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2022.05.20
アートの「わからなさ」をどう楽しむ? / 連載「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.5
Edit / Moe Ishizawa
Photo / Yuri Inoue
Illust / Wasabi Hinata
19世紀の画家、エドゥアール・マネの絵画に魅せられたことをきっかけに、現在までに2冊の美術関連書を上梓するほどアートを愛する和田彩花さん。今日では、古典絵画のみならずパフォーマンスやインスタレーションなど、現代アートの展覧会も数多く観に行くのだそうです。
日常的にアートに触れながら関心を広げる和田さんと一緒に、今回お話しするテーマは「現代アートをどう楽しむ?」。現代アートは社会問題に言及する作品も多く、表現手段もさまざまで、また必ずしも見た目が美しいとは限りません。私たちが美術館に足を運んで現代アートを鑑賞するとき、「正直よくわからなかった…」という気持ちで終わってしまうこともしばしば。では私たちは、「わからなさ」を前に、どうしたらもっと現代アートを楽しめるのでしょうか? そもそも現代アートは、教養と感性がないと楽しめないものなのでしょうか?
「和田彩花のHow to become the DOORS」は、今更聞けないアートにまつわる疑問やハウツーを、専門家の方をお呼びして和田彩花さんとともに紐解いていく連載シリーズ。第5回も前回に引き続き、現代アートや舞台芸術のプログラムを中心に、日英の通訳・翻訳を軸とした多彩な活動を展開されている「アート・トランスレーター」の田村かのこさんとの対談の様子をお届けします。
田村かのこさんと「現代アートってどんなもの?」というお話をした第4回もぜひあわせてご覧ください。
作品を鑑賞する人の数だけ、解釈があっていい
田村:前回は、現代アートも音楽やスポーツといった他のカルチャーと同じように、肩の力を抜いて楽しめる人が増えてほしいという話で終わりましたね。音楽だと、その曲にどんなアレンジが加えられているのか、どの楽器がどういった効果を出しているのか、専門的なことはわからなくても、歌詞のことや共感できるかどうかについては誰もが発言しやすい空気があります。でも、現代アートについてだけ、口をつぐんでしまう人が多いのはなぜだろうとよく考えます。
和田彩花さん、田村かのこさん
和田:現代アートは、教養や感性が必要不可欠な専門領域というイメージが強いですよね。でも、もっと楽に向き合ってもいいものだし、私のファンの方は、私と一緒に音楽もアートも楽しんでくれる人が多くて嬉しいです。音楽について感想を話しやすいのは、歌詞といった共通言語があるからなのかな。一方で現代アートは社会問題に言及する作品も多く、特にコロナ以降は社会問題や対象そのものが細分化されていることもあって、理解することや言語化のプロセスがますます難しくなりましたよね。
田村:たしかに、たとえば具体的なモチーフが描かれた絵画だったら、「描かれているものがかわいい」「色使いが好き」など、音楽と同様に専門的な知識がなくても発言しやすいですね。でも彩花さんが「現代アートに触れ始めた頃は、無機質な印象があった」とお話しされていたように、現代アートは多種多様なので、色や形といった誰の目にも情報として入ってくるものが、誰の目にもわかりやすく美しいとは限りません。「美しくない=作品の価値がない」というように極端な解釈をされてしまうときに、現代アートの共通言語が少ないことの難しさを感じます。
私自身、見た目は好きではないけれど、作品の成り立ちや問の立て方に感動して、ずっと心に残っている作品がたくさんあります。ただ目の前にあるものを観る、ということから一歩二歩踏み込んだところに感動がある、という点で敷居が高いと感じる方もいるのかもしれないですが……。
和田:現代アートに対して、アーティストが作品に込めた意図を理解できなければ、アーティストに対して失礼なのではないかと、後ろめたさを感じてしまう人も多いみたいです。
田村:皆さん真面目! 鑑賞者として、制作側の意図を理解しようとする姿勢自体はとても素敵だと思います。たしかに、もし作品に一通りの解釈しかないなら、正解がわからないと恥ずかしさや劣等感を感じてしまうかもしれませんね。でも、一つのメッセージを明確に伝えるのがアートの目的ではないので、アーティストの意図とは別に鑑賞者の数だけ解釈があっていいのです。彩花さんはどう思いますか?
和田:アーティストが、アーティストとしての芸術的な人生と、ひとりの人間としての人生という複数の時間軸を生きているように、アートを形づくる要素は想像以上に多いものですよね。だからこそアートはどの角度から観ても楽しいし、正解がなくて当たり前なんです。私は正解がないことの難しさを楽しんでいます。
考えることを楽しもう。「わからない」はアートの出発点
田村:アーティストが鑑賞者に作品をどう見てほしいのかをコントロールできないところもアートの魅力のひとつだと思います。アーティストは、その「コントロールできなさ」を理解した上で表現を楽しんでいる人が多いですし、例えば鑑賞者が予想外な解釈をしたところで怒るような作家はいないかなと。問いを投げかけたり、視点を変えて物事を見るきっかけを与えることがアートの機能なので、「この作品はどういう意図で作られたんだろう」と鑑賞者が考えた時点で、すでにアートとしての役割は果たしているとも言えます。つまり、問いに対してそれぞれがどういう答えを持つのかは、アートにおいては大きな問題ではないのかもしれません。
和田:そうですよね。物故のアーティストの人生をたどっていると、その人が生きた時代や、当時の社会と個人の問題によって作風も変わっているように思います。極論ですが、アーティストの全体像はその人が人生を終えてからようやく見えてくるような壮大なものだと感じるんです。そういう意味で、アートはわからないことが前提で、私自身も目の前の作品を今すぐ完璧にわかろうとは思いません。
現役のアーティストの場合は同じ時代を生きているので、作風の変化をリアルタイムで楽しめるところも魅力ですよね。今の段階でアーティストはどういう風に考えているのか、これからの作品はどう変わっていくのか、想像を膨らませながらアートを観るのが楽しいです。
田村:彩花さんの言葉にハッとしたんですが、考えることの楽しさを多くの人が忘れている気がします。SNSをはじめ資本主義の経済システムの中で生み出される娯楽は、いかにわかりやすいかということに価値が置かれすぎていて、多くの人にとって考えること自体がネガティブなものになってしまったのかもしれないですね。「考えることを楽しもう」という気持ちさえあれば、わからないことは出発点でしかありません。
人はどうしてもわからないものや未知なものを前にすると、恐怖を感じて自分の身を守ろうとしたり、わからない状態に耐えられなくて勝手な解釈を押し付けたりしてしまうことがあります。それが自分とは異なるものを攻撃する力に変わり、今起こっているいろんな差別や戦争につながっていきます。他者とわかりあうことの重要性はいろんなところで強調されていますが、「わからない」という状態を許容できる力も重要なのではないでしょうか。
次回連載はこちら。
「和田彩花のHow to become the DOORS」Vol.6
インスタレーションやパフォーマンスアートってどんなもの?
和田:同感です。小さな声も拾い上げて社会に反響させるようなアートは、他者の存在を知る究極の形ですよね。作品に対してだけではなく、作品の向こう側にいる誰かに対して「わからない」という感情を持ったときに、「わからない」からと諦めて知ろうとすること自体をやめると、それもまた差別や分断といった悲しい問題につながってしまう。わかることよりも、まずはわからない状況を知り続けることが大切だと思っています。
田村:他者との違いを肯定的に受け止められないことから社会が閉じていくと、最終的に苦しいのは自分ですから。私たちは誰しも違う人間だという前提を、定期的にリマインドしてくれるのもアートだと思っています。
和田:かのこさんのおっしゃる通りですよね。要するに、人は人!(笑)アートによって、誰もが人と違う意見を持つことを楽しめるようになったらいいなぁ。
連載『和田彩花のHow to become the DOORS』
アートにまつわる素朴な疑問、今更聞けないことやハウツーを、アイドル・和田彩花さんが第一線で活躍する専門家に突撃。「DOORS=アート伝道師」への第一歩を踏み出すための連載企画です。月1回更新予定。
DOORS
和田彩花
アイドル
アイドル。群馬県出身。2019年6月アンジュルム・Hello! Projectを卒業。アイドル活動と平行し大学院で美術を学ぶ。特技は美術について話すこと。好きな画家:エドゥアール・マネ/作品:菫の花束をつけたベルト・モリゾ/好きな(得意な)分野は西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。2023年に東京とパリでオルタナティヴ・バンド「LOLOET」を結成。音楽活動のほか、プロデュース衣料品やグッズのプリントなど、様々な活動を並行して行う。 「LOLOET」HPはこちらTwitterはこちらInstagramはこちら YouTubeはこちら 「SOEAR」YouTubeはこちら
GUEST
田村かのこ
アート・トランスレーター
アート専門の翻訳・通訳者の活動団体「Art Translators Collective」代表。人と文化と言葉の間に立つ媒介者として翻訳の可能性を探りながら、それぞれの場と内容に応じたクリエイティブな対話のあり方を提案している。札幌国際芸術祭2020ではコミュニケーションデザインディレクターとして、展覧会と観客をつなぐ様々な施策を実践。非常勤講師を務める東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻では、アーティストのための英語とコミュニケーションの授業を担当している。アーティスト・イン・レジデンスPARADISE AIRメディエーター、NPO法人芸術公社所属。
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