった。日本に留学し、日本人の妻と結婚し、子どもを授かったが、朝鮮戦争勃発による貧困により妻子だけを日本へ送り出し、40歳という若さで亡くなった。私はこの展覧会で彼の作品を観たときに、それまで抱いていた“豪快なタッチで牛の油絵を描く画家”というイメージが大きく覆された。画材を買うお金がないため、煙草や菓子の銀紙に描かれた作品は、動物と戯れる人々の楽しい様子などがあたたかみを感じるタッチでシンプルに描かれていた。彼が妻、そして家族へ送った手紙も、とてもキュートで、ユニークさもあって、愛が溢れていた。

彼が新婚時代を過ごし、戦時中に避難していたこともあるのが、韓国のハワイと呼ばれる南の島・済州島の西帰浦(ソギポ)だ。ここには〈李仲燮美術館〉がある。美術館自体は小さく、彼の作品がとても充実しているとは言い難いが、ここでは済州島在住のアーティストの展示を行っていたり、美術館の前には彼が暮らした家が残っていたりと、訪れる価値があると思う。私は、この美術館がある李仲燮通りの喫茶店や近くのバーが気に入って、済州島に滞在中、何度も訪れた。

イ・ジュンソプが住んでいた済州島の家

〈李仲燮美術館〉の屋上からの景色

済州島を訪れて知ったことのひとつが、西の下の方にある小さな島・加波島(ガバド)で、アーティストインレジデンスが行われているということだ。私の周りの韓国人アーティストたちがこのレジデンスに参加した経験がある。私は船に乗って島に行き、自転車で一周してきた。一周するだけなら30分もかからない、本当に小さな島だ。これまで参加したアーティストの中には、日本でも人気の高い小説家のキム・ヨンスさんもいるらしい。3ヶ月ほどのレジデンス期間中、私だったらどんな作品を作るだろうかと想像した。

BTSのメンバー・RMさんも関わったギャラリー「working with friend」での展示にて。チャン・ウクジンの作品

同じく「working with friend」の展示にて。キム・ファンギの作品

キム・ファンギとチャン・ウクジンのことは、BTSのリーダ・RMさんのインスタグラムやインタビュー、彼が所有しているコレクションも展示されたギャラリーでの企画展などで存在を知った。

チャン・ウクジンは現在、〈国立現代美術館 徳寿宮館〉で大きな展覧会が開催中なので、もしソウルへ訪れることがあれば行ってみてほしい。この3人の中では、いちばん“韓国らしい”風景や、人々の様子を描いている作家だ。油彩、版画、墨絵、白磁に絵付けをしたものなど、さまざまな表現方法で制作された作品を一堂に観られる。

〈国立現代美術館徳寿宮〉で開催中のチャン・ウクジンの展覧会にて

景福宮の近くにキム・ファンギの個人美術館〈煥基美術館〉がある。丘を登った閑静な住宅街にあるこの小さな美術館は、自然豊かで静かで、とても気持ちが落ち着く。何度も足を運んでいる好きな場所だ。キム・ファンギはイ・ジュンソプとは違って、生前から高く評価され、海外でも多く活躍した。そんな彼は世界で評価されるアジア人として、そして韓国人としてのアイデンティティについて深く考える人生を送った。

〈湖巌美術館〉で開催されていたキム・ファンギの展覧会にて

最近の韓国の若者たちの中には、韓国の昔からある文化や伝統に誇りを持って大切にする人たちが増えている。
先日、私は韓国の伝統家屋“韓屋”をリフォームして暮らす人の家に遊びに行った。
“韓服”という伝統衣装を改造した服を着る若者もいる。

数日前、私は仕事の取材で韓国の若いアーティストたちや若いギャラリストの話を聞く機会が何度かあった。彼らの多くは、海外で学んだ後、韓国に戻り活動をしている。
彼らは韓国の伝統的な手工芸などの技術、デザイン、精神などを大切にしながら、自分の作品制作やキュレーションを行っている。伝統を積極的に取り入れていながらも、そこに縛られているわけではなく、とても風通しがいい自由な雰囲気で新しい時代を作っている。
どうやら、かつての世代は「外国のモノがかっこいい」「外国に追い付かなくては」という考えが強かったようだが、その時代を経て、今はK-POPや韓国映画、韓国ドラマなどの世界的な成功により「自分たちの国の文化や、持っている技術は誇れるものなんだ」という自信がうまれ、少しずつ変わっていっているようだ。
家賃がものすごく高いと言われるソウルで、個人でアトリエを持っている若者も何人かいて、そこにはどうやら若い世代に対する国の支援が充実しているという背景もあるようだ。映画業界などの話を聞いてみても、若い人の育成に充てられる資金が日本よりもきちんと回っていると聞く。

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さて、ここからは少しだけだが「FRIEZ」と「Kiaf SEOUL」のことも振り返りたい。
「Kiaf SEOUL」は2002年にスタートした、韓国初のアートフェアだ。「FRIEZ」は、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスで開催されてきた国際的なアートフェアで、昨年アジアでは初めて、ソウルで開かれた。このふたつのアートフェアが、昨年も同じ時期に開かれ、世界中から熱い注目を浴びた。アートフェアとは、アーティストやギャラリーが集まり、コマーシャルしたり、作品を販売するお祭りみたいなものだ。

上はナム・ジュン・パイク、下はキム・ユジュンの作品

どちらが凄いということではなく、「FRIEZ」の方が世界的な大きなギャラリーが参加していたような印象だ。有名なアーティストの作品も多かった。 一方、「Kiaf SEOUL」の方は、地方都市を含む、韓国のギャラリーの参加数が多く、韓国人のアーティストの作品をたくさん知ることができたし、世界中のまだ若いアーティストたちの作品と出会うこともできた。個人的にとても嬉しかったのは、友人であり、一緒にアトリエをシェアしていたこともあるアーティスト・川内理香子さんの作品を、この場で観られたこと。彼女の作品は鎌倉画廊のブースで取り扱っていた。

右2作品が川内理香子の作品。左は李禹煥の作品

ふたつのアートフェアを一日で同時に見ることができるチケットが、8万ウォン。日本円で9千円弱だ。入場料は決して安いとは言えないが、デートで来ている若者も多かった。

写真上が「Kiaf SEOUL」、下が「FRIEZ」

この数年の間に、世界の名だたるギャラリーがソウルにオープンしている、もしくはオープンする計画を発表しているという。また、世界のアートのオークションでは、韓国人のコレクターの存在感が増しているらしい。その中には若い人たちの姿もあるそうだ。そこにはK-POPアーティストや俳優たちが、積極的にアートを購入したりすることも、少なからず影響しているという。

なぜ、こんなに韓国のアートが熱いのかという私からの質問に、若いギャラリストはこんなことを答えた。
韓国は幼い頃から競争社会。アートをやっている人間もそうなのだという。アーティストも語学ができるし、マーケティングやプロデュースも上手い。韓国にはもともと、手工芸もそうだし、デジタルの方面でもいろんな技術があるから、そういう部分も器用にできる。そして、それはこの数年でもっと伸びていくと思う。もちろんそれによる代償もある。そしていろんなコンテンツがソウルだけに集中してしまっているというのも、課題のひとつだと思う、と。

日本では、美術と言ったら“美大”だが、韓国では総合大学の中に美術学部があることが多いようだ。韓国トップの国立大学であるソウル大学(日本で例えるなら東大だと言う人もいる)は、前回の記事で堀越さんも言っていた通り、美術方面でも勢いがある。白磁や彫金などの工芸分野で活躍する卒業生も多い。韓国で美術と言ったら弘益大学だが、ここも総合大学だ。文学、法学、経営などに当たる学科もある。
韓国の人に聞くと、大学在学中は、どうやらふたつの専攻を学ぶことが多いという。文学部に通っていた友人は、放送学も学び、卒業後はテレビ局で放送作家をしている。アーティストの友人は、国際学と経営学を学んだという。
日本ではあまり考えられないが、海外ではいくつかの学問を学ぶことはスタンダードだという。ひとつの世界では見えてこないものもあるだろうし、ふたつの分野を学ぶことで気づくこともあるだろう。将来への可能性も広がるかもしれない。そして、総合大学ではいろんな分野の友人と出会えるのも面白そうだ。

何がいいことなのか、どちらがいいことなのか。私は答えを出したいわけでなく、自分で考える力を育んでいきたい。常に疑問を持ち、疑い続けること、理解できなくても知ろうとすることを続けていきたい。
専門家でもなければ、アートにも韓国にも詳しいわけでもない私の言葉に、何か意味があったのかは分からないが、毎月、ひとつひとつ言葉にして立ち上がらせていく作業は、私にとってとてもありがたい時間だった。

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最後に。
この連載の記事をいつも一生懸命に編集してくださり、言葉の意味を深く考え提案してくださり、読者の方に届けてくださった皆様に本当に感謝しています。 韓国のことをインターネットに書くと言うのは、想像していた通り難しく、いろんな言葉が届きました。私はこれからも、自分が見て感じたことを、素直に書いていかなければとより強く思いましたし、学び続けていきたいです。

photo: yurina miya

連載「前田エマの“アンニョン”韓国アート」
Vol.1 「なぜいま、韓国のアートなのか?」
Vol.2 「韓国映画のポスターを手掛ける『Propaganda』のアトリエへ」
Vol.3 「5・18、光州ビエンナーレへ」
Vol.4 「誰でも自分らしく居られる、アートの居場所へ」
Vol.5 「韓国在住の日本人アーティストのアトリエを訪ねて」
Vol.6 「この半年間で体感した、韓国アートの熱さ」

DOORS

前田エマ

アーティスト/モデル/文筆家

モデル。1992年神奈川県生まれ。東京造形大学を卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーの留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティなど幅広く活動。アート、映画、本にまつわるエッセイを雑誌やWEBで寄稿している。2022年、初の小説集『動物になる日』(ミシマ社)を上梓。

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